2.ダンジョン破壊指令
森のヒエラルキー最下層だったゴブリンを卒業し、ホブゴブリンに進化したが、ぶっちゃけ、立場はあまり変わっていなかった。
自分の生まれた集落は、元々はゴブリンキングが治める大きな集落から追放されたゴブリンが、森の外れ近くに定住したもので、ゴブリン上位種の1匹すら居ない、作られて三年以内の小集落でしか無かった。
こんな小集落でも、五年も経つと、初期構成していたゴブリンが約一割の確率で上位ゴブリンに進化し、一気に文明度が上がる。
一〇年も経てば、集落全体で一〇〇匹、上位ゴブリンの数も二桁に達し、並の冒険者一パーティでは殲滅するのが難しくなる。
そして、一五年も経てば、集落は三〇〇匹を越え、ゴブリンジェネラルが誕生し、三〇年も経てば、一〇〇〇匹を越えるゴブリンを率いるゴブリンキングが誕生する。
この頃には、ちょっとした大村くらいの規模と文明度を誇るようになり、討伐には軍隊が必要になる。
人間としても、そんなゴブリンを相手にするのは面倒なので、ゴブリンは小集落の内に見つけて殲滅するのが、冒険者のお仕事になる。
だから、私の所属して居た集落は、運悪く発見され、殲滅された。
これはまあ、生物の生存競争だから仕方がない。
しかし、生き残った私が、集落を殲滅した冒険者を殺したのもまた、生物の生存競争だから仕方がないだろう。
そう、私は心に折り合いをつけて、ホブゴブリンになったのだが、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンといっても、所詮は弱者である。
ステータス画面の種族名をタップし、フレーバーテキストを見てみよう。
「ホブゴブリン。ゴブリンより元の妖精ノームに近づいた上位種。ゴブリン同様に邪神陣営に属しており、低い知性と引き換えに旺盛な繁殖力を得ているが、ゴブリンより大柄で知性も高く、繁殖力では一歩劣るが、単体の性能は高い。一匹見たら近くに一五匹は居る。ほとんどの亜人種の雌と交配して子供を作る事ができ、その場合生まれる子供はホブゴブリンかゴブリンとなる。生後三年で成熟し、最長で三〇年ほど生きるが、弱い種族の常で、平均寿命は一五年とされている。」
ゴブリンに比べると、大幅に平均寿命がアップしているのがお分かりになるだろうか。
実は、この数字はゴブリン上位種である、ゴブリンファイター、ゴブリンアーチャー、ゴブリンマジシャン、ゴブリンプリーストと同じだったりする。
それに、交配してホブゴブリンが生まれる事からも判る通り、この森にはホブゴブリンキングによる巨大集落がある。
そこに所属しない、はぐれのホブゴブリンなんて、はぐれゴブリンと大差無いザコだ。
幸い、人間の冒険者から剥ぎ取った装備によって、大幅に戦力が底上げされた事もあり、モンスターレベル3の相手なら、問題なく勝利できるとはいえ、弱肉強食の森で一人で生きる、と言うのは中々に辛いものがあった。
そこで、まず安全な拠点の構築から手を付けた。
岩場の自然洞窟を見つけ、そこに巣くっていたキリングベアを倒し、寝床を奪い取った。
そして、入り口を適当な大きさの岩と粘土で必要なサイズに狭め、蔦や苔、木材で覆って、外から発見され難いようにカモフラージュ。
内側から柵状に加工した木をかんぬき状の横棒で固定できるようにし、戸締りできるようにした。
少なくとも、留守中に別のキリングベアが勝手に侵入する事は無いだろう。
比較的安全な寝床が決まれば、次に食べる事と相場が決まっている。
洞窟内で火を使うのは、自殺行為なので、洞窟から少し離れた水場に近い場所にかまどを作り、煮炊きできるようにした。
住食が整えば、次は衣…と行きたい所ではあったが、一人で文明を維持するなんて労力的に不可能だし、種族レベルを上げて進化を目的としている以上、アウトソーシング出来る部分は、可能な限り手を抜いて、目的を優先したかった。
そこで役に立ったのが、以前暮らしていたような、ゴブリンの小集落であった。
森の中を、エネミーを求めて探索して居れば、狩りをしているゴブリンの集団に出会う事もあり、そうした連中に獲物を融通する事で、物々交換による交易が可能だったのだ。
こうして、はぐれホブゴブリンとして、森の中でソロ狩りをしつつ、獲物をゴブリンの集落相手に取引しながら、細々とした加工品を手に入れ、狩り暮らす生活をスタートさせたのである。
そして、ゴブリンとして今の意識を得て八カ月、ホブゴブリンとして2か月ほどが過ぎた。
どうやら季節は、秋を過ぎて冬を迎えつつあった。
困った事に、去年までの森の冬に関する記憶が無いし、ゴブリンの集落で情報を集めようにも、若い集落ばかりで、一冬で集落の半分が死んで死体を食らったとか、ある集落ではそういう事も無く、多少の蓄えだけで越冬できたとか、言う事がバラバラだった。
進化前のゴブリン達は総じて知能が低く、長期記憶と言う物をほとんど持たないから、この手の情報集めには、全く不向きな相手だ、と言う事を再確認するに留まった。
幸い、キリングベアが冬眠できる洞窟を手に入れている私は、燃料と食料さえ十分なら、冬を越える事は十分に可能だと考えている。
狩りに出るついでに、落ちて乾いた木の枝を回収しては塒に貯め込み、薪の備蓄。
ゴブリンと交渉して得た塩を使った塩漬け肉の作成。
川に罠を仕掛けて、川魚を採っては開きにして干物を作ってみたり、素人作成ながら保存食を作った。
ゴブリン系統の持つ悪食・病毒耐性があれば、完全に腐っていても、食えなくも無いのだが、好き好んで腐った食べ物を食べたい訳でもない。
そうして、狩りと食料生産を半々ぐらいの手間を掛けて暮らしている内に、種族レベルは七まで上がり、洞窟に貯めた薪と食料は、一冬を十分に越せる量になった、と自負できるものになった時には、雪が森を白く染めはじめていた。
完全に雪で身動きが取れなくなる前に、自分の知るゴブリンの集落二か所を回って、今年最後の物々交換をしようと幾らかの食料を袋に詰めて、ショートカット装備欄にしまう。
食料をぶらぶらと下げて歩けば、冬眠前の獣に襲われやすいし、交易に行ったつもりのゴブリンの集落で、襲われる可能性すらある。
このショートカット装備欄が無ければ、私のホブゴブリン生は、もっと過酷になっていただろう。
一つ目の集落は、前の冬で半分ぐらい死んだと言っていたが、一番年長のゴブリンがゴブリンソルジャーに進化しており、去年に比べてしっかりとエサの準備が出来ているようで、こちらが交換用に持ち込んだ干し肉より、ワイルドウルフの毛皮や牙などの方が喜ばれた。
代わりに、濁った酒を進められたが、口噛み酒をゴブリンから貰って飲みたいほど、酒が好きな訳でもない。
塩を多めに分けて貰って立ち去った。
もう一つの集落は、冬は楽に越せたという集落だったが、話をよく聞いてみると、近くに冬になっても埋もれない小さな洞窟があり、そこで採取できる苔類が年中食える、と言う話だった。
冬でも雪に埋もれない小洞窟、という話が気になったので、食料と引き換えに場所を教えて貰い、早速行ってみる事にした。
果たしてそこには、見るからに不自然な淀んだ魔力を吐き出す、小さな洞窟があった。
入り口の周囲だけ、何故か雪が解けて地面が露出しており、洞窟入り口付近には、ゴブリン達が言っていた通りの、食用になる…なるだけで不味い苔が生えており、しかし洞窟は見通せない程に深く続いていた。
「これは…ダンジョンか?」
ファンタジーSRPGでは、プレイヤーが自由に探索できるインスタンスダンジョンと、ワールドクエストに関わる全プレイヤーが共有するグローバルダンジョンの二種類があった。
前者は、小人数攻略が可能な小さなダンジョンが多く、内部はランダム作成されるほか、他のプレーヤーと協力しての攻略が出来ない。
後者は、ワンフロアだけで広大であり、階層数も膨大な超巨大ダンジョンで、同時に多数のプレーヤー集団が攻略可能なダンジョンであり、その攻略進度によってワールドクエストが進行するようになっている。
グローバルダンジョンは、一二プラス三の一五カ所あると告知されていたが、内二か所は隠しダンジョンで、私のプレーヤーとしての記憶の範囲では、まだ未発見であった。
三つの大陸ごとに四つのグローバルダンジョンがあり、三大陸中央の呪われた島にエンドコンテンツとなるラストダンジョンがあったと記憶している。
まあ、モンスターレベル三の雑魚には関係ない話ではある。
話を戻すと、プレーヤーが初めて入るインスタンスダンジョンは、チュートリアル用で、比較的難易度が低く、クリア特典が美味しかった。
仮に、チュートリアル用のインスタンスダンジョンでなかったとしても、ダンジョンならエネミーを探す手間も大きく省く事が出来る。
ゴブリン達が入り口で採集だけして奥に行ってないのは、僥倖である。
早速、私は塒に戻ると、しっかりと武装に身を包み、ダンジョン攻略用の荷物をショートカット装備欄に詰め込むと、再びダンジョンの前にやってきた。
のだが、明らかにゴブリンより大きい、そしてブーツを履いた私とも違う足跡が複数、ダンジョンに向かった様子があった。
僅かな隙に、自分以外の先客がダンジョンの攻略を始めてしまったようだった。
ファンタジーSRPGのインスタンスダンジョンは、他のプレーヤーと同時攻略できないのだが、こちらは現実なので、そんなことはなさそうだった。
狭い入口を頭を屈めて潜ると、中は意外に広く、自然洞窟をベースにしたダンジョンだと判る。
チュートリアル用なら、五階層。
モンスターレベル五のボスが居て、倒せば大魔石の他、幾つかのアイテムが貰える筈だが、ゲームが現実になったこの世界では、どこまで同じかは判らない。
そもそも、種族選択ガチャとか無かったし、初期配布アイテムらしきものも無かった。
ログインボーナスがあったなら、食事に困る事も無かっただろう。
しかし、ステータスプレートもあるし、ショートカット装備欄もある。
そして、ゴブリンからの進化選択肢もゲームと同じだった。
であるなら、このダンジョンで貰える大魔石は、大きな手助けになるだろう。
大魔石を失ったダンジョンは、再生しなくなり、そのうちに崩壊する。
それによって、近隣のゴブリン集落が困った事になってしまうかもしれないが、そもそも放置されたダンジョンは、成長と共にエネミーを放出するようになる。
そうなれば、進化個体の居ないゴブリン集落は、滅びるしかないのだ。
私は、冒険者から剥ぎ取った戦棍を構えると、ダンジョン攻略を開始するのだった。
2019/05/21 字下げ処理