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第八十五話 目に見えた手柄



 ――バーサーカーがいる。



 防性魔法を張った敵魔導師を打ち倒して、セイランのもとへ戻った折のことだ。

 ふと遠方の騒がしさに視線を向けると、そんな感想しか思い浮かばないような光景を見る羽目になった。



 そのバーサーカーの正体は、ラスティネル家の跡取りであるディート。彼が断頭剣(ギロチン)とかいう名称物騒な化け物兵器を軽々と取り回し、敵兵士のところに突っ込むと、人が空を舞うのだ。

 当然その飛行に任意などという自由度はない。完全に強制的なものであり、ディートの心持ち一つ。しかも敵兵は逆バンジーを決めた時点で絶命しているという、まるで救いのない有様だ。

 逆バンジーを演出、介助するインストラクターはと言えば、真っ赤な笑顔が浮かべているのだから恐ろしい。降り注ぐ血液を浴びたせいか、すでに彼の赤茶色の髪は、鮮やかな赤色に変化している。まさに|

狂戦士(バーサーカー)という呼び名が相応しい。



 そしてそれに相対する敵兵たちはと言えば、その暴風じみた攻めに蹂躙される一方。ディートが馬を駆って突っ込むだけで、さながらボウリングボールをぶつけられたピンのように波状に倒れていく。



「ひぇっ、あいついま頭握りつぶしたぞ……」



 巨大な剣を片手で操っていることも無茶苦茶なのに、すれ違いざま、敵兵の頭を掴んで引きずり、そのまま握力に任せて圧壊するという荒技まで披露する十一歳。そんなものを見せられると男の世界の読み物にあった、「まるでトマトの様に~」というグロテスク極まりない表現を思い出して仕方がない。

 自分と同じくらい小さな手にもかかわらず、あれはどういう理屈の上で行使されているのか。いくら身体機能を強化する刻印付きの腕輪があるからといって、握力レベルが半端ない。もし殴り合いのケンカなんてしたものなら、敗北なんて生ぬるいだろうまず即死すること間請け合いだ。



 そんなディートの戦いぶりに、アークスが一人戦慄していると、同じようにその戦いぶりを見ていたセイランが感心したように頷いた。



「さすがは彼のラスティネル家の者だ。実に頼もしいな」



 そんなことを言って、うんうん。

 よくまああんな光景を冷静に見ていられるものだと思う。その辺りどういう神経なんだろうか。どいつもこいつも怪力が普通とかいう風潮ほんとやめて欲しかった。



 そんな風に、圧倒的な戦い振りを見せるのは、なにもディート一人だけではない。



 セイラン付き近衛統括のエウリード・レインは、刻印が刻まれた大槍で敵を蹴散らしている。その動きに荒々しさはなく、沈着冷静を絵に描いたような落ち着き振り。向かってくる敵兵を冷めた目で見据えつつ、まるで槍とダンスでも踊っているかのように優美に武器を絡め取り、いなし、弾き、武器を失った敵兵を倒していく。



 それは、敵兵が何人いても変わらない。

 騎兵だろうと、同じように捌き切る。

 技前の冴えは、それこそノア以上はあるだろう。



 そして、活躍甚だしいのは身近な人間であるカズィもそうだ。

 魔法によって敵兵を拘束し、動きを阻害。その隙を近衛に衝いて倒してもらうという、援護に徹している。

 やっていることに華々しさはないのだが、上手い。そつがない。周囲を良く見て、動いているといった印象だ。魔導師としての基本に忠実であり、勉強になる戦い振りと言えるだろう。



『――我が力をその身とし、汝、縄として戒めよ。そしてその尾を我が手元へと伸ばせ。いまは地を這う古びた(くちなわ)



 拘束系助性魔法、【朽ち縄(スネークロープ)】によって相手の動きを封じ。



『――才子スケイル。弁士スケイル。汝のその朗々たる弁舌により、火難を払え、巧言並べて盾とせよ』



 火炎防御系防性魔法、【スケイルの弁護】によって装備への着火、延焼を防ぎ。



『――アルゴルの遁走(びし)。逃げるときはおまかせあれ。地面に雨あられと降り注ぎ、その雨あられは地面に根付く。熊公だろうが虎公だろうが、踏んだら痛くて動けない。弾けて散らばれ、足をぶっ刺す姑息なギザギザ』



 設置系攻性助性魔法、【アルゴルの菱撒きの法】によって敵に足の怪我を誘発させる。




 まさに器用という言葉しか浮かばない。「キヒヒッ!」という奇妙な笑い声がさらなる小狡さ演出するが、やはり使用する呪文からは、魔法に対する深い理解を感じさせる。



 その戦い振りは特にセイランの興味を引いているようで、そちらはしきりに頷いたり、唸ったり。攻性魔法を用いて攻めまくるセイランと、援護主体、助性魔法を好んで使うカズィとでは、戦い方が完全に違うからなのだろう。見ていて新鮮なのかもしれない。



 他方、戦い振りで言えば、やはり一番目を引くのはノアだ。

 使用しているのは、魔法を使って地面を凍らせる、いつもの戦術だ。相対する敵は滑るわ動けぬわで思うように身動きが取れない。そこを屋敷の廊下でも歩いているかのように悠然と進み、氷結剣で容赦なく突き殺していくのだ。

 立ち合いというよりはただの処理と言った方が正しいか。

 ちなみにノアが氷上で滑らないのは、靴に刻印を用意しているからだそうだ。

 それを聞いて、自分も戦いに出る前に靴にいろいろと刻印を施したのだが――それはともかく。

 さすがクレイブのもとで従者をしていたのは伊達ではない。その強さはまさに圧倒的だ。

 そもそもあれくらいできないと、クレイブには付いて行けないのだろう。



 いまはディートたちが攻めに転じたためか、状況を考慮し、こちらに戻ってきている。

 督戦している騎兵に追い立てられてきた歩兵の対処をする中、複数の騎兵が襲いかかってきた。

 それを見たノアは、



「これはあまり使いたくないのですけどね……」



 困ったような息を吐いて、焦ることなくそんな前置きをし――



『――私の氷像。綺麗な表情。見分けは付かず、見極め付かず。大怪盗も青ざめる華麗な小細工。この痛みをあなたにあげよう。血の代わりに水を流し、砕ける肉は氷となり、零す命は溶け消える。ならばその脆く冷たき身体をもって、私の傷を引き受けよ』



 ――【乱立する身代わり氷(アイシーダメージトークン)



 ノアが呪文を唱えると、薄青色の【魔法文字(アーツグリフ)】が魔法陣を構築し、彼の足下を起点に大きく展開。直後、ノアの姿を象った氷像がいくつもその場に出現する。

 その大きさは等身大で、作りは精緻。有名な彫刻師が手がけたと言われても信じるレベルの作品性が感じられる出来だった。

 しかし、出現した位置に規則性はなく、バラバラだ。彼の前であったり、後ろであったり、横であったり。それぞれが変わったポーズを取っているのが印象的だが――どうやら障害物を生み出す魔法というわけでもないらしい。



(ん? あげよう? 引き受けよ?)



 ノアが先ほど唱えた呪文に、とっかかりを感じている中、ノアが騎兵の前に出る。

 さながらサンダルで散歩に出るかのように無防備極まりないうえ、何故か敵の攻撃をかわそうともしない。しかし、その行動に危機感を覚えないのは、彼に対して盤石の信頼を置くためか。むしろ何がどうなるのかという興味の方が勝っているため、警告の声を上げることすら忘れてしまう。



 騎兵の槍の先端が、ノアの頭部に当たる。しかし当のノアは、怪我はおろか弾き飛ばされることもなくケロリとしていて――

 代わりに、氷像の同じ部分が砕けた。



 バキン。



「は……?」



 呆然と上げたのは、そんな困惑の声。

 槍の先端をぶち当てられたにもかかわらず、ノアは涼しい顔のまま。さらに斬りかかられたり、突きかかられたりするのだが、まったく意に介していない様子。



「効かないだと!?」


「馬鹿な!?」


「一体どうなっている!?」



 騎兵たちは驚きの声を上げながらも、ノアを攻撃する手を止めない。しかし、当然その攻撃はノアには効かず、一方でノアも敵の攻撃を気にせずに、自ら氷結剣の切っ先を突き出していく。



「ぐはっ!」


「ごっ!」



 攻撃しても効かず、馬で跳ねても吹き飛ばず。そんな無敵状態なのだから、戦いの駆け引きさえない。ノアの一方的な攻撃に、騎兵は打ち倒されていくばかり。

 無敵――いや、これはどうみても、氷像がノアの受けたダメージを肩代わりしているとしか思えない。



 つまり、その魔法の正体とは――



「はぁ!? なんだそれ! ずるっ!」


「おいなんだそれは! ずるいぞ!」



 いまにわかにセイランと台詞内容がハモる。

 同期したのは偶然だが、そんな物言いが口から飛び出るのも当然だろう。

 まさかダメージを肩代わりしてくれる設置物を生成する魔法など、存在するとは思わなかった。



 近衛の騎兵と入れ替わって戻ってきたノアに叫ぶ。



「ちょっとなんだその反則的な魔法はノア! おかしいだろどう考えても!?」


「と、おっしゃられましても」


「何がおっしゃられましても、だ! 身代わりだぞ身代わり!」


「いまのは、第五紀言書【魔導師たちの挽歌】にある記述を利用したものです」



 ノアがそう言うと、セイランには心当たりがあったらしく。



「――ふむ。『ラ・パンの遁走劇』だな? その中で、敵から身代わりを立てて逃げ切った話がある」


「は。さすがは王太子殿下。その通りにございます」


「うむ」



 なるほど、ではいまの魔法はそれを応用したものなのか。逃走用の身代わりを、転じて自分への災難を引き受ける(まと)へと恣意的な解釈を行い、呪文を組み上げたのだろう。



 ふいに、ノアが顔に憂慮を表す。



「ただこれには一つ、とてつもない欠点がありまして」


「……それは?」


「自分の姿を模した氷像を作り出すせいで、どうしても自惚れ屋のような印象を周囲に与えてしまうところがまた……」


「くっそどうでもいいな! それな!」



 ノアにツッコミを入れる中、ふと手空きになったカズィが顔を出して口を挟む。



「つーかお前、【私の氷像】って言葉が入っている時点でよ、自分の姿の投影は避けられねえんじゃねぇのか?」


「まったくその通りでしょう。ですが、その成語を入れなければ身代わりにならないですし……いえ、ほとほと困ったものです」



 とかなんとか宣うノア。

 一方、口を挟んだカズィも呆れたような表情を浮かべている。

 そんな一幕もありながら、また、それぞれが思い思いに戦い出す。



 ……ここにいる面子に、危なげなどほとんどない。

 近衛の数が揃っているからということも要因に挙げられるが、それぞれが強いため、雑兵如きでは寄り集まっても勝てないのだ。

 しかも近衛の中からも、首級(くび)を挙げたという声がちらほら上がっている。



「……つーかさ、俺の周りって人外ばっかりだろ」



 ふとそんな言葉が、口からため息のように漏れる。

 周囲のこういった活躍ぶりを見ると、きっと凡人は自分だけなのだろうなと思ってしまうのだ。みんな基本的に、魔力に恵まれているか、魔力がなくても何かしら規格外の力を持っている。

 ついて行くには、まだまだ努力が必要なのだろう。



(リーシャじゃないけど、もっと精進しないとな……)



 そんな風に思いを改める中。

 ともあれ、戦いは討伐軍の目論見通りに進んでいる。

 セイランを囮にして、敵が自らの戦列を引き延ばすよう仕向け、脆弱になった部分から切り崩していく。

 おそらくディートたちだけでなく、他の部隊も今頃は攻めに取りかかっているだろう。




 勝利への確かな手応えを感じる中、ふと正面歩兵群の前に、騎兵が出てくる。

 他の騎兵よりも装備がよく、動きもいい。

 ポルク・ナダールに近しい武官貴族であることが窺える。



「我が名はバイル・エルン! ポルク・ナダール伯爵が従士筆頭である。セイラン・クロセルロードよ!

 口さがないうわさに踊らされ、閣下のご領地に不当に軍を差し向けし貴様に、民を統べる資格はない!!」



 にわかに馬を走らせ、声高に張り上げたのは、セイランを貶めるような口上だった。

 男の世界の知識があるせいか、戦場のど真ん中で突然名乗りを上げて訴えかけるのは、中々にシュールに思えるのだが…………いや、シュールだからこそ効果があるのだろうか。



 セイランを悪し様に言われたことで、近衛があからさまに殺気立つ。自分たちが守る王太子には王たる資格がないと、あんな無防備な状態で宣言されたためだ。確かにセイランの有能振りを知っている身としては、なんとなくだがむかっ腹が立つというもの。



「アークス」


「は」



 ふいにセイランからかけられた声は、どこまでも冷たかった。

 ――怒っている。

 それが如実にわかる、抑揚の平坦さ。

 激発はせずとも、内心でははらわたが煮えくりかえっているのだろう。

 静謐さが、凍えるほどの冷気を放っていた。



 そんなセイランは、従士バイル・エルンに、中華風の剣の切っ先を差し向けて、自分に指示――いや、命令を下す。



「行け、アークス。あの愚かな男を討ち取って、その首を余に捧げよ」


「承知いたしました」



 立場上、ノータイムでそう返す。

 自分を向かわせる指示を出したのは、相手の一騎打ちの目的が、兵の士気回復のためのものだからだろう。それをさきほど兵の士気を下げた張本人が討てば、もはやナダール軍など形を保つのも難しい。



(なら、せいぜい吹いてきますかね……っと)



 そんなことを考えながら、馬を向かわせると。



「貴様は先ほどの……」


「魔導師、アークス・レイセフトだ! 殿下は貴様のような節穴になど、見習い程度で十分だと仰せになられた! 死にたくなかったら家に帰って大人しく大好きな豚の腸詰めでも食ってろ!」



 なんでもいいから相手を小馬鹿にできるようなことを、適当に言い放った直後だった。

 バイル・エルンが沸騰したかのように真っ赤になる。



(あっ……うん。マジでソーセージ食ってるっぽいぞ)



 自分は悪くない。名前が男の世界のそれっぽい名前だからいけないのだ。



「舐めた真似を! 魔導師見習いのガキ如きが!」



 従士、バイル・エルンが馬を走らせ、正面から突貫してくる。

 一方でこちらは右手で拳銃の型を作り、バイル・エルンの脳天に狙いを付けた。



 ……バイル・エルンはこちらが構えを取っているにもかかわらず、進路を変えない。むしろ勝ち誇ったような顔を見せるほど。おそらくは、こちらが【輪転する魔導連弾(スピニングバレル)】を使おうとしないためだろう。

 これから使っても、詠唱が間に合わないから。

 他の魔法ならば、自分の馬術でかわせるから。

 そんなことを考えているのは確実だろう。



 これが、目に見えない攻撃であるとも知らないゆえに。




『――黒の弾丸。それは死神のまなざしが如く瞬きて、天翔ける蒼ざめた馬を追い落とさん』



 ばん、と、たった一度だけ、破裂音が辺りに響く。

 ただそれだけで、バイル・エルンは脳天に風穴を開けられ、馬からぐらりと崩れ落ちた。

 主を失った馬が、もの悲しげに辺りを彷徨う。

 しん、と静まりかえった辺りに、轟かせるように声を張り上げる。



「従士、バイル・エルン! ここに討ち取った!」



 そう言い放つと、近衛が大仰な歓声を上げる。

 これも、セイランの指示だろう。

 討ち取った証拠になる物を持って戻ると、セイランからお褒めの言葉を頂いた。



「アークス。よくやった」


「は。殿下のご期待に添えることができ、恐悦至極に存じます」


「うむ。それはそうと、いまの魔法なのだが……」



 またそれか。

 セイランはやはりどことなく、わくわくしているようにも思える。

 そこですかさず、お目付役(エウリード)が。



「殿下」


「いや、なんでもない! なんでもないぞ! 余は何も言っていないからな!」


「…………」


「…………」



 そんなやり取りをしていたときだ。



「ぶわはははははははは!」



 敵歩兵部隊後方から、爆裂じみた笑声が上がったのは。





また遅くなってしまった……

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