3-1.ボスの回復役を叩け 前篇
タイトルの内容まで辿り着かなかった…。
ダンジョンの中は、ほんのりと発光する苔や鉱物のお蔭で、夜目が効くゴブリンにとっては、明かりを用意しなくても歩き回れるほどだった。
尤も、ほとんどモノトーンの視界であり、物の凹凸や濃淡は判っても、この明るさでは色までは判別する事はできないようだった。
また、洞窟の地面は、埃や苔もなく、先行者達の足跡を確認する事は出来なかった。
冒険者から奪った装備の中には、金属製の小型ランタンがあったが、油の補充も出来ないし、何よりホブゴブリンの夜目には不要であり、もし先行者がご同類なら、明かりを点けている方が不利になる。
私は、聴覚も併用する事にして、鎧の可動部に苔を詰め、音が鳴り難いようにして、警戒しながらダンジョンを歩いて行く。
分岐は全て記録し、確実にダンジョンの地図を完全に埋めるようにして、探索する事にしている。
これは、チュートリアルダンジョンなら、小規模ダンジョンでも、宝箱が配置されていたからだ。
本来、宝箱は中規模以上のダンジョンの、中層以下でしか発見されない。
この明らかに小規模でしかないダンジョンに、宝箱があれば、チュートリアル用だと判るかもしれない。
いや、この世界では小規模ダンジョンでも宝箱が出現するのかもしれないが、とりあえず指針と呼べるものが無い以上、前世記憶の情報と、現実の情報のすり合わせは必要だろう。
そう思っての事だった。
最初の層…以降は第一層と呼称する…は、エネミーが殆ど居らず、居てもモンスターレベル1のジャイアントラットとか、ジャイアントバットといった、洞窟系ダンジョンには珍しくないエネミーが出現するのみで、武器も防具も装備済みのホブゴブリンにとって、危険度はゼロといって良い物だった。
しかも、すぐに第二層への階段が見つかるようになっており、ほとんど迷う要素が無い。
ただし、階段をスルーしてマップを埋めようと思うと、意外に入り組んだ迷宮になっており、全部のマップを埋めるのに、三時間ほど掛かってしまった。
その代わり、と言っては何だけれど、宝箱が二つと、回復スポットが一か所見つかった。
中身は、最低級の回復ポーションと毒消しであったが、この組み合わせと、階段を無視した先にある、と言う状況は、記憶にあるチュートリアルダンジョンと一致している…と思う。
ちなみに、回復スポットは、見た目は直径三メートルほどの水盆で、中央が魔力光でぼんやり青く輝いている、という如何にも、といった場所である。
水は飲用に使えるし、その場にいるだけで自然回復力が大幅に向上し、エネミーも出ない安全地帯という奴なのだが、これも中規模以上のダンジョンの、中層以下でしか発見されない、割とレアなダンジョンギミックである。
ゲームでは、チュートリアルで紹介されるものの、実際にお目にかかるのはリアル時間で半年以上先になるのがザラであった。
チュートリアルダンジョンは、第二層からトラップが出てきて、第三層で魔法やアビリティを使うエネミーが出始め、第四層と第五層は普通のダンジョンとして本格的な攻略に入る、と言う流れになっている。
ゲームでは、回復スポットを利用しながら第二層のトラップを使って罠感知・罠解除スキルを育て、第三層のエネミーを使って魔法・物理耐性スキルを育てると、序盤を楽に進める…とされていた。
しかし、中立神陣営なら、スキル効果のあるアイテムの入手も比較的容易だし、MMO要素のあるゲームだったので、リアフレを使ったパワーレベリング等を使えば簡単に覆る程度の優位でしかない為、実際に手間暇かけて序盤の汎用スキルを育てるのは、ソロ縛りでプレイする酔狂者ぐらいだった。
しかし、ゲームが現実になり、強制ソロ縛りを強いられている現状では、序盤の汎用スキルだろうと、生存率に関わる訳で、私は手を抜くつもりは無かった。
ステータス画面にはカレンダー機能が付いており、時計もついていたから、まず「時間と効率」を計算する。
安全を見込んで耐久力が半分になったら、回復スポットを利用する。
回復スポットから第二層に降りる階段までは、最短で二〇分程度。
回復スポットは割合回復で、六時間で全回復だから、半分の耐久力が全回復するまでは三時間かかかる。
第二層の各種罠…落とし穴、転倒トラップ、攻撃トラップ、毒ガストラップ、爆発トラップ、転送トラップなど、一か所の看破に各一〇分で計六〇分。
それぞれに引っかかってダメージを受ける時間はプライスレスとしよう。
一セット四時間半と言った所だろうか。
第二層のエネミーは第一層と同じ雑魚なので、戦闘時間は気にしないものとする。
ついでに、回復時間中は、回収した宝箱の鍵を弄って鍵開けスキルの育成に励めば、効率も上がるだろう。
方針が決まると、ようやく私は第二層へと続く階段を下りる事にした。
先行した何者かが、ダンジョンを先に攻略してしまうリスクもあるのだが、その時はその時の話で、別な小規模ダンジョンを探せば良い、と割り切った。
罠にかかるのが前提なので、壊れてしまう可能性がある防具や武器はショートカット装備欄に戻し、こん棒にボロ布だけを装備という、素ホブゴブなスタイルになると、私は階段を降り、第二層へと足を踏み入れた。
そして、最初の部屋から通路に出る際に、さっそく転倒トラップでダメージを受ける事になる…。
第二層も、しらみつぶしに分岐を埋めて、完全な地図を作るのに、半日ほど掛かった。
宝箱は三つ見つかったが、手に入ったのは、魔力抵抗値の上がる魔除けと六枚の銀貨のみ。
第三層に降りる階段に近い宝箱は先行者に開けられており、空っぽであった。
これで少なくとも先行者が第三層まで突入している事が判ったので、階段に髪の毛を使った糸を張り、彼らが引き返してきた場合に判るよう細工を施した。
さて、周回の時間だ。
第二層の地図が出来上がるまでは、流石にわざとトラップに引っかかって耐性スキル上げをするつもりは無かったのだが、罠感知スキルを持たない素ホブゴブリンでしか無い私は、ほぼ全てのトラップに当然のように引っかかり、一度は死にかけて回復スポットまで戻る羽目になった。
探索に掛かった半日には、この回復時間を含んでいないので、このダンジョンに突入して丸二日が経過した勘定になる。
まっすぐ寄り道せず、最短で第五層のボス攻略まで狙うなら、小規模ダンジョンなら三から四日以内に終わるので、仮に先行者がダンジョンを攻略するにしても、あと一から二日の猶予はある。
私は、第二層の周回をスタートした。
最初の一周目は、既にあると判っている罠の看破なのだが、所詮は〇レベル。七割ぐらいは看破できず、看破できても出来なくても、耐性を得る為に、わざとトラップに掛かる。
致死性の高い毒ガストラップと爆発トラップは最後の方に回し、体力に余裕が無い場合はスルーするつもりだったが、無駄にタフなホブゴブリンの体力は、存外残っていたため、最初から全トラップを被弾する事が出来た。
回復スポットから第二層を一通り回って、回復スポットに戻るまで約二時間。
予想より少し長いし、削れた体力も毒の継続ダメージと合せると、耐久力の七割近くが削れていたため、回復時間は四時間半ほど掛かった。
回復までの時間は、鍵開けスキルの育成に励む。
こうして、一周目が終わった所でステータスを確認すると、罠感知が一へ上がり、罠解除、鍵開け、物理耐性、魔法耐性、状態異常耐性スキルは〇レベルで生えていた。
スキルは、三あれば一人前、五あれば中々のモノとされ、序盤の周回では三まで上がれば御の字となる。
私の目標も三なので、あとは無心に周回するだけだ。
回復スポットは、いつの間にか、ドロップアイテムで溢れていた。
ダンジョンで出現するエネミーは全て、倒すとドロップアイテムを残して消えてしまう。
その為、死体から食料を得る事が出来ない代わりに、解体する必要が無い。
ジャイアントラットからは大ネズミの毛皮と大ネズミの牙が、ジャイアントバットからは大蝙蝠の羽根と大蝙蝠の牙がドロップする。
極稀に、魔石(小)が残る場合もあるが、本当に稀である。
回復スポットは、水盆を真ん中に置いた、九メートル四方ぐらいの開けた空洞なのだが、その一角が大ネズミの毛皮で埋められ、寝床として整えられ、その脇には大ネズミの牙と大蝙蝠の牙が山となり、大蝙蝠の羽根はさらに隣に雑に山積みされていた。
数は、軽く数百を超えるだろうか。
これだけ狩っても、魔石(小)は一〇個に満たない数しか手に入って居ないのだ。
周回を一週間ほど続けたところ、予定通りに物理耐性、魔法耐性スキルはそれぞれ一に、罠感知、罠解除、状態異常耐性スキルが全て三に、鍵開けは四に達した。
雑魚ばかりとはいえ、三桁以上も倒したお蔭で、種族レベルが一〇に挙がり、ホブゴブリンの上位種へ進化できるようになったが、とりあえず進化は保留とする。
前にも簡単に説明したが、ホブゴブリンはホブゴブリン上位種以外に、リトル・トロールとイビルフェアリー、アイテムを使った特殊進化で、グレムリンやレッドキャップへと進化できる。
「水平進化」と呼ばれる、同一種族の上位個体への進化は、下位から中位へは種族レベル10、中位から上位へは種族レベル20、上位から最上位へは種族レベル30が必要になっており、そこで進化は打ち止めになる。
以降は、装備の強化、または種族レベルを上げて強くなるしかない。
そして「垂直進化」と呼ばれる、種族ツリーの隣接する別種族への進化は、種族レベルが最低15から可能になり、種族として離れたツリーほど、高い種族レベルを必要とする。
例えば、イビルフェアリーなら種族レベル15で進化できるが、リトル・トロールになるには、種族レベル25が必要になる。
私が狙っているのは、垂直進化の方である。
垂直進化は、同属性なら確実にモンスターレベルが上昇する。
ちらりと話したかもしれないが、巨神族に連なる巨人種族ツリーは、垂直進化を続けた最終的な強さも神話級であり、エンドコンテンツに関わるなら、それだけの強さが必要になるのだ。
尤も、私は巨人種族ツリーに行くつもりはないのだけれど。
罠感知と罠解除スキルが三に達したので、この小規模ダンジョンに限るなら、罠の発見率と解除率は一〇〇パーセントと言っても良くなっているので、安心して第三層では戦闘に集中が出来る。
装備を再確認して、第三層の階段まで行ってみると、果たして髪の毛を使った糸は、切れていなかった。
先行者がどれだけ準備をしていたかは不明だが、回復の泉のような拠点も無く、手持ちの装備だけで一週間以上もダンジョンに潜り続けるのは、専門の荷物運びや、安全地帯を利用した物資集積所を作らないと、難しい。
楽観するには早いけれど、先行者が全滅している可能性も考慮する必要があるかもしれない。
そう、改めて心を引き締めながら、階段を下りていく。
第二層と同じで、最初の部屋から通路に出る場所に、転倒トラップが仕掛けてあったが、難なく発見して無力化し、先へと進む。
この第三層では、今まで単独または少数でしか出現しなかったエネミーが、最大で十数匹くらいまで出現する。
それに加えて、アビリティを使った多彩な攻撃が解禁される。
ジャイアントラットは毒噛みつきを、ジャイアントバットは吸血をしてくるようになる。
これ以外にも、追加で人型モンスターも解禁され、魔術で攻撃してくる可能性も高い。
ジャイアントラットの毒噛みつきは、既に宝箱の毒針を使って、耐性を上げてあるから問題ないが、地味に面倒なのがジャイアントバットの吸血になる。
出会ったら、優先してジャイアントバットを倒すしか、対策らしい対策は無いからだ。
尤も、種族レベルも上がっている現状、ジャイアントバットから受けるダメージなんて、微々たるものであるから、あまり心配する必要も無い。
通路を警戒しながら進んでいくと、さっそく新エネミーと遭遇する。
狗頭で子供サイズの人型、粗末ながら武装あり…コボルトだ。
コブリンと同じモンスターレベルは二であるが、ゴブリンよりも格下で雑魚エネミーとして知られている。
しかし、生まれながらに高い社会性を持ち、ゴブリンよりも連携は上手い。
ぶっちゃけ、肉体的な頑強さではゴブリンに劣るが、頭はゴブリンより良いとされる。
六匹のコボルトは、こん棒やボロボロのナイフで武装した前衛四匹と、粗末な小弓を装備した後衛二匹で隊伍を組んでおり、前衛で私を足止めしつつ、後衛が弓で攻撃、という連携を見せてきた。
が、相手が悪かった。
私の一撃で前衛のコボルトが一匹死ぬ。
位置取りに際して、弓持ちのコボルトとの間に前衛のコボルトが入るように誘導するから、弓の攻撃は二匹の内片方しかできず、威力も無いから、ダメージは殆ど無く、塗られている毒も、耐性のお蔭で効かない。
僅か数分でコボルト六匹を一掃すると、消えた死体の場所に残ったドロップアイテムを拾い集める。
コボルトは、しっぽ毛皮と狗鬼の牙を落とすらしい。
彼らが装備している武器や防具っぽい何かもドロップしてくれると良かったのだが、そんな美味い事にはならなかったようだ。
私は、第三層の地図を埋めつつ、遭遇するエネミーを片端から倒して行く。
コボルト以外も、ジャイアントスパイダーに、ゴブリンまで出現した。
ジャイアントスパイダーは糸絡みといったアビリティを使い、蜘蛛の糸、蜘蛛の目というドロップアイテムを残し、ゴブリンは上位種のゴブリンシャーマンをリーダーとした6匹ほどの隊伍で、かなりのダメージを受ける事になったが、魔法攻撃を受ける事ができ、魔法耐性スキルの育成が捗った。
虎の子の回復ポーションは温存して、回復スポットを利用して回復しつつ、第三層の探索を進めること三日目、ダンジョンに籠って一二日目に、ようやく第三層のマッピングが完了した。
宝箱は四つ見つかったが、やはり階段に近い一か所は空になっており、手に入ったのは、金貨一枚と銀貨三枚、やはり最低級の回復ポーションと、未鑑定のナイフである。
ゲームだと、未鑑定のアイテムは装備できないのだが、現実と化したここでは、特に問題なく使えるようだったが、どんな不利益があるかもわからないので、回復スポットのドロップ品置き場に仕舞い込んだ。
ここまでに、種族レベルは一三に上がり、物理耐性が三、魔法耐性が二に上がり、罠感知と罠解除、状態異常耐性が四まで上がった。
魔法は地味にダメージが大きいので、耐性を上げようと被弾すると、死にかけるリスクもあり、加えてゴブリンシャーマン自体がレア敵である事から、なかなかレベルが上がらなかったのだが、安全地帯に無料の回復場所まであるような条件の良い場所で耐性上げ出来るのは、貴重な機会なので、最低三、可能なら四まで上げておきたい。
という訳で、周回プランを練りつつ、無駄になるとは思いつつ、階段に髪の毛を使った糸を張り、先行者が引き返してきた場合に判るよう細工を施した。
2019/05/21 字下げ処理