1.ゴブリン大地に立つ
転生したらゴブリンだった。
しかし、ステータス画面がどっかで見た事がある。
と、思ったら、前世でハマっていた、ファンタジーSRPGと同じだった。
そのSRPGの世界観はありがちな、光と闇の勢力の戦いがあるファンタジー世界だが、種族進化というシステムがあり、最弱のミニスライムからでも、神話級の怪物まで進化可能、と言う育成要素が売りだった。
例えば、ゴブリンは種族レベルが一定を越えると、ゴブリンファイター、ゴブリンアーチャー、ゴブリンマジシャン、ゴブリンプリースト、ホブゴブリンに進化可能で、ゴブリンの上位種系統を極めると、最終的にゴブリンキングまで進化できる。
ホブゴブリンからはトロールまたはイビルフェアリーへと進化が出来、トロールからは、巨人種族への進化ルートがあり、最終的にはサイクロプスまで進化できるし、イビルフェアリーからはレッサーダークエルフ、レッサー・ノームとリトルフェアリーと分岐し、レッサー・ノームやリトルフェアリーを選べば、邪神属性を離れて、中立属性の進化系統へと移行できるし、レッサー・ノームからは精霊族へ、リトルフェアリーからは中立属性の妖精族へと進化していく事が出来る。
レッサー・ノームから頑張ってサラマンダーになれれば、派生進化でドラゴン系統へ行く道もあるし、リトルフェアリーからエルフを経由して亜人系統へと進化する事も可能だし、手間はかかるが、進化の可能性だけなら、堕ちた妖精族であるゴブリンは、悪くないモノがある。
しかし、同時に進化先を慎重に選ばないと、どん詰まりが多い、という欠点もある。
例えば、ゴブリンの種族レベルは一〇で上位ゴブリン系統へと進化できるが、一度上位ゴブリン系統を選んでしまうと、あとは一本道で、ゴブリンキングで進化は打ち止めである。
ホブゴブリンから特殊進化で行けるグレムリンやレッドキャップも、進化先は無く、トロールからレッサージャイアントへと進化して、巨人種族ツリーに入ってしまえば、そこから別種族へのルートは無い。
レッサー・ノームから進化してウィンディーネからはスライム系統に移行できるし、樹木の精霊アウラルネからはウッドゴーレムを経由して、ゴーレム系進化も可能だが、やはりそれ以降は種族が固定となる。
割と自由度があるのが、亜人系統になるが、そこまでが非常に長い道のりになる。
と、ここまで思い出したところで、ゴブリンに関するフレーバーテキストに、何か引っ掛かりを覚えた。
ふと、ステータス画面の種族欄に書かれた、ゴブリンという文字をつついてみた。
すると、ファンタジーSRPGと同様に小さな窓が開き、ゴブリンに関する簡単なフレーバーテキストが表示される。
「ゴブリン。堕ちた妖精族。元々は大地の妖精ノームを起源とするが、邪神陣営に属する事で、知性と引き換えに旺盛な繁殖力を得た種族。一匹見たら近くに三〇匹は居る。ほとんどの亜人種の雌と交配して子供を作る事ができ、その場合生まれる子供は全てゴブリンとなる。生後一年で成熟し、最長で一〇年ほど生きるが、弱い種族の常で、平均寿命は三年半とされている。」
…。
「平均寿命は三年半とされている」
…あ、あかん。
進化できれば、寿命も平均寿命も大きく伸びるのだが、ゴブリンのままでは、簡単に死んでしまう。
幸か不幸か、記憶を取り戻したのはたった今だが、既に生後一年が経過して、肉体的には成熟している。
少しでも早く種族レベルを上げて、進化しなければ。
と、焦る気持ちをぐっとこらえ、ゴブリンの種族特性をおさらいしてみる。
モンスターレベル二に相当する邪神属性のモンスター。
モンスターレベルってのは、人間が敵対的生物…エネミーに対して、脅威度を格付けした数字で、概ね一から一〇に分類される。
一は、非戦闘員でも軽武装して居れば脅威を感じない、ジャイアントラットとか、ホーンラビットとかの小動物系モンスターとか、リトル、と種族名につく未成熟個体などがカテゴリーされる区分で、女子供には脅威がある、とされるもの。
二は、戦闘訓練を受けた軽武装した人間なら、あまり脅威を感じないコボルドやゴブリンといった弱小モンスターがカテゴリーされる区分で、数が揃えば脅威になる事から、こまめに駆除されたりしている。
三は、戦闘訓練を受けた軽武装した人間なら互角に戦える、といった区分になり、ゴブリン上位種とか、ジャイアントアントとか、素人さんには手が出しづらい辺り。
こんな感じで、数字が上がる程に脅威度は上がって行き、五を超えた辺りからは、完全武装の戦闘職が数人がかりじゃないと勝てなくなるし、七で小隊規模の軍隊が必要になり、一〇になると、国が騎士団を派遣しなければ勝てないくらいになる。
ちなみに、一〇以上のモンスターレベルも存在していて、サイクロプスは一二、ミスリルゴーレムとか成体のドラゴンとかは一五とかになる。
元のファンタジーSRPG的には、最高レベルは五〇のエンシェントドラゴンとかデミゴットとか…。
…まあ、今のところは、そーいう規格外は横に置こう。
そう、ゴブリンは単独だと、ちょっと武器の扱いに慣れた農夫にも負ける程度の弱いモンスターなのだ。
食い扶持だけ稼ぐために弱いモンスターを狩り、運が良ければ種族レベル一〇に至って、ゴブリン上位種に進化できれば御の字、割合で言えば、そんな幸運なゴブリンは、一割に満たないという。
当面の目標となる、ホブゴブリンへの進化には、種族レベル一五が必要。
多くの場合、ホブゴブリンへ進化できるのは、大物狩りに成功して、一気に種族レベルを一五以上まで上がった個体であり、普通は種族レベル一〇になったらゴブリン上位種へと進化してしまうからだ。
平均寿命は三年半だけど、命を大事に使えば一〇年生きられる。
…と考えたけれど、一〇年で老衰死するって事は、五年過ぎた辺りには、人生折り返しで老化が始まるって事である。
平均寿命三年半というのは、野生動物として体の衰えと、生存環境が平衡した数字である、と考えたなら、三歳半を超えた時点で、進化できる可能性はカグっと落ちると想像できる。
つまり、残り二年半以内に私は、種族レベルを一五以上にしなければならない。
ホブゴブリンに進化できれば、一気に平均寿命は一五年ほどに延びるから、余裕もできるだろう。
しかし、ゴブリンはほとんど底辺に近いモンスターだ。
当たり前のゴブリンのやり方をしていては、目標に達する以前に殺されるか、平均寿命というタイムリミットで死ぬだろう。
そこで、トラップを活用して積極的な狩りをする事にした。
ゴブリンアーチャー辺りだと、罠知識を持ち、狩りにもトラップを使ったりするのだが、普通のゴブリンは、粗末なこん棒一つで狩りに出る。
たまに、森で迷った冒険者の死体から剥いだ剣やナイフで武装している時もあるが、稀だ。
人数を揃えて、獲物を囲み、追いつめ、こん棒と投石で仕留めるのが、ゴブリンの狩りである。
当然、効率が悪いし、獲物の反撃で死ぬ奴もいる。
私は、そんな非効率で非合理な狩りで死にたくなかったので、罠を使った狩りを兄弟や仲間に提案したのだが、上位ゴブリンの一匹も居ない、新興にして弱小の集落では、年功序列がすべてであり、成人したばかりの子供の発言力など、無いに等しい。
年上のゴブリンから「秩序を乱す敵」認定されて、村八分状態になるのに、そんなに時間は掛からなかった。
食料分配を得られなくなったが、前世のおぼろげな知識で作った拙い罠でも、あまりスれていないこの世界の動物には有効だったで、むしろ私の方が安定して獲物が獲れて、食糧事情は豊かになった。
ついでに、経験値的な物も独り占めできたことが良かったのか、半年を過ぎた辺りで種族レベルが一〇になった。
この集落で最も年上のゴブリンが種族レベル六なので、我ながら良く頑張ったと自画自賛しつつ、のこり五レベルを上げる為に、少し遠くまで数日かけて狩りに行ったのが、運命の分かれ道だった。
首尾よくビッグボアという大物を単独で狩り、気分よく集落に帰ってきた私を出迎えたのは、何者かによって焼き払われた、無残な残骸だったからだ。
焼け跡の状態から、襲撃から数日が経過しており、私が村を発って程なく、少数の武装集団…おそらくは、人間の冒険者に襲われたと見て取れた。
正直な所を言えば、兄弟仲間と言っても、元々が人間だという意識のあった私は、あまり共感を持っておらず、村八分に近い扱いを受けていたから、お世辞にも仲が良かったとは言えない。
しかし、そんな状況でも、全く没交渉であったという訳でもなく、失って初めて、自分の中に、彼らを悼む気持ちがある事に気が付いた。
人間から見れば、ゴブリンの集落は大きくなる前に間引くもの、それは間違いない。
人間の立場で考えれば、理解も出来る。
しかし、それで失われた命を良しとする事も出来ない。
足跡や使われた攻撃の種類から、襲撃者は五名から七名。
恐らくは、森の外にある人間の村に雇われた冒険者なのだろう。
私は、彼らの移動した痕跡を、注意深く追った。
内心では、襲撃から数日経っている事からも、冒険者たちはとっくに依頼主の村に着いて、宴会の一つもやって居る筈、ゴブリン一匹で復讐なんて不可能だ。
と理性が冷静に現実を分析していたので、九割がた今の行動が徒労に終わる、と思っていたのだが、邪神と言う存在が居るとしたら、きっと私に微笑んでいたのだろう。
六人の冒険者チームの一人が、その辺の低木を折って作った即席の杖をついており、彼らの歩みは遅々として遅く、未だ森の中に居たのだ。
とはいえ、後二日もあれば、森を出てしまうくらいには、森の外れに近かった。
絶好にして、最後のチャンスと言うべき好機を無駄にする、という結論は私のどこにもなかった。
あまり近づきすぎると、彼らに気配を察知されてしまうので、慎重に風下から彼らの先へと回り、野営するだろう場所に当たりを付けると、そこに罠を仕掛ける。
そして、もし彼らがそこに野営しなければ、もし彼らが罠に耐えてしまったなら、もし…と不安な気持ちを押し殺し、夜を待った。
果たして、邪神は再び私に微笑む事になった。
彼らの野営地は、元々森に入った際に、彼らが野営した場所であり、適度に開け、石で囲んだ簡易なかまどがあり、近くには水場もあった。
まず私は、かまどになっていた場所の土を少し掘り、燃えると眠りを誘発する煙を出す木の実を埋めた。
これにより、ある程度時間をおいて、眠りを誘発する煙が出る。
しかし、これだけでは効かない可能性もあるし、予定通り木の実が燃えなければ、罠が不発になってしまう。
そこで、水場の近くにある食用草に、シビレマタンゴの胞子を掛けて置いた。
一度彼らがここで採取した痕跡があったので、今回も利用すると踏んだためである。
シビレマタンゴの胞子は、即効性は無いが、僅かな量でも麻痺効果が発生するし、少量なら体調不良と勘違いしやすい。
彼らは、野営地でシビレマタンゴの胞子入りの汁物を食べ、眠りの木の実の煙を吸い込み、見張りの戦士を含めて、全員が深く寝入ってしまったのである。
あとは、口を塞いで心臓を一突きすれば、どんなにレベルの高い冒険者だろうが、死ぬしかない。
六人の冒険者は、全員が物言わぬ屍となった。
私は、彼らが討伐証明と呼ぶ、仲間の右耳を切り取って入れた袋を見つけると、火にくべた。
復讐、と言うには熱量が足りないし、鎮魂と言うには厳粛さの欠片も無い、ただ自己満足だけで行われた行為だったが、気が付けば、私の種族レベルは一七になっていた。
ステータス画面を開くと、レベルの横にある進化アイコンが点滅している。
アイコンをタップすると、ゴブリンファイター、ゴブリンアーチャー、ゴブリンマジシャン、ゴブリンプリーストに続いて、ホブゴブリンの名前が新しく表示されていた。
私は、迷わずホブゴブリンを選択する。
その瞬間、私の意識は暗転した。
そして、目が覚めると、夜は開けて、既に太陽は中天に差し掛かっていた。
周囲の死体を見ると、幾つかは齧られた跡があり、どうやらかまどの火が消えた後に、肉食動物が漁って行ったようだった。
まさか、進化で意識を失うと思わなかったから、即座に進化を選んでしまったけれど、一歩間違えば、意識を失っている間に殺されかねなかった訳で、次からは安全な場所で進化しようと心に刻む。
死体から、荷物や装備を漁り、使えそうなものは自分の物にした。
鎧は体格が違いすぎる為に使えなかったが、小手やすね当てなど、部分的には使えなくも無かったし、盾や戦斧、小剣やナイフといった武器は問題なく使えたので、進化したてのホブゴブリンとしては、幸先の良いスタートを切れたと思う。
ここで、ふと思いついてステータス画面を開いた。
ファンタジーでは、ステータス画面からショートカット装備が可能で、最大一五個までのアイテムを格納できた。
もちろん、ゲーム中で無限収納の秘法を入手すれば、ほとんど無尽蔵にアイテムを持ち運びできるのだが、あれは迷宮からドロップするお宝なので、初期状態では、この一五枠のショートカット装備欄をやりくりする必要があったのだった。
もしかしたら…と思い、冒険者から奪った装備が詰まった背負い袋をタッチして、空いているショートカット装備欄に移動のジェスチャーをしてみると…地面に置かれていた背負い袋が消え、アイコンに背負い袋が表示された。
次に、ショートカット装備欄から背負い袋にタッチして、地面に向けて移動のジェスチャーをしてみると、背負い袋は地面に出現した。
「これは、有難い」
今までは、ゴブリンの持てる私有財産なんて、腰に下げた粗末な皮袋に収まる物しか無かったので、すっかり忘れていた。
持ちきれないので捨てるつもりだった、鎧の残りとか弓矢、重たい保存食などを背負い袋に分別して入れ、ショートカット装備欄にしまうと、ここには六つの死体しか残らなかった。
私は、最後に冒険者の死体を一瞥して、再び森の奥へと戻る。
あの集落には帰らない。
しかし、種族レベルを上げるなら、モンスターの多い森の奥が適している。
ゴブリンに転生したけれど、このファンタジーSRPGに酷似したシステムを持つ世界なら、上を目指す事が出来る。
転生した意味とかを考えるのは、自分の安全が確保されてからでも遅くない。
ホブゴブリンのモンスターレベルは三でしかなく、人間に見つかれば、簡単に狩られてしまう存在でしかないのだから。
2019/05/21 字下げ処理