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第九十二話 あの願いを守るために



 辺りをのたうち回っていた稲妻の蛇も、その数を減らし。

 いまは雷撃を受けた兵士たちのなれの果てが発する、焦げた肉の臭いが燻っている。



 凄惨な光景だ。平時ならば、目を背けたくなるような惨状だろう。

 だがそんな余裕など、いまはもうどこにもない。いまだ窮地は変わらずにここにあり、少しでも気を抜けばそこで終わりという状況なのだ。



 ……直前までの戦闘により、敵の数を減らすことができた。否、それだけしか減らせなかったと言い換えた方が、この場合は適切かもしれない。

 十人倒すのに、使った魔法は正味三つ。そのうえセイランの力まで借りているのだ。

 それでも十。たった十。ノアやカズィほどの魔導師ならばすでに切り抜けられている状況だろうに、まったく不甲斐ないと言うしかない。



 自分たちのこともそうだが、生き残っている近衛の容態も心配だ。こちらは早く手当てをしなければ、それこそ命にかかわるだろう。

 そんな状態でも、這ってセイランの下に馳せようとするその気概は恐れ入る。

 セイランが背後で、集まってきた近衛に声を掛けた。



(……そなたらは大人しくしていろ)


(……いえ我らも殿下の盾に)


(……それは最後の手段だ。聞き入れよ)



 セイランが口にした命令は、近衛の身を優先してのもの。

 最初に矢を射かけられたときもそうだが、セイランは時折他人を優先する節がある。王は自分の身を優先するのが当たり前だし、今戦争でのセイランもきちんとその常道に則って動いていた。だがそれは必要だからそうしていただけで、本当は、まったく違うのかもしれない。

 そうでなければ、この場で近衛を盾にすることを厭わないだろうし、この状況だ。近衛に特攻を仕掛けさせるということも十分手段の一つとなり得る。

 それをしないということは、他者の命を重んじていることに他ならないだろう。



 セイランの命令を聞き、意識のある近衛たちが悔しげに呻いている。

 その心中はいかばかりか。

 しかし、前には、まだ十人の敵兵士がいる。一方的な展開のせいでしばしの驚きに囚われていたものの、デュッセイアの発した喝によってその闘志は復活。いまは誰も彼もが瞳に殺意をギラギラと反射しているという状態だ。



 ふいに、敵兵士に動き出す兆し。

 どうやらこれ以上、考える時間はくれないらしい。

 合図もなく、帝国兵が三方より迫って来る。

 右から四人、左から五人。そして、正面は指揮官であるデュッセイアだ。名のある兵である以上、油断はできない。



(……正面を食い止めます。殿下は他をお願いしても?)


(……構わぬが、できるか?)


(……殿下が、倒しきるまでなら)



 自分ならば難度は高いが、セイランとデュッセイアを一対一にすることができるなら、活路はある。自分と違い魔力にも余裕があり、高い身体能力と破格の戦闘能力を持つセイランならば、デュッセイアとの一騎打ちでも負けはしないだろう。

 こちらに長い呪文を唱えられる余裕があれば、この限りではなかったのだが、仕方がない。

 前に踏み出す間際、セイランが静かに耳打ち。



 ――余の魔法、白煙、デュッセイアは嫌がる、距離を取れ、黒い飛礫。



 囁きの内容は、短く区切られたそんな指示。

 断片的な言葉の意味するところを、なんとなくだが読み取って、やはり前に踏み出した。

 出し惜しみはしない。その場で足踏みをして歩調を整え――かんなれ。

 剣を持って突撃してきたデュッセイアに、飛び込むように飛び蹴りを繰り出す。

 突進対突進。その相対的な速度は一体どれほどのものになるのか。



 しかし、その高速の蹴撃は、デュッセイアの小手によって止められた。



「小僧……お前が来るか!」


「当たり前だ! お前らの思い通りになんてさせて堪るか!」



 全力で叫び返し、着地する。

 そして、すぐに周囲を横目で確認。他の敵兵士はすべてセイランの方に向かっている。

 こちらはデュッセイア一人で大丈夫だと思っているのか。そもそもセイランに全力を懸けたいのか。判断の中身は知れないが――直後、デュッセイアが長剣での斬撃を繰り出してきた。

 先ほどの兵士よりも鋭い斬撃が、上から下へと襲い来る。

 それを、横にずれて回避。的が小さく、地面に近い分、やはり当てにくいらしい。

 こちらは徒手であるため、当然かわすしか手立てはない。目に見えた攻撃手段もないが、しかし、どうしてセイランまでの足止めはできている。



 やはり、先ほどこの男が叫んだ通り、標的はセイランだけではなくなったからなのだろう。

 何を以て自分も殺害の対象になったのかは不明だが、いまはそれがありがたくもあった。

 襲いかかってくるのは、滅多斬りのように繰り出される複数の斬撃。

 それには積極的な回避を試みるも、鋭く、早い振り抜きの連続を回避するのは容易ではなく、切っ先が過ぎ去る都度、かわし切れなかった証拠が身体に赤く刻まれていく。



「ぐっ、うっ……」



 腕に。足に、顔に。まだまだかする程度だが、嵩めば致命にも至るだろう。

 斬撃の合間、機を見て懐へ踏み出そうとする。

 一歩踏み込むと、デュッセイアはそれに合わせて即座に後退、今度は追い払うように横薙ぎの斬撃を繰り出してくるが――それは地面へ伏せることでなんとか回避する。

 そのまま両腕の力を使い、跳ねるようにして前の体勢へ復帰。乱暴な使い方に腕が抗議の悲鳴を上げるが、いまは無視。そのうち過労に対するストライキでも起こされそうな一抹の不安を抱えながら、再度デュッセイアの懐へ入り込むような挙動を見せる。



 やはりデュッセイアは嫌がるように後ろに退いた。



「っ……」



 この体格差、普通なら抱きかかえて押し倒してしまえば楽だろうに、そうしないのは、こちらが積極的に懐に入ろうとしているためか。それに危機感を見出しての、この回避なのか。その直感はまったくもって正しいだろう。懐に入りさえすれば、自身にもまた違う打開の一手はあるのだから。



「くっ、ちょこまかとっ……」



 聞こえてくるのは、捉えきれないことへの苛立ちの声だ。どうやら焦りのせいで、悪い気が溜まってきているらしい。ならば、ここが付け入る隙だろう。

 無理をせず回避に努めていると、デュッセイアの悪い気がさらに高まってくる。

 それを頃合いと見て呼吸を合わせ、わざとらしく大きな隙を見せた。



「これで終わ――!?」



 デュッセイアはこれ幸いと斬りかかり、途中で気付く。誘いに乗ってしまったことに。まさかこんな子供が、虚実を交えた動きをするなどとは思わなかったのだろう。

 こんなものクレイブに使ったら一瞬で見抜かれて打ち据えられるような拙い手だ。

 しかし、悪い気が高まったいまならばと博打を打ち、しかしてその小さな策略は見事に図に当たった。

 一連の行動の結実を無駄にしないよう、今度こそデュッセイアの懐へと踏み込んだ。

 武器もなく、魔力も少なく、詠唱ができる猶予はないが――【練魔力】はまだ残っている。

 デュッセイアの鎧に抱きつくように密着し、体内に秘していた【練魔力】を右腕に移動させ、右拳を鎧にくっつける。



 ふいに自爆技という言葉が脳裏を過るが――



「貴様、一体何を!」


「くらえ!!」



 言うや否や、




 ――ずどん。



 デュッセイアの胸元で、練魔力が炸裂する。地響きと錯覚するような震動と共に鎧の一部が拳型にへこみ、衝撃が背中まで突き抜けた。



「ぐっ――!?」


「いっっっっ!!」



 腕に電撃のような痛みが突き抜けると共に、拳が熱と激しいしびれを帯びる。

 練魔力を拳から打ち出す部類の攻撃の中では、これが最大の威力を誇る一撃だ。

 しかし、拳を接着させているため反動がダイレクトに返ってくるという欠点もある。

 拳に跳ね返る反発力は、わかりきっていたことだが、心構えがあっても痛いものは痛い。折れてはいないようだが、すぐには動かせないだろう。

 デュッセイアはいまので内臓に痛手を負ったのか、口の端からわずかに血を流す。



 直後、背後に閃光が迸り、辺りに白煙が舞い立った。



(――余の魔法、白煙)



 直後、デュッセイアは、白煙から逃げるように飛び退き。



(――デュッセイアは嫌がる、距離を取れ)



 一方でこちらは白煙に紛れセイランのもとまで後退。



(――黒い飛礫!)



 直後、セイランのオーダーを完全に理解して、行動に移した。




『――絶えず吐き出す魔。穿ち貫く紋様。黒く瞬く無患子(むくろじ)。驟雨ののち、後に残るは赤い海。回るは天則、走るも天則。余熱(ほとぼり)は冷めず。狙いの星もいまだ知らず。喊声を遮る音はただひたすらに耳朶を打つ。猖獗(しょうけつ)なるはのべつまくなし』



「アークス、いまだ! 撃ちまくれ!」

 セイランの指示にも似た言葉が聞こえてくると同時に、目の前を覆っていた白煙が一気に晴れた。



 ――【輪転する魔導連弾(スピニングバレル)



 先ほどの衝撃のせいで、まだ右手は動かないが、もう片方はいまだ無事。

 左腕を魔法陣に差し込んで、片膝立ちの体勢を取る。

 左手左腕を砲身にして構えると、腕を差し込んだ魔法陣が適切な大きさまで収縮し、たがい違いに回転し始めた。



 ……この魔法を見たことがない帝国兵たちは、この動きや魔法を妙に思ったことだろう。

 普通は詠唱すればすぐに炎が飛んできたり、風が唸ったりするのだ。それらの魔法と一線を画すこの魔法ならば、確実に彼らの虚を突ける。

 どんな魔法が飛んでくるのかわからないため、ギリギリまで見極めようと試み、動きにわずかな迷いが生じるが――しかしデュッセイアは勘がよかったらしい。



「か、かわせ! かわせえぇええええええええ!」



 斉射よりもわずかに早く、デュッセイアが叫びを上げる。

 すぐに逃げ場がないよう水平方向に腕を動かすが、しかし、残った敵も然る者。撃ち出される飛礫をかわし、剣ではたき落としている。

 先ほどの一撃を受けてなおそんなことが出来るなど、やはりこのデュッセイアという指揮官もまったく強兵ということだろう。

 弾丸本来の速度を出すことができれば、そんなことなど不可能だが、この魔法は【黒の銃弾】と違い、目に見える。慮外の身体能力を持つこの世界の人間ならば、こうして切り払うことも不可能ではないということだろう。つくづくとんでもない世界というしかない。



 かわすことができなかった帝国兵は、黒い飛礫に身体を砕かれる。肉が飛び散り、飛散した血液が血煙となって漂う様は、さながら地獄めいた様相だ。

 左腕が熱で赤みを帯び、痛みの悲鳴を上げ始める。

 これ以上は限界か。

 まだ止めたくはないが、止めざるを得ない。



(くっ……)



 腕が焼き付くという不安が躊躇いとなって、撃ち出す意思を押しとどめる。意思に従い、魔法陣は回転速度を落とし、やがて停止。残響と硝煙のような臭いを漂わせて、飛礫を吐き出すことを止めてしまった。

 魔法陣は左腕に装着されたまま。いまだ魔法の効果は持続しているが、デュッセイア・ルバンカは健在。

 帝国兵は、彼以外に残り三。

 倒しきれなかった。



「まだこのような魔法を持っていたか……」


「ぐっ……」


「だが、その様子では、これで打ち止めということらしいな」



 腕が熱を発散するまで、まだしばしの時間を要する。

 当然、それを見過ごす敵ではない。デュッセイアが剣を持って迫ってくる。



 ――このままでは、斬られる。

 腕の熱が影響してか、身体がうまく動いてくれない。

 たとえ地面を這ったとしても、すぐに追いつかれてしまうだろう。

 デュッセイアと共に帝国兵が迫る中、ふいに目の端に影が動いた。

 しかしてその影の主は、セイランに他ならない。



「させぬわ!」



 セイランの鋭い剣撃が、デュッセイアの剣撃を弾く。

 一方でデュッセイアは、思わぬ衝撃のせいで後退を余儀なくされた。



「っ、身を挺して庇うか!」


「当然だ! アークスは余の臣よっ!」


「だが、将が自ら臣下を庇うとは愚かなり。それは王として失格だぞ。我らの目的は、お前の首級なのだ」


「わかるとも! だが……だがっ!」



 セイランは、それでも、と、デュッセイアの前に立ちはだかった。

 彼らの第一の目標がセイラン自身であるにもかかわらず、身を呈して庇いに入る。道理に反した行動だ。何故そこまでするのかは不可解だが、セイランは、今度は自らが盾となるようにデュッセイアや帝国兵を相手取って立ち回りを始める。



 帝国兵の、無骨でシステマチックな剣技を、古式ゆかしい流麗な剣舞が払いのける。

 都合三つの切っ先が幾度もセイランを脅かすが、しかしセイランはそれを危なげなく捌いていく。

 ひとたび、セイランが斬りかかってくる帝国兵を剣で払う。先ほど帝国兵を一気に吹き飛ばしたあの剣撃だ。帝国兵は弾き飛ばされるが、その隙を突いて踏み込んだデュッセイアが、セイランに長剣を振り下ろした。



「チィッ!」



 セイランは剣を寝かせて受け止めるが――はじき返せない。この男にはそれだけの剛力があるのか、分の悪い鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。



「いい加減に倒れろ! 抗っても無意味だということがなぜわからない!」


「ぐ、うっ……」


「帝国に目を付けられている以上、王国はお前の代で一層厳しい立場に置かれる! 貴様がこうして抵抗することで、民も苦難を被るのだ!」


「………っ!」


「王国はいずれ帝国に圧されて滅ぶ! ならばここで討たれておくのが――」


「……れ」


「なに?」


「っ、余は黙れと言ったのだ!!」



 怒声と共に発せられる、裂帛の気合い。同時に、セイランの剣がデュッセイアの剣を下から上に押し返していく。



「な、なんだとっ……」


「余は、負けられぬのだ! たとえ王国がこれから、帝国に圧され、苦難の道を歩むのだとしても!」



 顔に驚愕を貼り付けるデュッセイアに、セイランは思いの丈を吐き出し続ける。



「王国が滅びれば、貴様ら帝国は王国の民を蹂躙するだろう! そしてすべてを奪うだろう! 搾取によってしか富を生めない貴様らが属国とした国にすることなど、それしかないのだ! それは貴様とてよく知っているはずだ!」


「――っ」


「だからこそ、余は守らねばならぬのだ! 人々の笑顔を、それを保証する安寧を。決して理不尽に涙させぬそのためにっ! だからこそ余は生きて帰り、父上の跡を継いで、強い王国を作らなければならないのだ!」



 ……聞こえてくる。守るという確かな意思が。

 だからこそ、その言葉で、自分の腹は定まったのかもしれない。

 セイランを守るのだと。きっとここで守らなければならないのだと。

 そう、セイランが発したこの深奥よりの叫びには、いまだけ己の願いを押しのけても叶える価値がきっとあるのだと。



 ……自身には、やらなければならないことがある。あの両親を見返すという、ささやかな目的が。決して前向きなものではないが、それでもそれは、これまでの自身を動かした確かな原動力だった。



 挫けそうになったときは、己を奮い立たせるための負けん気であり。


 疲れて倦んだときには、再び立ち上がるための怒りだったのだ。



 だが、そんな願いが、どうしてあの叫びよりも優先されるというのか。

 セイランは、人々の笑顔を守りたいと言った。涙させないのだと、確かに言ったのだ。

 そんな誰かを確かに守りたいという心からの叫びの前には、自身の願いなど朧に霞んでしまうものなのではないのか。

 いや、そうであるべきだろう。

 そんな思いは、誰にも尊ばれてしかるべきものなのだから。



 ……まだ魔法の効果は残っている。あとは意思だけ。己の左腕を犠牲にする、そんな痛みを厭わない、鋼のように堅牢な意思だけだ。



「っ、殿下! お下がりを!」


「アークス!?」


「後ろへ! お早くっ!」



 セイランの反応速度を信じて、左腕を構え、飛び退く前に斉射する。



「――いっけえぇえええええええええええ!」



 撃ち出される飛礫と、けたたましい発射音。

 残り兵士の数はデュッセイアを含めて四。今度はすべて倒しきるまで、止めるつもりはない。腕を引き換えにしても、倒し尽くさなければならないのだ。



 あの願いを、確かにここで守るために。



 熱を上げ、赤みを増していく左腕。無理を押しての魔法行使のせいで、白煙まで上がり始め、火で炙られるような感覚が腕を徐々に徐々に侵食していった。



「ぐっ! あぁああああああああああああああああ!?」


「っ、アークス!? 無理をするな! やめろ! 腕が壊れてしまうぞ! アークス!!」



 セイランの制止の声が聞こえるが、止めるわけにはいかない。ここで止めてはいけないのだから。



 ……やがて、途切れ途切れに聞こえてくる兵士の絶叫。一人倒したか、二人倒したか、それとも全員薙ぎ払ったのか、舞い上がった土煙に撒かれて一寸先もわからない。

 集中力が底を突き、【輪転する魔導連弾(スピニングバレル)】の斉射が止まる。

 しかして晴れた視界の先には、いまだ一人。デュッセイアが立っていた。

 それでも、無傷とはいかないか。弾丸を回避し損じたため、身体のあちこちがえぐれている。しかし、それでもこうして長剣を構え、敵意を緩めないその姿は、どんな信念によって成り立っているというのか。

 その答えを求めたのは、セイランも同じだったか。



「……デュッセイア・ルバンカ。そなたに問いたい。そなたはどうしてそこまでして戦うのだ? 帝国はそなたの故国を滅ぼした憎い敵であろう? そうまでして皇帝に勝利を捧げようとする理由は、一体なんなのだ?」



 その問いに対し、デュッセイアはまるで愚かな質問でも聞いたかのように冷笑を見せる。



「どうして? それは異なことを訊ねる」


「なに?」


「帝国の兵は、皇帝陛下の望みのままに戦うものだ。でなくば――」



 ――あの絡繰り仕掛けのような男に、すべて滅ぼされてしまうのだから。



 デュッセイアが発したその言葉には、重みよりも、不気味さが勝っていたように思う。

 そんな言葉を口にした男に対し、セイランは面紗の奥から一体どんな視線を向けているのか。ただ黙ったまま、見据えているばかり。



「……我ら氏族は長い間帝国の侵攻に抵抗していたが、結局はその猛威に呑み込まれた。やがて私たち氏族はその尖兵となった。ならざるを得なかったのだ。帝国ではそうして手柄を挙げ続けねば、氏族存続の道はないからだ」



 デュッセイアはそう言うと、セイランを鬼気迫った表情で睨み付ける。



「いいか。よく聞けセイラン・クロセルロードよ。帝国には、私のような人間はそれこそ腐るほどいる。帝国の覇を妨げるライノール王国がある限り、私のような者たちが、いつか……いつか王国を、貴様を葬るだろう」


「ッ……」



 デュッセイアが見せた気迫に、セイランは一瞬たじろいだのか。一歩、後退る。

 それは、氏族を背負うという、多くの命を預かる重みのせいなのか。

 だが、そんな理不尽な物言いには、自分が黙っていられなかった。



「――そんなもん、迷惑だっての」


「貴様、まだ……」


「立つさ。まだ、あんたが残ってるんだからな」


「アークス……」



 まだ辛いが、一度深呼吸をして、言い放つ。



「殿下を狙いたきゃ狙えばいい。だけどな、王国にだって、ここにいる近衛や俺みたいに、殿下を死ぬ気で守りたいって思うヤツはいっぱいいるんだ。いつか葬る? 葬れるもんなら葬ってみやがれ。お前みたいなのは、これから俺が全部倒してやるよ」



 そう言い放って、右手を天に掲げる。

 そして、



『――漆黒の羽は夜にも輝く。汝の密は黒鉄で、汝の敵も黒鉄だ。その羽ばたきは音もなく、鉄砂を散らして空へ空へと舞い上がる。菜の葉飽いた。桜はいらぬ。金物寄越せ。鉄を食わせろ。鉄呼ぶ汝は金物喰らいの揚羽蝶』



 ……【黒の銃弾】は、左手で支えられない。【矮爆】は、自分だけでなくセイランまで巻き込む可能性がある。【絶息の魔手】は、いささか距離がありすぎる。デュッセイアを確実に討ち果たさんとするならば――



(なにも、自分で倒さなくてもいい)



 そう、先ほど水に通電させたときと同じだ。

 確実に倒せる人間のため、お膳立てをすればいい。



「っ、これで魔力全部だ! もって行きやがれ!」



 ――【磁気揚羽(マグネティックフォース)



「け、剣がっ……ぐぅ!」



 デュッセイアの剣が、強力な磁界を発する揚羽蝶によって、上空へと引っ張られる。デュッセイアは剣を放すまいと抵抗するが、しかし身体まで引き付けられるほどの磁力の前には、爪の垢程度のものだったか。抗い切れずに放してしまう。

 一方で、セイランの剣も磁力が影響する圏内だったか。セイランの武器がその手元から離れていく。

 デュッセイア共々武器を失ったが、しかしセイランが口にしたのは――



「――アークス。よくやった」



 そんな、称賛の言葉だった。

 対してデュッセイアが、地の底から響いてくるような恨みの絶叫を浴びせてくる。



「小僧っ、きっさまぁあああああああああ!!」


「剛騎デュッセイアよ。どうやらアークスの方が一枚上手だったようだな」


「いまはそちらとて武器をっ……」



 しかし、セイランはその言葉を一笑に付して、堂々と言い放った。



「余はセイラン・クロセルロードである。武器がなくとも、一対一ならば貴様などには決して負けぬ」


「なっ!?」



 セイランはデュッセイアとの距離を詰めると、地面が砕けるほど踏み込み、拳での鋭い突きを繰り出す。しかしてそれは、自分が一撃を打ち込んだ場所へ過たず吸い込まれていった。



「バカ、な……ここまで、ここまで来て……」



 インパクトの直後、デュッセイアはまるでゴム鞠がトラックに撥ね飛ばされたかように容易に吹き飛び――やがて痙攣と共に血をまき散らして絶命した。



「殿下、お見事にございます……」


「……うむ」



 これで、自分たちを脅かす者はもういない。

 終わった。襲撃を撥ね除けることができた。

 そう思った、そのときだった。



「――なるほど。あなたが【第一種障壁陣改陣(ウォールアルター)】破った魔導師なのですね?」



 そんな声が、森の奥から聞こえてきたのは。




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