5.弱体期間突入
目が覚めると、蝶の様な二対の翅はそのままに、体長四五センチ程に成長していた。
種族スキルには飛行と回復光はそのままに、風魔法が追加されている。
魔術と魔法の違いだが、判り易く言うと、技術と能力の差だ。
魔術は前提条件を満たせば、種族が変わっても継承できる技術だが、魔法は種族固有の条件などがあり、基本的に種族が変わると継承できない。
風の精霊に近い妖精族であるフェアリーは、先天的に風を操る能力を持ち、それを風魔法と呼んでいる。
一方、エビルフェアリーの時に使えた暗黒魔術は、邪神陣営で魔力を持つ種族なら誰でも習得が可能であり、ステータス画面では灰色になっているだけで、しっかり残っている。
ただ、フェアリーは中立神陣営なので、使えないだけで…。
ちなみに、エビルフェアリーで習得した魔力感知スキルは、本来はフェアリー・リトルエルダーで覚える種族スキルなのだけれど、妖精ツリーの種族スキルなので、一度覚えている私は、使えるままになる。
陣営変更を伴う垂直進化で、モンスターレベルが下がる際の、数少ないメリットである。
ステータス画面の種族名をタップし、フレーバーテキストを見てみる。
「フェアリー。リトルフェアリーの成熟体である風の妖精。中立神陣営種族に属しており、享楽的で知能は低めだが、羽根を使った飛行と鱗粉による小回復能力に加え、本質的に近い風の精霊としての権能に目覚め、風を操る魔法が使える。花の蜜や植物の樹液を主食とするが、それ以外の肉なども食用可能になり、雑食で生存力は大幅に向上している。寿命は無いが、好奇心の強さからトラブルを起こしたり、巻き込まれたりして死亡する例は少なくなく、また人間種によって愛玩用に略取される場合もあり、平均寿命は一五年ほどと言われる」
うーーーん、なんとも微妙なフレーバーテキスト。
モンスターレベルは二となったが、一対一では同レベルのゴブリン相手でも、勝ち目に乏しいぐらいの雑魚であり、モンスターレベルが下がってしまった分、魔法耐性スキルがあっても、ゴーストの冷たい手を無効化できる可能性は低く、今までの様なコースト狩りでの種族レベル上げも難しい。
そもそも、チュートリアルダンジョンは既に攻略してしまったので、今いるエネミーを倒してしまえば、リポップはもうしない。
限りある経験値は美味しく頂くにしても、準備と言う物がある。
まずは、ダンジョンの外に居る小動物など、格下のエネミーを狩り、少しでも種族レベルを上げて、基本能力値を向上させねばならない。
大体、一〇上がれば、一つ上のモンスターレベルの相手と戦える余地が出てくる。
相性によっては、勝ち目もあるだろう。
ゴブリンが安定して狩れるようになれば、ダンジョンの第一から二層までの敵には、問題なく勝てるようになっている。
あとは、順次最下層まで、エネミーを殲滅して行けば良い。
幸い、風魔法は攻撃だけでなく、透明化などの補助魔法や、声だけを遠くに飛ばすような事も出来るので、頭の悪いゴブリンなどを翻弄する手段は事欠かない。
ただ、邪神陣営の領域である魔の森で、中立神陣営種族であるフェアリーは、積極的に狩られる立場にある。
目立って良い事は一つも無かった。
可能な限り、外に居る時は透明化の魔法を使って移動し、魔力感知で格下のエネミーを探して狩りをする事にした。
この森で、モンスターレベルが二以下のエネミーは、コブリン、ワイルドウルフ、ホーンラビット、ジャイアントラット辺りである。
まだ雪が残る森だが、そろそろ春が近づいて、冬眠明けで飢え、殺気立ったエネミーがうろつき始めているが、透明化した上で飛行している私は、鼻の利くワイルドウルフ以外に気付かれる心配は無かったし、空を飛べないワイルドウルフに見つかった所で、何も困らない。
魔力の続く限り、一方的に高い場所から隠れたまま攻撃し、エネミーを狩った。
ゴブリンは投石してくる事もあるので避け、ワンサイドゲームを相手に強いるようにして、安全と命を最優先に狩りをしていると、一週間ほどで種族レベルは五を超えた。
隠れて一方的に攻撃する狩りは、こちらのモンスターレベルの低さと、体格差を補って余りあるので、少し予定より早いが、チュートリアルダンジョンへと向かった。
入ってみると、入り口の苔は、ほとんど全て削り取られ、岩肌が露出していた。
どうやら、近くの集落のゴブリンが食用に採取した後、回復しなくて剥げているのだろう。
ダンジョン内に入ると、回復スポットの水盆は空になり、全体的にダンジョン内の空気すら淀んでいるような気持ちになるが、まだホーンラビット、ジャイアントラットといったエネミーは残っており、私は片っ端から魔力感知で見つけては、殲滅して行く。
このゲームでは、魔力と知能系のステータスは、進化後の種族による補正こそ受けるが、積み重ねた種族レベルの成長増分が累積するので、進化回数が多くなると、魔力は際限なく増えていく。
魔力が乏しいゴブリンやホブゴブリンであったとしても、そこで種族レベルを上げた分、魔力の数値は伸びており、エビルフェアリーの時点でも、同種族レベルのエビルフェアリーに比べて、三割以上は魔力が多かったし、エビルフェアリーからリトルフェアリーに進化した時は、おそらくリトルフェアリーとしては、他の個体の数倍以上の魔力量を誇っていた筈である。
しかも、大魔石で種族レベルをカンストまで上げた事により、その成長増分を引き継いで進化した私は、フェアリーとしては破格の魔力量を誇る。
多分、魔力の値だけなら、モンスターレベル七の魔法生物より多いかもしれない。
お蔭で、魔力切れを考えずに、透明化を長時間維持できるし、風の魔法をぶっ放すこともできる。
死んだダンジョン内は、敵の数が限られているので、着実に倒して行けば、確実に全滅を狙えるのが良い点で、外では援軍が怖くて、数の多い群れは無視していたけれど、ダンジョン内では、一撃離脱で端から削っては逃げる事を繰り返すだけで、着実に殲滅が狙える。
危険なのは、ゴブリン上位種くらいだが、魔力を多めに使って飛距離を伸ばし、最初に倒すように心がければ、リスクは殆ど無かった。
上層から順に殲滅を続け、突入三日目には第四層までの殲滅が終わり、種族レベルは一二になっていた。
フェアリーからリトルエルフに垂直進化する為に必要な種族レベルは一五。
フェアリーの種族スキルである風魔法は、リトルエルフになれば失われてしまうので、進化するなら最低でも森から出て、中立神陣営種族の近くに出てからにしないと、森から出る事すら出来なくなってしまう。
問題は、その先にもある。
中立神陣営種族で最大勢力を誇る人間種の国では、割と奴隷制が残っていて、見目麗しいエルフ種を攫って奴隷化する連中が少なくない。
央華国とか鮮蛮国といった人間種至上主義で、奴隷制が堂々と行われている国の近くに、保護者の居ない未成熟なエルフが居れば、あっという間に奴隷商人に捕まって売り飛ばされてしまうだろう。
いや、人間種至上主義なら、自称正義を謳う聖アメリア帝国だって、ヤバい。
「良い亜人は死んだ亜人だけだ」と嘯いて、見つけ次第、殺してしまうのだから。
とりあえず、透明化が出来るフェアリーのまま、情報を集める必要があるだろう。
最良なのは、エルフ種が王や貴族をやってる国なのだが、こればかりは行って調べてみないと、判らない。
当面は、何時でも進化できるように、種族レベルを上げておき、魔の森から脱出して邪神陣営の領域から離れ、中立神陣営の領域に行く事。
中立神陣営の領域でも、多種族国家、可能ならエルフ種が王や貴族をやってる国へ行って、拠点を作り、下積みを終わらせるのが、当面の目標だ。
幸い、フェアリーに寿命は無く、エルフ種なら最低でも五〇〇年の寿命があり、ゴブリンの時のように、急いで成長しなくては寿命で死ぬ、と言った制限時間は無い。
すこーし、死にやすいだけで。
そもそも、生後二歳って、リトルエルフにしても破格に若年なのだ。
普通のエルフは、生れてから二〇年掛けて、ようやく人間の七歳児といった風情であり、五〇歳でようやく一五歳前後の成熟度になる。
精神的な成熟度も、肉体の成熟度に比例するかのように成長が遅く、リトルエルフってのは、この五〇歳までの未成熟なエルフを指す。
もちろん、エルフの両親から生まれる、生粋のリトルエルフも経験値を稼いで、それより若い内にエルフに成長進化する事も可能だけれど、そんなに生き急ぐエルフは、ほぼ絶無だ。
のんびり半世紀ぐらい子供で居ても、問題は無い。
強いて言うなら、子供は弱いので、トラブルに巻き込まれると死にやすい、と言う事が問題だろうか。
つらつらと将来の展望を考えつつ、第五層のゴースト相手を見敵必殺していると、とうとうゴーストを感知できなくなった。
念の為、第五層の全てをくまなく回ってみたが、雑魚一匹たりとも魔力感知に引っかからず、このダンジョンが完全に枯れた、と確信する。
種族レベルは未だに一四と中途半端だけれど、この安全な狩場は、もう使えない。
私は、最後にボス部屋を覗いて、見落としたお宝が無いかを確認すると、チュートリアルダンジョンを後にするのであった。
2019/05/21 字下げ処理