3-2.ボスの回復役を叩け 後編
チュートリアルダンジョンでの序盤育成。
多くのCRPGでは、手間の割に実入りの少ない行為の代表格であり、元のファンタジーSRPGも、チュートリアルなんてさっさとすっ飛ばして、ガンガン先に進んで効率の良い狩場に行ったり、リアフレを利用してパワーレベリングしたり、課金して強化アイテムを買い漁った方が、簡単かつ手軽に強くなれる。
そもそもこのゲーム、モンスターレベル7以下の時期を「下積み」と呼ぶくらいで、無課金・リアフレ無し・ソロ縛りでも半年以内には下積みを終え、メインのコンテンツとしては、中級以上のダンジョンに潜って稀少な特殊進化アイテムを探したり、強力な装備を集めたりする事なのだ、
そして育てたキャラクターで、ワールドクエストに各陣営の一勢力として参戦し、陣営勝利を目指していくのだけれど、時間や手間暇かけて育成したキャラが、ロストしてしまうリスクのある、ガチの廃人仕様になっており、上位陣が札束で殴り合うような遊び方をしているらしい。
私は、限りなく無課金に近い微課金であったが、遊んでいるゲームがこれ一本だったので、上位3割以内に入る中立神陣営の中堅プレイヤーとして、デミゴットまで育てたメインキャラクターを中心に、平均一五レベルのサブキャラクター十数体の軍団を運営していた。
一度だけ、お試しでワールドクエストのグローバルダンジョン攻略戦に参加したのだけれど、サブキャラクターが綺麗さっぱりロストし、メインキャラクターだけは武士の情けで見逃され、這う這うの体でグローバルダンジョンを離脱する結果となったのは、苦い思い出だ。
廃人怖い。
話が逸れてしまったが、課金かリアフレが居るなら、チュートリアルなんてさっさとクリアしてしまうべきなのだ、と言う話である。
しかし、どちらも無く、ゲームがリアルになってしまった現状、死んだら多分、復活とか出来ない訳で、である以上、安全策を取るのは当然の選択と言える。
それに、私は元々メインキャラクターが中立神陣営だったので、邪神陣営にはあまり詳しくない。
ここまで言えば、察しの良い方ならお分かりになるだろう。
私は、進化を使った陣営変更を目指している。
幸か不幸か、コブリンは元が妖精族なので、進化する事で妖精族ツリーへと進化できる。
妖精族ツリーは、中立神陣営に隣接しており、色々と面倒はあるのだが、進化する事で中立神陣営の妖精族になる事が出来る。
ただし、陣営変更を伴う垂直進化は、モンスターレベルが大幅に下がる、と言うデメリットがある。
具体的に言うと、ホブゴブリンから垂直進化できるエビルフェアリーは、モンスターレベル4の上位妖精で、人形の様なサイズの癖に、エルフに少し劣るが強力な魔法の力を持ち、肉弾戦でもホブゴブリン並に戦えるという、戦闘種族だから、普通はコレに進化したら、次はダークエルフへと垂直進化するのが鉄板と言われている。
しかし、同時にエビルフェアリーは種族レベル二五で、中立神陣営のリトルフェアリーへと垂直進化出来るのだ。
このリトルフェアリー。おとぎ話に出てくる小さな木端妖精であり、モンスターレベルは一である。
お分かりになるだろうか、戦闘力が激減している事を。
コブリンスタートですら、モンスターレベル二だったのに、なんて酷い。
…と思う訳だけれど、この機会を逃すと、巨人ツリーから派生する和風テイストの鬼人ツリーに特殊進化アイテムで垂直進化した後、ツノ折りイベントを起こして更に垂直進化して、人間に進化するしかない。
この場合、モンスターレベル一五の鬼人から、一気にモンスターレベル三の人間までレベルダウンする訳で、失う物が非常に大きい。
そもそも、鬼人へと進化出る特殊進化アイテムが、この世界でも入手可能かどうかすら判らないのだ。
である以上、経験値さえ稼いで種族レベルを上げれば、確実に中立神陣営へと進化できる、この流れは逃す訳には行かない。
そして何より、このチュートリアルダンジョンのボスドロップである大魔石は、進化一回分の種族レベル経験値が貰える育成アイテムなのだ。
ホブゴブリンからエビルフェアリーへと進化し、エビルフェアリーからリトルフェアリーまでは自力で経験値を稼いで種族レベルを上げ、リトルフェアリーからの進化に大魔石を使えば、一番危険なモンスターレベル一の状態を、ほぼ無くす事ができる。
チュートリアルダンジョンだから可能な、たった一つの冴えたやり方!
…推測されるチュートリアルダンジョンのボスとは、相性的な理由で紙装甲のエビルフェアリーより、耐久力が高いホブゴブリンの方が有利なので、事前にエビルフェアリーに進化できないので、格上殺しに挑む必要があるとか、もしボスを倒した後、すぐに迷宮が崩壊したら、エビルフェアリーで経験値稼ぎする時間と場所が無い事とか、リトルフェアリーの次の進化先が、所詮はモンスターレベル二な事とか、この森が邪神陣営の支配地域であることとかは、考えないようにする。
まずは、魔法耐性が三に上がるまで、第三層を周回する。
私は、回復スポットで完全回復した後、ゴブリンシャーマンを探して、第三層を徘徊しまくるのであった。
これも、物欲センサーと言うのだろうか。
第三層のマッピング中は、一日一回位の頻度で遭遇していた筈のゴブリンシャーマンが、何故か三日も遭遇できなかったり、代わりにジャイアントスパイダーの特殊個体と遭遇して死にそうな目に遭ったりしたのは、ご愛嬌と言うべきか、第三層を四日ほど徘徊したところで、ようやく魔法耐性が三になった。
ついでという訳ではないが、多くの戦闘を繰り返した結果、物理耐性が四に上がった。
予定通りの育成が終わったので、第四層へと足を進める事にした。
既に、ダンジョンに籠って一六日目となったが、元々は一冬を越そうと準備した食料を根こそぎ持ちこんでいるので、食料の残量に問題なく、飲料水は回復スポットでいくらでも補給できるし、ドロップした大ネズミの毛皮を敷き詰めた寝床は、洞窟の枯草を積んだ寝床より寝心地は良いし、外は極寒だが、ダンジョン内は気温が一定に保たれているので、凍える事も無い。
これが消滅前提のチュートリアルダンジョンじゃなければ、住処にしたいぐらいだった。
そういえば、忘れていたけれど、ゴブリンのドロップだけれど…実は、ゴブリンは通常ドロップが無く、レアドロップとして魔石(小)を稀に落とすだけ、と言うコボルトより倒し甲斐の無い残念エネミーだった。
ゴブリンシャーマンは上位種なので、ボロボロのローブを通常ドロップし、レアドロップとして魔術師の杖を落とす。
レアなゴブリンシャーマンは、総計でも十数匹しか狩れていないが、魔術師の杖は二本ドロップしている。
魔法が使えないホブゴブリンには役に立たなくても、エビルフェアリーやリトルフェアリーに進化した後なら、使い道が出来るかもしれない。
第四層は、基本的に第三層をより広くしただけで、特筆する事はあまり無い。
ゴブリンシャーマンの隊伍以外にも、ゴブリンファイターとゴブリンアーチャーを含む隊伍が出て来るなど、確実にエネミーは強くなっているが、種族レベルが一五を超え、各種耐性スキルまで備えている私と、上位種でも種族レベルが低く、耐性スキルを持たないゴブリンとでは、地力が違いすぎて、本来なら同じモンスターレベルであり、エネミーの方が数も多いにも関わらず、安定して勝てるし、多少ダメージを受けても、幾らでも回復スポットで立て直せる私は、余裕を持って探索を進める事が出来た。
三日ほどかけて第四層全てのマップを埋めて、五つの宝箱を見つけた。
やはり階段に近い一か所だけ空っぽで、先行者が第五層まで進んでいる事が判ったのみである。
スキルの方は、レベルは特に上がらず、据え置きであったが、種族レベルは一六になった。
宝箱は、回復ポーションが二つに、物理抵抗値の上がる魔除け、未鑑定の小盾である。
既に種族レベル上げも必要なく、スキルレベル上げも必要無くなったので、第四層を周回するメリットは無いから、続けて第五層へと足を踏み入れる。
チュートリアルダンジョンなら、ここが最下層であり、ボスが居る筈だ。
マップを埋めるまでも無く、階段の部屋からまっすぐ大きな一本道を進むと、いかにも重厚で装飾過多な扉に到着する。
ここが、ボス部屋で間違い無い。
先行者はおそらくこの先に進み、そして帰れなかったのだろう。
私は、ボス部屋の扉に背を向けると、第五層のマッピングを再開した。
…え、すぐ挑まないのかって?
私、ダンジョンマップは全部埋める派なので…。
第五層に入って新しく出現したのは、ゴーストだった。
モンスターレベルは二と低いが、物理攻撃が全く通用しない強敵で、冷たい手という魔力収奪攻撃を得意とする。
魔法使用などで魔力が尽きたなら、気絶するだけなのだが、ゴーストなどのアンデッドによる魔力収奪で魔力が尽きた場合、そのまま死亡し、そのまま放置されればアンデッドとして黄泉返る。
魔法使いや僧侶の居ない隊伍には致命的で、驚異的なエネミー。
それがゴースト。
しかし、ゴーストの冷たい手を魔法耐性が三ある私は一〇〇パーセントレジストしてしまうので、魔力収奪で魔力が奪われず、出会っても戦闘にならないし、倒せないからドロップも無いという、実にメシマズなエネミーだった。
四日ほどかけてダンジョンマップを完成させ、六つの宝箱を見つけた。
宝箱は開けられた形跡が無く、先行者がまっすぐボス部屋を目指し、帰って来なかっただろう傍証が得られた。
中身は、金貨三枚と銀貨九枚、回復ポーション(最低級)が二つ、毒消し、状態異常抵抗値の上がる魔除け、未鑑定の皮鎧であった。
ダンジョンのマッピングも終わり、私はボス部屋の前に立って言った。
「よし、帰ろう」
ダンジョンに籠って二五日目。
食料もまだ余裕があるし、このままボス戦に突入しても問題は無いのだけれど、殆ど汚部屋と化した回復スポットに貯め込んだドロップアイテムを整理して、必要な物は塒の洞窟に持ち帰りたかったし、グチャグチャのショートカット装備欄を整理したかった。
競争相手がいるなら、急ぐ必要もあったが、外は冬真っ盛りで、新たに攻略者が来る可能性は低く、もし、ボスを倒した時点でダンジョンが崩壊するとか、ありがちな演出が発生したなら、ここに貯め込んだドロップはすべて捨てて行くしかなくなる。
私は、ショートカット装備欄をフル活用し、二日かけて洞窟とダンジョンを往復して回復スポットに置いた荷物と、ショートカット装備欄を無駄に圧迫していた未鑑定装備を洞窟に運び出した。
今、ショートカット装備欄にあるのは、道具類と金貨銀貨を詰め込んだ袋、戦棍、金属製の胸当てと革製の手甲、脚甲のセット、大盾。ここまでは、冒険者から剥ぎ取って、迷宮探索では温存していた装備類になる。
これで五枠。
六つスタックされた回復ポーション、二つスタックされた毒消しで二枠。
そして、魔除け三種で三枠。
迷宮攻略中は、色々と場所を食って、一枠とか二枠の空きをやりくりしていたのだが、整理すればこの通り。
五枠も空いた状態で、しかも戦闘準備も万端で、戦える。
ダンジョン攻略を開始して、三〇日目。
私はようやく、戦う前提で、ボス部屋の前に立った。
私の知識が確かなら、このチュートリアルダンジョンのボスは、ストーンゴーレムである。
そして、取り巻きとして五体の小型ゴーレムが周囲を固めており、前衛であるストーンゴーレムの背後から、攻撃魔法や支援魔法、回復魔法でストーンゴーレムを強化・回復するようになってる。
最初に回復役の緑色の小型ゴーレムを倒さないと、じり貧になるという、定番の編成ではあるが、ノーヒントなので割と初見殺しになったと記憶している。
手に持つ戦棍の重みを確認して、扉を開く。
果たしてそこには、かつてゲームで見たとおりの光景があった。
部屋の中央に、身長三メートルはありそうなストーンゴーレムに、その背後に五体五色の小型ゴーレムが並んでいる。
ただ、記憶と違うのは、床には生々しくも完全に乾いて茶色になった血痕がそこここに広がり、部屋の片隅に、ボロボロになった死体が二つ転がっている事だった。
「名も知らぬ先行者さん、仇は私が取りましょう」
そう呟いて、部屋の中に入ると、重く、硬い物が擦れるような音を立てて、ゴーレム達が動き始める。
「フフ、数の違いが、戦力の決定的差ではないということを…教えてやる!」
…なお、ストーンゴーレムのモンスターレベルは五であり、ホブゴブリンの三より二つ格上である。
とはいえ、私はスキルと装備で底上げされ、更に相性も悪くない組み合わせだから、勝ち目は十分にある。
予定通り、ストーンゴーレムの横を素早く抜けて、後方に居る緑の小型ゴーレムに、戦棍を全力で叩きつけ、一撃で破壊する。
しかし、この隙を周囲の小型ゴーレムが見逃す筈も無く、支援魔法役の黄色ゴーレム以外の、青、赤、白のゴーレムは、それぞれの属性魔法弾を撃ち込み、ストーンゴーレムも振り返って、巨大な腕を繰り出し、殴りつけてきた。
ここで回避すべきは、最もダメージの大きいストーンゴーレムのパンチであり、全力で回避する。
属性魔法弾はすべて命中するが、魔法耐性三レベルの効果もあり、多少の痛みで済んだ。
回避したゴーレムのパンチが、床を砕くのを目にして思わず呟く。
「ええい、ボスのストーンゴーレムは化け物か!」
次に狙うのは、支援魔法役の黄色ゴーレムで、こちらも一撃で沈める事が出来た。
問題は、攻撃役の小型ゴーレムを残したまま戦うか、ストーンゴーレムの対処を優先するかになる。
一撃貰えば、大ダメージが不可避のストーンゴーレムに対して、攻撃役の小型ゴーレムから受けるダメージは、大きくは無い。
しかし、確実にダメージは受けており積み重なれば、致命傷にもなり得るだろう。
ゲーム的な事を考えれば、敵の手数が多い事は、思わぬ事故に繋がる。
私は、先に、小型ゴーレムを全滅させる事に決めると、大盾でストーンゴーレムの攻撃をいなしつつ、攻撃役の小型ゴーレムへと攻撃を優先する。
回復役や支援役だった小型ゴーレムに比べると、攻撃役の小型ゴーレムは頑丈らしく、一撃では倒れない。
暴風の様なストーンゴーレムのこうげきを、慎重に、丁寧に大盾で処理するのは、神経を削る苦行ではあったが、小型ゴーレムを倒し切るまで、一撃も貰わずに回避し続ける事に成功した。
「ハハッ、案ずるより産むが安しってね」
一つ一つは弱いと言っても、二桁に及ぶ属性魔法弾を受けた事により、耐久力が削られている事を自覚していたので、ショートカット装備欄から回復ポーションを取り出して、中身を体に振りかける。
体全体がポカポカと温まるような感覚が広がり、傷の痛みが和らいだ。
なんとなくだが、耐久値の三分の一くらい回復したような気がする。
回復ポーションの残量から見て、よほど下手を撃たない限り、負ける事は無いだろうけれど、これを口にしてしまえば、フラグが立ちそうだったので、ぐっと喉の奥に留める。
ストーンゴーレム相手に、ヒットアンドウェイを繰り返し、執拗に右足を優先して殴り続ける。
幾ら無機物相手に相性が良い鈍器とは言え、動く岩と形容するしかないストーンゴーレムを闇雲に殴って居ては、武器の方が先に壊れてしまうかもしれない。
攻撃力の高いパンチを繰り出す腕か、移動力の根幹をなす足を狙うかを検討し、後者を選んだ。
腕を壊すなら、両方壊さないと、相手の攻撃の脅威度は無くならないが、足なら片方破壊できるだけで、相手の移動力の大部分を削り落とす事が出来る。
何十とクリーンヒットを与え続けると、ようやくストーンゴーレムの太ももに大きな亀裂が入る。
あと一息、と考えて油断してしまったのか、ここで盾でいなし損ねて、一発大きなダメージを食らってしまったが、すかさず回復ポーションで回復し、立て直す。
この、油断からの一撃は手痛い教訓となってしまったが、直撃しても即死しない事が確認できた以上、もはやストーンゴーレムのパンチですら致命的な脅威とは言い難くなった。
後はもう、消化試合でしかなかった。
確実に足の亀裂を拡大させ、ついには叩き折る事に成功すると、ストーンゴーレムは残る片足と腕を使ってこちらへとにじり寄って来るが、その速度は悲しい程に鈍重であり、確実に隙を狙って打ち込める場合以外は、距離を取って仕切り直し、少し逃げ回れば体力回復すらできる状況になれば、もはやダメージを受ける事すらなくなった。
数えるのも嫌になる程に殴りつけたが、とうとう終わりがやってきた。
戦棍の一撃が胴体に決まると、そこから巨大な亀裂が広がり、ストーンゴーレムはバラバラになって崩れ落ちた。
そして、魔力の霧として霧散し、ドロップアイテムを残す。
ボス部屋の奥に緑に輝く大魔石が見えた。
あれを奪ってしまえば、このダンジョンは死ぬ。
今すぐ大魔石に手を掛けたい衝動に耐え、三つのボスドロップであるストーンゴーレムの魔石、石化無効化の腕輪、収納袋(小)を拾い集め、ショートカット装備欄に仕舞い込む。
ステータスを見れば、種族レベルは二〇に達していた。
種族レベルの横にある進化アイコンが点滅している。
アイコンをタップすると、ホブゴブリンソルジャー、ホブゴブリンシューター、ホブゴブリンソーサラー、エビルフェアリーに加えて、リトル・トロールの名前が並ぶ。
予定通り、エビルフェアリーをタップし、進化を開始する。
ボス部屋は、一度出ない限り、安全地帯だし、チュートリアルダンジョンでは、ボスのリポップは無かった。
つまり、気絶しても安心である。
私は、そのまま意識を手放した。
2019/05/21 字下げ処理




