13.再会、ゴブリンよ…
前にも言及したが、夜の街道を歩いていると、割と高い確率で夜行性のニンゲンに遭遇する。
それは、金のありそうな旅人から身ぐるみ剥いで潤いたい農村の荒くれ者のように、昼間は普通の村人という半グレみたいな連中だったり、旅商人を襲って生計を立てるガチ犯罪者の山賊だったり、亜人種狩りと称して、山野に隠れ棲む人間以外の種族を襲い、奴隷化する事で生計を立てている奴隷商の武装集団などなど、多岐に及ぶのだが、央華人こそ至高の存在、と言う割に犯罪者が多い辺り、その精神性はお察しである。
深夜に夜目を頼りに街道を歩いていると、隔日くらいの頻度で遭遇する、そうした犯罪者たちの犯行現場は、気付いたら即気配を消して去り、迂回するようにしているのだが、運が悪いとお仕事の真っ最中に、出くわしてしまう事が、ままある。
今日出くわしたのは、農民崩れの野盗が、馬車1台と言う小規模な交易商人を襲った後の、戦利品の略奪タイムだったようで、ぼろ屑のように損壊した商人の残骸と、倒れた護衛の女戦士に群がる野盗達であった。
苛烈だが、ある種の規律がある傭兵崩れの山賊と違い、農民崩れの野盗は、なんというか非常に動物的だ。
ただ、欲しいから奪い、襲い、犯す。
戦利品を楽しむなら、安全なアジトに戻ってからにすればいいのに、その僅かな我慢すら出来ない。
ぶっちゃけ、魔の森のはぐれゴブリンと大差無い行動と言える。
そういう連中だから、万が一にも見つかったら、大変まずい。
私は、街道から少し森に入って、そっと身を隠し、離れた場所で彼らが立ち去るのを待つ。
本当なら、彼らの様な危険なケダモノからは、一歩でも遠くに離れておきたいのは山々なのだが、下手に移動して音を立ててしまえば、逆に危険だからだ。
女戦士が死体になってからも、野盗達はしばらく群がっていたが、二時間ほどもすると、馬車からめぼしい略奪品が奪い終わった事もあり、彼らは笑いながら立ち去って行った。
…堂々と、街道を通って、この先の村の方向に。
てっきり、農民崩れの野盗かと思っていたが、半農の野盗だったらしい。
農民が堂々と盗賊をやっているような村は、夜はもちろん、昼間に立ち寄ってもロクな事にならないので、スルー推奨である。
私は、いつも通り、襲撃後に残された死体から、使えそうな物が無いかを手早く探って、街道を進む。
以前、傭兵崩れのプロ山賊がお仕事をしている所を見学して、旅商人が本当に大事な物を隠すポイントを幾つか学んでおり、農民崩れの野盗や半農の野盗だと、大体は見落としてしまうので、地味に儲かるのだ。
今回は、御者台の下に隠し収納があって、多少の宝石が入った袋が見つかった。
王都ラオヤンから、徒歩で旅した一か月ほどの間に、こうしたお零れを得る事は、ままあって、換金できれば良い稼ぎとなるっているのだが、央華国では人権など認められていないエルフの子供では、換金しようと質屋に行ったら、その場で奪われて、奴隷に落とされること請け合いなので、収納袋の肥やしでもある。
しめしめ、と宝石袋を収納袋にしまったあと、私は少し無理をして問題の村を迂回し、先を急いだ。
そんなこんなで、危険な央華国を旅すること二か月と半。
央華国の最果て、暗黒半島に最も近い交易都市、アントゥに辿り着いた。
アントゥの南、オリョク河を挟んだ対岸が、暗黒半島である。
王都ラオヤンから離れる程に治安は悪化し、隔日だった野党との野盗は、ほぼ毎日となり、角ばった顔で、目のつり上がった残虐な野盗が増えた。
暗黒半島では、更に治安は悪くなるだろう。
ゲームの時のデータだが、文化度と治安度は、大陸でも最低だったし。
ただ、人口密度も比例して下がっており、そもそもニンゲンとの遭遇率は下がるはずだった。
暗黒半島は、その名前の通り、半島でニンゲンの領域は、街道と街村だけであり、大部分は魔の森に準じる、人類の制御下に無い邪神陣営の領域となる。
暗黒半島の固有人類種は二種おり、中立神陣営のニンゲン種と、邪神陣営のモドキ種に分かれるのだ。
街道と街村に住むのが、ニンゲン種で、央華国から派遣された代官をトップとして戴き、央華人としては認められない、三級市民として扱われているが、央華語が通じるし、貨幣経済や印刷と言った、央華国から齎された文化を持つ。
対して、邪神陣営の領域に棲むモドキ種は、ゴブリンやホブゴブリンの奉仕種族であり、央華人からはニンゲンとして認められておらず、亜人種と認識されている。
文字を持たず、ゴブリン語または央華語を簡略化した偽華語でカタコトの会話ができるとされているが、根本的に上か下かの価値判断しかなく、まず対話しようとする相手を格下と認識してマウントを取ろうとする為、まず肉体言語で交渉しないと話が進まない、と言われる連中らしい。
その為、ゴブリンより話が通じない連中、と言う笑えない評価もあるとか。
それはさておき、透明化でき、空を飛ぶフェアリーだったなら、暗黒半島も一週間と掛からずに縦断できたのだが、王都ラオヤンから交易都市アントゥまでの旅路で分かったのは、リトルエルフの足だと、普通の旅人の五割増しの時間がかかる、という。
半島縦断は、街道を使って一か月以上掛かる見込みであった。
央華国では、街道周辺の森は、中立神陣営の領域であり、多少は道を外れても、エネミーに襲撃されるリスクは少なかった。
しかし、暗黒半島では、少し道を外れてしまえば、邪神陣営の領域であり、今までの様に街道に野盗が居るからと、道を外れて隠れ潜んでいれば、その辺のエネミーから攻撃されるリスクすらある。
だが、これも悪い事ばかりではない。
今までは、野盗には遭遇しても、エネミーとは遭遇して居なかったので、現在の種族レベルは、僅かに五。
王都ラオヤンで三だったから、たった二しか上がっていない。
代わりに、スキル上げは捗ったというか、いつの間にか初級盗賊系スキルの隠密が生えて、レベルも三になっていたし、水作成を使いまくった事もあり、精霊魔法もレベルは二に上がっていた。
これにより、新たに鬼火、水膜の盾、混乱、闇撃、高揚、足掴みを覚えた。
混乱は対人相手には使い勝手がよく、運悪く野盗に見つかった時には、大活躍だった。
暗黒半島に入れば、エネミーとして襲い来るモドキやゴブリンなどを相手に、精霊魔法はもっと活躍するはずであり、レベルが3になれば透明化が出来るようになる。
フェアリーほどに便利なものではないが、余計なもめごとの回避が楽なるだろう。
私は交易都市アントゥには入らず、港で小舟を、持ち主に黙って購入し、オリョク河を渡り、暗黒半島へと足を踏み入れるのであった。
オリョク河の対岸には、貧しい漁村が点在するのみで、ロンチョン地方と総称される。
半島全体が央華国の植民地なので、央華国と同じ人間種至上主義かつ奴隷制を敷いているので、貧しい漁村だろうが、リトルエルフがのこのこと出歩ける場所でもない。
央華国が入植する以前は、エルフやドワーフといった中立神陣営の亜人種達もそれなりに住んでいたのだが、央華国による奴隷狩りと邪神陣営種族による攻撃で、隠れ里を含めて綺麗さっぱり駆逐されてしまったと言われる。
村と村の街道とオリョク河が接する場所を見つけ、ニンゲンの気配が無い事を確認して、上陸を果たす。
基本的に、南へ進めばよいので、方角だけを見失わないようにして、街道を進んでいく予定である。
央華国に比べると、街道も細く、辛うじて浸食除けの石灯籠が一定間隔で配置されている事を除けば、舗装すらされていない道なので歩きにくい上、馬車の轍を埋め戻す手間もかけていないから、深く刻まれた轍には雨水と馬糞が混じって泥濘と化し、何と言うか、土地全体が糞便臭に包まれているようだった。
おっと、第一村人発見。
なんと、コブリンとモドキの混成部隊による、隊商襲撃、と言う中々に大規模なイベントである。
ざっと見た感じ、襲撃側は、モドキは100匹ほどと、ゴブリンが20匹前後。
対して、隊商は5台の馬車と、15名程の武装した護衛が、馬車を盾に円陣を組み、モドキに一斉に襲い掛かられないように工夫しながら戦っている。
よく見ると、モドキはコブリンの奴隷らしく、ゴブリンの命令で隊商に突撃しては、護衛たちに斬られて死んでいるようだった。
奇妙な鳴き声を上げながら逃げようとしたモドキが、ゴブリンに殴られて、襲撃に戻されている。
人数は圧倒的に襲撃側が多いのに、モドキはとても弱く、次々と護衛に倒されていく。
モドキが半分ほどに減ると、完全に士気を喪失したのか、奇妙な鳴き声を上げ、算を乱して逃げだした。
ばらばらに逃げるモドキを、数の少ないゴブリンでは留められず、襲撃は失敗したようだった。
泣き叫びながら、武器である粗末な棍棒を投げ捨てて逃げるモドキに比べて、ゴブリン達はどうやら大集落の正規兵らしく、規律が取れた動きで、さっさと森の中へと撤退する。
私は、その統率された動きに、かつての魔の森で出会ったレッドキャップやゴブリンを思い出すのであった。
[多分書かれる事が無い隠し設定]
実は、モドキは亜人種ではなく、激レアなモノマネブロブの一種で、半島固有のニンゲン種をコピーした粘菌生物である。
その為、死体を焼くと骨も残らないし、土葬すると完全に腐敗して土に還る。
超絶に高度な擬態能力により、細胞レベルでコピーされており、臓器などもニンゲン同様に変態しており、モドキとニンゲン、亜人種間で交配すら可能になっている。
なお、モドキを母親として交配した場合の子供は、ブロブとなり、モドキを父親とした場合の子供は、母体種族の子供となる。
後代にこの事実が判明すると、代替臓器の培養細胞として最適であるとしてモドキが乱獲され、個体数が激減すると養殖されるようになったとか。
さらに後代に、知能が高いなら粘菌でも人権を…という動物愛護運動が起きるが、そんな先の話が語られる筈も無い。




