14.時間よ、すすめ
特筆する事無く、1か月と半が過ぎた。
鮮蛮国は、非常にエネミーが豊富な一方で、ニンゲンの人口密度が低く、首都であるコンの街ですら、央華国で最も小さい地方都市より貧しいぐらいであり、物流が少ない。
その上、常に襲撃の危険がある為、徒歩の行商人なんて生きていけないので、基本的に馬車数台の隊商が基本単位となる。
その為、街道といっても徒歩移動を前提としておらず、馬車で1日の距離ごとに邑が置かれているのだ。
その邑も、邪神陣営種族による襲撃に備え、木板による壁で囲まれた、小さな塞として作られており、その狭い土地の畑で収穫できる食料で維持できる少人数しか暮らしていない。
幾つかの街道の結節点となるような要所で千人規模、それ以外の邑は、百人以下の小村しかないのだ。
また、要所の邑にある代官屋敷以外は、殆ど廃屋の様なボロ屋ばかり。
染めた布が高級品である為、村人は一様に土や糞便で汚れた薄茶色の服を着ており、央華国の様な華やかさが微塵も無い。
観光し甲斐が無いというか。
その代わり、エネミーだけは事欠かない状況だったので、経験値稼ぎは非常に捗った。
基本的に屋外なので、土の精霊や風の精霊には事欠かないので、有り余ってる魔力に物を言わせて、聴音で進行方向より先の音を集めて警戒しているから、ほとんど先手を取れるわ、遠距離から石弾撃ちまくりで完封するわで、ダメージが通らないほどの格上や、遠間での殲滅が間に合わない程の数でもない限り、優位に戦えるからだ。
お蔭で、ゲームでは面倒なのでやった事が無い、エンシェントリトルエルフ経由での育成をしちゃおうか、なんて欲が出る程度には捗ってしまった。
ここから話はシステム寄りに脱線するので、興味ない人は飛ばして欲しい。
まず、フェアリーが使う風魔法と、エルフやニンゲンが使う精霊魔法の違いについて、の話をしよう。
ここが分からないと、なんで今更、無双レベルで経験値稼ぎが出来ているか、意味が分からないと思う。
フェアリーやファイアーピクシー、アクアスプライト、ノッカーといった精霊寄りの存在が、自己を触媒として発動する種族属性魔法は、取得した時点で使用可能な全ての魔法が使えるし、その効果も精霊魔法の同系、同MP消費の魔法に比べて、威力も効果も高い。
前にも書いたが、自己を触媒とするので、周辺環境に当該属性の精霊が居ない場所でも発動できる等々、種族属性魔法は便利で強力だ。
だから、生まれたばかりのリトルフェアリーでも、一日中透明化を維持した上で飛行し続ける事もできるし、MPさえ足りるなら、風魔法による範囲攻撃も可能になるのだ。
では、精霊魔法は種族属性魔法の劣化でしかないのか、と言われると、そんな事は無い。
精霊魔法は、魔法の効果について、追加MP使用して拡大できる点が、決定的に異なるのだ。
種族属性魔法は、魔法の威力を増やしたり、攻撃距離を延ばしたり、範囲を拡大したり、効果時間を延ばしたり、といった事ができず、あくまでも魔法に定められた効果をそのまま利用することしかできない。
だから、私のようにMPが余っていても、時間当たりのダメージを延ばす事ができないのだ。
わかりやすく言うと、風魔法の単体魔法が1回1MP10タメージとすると、これを弱くする事も強くする事も出来ないのが、種族属性魔法である。
つまり、1ターン当たりのダメージが決まっており、MP消費量も固定なのだ。
対して、精霊魔法の火矢が、1回3MP10タメージとしよう。
MP当たりのダメージも低いし、火の精霊が居ない場所では使用できないが、MPを2倍消費すれば、2発同時に撃ったり、1発の威力を2倍にしたり、射程を2倍にしたりできる。
例えば、MPを20倍…1回60MPを使えば、威力2倍の20ダメージの火矢を10発撃てる。
時間当たりのダメージは、風魔法の20倍になっているのが、わかるだろう。
実際にはここまで単純な威力計算式ではない為、20倍のMPを使えば20倍のダメージにはならず、あえて説明の為に簡略化しているのだが、理解しやすいだろう。
長時間戦うなら、MP効率が良い種族属性魔法が優れているが、精霊魔法ならMPがあればその威力や範囲、効果時間を拡大して、種族属性魔法より強力な効果を得る事も出来る点で、上位種族で種族が高レベルになればなる程にMPが多くなるので、精霊魔法の方が使いやすくなる訳である。
もちろん、MPが多くなる事で使えるようになる、強力な種族属性魔法もあるのだが、多くの場合は高威力化・広範囲化という方向性となり、使いやすさは減っていく事になる。
例えば、風魔法の上位攻撃魔法、下降激流は強烈なダウンバーストを局所的に発生させる単体攻撃魔法なのだが、実際には目標を中心に数十メートルの範囲を打撃する為、味方が接近戦をしている最中に使う事は出来ない。
また、種族属性魔法の大規模広範囲攻撃は、基本的に範囲内に対して、敵味方の別なくダメージを与えるので、非常に使える場所が限られてしまう。
例えば、水魔法の大規模広範囲攻撃、大渦潮なんかは船団1つを丸ごと沈めて余りある大渦巻を発生させ、全てを水底に沈めてしまうので、味方の居る海域では使い物にならないし、火魔法の大規模広範囲攻撃、大噴火なんかは地形すら変えてしまう。
元のファンタジーSRPGでは、それらの魔法は戦略級と呼ばれ、軍団同士の戦いで使われるものだった。
対して、精霊魔法のようなニンゲンが扱う種族レベルに制限された魔法は、使い方次第で、戦術級から戦略級まで応用が利き、MP効率は多少悪くなるが、実に便利な魔法体系として重宝されていたのである。
そして、私はコブリンからホブゴブリン、イビルフェアリーと余分に3種族も経由し、リトルフェアリーの時には大魔石を使って種族レベルカンストまで育成していた事もあり、普通のリトルエルフなら、大人に水平進化できる種族レベル15の平均で、MPは150もあれば多いぐらいなのだが、リトルエルフに垂直進化する前、フェアリーの種族レベル15時点で、MPは1500を超えていたのである。
これは、進化の仕様で、肉体性能は進化先の上限値によって制限が掛かるが、知能や精神といった魂に付随する性能は、制限を受けずにそのまま引き継ぎが出来る為である。
つまり、進化前に育てたMPは、進化先に引き継げるのである。
効率が悪すぎて、あんまりやる人は居ないが、妖精から下位精霊、下位精霊から妖精への垂直進化が出来るので、その2種族間では進化ループ出来てしまうから、理屈の上では無限にMPを育てられるのだ。
下位妖精、妖精、下位精霊、下位妖精、妖精の1ループで、それぞれ種族レベルをカンストの50まで上げれば、1ループ辺りMPを2500程上げる事が出来る。
10周もすれば、MPは25000。
種族レベルがカンストした上級精霊並のMPであり、この世界では、ブイブイ言わせる事が出来る能力値と言える。
しかし、元のファンタジーSRPGを知る私は、知っているのだ。
今居る世界は、世界丸ごとチュートリアルに特化した弱者の為の世界でしかなく、モンスターレベルが7以上から移動できるようになる、別な枝大陸…というか上位世界があり、このチュートリアル世界には、モンスターレベル15未満の存在しか居る事が出来ない、という事を。
モンスターレベルが7から移動可能になる、上位世界では、たった25000ぽっちのMPの差なんて、意味が無い事を。
前にも少し書いた気がするけど、私は元のファンタジーSRPGでは、軍団を率いていた。
当時はモンスターレベル25相当の中級神であったのだが、種族レベルが1上がればMPが10万とか上がった。
チュートリアル世界でチマチマとMP上限を上げる暇があるなら、1日でも早く進化を繰り返し、モンスターレベルを上げて、種族自体をアップグレードした方が、強くなる。
だから、私は垂直進化を急ぐのだ。
とはいえ、ゴブリンからフェアリーまで、この世界でも弱者として成長してきた私にとって、MPの多寡は、生存確率を上げる、と言う観点で決して無視できない要素でもある。
特に、王都ラオヤンで死にかけた私としては、この経験値稼ぎが容易な暗黒半島で、僅か数日で種族レベルが35に達し、エルフどころかエンシェントリトルエルフに水平進化が可能と知って、欲が出たのは、やむを得ない仕儀だった、と思う。
ついでに言うなら、元のファンタジーSRPGでは、ゲーム開始時点でリトル、の付かない成人したエルフからのスタートだった為、エンシェントリトルエルフは進化で経由した事が無かった。
基本的に、垂直進化しない限り、リトルのつく種族にはならない。
私がゲームでもリトルエルフを経験したければ、上で書いた進化ループをしない限り、無理だったのだ。
ちなみに、エンシェントリトルエルフを経由する事で得られるメリットは、本来はエルフ、ハイエルフ、エルダーと順次水平進化が必要な所を、ハイエルフとエルダーを飛ばしてエンシェントエルフに進化できる点だが、実のところハイエルフの部分がエンシェントリトルエルフに、エルダーの部分がエンシェントヤングエルフに置き換わるだけで、必要な進化数は変わらないオチがつく。
ドラゴンなどもそうなのだが、成長段階においてリトルの間にいくつかの段階を挟む場合があり、エンシェントエルフはリトル、ヤングの2段階ある為だ。
なお、成人しているエルダーエルフから進化する場合は、ヤングが飛んで、エンシェントエルフになる。
成長補正が高いエンシェントエルフで、リトル、ヤングの2段階分、種族レベルを上げる事が出来るので、普通にエルフ、ハイエルフ、エルダーと順次水平進化した時と比べて、ステータスの伸びは良くなる、と言われている。
あとは、進化2つ分早く、エンシェントエルフで得られる神代魔法のスキルが解放される点が、メリットと言うべきだろうか。
神代魔法は、古代魔法の更に上位に位置する魔法スキルで、設定としては魔力が豊富だった神話時代の魔法の為、めちゃくちゃMPの燃費が悪い代わりに、アホみたいな出力の魔法が使える魔法体系、とされている。
使い道が出てくるのは、神話時代に相当する上位世界に入ってからなのだが、浪漫だけはたっぷりある魔法体系だから、早めに手に入るなら、それに越した事はない。
私は、野生動物の巣になっていた自然洞窟を武力占拠して安全地帯を確保すると、サクっとエンシェントリトルエルフに進化した。
進化記念に、モドキやゴブリンを狩りまくって、ヒャッハーしまくったが、特に後悔していない。
1か月半で縦断する予定だった暗黒半島で、エンシェントエルフに進化してから、気が付けは更に3か月以上も暴れまくった事は、気にしたら負けだと思う。
進化先をエンシェントのつもりがエルダーに間違っていた部分を修正。




