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第九十三話 不滅のアリュアス


 ふいに心臓を突き刺したのは、森の奥からかけられた声だった。



 聞こえた声は女のもので、それも若い女の瑞々しさが備わった美声だ。

 セイラン共々声が聞こえた方を向き、木々の奥に蟠る闇を注視していると、白い靄のようなものがぼんやりと浮かび上がってくる。

 やがてそれは白磁のように真っ白な色に固定され、人の顔のようにその形を定めた。



 これは靄が見せる錯覚なのか、それとも心霊写真に写り込んだ人面のみの存在か。

 白仮面の輪郭が明確に浮かび上がると同時に、隠れていない口元と、女の肢体を包み込む藍色の法衣が現れる。

 さながら半透明な幽霊が、色味と形を得たかのよう。



 白仮面の何者かは、闇から剥がれ落ちるように現れると、茂みを通り抜けて立ち止まり、セイランに向かって礼を執った。



「初めて御意を得ます、ライノール王国王太子、セイラン・クロセルロード殿下。私の名はアリュアス。不滅のアリュアスとお呼びください」



 そんな自己紹介をした白仮面――アリュアスに、セイランは厳しい言葉を浴びせかける。



「たわけたことを。そのような胡乱な名乗りを行うなど、作法を知らぬと見える。ただ名乗ればよいというものではない」


「それはご無礼を。私は高貴な出ではありませんので、不調法はご容赦ください」



 アリュアスは咎めの言葉を涼しげな口調で流す。この状況を弄んでいるのかは定かではないが、随分と飄々とした性格らしい。



 一方でセイランは不満げに鼻を鳴らし、場にかける圧力を高める。

 内臓を押しつぶすか如き不可視の力に、しかしアリュアスはどこ吹く風。こんな圧力の中でも、仮面に隠れていない口元は不敵な笑みでゆがんでいる。



「そなたも帝国の者か」


「ええ。この状況で姿を現すということは、自明のことでしょう」



 とは言うものの、この言及しない妙な言い回し。出てきたタイミングといい、なんとはなしに別派の者なのだなと思っていると、アリュアスはセイランと視線をぶつけ合うのもわずかにとどめ、こちらを向いた。



「アークスくん、と言いましたね?」


「なぜ俺の名前まで?」


「先ほどからずっと、見ていましたので」



 ということは、先ほどの名乗りも聞いていたということだろう。

 そしてそこから踏まえるに、味方を助けもせずに傍観に徹していたというわけか。

 やはり別派か――そう確信したその直後、彼女の背後から足音が聞こえて来る。

 兵を伏していたのか。森の中から次々と帝国兵が現れ、自分やセイランを取り囲むように散開した。

 先ほどの黒豹騎とは違うらしいが、普通の帝国兵とも様子が違うように思える。

 帝国兵ならば、この機を逃がさず、真っ先にセイランに襲いかかるはず。

 しかし取り囲んだまま動かない……というのはどうにも解せなかった。



 身構えていると、アリュアスが自分に対して礼を執る。

 腕を胸元に回し、深々と頭を下げる王国式の敬礼。

 それこそセイランへの礼がおざなりだったと感じられるほどの恭しさがそれにはあった。



「アークス・レイセフト。デュッセイア殿との戦いで披露された魔法の数々、先ほどすべて拝見させていただきました。私も長らく魔導に身を浸したものと思っていましたが、あなたが使った魔法は、まるで知識が及ばなかった。まったくお恥ずかしい限りです」


「それはどうも」


「気のない返事をするのですね」


「……ふん」


「ふふ、健気なことです。いまはもうそんな気のない返事をするのも大変でしょうに」



 アリュアスは微笑ましさでも感じているかのように、口元に笑みを浮かべる。

 そんな彼女はお世辞も早々に終わらせて、本題に入るのか。



「あなたにひとつお願いがあるのですが、先ほど使用した【第一種障壁陣改陣(ウォールアルター)】を貫いた魔法。それを私に教えてはいただけませんか?」



 ……おそらく【第一種障壁陣改陣(ウォールアルター)】とは、帝国魔導師が使った防性魔法だろう。そして、このアリュアスという女は、それを破った魔法が【輪転する魔道連弾(スピニングバレル)】だと確信しているらしい。

 この確信ぶり、とぼけても意味はなさそうか。



「――断る。当たり前だろ?」


「でしょうね。ですが、私も手ぶらで帰るわけには参りません」


「じゃあ、どうするって?」


「そうですね。では、ここでそれを教えていただく代わりに、セイラン殿下を見逃す……というのはどうでしょうか?」


「……!?」



 この状況で、そう来るか。

 確かにそんな条件を出されれば、心も揺れ動くというもの。

 セイランを失うかもしれない、という王国にとっての危機的状況なのだ。

 どうしても、悪くない話に聞こえてしまう。



 その誘惑に、つい乗りそうになってしまったそのときだ。



「それは出来ぬな」


「殿下……」


「そなたが口にした条件では、見逃されるのは余だけだ。近衛たちは含まれていないし、なによりアークスに対しても言及されていない」


「当然でしょう。近衛まで見逃せば私としても言い訳が立たなくなりますし、なによりアークスくんには魔法を教えていただくのにご足労願わないといけませんので」


「ならばなおのことよ。その条件は呑めんな」



 セイランがそう断じると、アリュアスは口元に含みのある笑みを浮かべる。



「――やはりそれは、魔力を測る道具が関係しているので?」


「さて、なんのことか」


「知らぬ存ぜぬなどせずとも構いませんよ王太子殿下? すでに我々はその存在を把握しています。ふふ、まだ現物は回収できていないのですが」


「……貴様」



 セイランの圧力に、明確な敵意が交じる。不可視の力が切っ先を突き刺すような鋭さに変わっても、しかしアリュアスは動じないまま。むしろ語調に弾みを付けて、陶酔の交じった指摘を行う。



「例の道具を作ったのは彼だ。先ほどの戦いを見て、確信いたしました。魔導師アークス・レイセフト。あなたの使った魔法には、我らが知る魔法の理論とは、別種の機序が確かにあった。そう……そうですね。まるで、あなただけが遠く離れた未来にいるかのような、そんな不自然さが見受けられたように思います」


「…………」


「本当に素晴らしい。その才を、知識を、たかが一国の魔導師として埋もれさせるわけにはいきません。是非とも、我ら銀の明星の一席を担う星の一つとして、あなたのことをお招きしたい」



 交渉は無理と知って、今度は勧誘に走ったか。

 しかし、自分が口にする答えは一つだった。



「そんなつもりはない。自分がどの道を行くかは、ついさっき決めたばかりだ」


「……そうですか。それは残念です。できれば力ずくで、という形は取りたくなかったのですが」


「……来るか」


「先ほど魔法を見せていただいたお礼です。まずは、私の魔法をご披露いたしましょう」



 白仮面アリュアスはそう言うと、詠唱を始める。



『――■■■が求めし、炎の■■のその在処。時の流れに葬られ、忘れ去られし足跡よ。再誕を夢見る■はここに。■■■の叡智によって紡がれる。いまは夢幻の■■よ、決して止まらぬ■■となり、その吼え声を上げよ』



 ――【■■■■■】




 煌々と輝く赤を湛えた【魔法文字(アーツグリフ)】がアリュアスの前に散らばると、燃え上がりながら巨大な魔法陣を形成、展開。魔法陣の中心の空間が、さながら写真を炙ったようにぐずぐずで曖昧にその像をゆがませ、なんらかの出現を予期させる兆しを見せ始めた。

 やがてその曖昧な境界から生まれ出ずる、巨大な炎の鳥。

 それは剛風を伴って飛び出すと、衝撃波を先陣にして、火線を引きながら後方へ一直線に駆け抜けていった。

 吹き飛ばされそうなほどの風圧に身を伏せて耐える中、森が炎と共に吹き飛ぶ。

 振り返ると、そこは余燼が燻る通り道が。

 森が、炎によって切り裂かれていた。



 呪文は…………聞こえた。ほぼすべて。これはアリュアスが呪文を聞かれないように手を尽くさなかったためだ。

 だが――



(いまの呪文は……)



 読み込んだ紀言書と、聞いた呪文とを照合しても出典が割り出せない。

 紀言書にはまだ読み解けていない部分も多くあるが、内容は頭の中で、書式化したデータのように記録されている。だが、いまの呪文からは、似たような伝承さえ見つけ出せなかった。

 聞いたこともない単語や成語があったから、ということもあるのだろうが。

 しかし、森を吹き飛ばすほどのこの激しさだ。【炎】という単語を制御しているのも理由にあるだろうが、創作などでは決して発揮できない威力があるように思える。

 ということは、読み解けていない部分の話だったのか――



 セイランが腰を落とし、耳元で囁く。



(……アークス、魔力は残っているか?)


(……申し訳ありません。もうほとんど)


(……いや、致し方あるまい)



 ならば、選択肢は一つか。



「殿下。ここはお逃げを」


「馬鹿を申すな。余はセイラン・クロセルロードなるぞ。雑兵如き相手に背は向けられぬ」


「しかし、あの魔導師は別格です。このままでは御身もろとも……」


「あれが得体の知れないものだとは余も存じておる。だが、ここで余だけが退くわけにはいかぬのだ」


「左手の動かない俺は足手まといです」


「なればこそよ。臣下を守れずして何が新しき王統か」


「しかしっ」


「……これが愚かな選択だとは余とて重々承知している。それでも余は……」



 セイランが呻くような声を上げる中、アリュアスが嬲るように訊ねかけてくる。



「そろそろご相談の方はお済みになりましたか?」


「……っ」


「たわけが。貴様らの思い通りになると思うな」



 セイランが身構え、身体の周りに稲妻をまとい始める。

 これが全力の臨戦態勢なのか。魔力が渦を巻き、まるで嵐の直下にいるかのような錯覚さえ起こしてしまう。

 一方で近衛たちも、今度こそ自分が盾となろうと動き始めた。

 足止めにならずとも、敵の邪魔になりさえすれば、セイランが帝国兵を倒す余裕が生まれると踏んでのことだろう。詠唱時間さえ確保できれば、セイランに負けはないはず。

 自身も体内に残ったありったけの錬魔力を右手に集めて、反抗の機会を待つ。



 そうしてセイランが呟き始めた直後、アリュアスが手を挙げた。

 それを振り下ろせば敵が動く――そんな予感が走ったときだった。



 横合い――街道方面から、強烈な衝撃波が駆け抜けてくる。



「な――!?」


「これはっ……」



 一体なにが起こったのか。木々をねじ曲げるような爆圧めいた暴風に堪える中、街道を封鎖していた帝国兵の一人が、逼迫した絶叫を上げた。



「――っ、逃げろぉおおおおおおおおおおおお!!」



 まるで爆発したようなその怒号は、いかなる災禍を目撃してのことなのか。

 直後、周囲の木々が炎上する。原野に火が放たれたかのような速度で炎が木々に伝わり、辺りの景色は盛り猛る炎に包まれた。

 辺りは一瞬にして真っ赤に。

 どこからか、火炎の攻性魔法が撃ち込まれたのか。

 そう考えたのもつかの間、今度は街道を沿って、溶けたマグマのようにどろどろとした流体が流れてくる。その動きは、波打ち際で砂浜を浸食する白波さながら。空気に触れた表面が、黒く酸化してボロボロと剥がれている。



「あ、あ、あ……アカツ、ナミ」



 それを見た帝国兵が、今度こそ絶望の声を挙げた。

 人が抗うことの出来ない災害を目の当たりにしたためだろう。マグマが恐ろしい速度で押し寄せるあの光景は、たとえ非現実な映画を見たときでも、心臓を引き絞るほどの絶望感がある。それが本物であるのなら、言わずもがな。

 そう、マグマのようなそれの正体は、どろどろに溶けた鉄だ。

 赤熱し、赤い輪郭を見せ、目を焼くような熱と光を放つ、超高温の融解物。千二百度か、千五百度かは杳として知れぬが、肌を焼くような熱が、確かにビリビリと伝わってくる。

 街道から流れてきた溶湯(ようとう)は波のように押し寄せて、帝国兵たちを呑み込み、すぐに真っ黒に冷えて固まった。鋳鉄の彫像から白煙が上がり、魔法の残り滓であるいびつな魔法文字が、宙に舞い上がっては砕け散る。



「これは……」


「来てくれたか」



 セイランが声に喜色を滲ませる中、アリュアスの声から余裕が消える。



「……っ、天地開闢碌にあるという。流々、流れ出づるアカツナミ。地より噴き()で、形なすは大地の背骨、鉄甲山脈――この世の天地(あめつち)を造ったという十の言象の一つ、ですか……」



 そう、紀言書は第一、天地開闢録には、天地創成の大事象が記されている。


 天からの光。


 冷たい炎。


 ヴァーハの大渦。


 瀝青の巨人レガイア。



 十の言象と呼ばれるゆえまだあるが、アカツナミはそのうちの一つ、大陸を縦断するクロス山脈を形成したものと言われている。

 そして、王国では上位三席に匹敵すると言われる国定魔導師の、その本領でもあった。



「――いや、助かったぜ。わざわざ居場所を教えてくれるとはよ」



 街道の向こうから、そんな聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 声に釣られて、振り向いたその先。

 流れる赤い河のその中心、冷えて黒くなった黒鉄の上に、見覚えのある姿が佇んでいた。



「あ……」



 ふと漏れ出た吐息は、喜びと安心だったのか。

 その魔導師は無造作に葉巻を突き出す。

 すると、溶けた鉄が持ち上がって、その先端を焼いた。

 煙を吸い込むとやがて、天に向かって大きく吐き出す。



 それを見たセイランが、安堵したようにその名を零した。



「溶鉄の魔導師……」



 しかして、冷えた黒鉄の舗装に軍靴を鳴らして現れたのは、王国にて溶鉄の異名を持つ魔導師、クレイブ・アーベントだった。

 身体の周りに魔力を充溢させた筋肉質の偉丈夫。

 いまは軍のコートを肩に引っかけ腕を組み、軍事行動中だというのにもかかわらず、火の付いた大振りの葉巻を咥えている。

 ふいに溶湯の難を逃れた者が、鉄の床を渡って特攻を仕掛けてくる。しかし、クレイブは焦りもせず。おもむろに吸いさしの葉巻を口から放して、帝国兵に向かって弾き飛ばした。



「ぐあっ」


「甘ぇって」



 クレイブは呆れたようにそう言って、ひるんだ帝国兵を裏拳で払いのけるように殴りつける。痛そうなど、そんな言葉は生ぬるい。文字通り、帝国兵は鉄の拳の前に砕け散ったのだから。

 絶命した帝国兵の身体は、やがて横合いから押し寄せた溶湯の波にさらわれていった。



「伯父上……」



 呼びかけると、クレイブはこちらを向いて一度頷き、すぐにセイランのもとに馳せて膝を突いた。



「溶鉄の魔導師、クレイブ・アーベント。陛下の命を受け、いまここに参上いたしました」


「溶鉄、よくぞ馳せ参じてくれた」


「殿下。あとのことはすべて私にお任せを」


「ああ。頼むぞ」



 そんなやり取りを聞く中、ふいに身体が宙に浮く。

 誰かに抱き起されるような、そんな感覚。見上げれば、見慣れた顔が。



「アークスさま」


「ノア……」



 身体を支えてくれたのは、ノアだった。

 おそらくは援軍に来たクレイブを街道まで導いてくれたのだろう。

 追って、クレイブの後ろから、彼の部下である魔導師たちが現れる。

 彼らは温度を下げる魔法を唱えたあと、黒鉄の舗装を頼りにして周囲に展開。

 アリュアスを囲むように動く者と、近衛の助けに入る者に分かれる。



 そんな中、クレイブは辺りを睥睨。やがて、ここで何がおこっていたのかわかったのか、ニィっと不敵な笑みを向けてきた。



「アークス! よくやったぞ! 根性見せたじゃねぇか!」


「へへ……」



 ノアに抱えられながらも、応えるように拳を突き上げる。

 クレイブからかけられた言葉は、これまで聞いた褒め言葉の中で、一番嬉しいものだった。



「……将軍閣下よりも、シンル・クロセルロード陛下の方が上手だったということでしょうか」


「当たり前だ。国王陛下が帝国なんぞにそうそう遅れを取ると思うなよ?」



 クレイブはそう言い返すと、アリュアスに向かって熱風のような武威を差し向ける。

 さすがにこの状況では、アリュアスも危機感を抱かずにはいられなかったか。



「こうなっては仕方がありませんね。退きましょう」


「させるかよ」


「いえ、そうさせていただきます」



 アリュアスはそう言うと溶鉄の波濤から逃れるように跳躍し、まだ無事な木の上へ。

 追って溶湯の波が彼女のいた場所を浚い、クレイブは即座に溶湯を宙へと伸ばした。

 クレイブの【鉄床海嘯】は変幻自在の魔法だ。一度使用すれば、魔力が尽きるか、使用者であるクレイブが魔力の供給を遮断するまで、溶けた鉄を自由自在に操ることができる。

 冷やして鉄に固めることも、煮えたぎった溶湯に戻すことも、こうして中空に伸ばすこともできるという出鱈目ぶりだ。



 溶湯が迫る中、アリュアスが何事かを唱えると、彼女の前に魔法による防御が現れる。

 複数になって伸びてきた溶湯の触手が、半透明な障壁にはじき返された。



「……ほう、なかなかやるじゃねぇか」


「この世の創世の一端を操るお方にお褒めいただき、光栄です」


「んで、それを防いで見せたお前は、もっとすげえって言いたいワケか?」


「まさか、それは深読みのしすぎというもの。この程度では防いだと言えるほどでもないのでしょう?」


「……へっ」



 クレイブは鼻で笑うと片目をつむり、すぐに右手を振り上げる。その動きに合わせて溶湯はさらに周囲に広がり、さながら瀑布の流れを逆にしたかのように、木々の背丈よりも高く伸び上がった。

 味方ですら恐怖や絶望を抱かずにはいられないほどの光景。

 極限の質量が襲いかかるその直前。



 ふいにアリュアスの姿がおぼろげに変じる。

 ゆらり、ゆらりと。

 直後、殺到した溶湯がアリュアスに接触。しかし、溶湯は彼女を突き抜けて通り過ぎた。



「なに――?」



 クレイブが怪訝な声を発する。それもそのはず、溶湯の直撃を受けたはずのアリュアスは、いまだ平然とその場に浮いていたからだ。確かに、直撃を被ったはずなのに。

 しかし、まるで立体映像にでも当たったかのように、像はその場に残ったまま。一体どういう絡繰りなのか。魔法を使った様子もなかったようだが、果たして。

 安全が確立されたからか、像だけのアリュアスは、落ち着いた様子で口を開く。



「……まさか、討伐軍にここまでやられるとは思っていませんでした。ポルク・ナダールという囮。バルグ・グルバ将軍。デュッセイア・ルバンカの奇襲。そして最後に、この私。戦力も策もすべて整っていた。にもかかわらず、そのことごとくが抑え込まれてしまうとは……」


「そんなものは王国を舐めていたがゆえのことよ」


「いえ、舐めていたはずはありません。でなければ、あれほど周到に策を仕込むこともなかったでしょう」



 ではなぜか。

 誰かに訊くまでもない。

 その答えが、至極簡単だからだ。



 だから、



「そんなの当たり前だろ?」



 そう口にする。



「……理由をお伺いしても?」


「お前らの向いている方向が、みんなバラバラだったからさ。いくら実力がある奴が集まっても、足並みそろわなきゃ実力を完全に発揮することなんてできやしない。てんでバラバラ好きなように動いたら、足の引っ張り合いになるのは当然だろ?」


「…………」


「確かにお前らは、みんながみんな勝利のために動いたんだろうよ。ポルク・ナダールも、奇襲に来た帝国の将も、なんだかよくわからないお前もな。だけどな、お互いがお互いを蔑ろにした時点で破綻するのは目に見えている。自分のことしか考えてない連中が、一つのことに団結した人間に勝てるわけないだろ?」


「これはしたり。その通りでしょう」



 アリュアスはそう言うと、その語調を一転して神妙なものへと変えた。



「【第一種障壁陣改陣(ウォールアルター)】を破り、デュッセイア殿も打ち破った。その言い様では、今回の戦についてもよく見えていたのでしょう。つまり」



 ――ここで帝国が勝利するには、まずはあなたをどうにかするべきだったのですね。



 そう口にしたアリュアスは、その姿をさらに薄れさせる。



「魔導師、アークス・レイセフト。先ほど私が言った言葉をどうか覚えておいてください。あなたの心変わりを、私たちは待っています」


「抜かせっての」



 悪態めいたその返答に、アリュアスは笑みを返し、やがて煙のようにその場から消えてしまった。

 再び現れる様子はない。

 これで、ようやく終わったか。



 直後、安堵と共に、上から暗闇が覆いかぶさって来る。

 身体中が痛くて、限界だった。



「アークス様!? お気を確かに!」



 ノアが身体を揺らし。



「っ、アークス! おい! アークス! しっかりしやがれ!」



 クレイブの声が近づいてくる。



「アークス! アークスぅうううううううううう!」



 意識が途切れる直前、最後に聞こえたのは、セイランの逼迫した絶叫だった。




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