第八十二話 初陣の重圧
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左翼セイラン率いる近衛部隊との戦闘によって、ナダール軍右翼騎兵部隊はほぼ壊滅状態に陥った。
直前に受けた【磁気揚羽】によって敵騎兵部隊後方は武器や防具を奪われ、その影響は騎兵部隊全体にまで波及。後方の混乱のあおりを受けた騎兵部隊前面は、近衛の突撃に為す術なく破られた。
いまは半分が討ち取られ、残りは退却。そのまま逃亡するか、他部隊に吸収されるかは不明だが、騎兵部隊を潰せたことは、近衛にとって大きいだろう。
敵騎兵部隊に再建不可能な損害を与えたあとは、当初の予定通り、前線からゆっくりと戦場の左手側、ミルドア平原の南へと向かった。
……部隊が単独行動を起こし、隊列から離れる。
ともすればそれは孤立を招く悪手になり得るような行動だが、今回ばかりはそうはならない。
この行動こそが、今作戦の要訣だからだ。
「貴様ら! 死にもの狂いでセイランを討ちとれぃ!!」
追撃のため迫ってきた歩兵部隊の中心で叫んでいるのは、ポルク・ナダール伯爵だ。
贅沢にかまけたがゆえの、健康とは無縁そうな体つき。
自分が偉いと信じて疑わない、横柄さが滲む態度。
豚のような、ガマガエルのような、どちらも思わせる顔と体型をしており、物語に出てくる典型的な腐敗貴族を思わせる。
そう言った人間を見るのはこの伯爵で二人目だが、こちらはガストン侯爵と違って「まさに」と言えるようなそんな見た目だ。
いまは鎧姿であり、一応は戦うための用意はしているらしい。
主張の激しい贅肉を包み込むための鎧を誂えた職人の苦労は察するにあまりあるが。
大きめの馬に乗り、周囲は護衛の騎兵で固め、己が率いる歩兵部隊に対し、しきりにこちらを攻め立てるよう命令を出している。
彼の狙いは当然、王国王太子であるセイラン・クロセルロードだ。
歩兵部隊はポルク・ナダールに急かされて、近衛に追いつかんと追撃を敢行。それに釣られて横陣端である右翼歩兵部隊まで引っ張られるといった有り様だ。
それがセイランの思惑通りであるということも、わかっていない様子。
一方で近衛の方はと言えば、こちらは部隊を二つに分けて、その追撃の対処に当たっている。
片方の部隊が追撃してくる敵部隊に対応している間に、もう片方の部隊が南進。今度は後退した方の部隊が敵の攻撃の対応に当たり、それを繰り返して徐々に下がって行くという行動をとっている。
そんな中にも、セイランがポルク・ナダールに対して、挑発の言葉を叫ぶ。
「ポルク・ナダール! 汚らしい豚よ! 貴様に勇気があるならば、その剣で見事余を討ち取って見せよ! ああいや、勇気以前に、その醜く肥え太った身体では余に近づくことも難儀であるか! ハハハハハハッ!」
「小っ僧がぁ……貴様ぁあああああ!」
「怒った顔はさらに醜いな! 醜い豚だと思っていたが、潰れた蛙というのも捨てがたい!」
セイランは、まるで討ち取って見ろと言わんばかりに、ポルク・ナダールをあおり立てる。
目を見張るのは、セイランを守りながら動いている近衛たちだろう。
セイランという玉を抱えつつも、被害らしい被害も受けずにうまく後退している。
その練度のすさまじさたるや、さすがと言うほかない。
「何をしている! なぜセイランを討ち取れんのだ! 相手が騎馬とはいえ、向こうはこちらよりも少数なのだぞ!」
「それが、近衛の練度があまりに高く……」
「ならば横陣の歩兵部隊をもっとこちらに回せ! いくら練度が高くとも多数で迫れば近衛とてひとたまりもなかろうが!」
「しっ! しかしそれでは戦列が……」
「戦列など構うものか! 兵の質が討伐軍よりも低い以上、いずれこちらの戦列は崩壊する! もはや我らにはすでにセイランを討ち取る以外に道はないのだ! 動員できる兵力すべてを使って打ちかかれ!」
「……はっ! 承知いたしました!」
従士とのやり取りを終えたポルク・ナダールが、ふいに近くの歩兵の方を向いた。
「おい、そこの貴様」
「は、はい! 私になにか?」
「こっちにこい」
ふいに下された呼び付けに従い、兵士が近寄ると。
突然、ポルク・ナダールが剣を抜き放った。
「……へ?」
兵士が困惑の声を口にするのもつかの間、ポルク・ナダールが剣を一閃。胸を切りつけられた兵士は「ぎゃっ」という悲鳴を上げて倒れ込み、そしてぴくりとも動かなくなった。
まるで見せしめのような行為を行ったポルク・ナダールが、その場で叫ぶ。
「よいか! 敵が強いからなどという泣き言は聞かん! 敵が強く手強いのであれば、自分の命を捨てて攻めかかるのだ! この命令に反した者はこの男のようになると思えいっ!」
そんな苛烈な命令を周知するために、自軍の兵を殺す。
あまりに残虐な行為だが、その効果は覿面だった。
処刑を恐れた歩兵が恐慌の叫びを上げながら、さながら狼に追い立てられた羊のように、近衛に向かって殺到する。
進むも地獄、退くも地獄とはこのことだろう。
やがて先ほどの命令が伝わったのか、ポルク・ナダールの部隊の後ろからも、歩兵部隊が続いてくる。
ポルク・ナダールの部隊が……いや、ナダール軍全体が、どんどんとセイランが作り出す沼へとはまっていっているとも知らずに。
「――第一部隊後退。第二部隊は第一部隊後退の援護を」
エウリードが、近衛に静かに命を出していると。
歩兵の攻めが苛烈になったせいか、対応が遅れ、陣形に穴が空いてしまった。
そこを目敏く見咎めたポルク・ナダールが、周囲を固めていた騎兵に吶喊の命令を下す。
「そこだ! 騎兵! 突っ込めぇえええええ!」
その指示を受けた騎兵が三騎、セイランを狙って吶喊してくる。
自軍の歩兵を踏み潰し、足止めをしていた近衛の横をすり抜けて、真っ直ぐにこちらへ。
「セイラン・クロセルロード! 覚悟ぉおおおおお!!」
セイランを狙って雄叫びと共に迫る騎兵。
(これは……)
その鬼気迫る圧力を危惧し、呪文を唱えようとしたのだが。
「よい」
「え……?」
「黙って見ているがいい」
セイランの制止に従い、呪文詠唱を取りやめると、吶喊してきた騎兵の前に、エウリードが馬首を回して立ち塞がった。
エウリードは白馬を見事に操りながら、吶喊してきた三騎に対応。
同時に突き出された槍を剛撃によって払い退けると、騎兵を一騎ずつ捌いていく。
巧みな動きに、三騎いた騎兵はたちまち彼に討ち取られた。
「どうした! ポルク・ナダール! 貴様の軍は騎兵とてこの程度か! これでは貴様の将としての器もたかが知れるぞ!」
エウリードの音声が響く。
近衛のふとした手落ちを逆手に取って相手をけなし、その失態を帳消しにする。
装備の整った騎兵がこうも簡単にやられれば、当然歩兵の指揮も下がるというもの。
一方で、エウリードからもあおりを受けたポルク・ナダールは、狂乱にわめいている。
言葉になっていないため、何を言っているのかは聞き取れないが、エウリードに対して切歯扼腕しているに違いない。
「エウリード」
「……殿下はそのまま、ポルク・ナダールへの挑発をお願いします。近衛の指揮はお任せを」
「うむ」
エウリードが、また後退の指示を出す。
それに、自分やカズィも馬を走らせついて行くのだが。
ただついて行くだけだと言えば聞こえがいいが、これがかなり大変だった。
常に周囲を警戒しなければならないし、心安まるときが全くない。
近衛も迫ってくる歩兵部隊の前面を打ち倒してはいるものの、ポルク・ナダールの指示によって敵部隊は減るどころか増えていく一方。横陣を構成する歩兵部隊を切り崩してまでセイランを討ち果たそうとしているため、想像以上の圧力が受けている。
敵の数が増えたせいで、聞こえる足音も大きくなり、金属が当たる音も増えていく。
ドンドン。
ガンガン。
ゴウゴウ。
どんどん。
がんがん。
ごうごう。
「……い」
聞こえてくるのは、そんな音ばかり。頭の中で反響し、離れていく様子もない。
「……おい」
悲鳴は怒号にかき消され、怒号は騒音に呑まれて消える。
そんな音に追い立てられながら、後退のような南進、そしてまた南進。
いつまでこの行動が続くのか――
「おい! 聞こえてるか! おい!」
自己の内に沈み込む中、ふいに肩を揺らしてきたのはカズィだった。
「え? あ、ああ……聞こえてる。どうした?」
「……お前、大丈夫か? さっきから呼んでるってのに、うんともすんとも言わないじゃねえか。一体どうした?」
「いや……そうだな」
確かに彼の言う通り、呼びかけに対しすぐに反応できなかった。
いや、そうではない。まったく聞こえていなかったのだ。
いつのまにか、周囲の声を聞き取る余裕さえもなくなっていた。
「……結構きつい。頭がおかしくなりそうだ」
そんな風に、正直な胸の内をカズィに吐露する。
緒戦は最低限の緊張を保てていたものの、怒号や悲鳴などに揉まれていく中で、知らず知らずのうちに精神の摩耗が進んでいた。
こちらが攻めかかっているならまだしも、だ。
部隊は常に後退しており、敵から圧迫されている状態なのだ。
やはり、精神的に来るものがある。
「ま、初陣なんだ。無理もねえわな……」
「カズィは余裕なんだな」
「俺は魔法院で動員があったときに、規模は小さいが何度か経験してるからな。多少は……本当に多少だが耐性はある」
カズィはそう言って、肩をすくめる。
その様は、いつも軽口を叩いている彼とほぼ変わらない。
身近な人間に余裕があるというのが、いまはとても頼もしく感じられた。
だがそれでも、ふと気を抜くと、いまだ逃げ出したくなる気持ちに駆られる。
兵士たちが押し寄せて来る様が、大火や津波でも見ている気分になり、どういうわけか「早くここから避難しなければならない」という気持ちが湧き上がってくるのだ。
これが浮き足立つということなのだろう。
数の暴力の凄みがこうも恐ろしいものだとは、思わなかった。
そんな中、エウリードが声を掛けてくる。
「アークス・レイセフト」
「っ、はい!」
「心が萎えているのでしたら、近衛の声に自分の声に合わせなさい。自分も群体の一つとなれば、恐怖も紛れます。ここは戦場。すべてを利用しないと生き残れません。錯覚までも利用するのです」
「は、はい……」
彼の言うとおり、時折上げられる近衛たちの鬨の声に、自分の声を合わせる。
すると、ふとした一体感のおかげか、対抗できるような気分が湧き上がってきた。
すかさずエウリードがさらなる注意を口にする。
「アークス・レイセフト。昂揚に浮かせられてはいけません。それに身を委ねれば、突出という見えない魔の手に引き込まれます。自制しつつ、適度にほどよく利用しなさい」
「わかりました」
逐一声を掛けてくれるため、指導をしてくれる先生が付いているようにも感じられる。
こちらとしては余裕が生まれてありがたい限りだが、自分にばかり構っていていいのかとも思う。
……よく見ると、近衛の指揮は副長らしき人物が代わりに出していたが。
再び後退の指示が入り、馬を動かすと、並走するカズィが声を掛けてくる。
「どうだ? 落ち着いたかよ?」
「さっきよりは幾分」
「怖かったら後ろに隠れてもいいんだぜ?」
「堪えられなくなったら遠慮なくそうさせてもらうよ」
カズィとそんなことを言い合っていると、ナダールの部隊の側面で、氷床が広がった。
「おっと、あっちはあっちで全力か?」
よくは見えないが、ノアが何かしら援護のようなことをしてくれているらしい。
状況を見るに、敵兵士たちが大きく迂回して回り込めないようにしてくれているのだと思われる。
そんな中、前方の敵兵が弓矢を構え始めた。
横陣の歩兵だけでなく、後方にいた弓兵まで、こちらに引っ張ってきたのだろう。
「っと、あっちばかりも見てられねぇな」
「ああ、これは魔法を使った方が良さそうだ――」
周りの近衛が弓を払う準備をする中、防性魔法を使おうとすると、カズィが止めにかかる。
「ちょい待て待て早まるな……それは俺がやる」
「え? ああ……」
「矢玉は俺に任せな!」
カズィは周囲の近衛たちにそう伝えると、詠唱を始めた。
『――アルゴルの便利布。柴に薪に穂先に鏃。包むものはなんでもござれ。とがったものでも鋭いものでも穴もあかないへいちゃらだ。ひとたび開けばどんなものでもたちまちのうちに包み込む』
呪文からして、以前彼が封印塔で使った【アルゴルの布鎮めの法】変形だろう。
カズィが懐から取り出した布は、【魔法文字】をまとって大きくなる。その布面積は地面に達するまで余り、厚みも増したのかどことなく重々しい。
しかしカズィはそれを、飛来する矢玉に合わせてなんなく振るった。
飛んできた矢玉の数々を、大きく広がった丈夫な布地が迎え撃つ。
その戦いに勝利したのは――当然のようにカズィの便利布だった。
近衛たちの間から感嘆の声が上がる中、それをやった本人と言えば、余裕そうに口笛を吹いている。
なんとも頼りになることだ。
「にしてもまた器用な」
「魔法は汎用性だぜ?」
「それはわかるけどさ。これがなんで人攫いなんてしてたのかほんと謎……」
「終わったことをいちいち蒸し返すなっての!」
カズィとそんな軽口交じりのやり取りを終えると、
「お前はあんまり魔法使い過ぎんなよ? いま張り切りすぎるとあとで息切れ起こしちまうぜ?」
「いや、別に俺が息切れ起こしても構わなくないか?」
「何寝ぼけた言ってやがる。お前が使う魔法は俺たちには使えねぇんだぞ? そうなったらいざってときに心許ねぇ。だからそれまでは子分をうまく使いな」
「……わかった。頼りにさせてもらうよ」
カズィにそう返答すると、彼は乱杭歯をむき出しにして、いつもの奇妙な笑い声を上げる。
さっきから周りの世話になりっぱなしだ。
自分も何かしなければとも思うが――いま張り切りすぎてはいけないと言われたばかりなのだから、ここは自制するほかない。
ふと、そんなことを考えていたときだった。
「――魔導師だ! 魔導師部隊を前に出せ! 例の防性魔法とやらで防御しながら、セイランを攻撃させろ!」
前方から、ポルク・ナダールの乱暴な指示が聞こえてくる。
直後、近衛の前に現れたのは、魔導師たちだ。
おそらくは騎兵同士がぶつかったときに、援護などを行わなかったあの部隊だろう。
歩兵の列を割って前に出て、俊敏に、そして迅速に隊列を組む。
緒戦に魔法の撃ち合いに参加した敵魔導師たちに比べ、動きがかなりいい。
動きだけなら、王国の魔導師部隊に匹敵するのではないか。そんな印象を受ける練度。
魔法による遠距離攻撃を防ぐため、すぐさま近衛の部隊が蹴散らしに向かう。
それに対し、敵魔導師部隊は防性魔法を使用。
彼らが呪文を唱えると、灰色に変色した【魔法文字】が生み出され、やがてそれらは正六角形板を形成。魔導師たちの前面に隙間なく敷き詰められると、すべてが合致して一つの構造体を構築した。
向こうの景色を通す半透明な灰色の障壁は、一見してSFのバリアーを思わせる。
「おいマジかよ……あれってハニカム構造なんじゃ」
六角形の平面充填によるハニカム構造は、戦車装甲にも採用されるものだ。
障壁がそれを用いて構成されるということは、その防御力も、他の防性魔法と比べものにならないはず。
ふとした呟きを漏らす中、近衛の攻撃が敵魔導師たちの防性魔法に届く。
槍や弩の先端が、障壁に衝突するが――
「なんだと!?」
「っ、槍が通らない……」
その穂先や鏃は、さながら硬いものに当たったかのように弾かれる。その後、何度も攻撃するが、敵の防性魔法はびくともしない。
それを見たエウリードが、すかさず指示を出す。
「一度下がりなさい! 魔導騎兵は援護を!」
近衛の魔導師が、呪文を唱える。
「――我が意思よ火に変じよ。ならば空を焼き焦がす一槍よ、立ちはだかる者を焼き貫け」
敵魔導師部隊の講じた防性魔法に対し、炎の槍が飛んでいく。
その穂先は防性魔法に過たず衝突するが、しかし敵魔導師はおろか障壁まで無傷。
魔導師たちが放つ【火閃槍】の魔法を完璧に防いでいた。
それを見ていたセイランが、訝しげに呟く。
「ポルク・ナダールがこのような魔導師を抱えていただと……?」
「それは考えにくいでしょう。ポルク・ナダール麾下の部隊にしては、練度が目に見えて高い。いえ、高すぎる」
「ではあの者たちは一体どこから」
「傭兵団からとは考えられません。やはりアークス・レイセフトの言った通り、帝国の影があるのでしょう」
「……っ。帝国め。いまいましいことだ」
エウリードの推測を聞いたセイランが、そう吐き捨てる。
そして、すぐに体内の魔力を高め、
「近衛が貫けぬのならば、余の魔法で……」
「殿下、それはいけません」
「なぜだ?」
「万が一、万が一にも殿下の魔法が防がれた場合、今後に影響が出るでしょう。帝国の影があるのであれば、なおのこと相手の思う壺にございます」
「っ……」
そうだ。セイランの使うクロセルロードの魔法は、王国の力の象徴だ。それが防がれたとあっては、クロセルロードの権威に悪影響が出かねない。
……だが、このままではまずい。付かず離れず動いていたため、近衛と敵魔導師部隊の距離が中途半端なのだ。このままでは後退している間に魔法を撃ち込まれかねない。近衛の中にも魔導師がいるため、そちらの防御は期待できるが、いまは向こうの数の方が上。撃ち込まれる魔法の質によっては、大きな被害を受ける可能性もある。
見れば、ポルク・ナダールの護衛に当たっていた騎兵がまた動き始めた。
近衛の前衛に対しさらに圧力を掛けて、魔法行使を完璧なものにしようというのだろう。
もはや一刻の猶予もないか。
ならば――
「殿下。私がひと当てしてきてもよろしいでしょうか?」
「アークス。そなたはあの防御を抜ける魔法を持ち合わせているのか?」
「は。可能性のあるものは」
「……余はそんな話聞いていないぞ」
「え?」
「いや、なんでもない。できるかもしれないのだな?」
「あれが戦車装甲を模したものでなければの話ですが」
「戦車の装甲? いや、戦車にはあれほどの頑丈さはないぞ?」
「い、いえ。その戦車ではなく」
慌てて訂正する。セイランはどうやら馬で引くタイプの古代の戦車を思い浮かべたのだろう。そういえばこの世界でも、戦車と言えばそれを指す。
「……まあいい。話はあとにしよう。数騎! アークスの護衛に当たれ!」
セイランが指示を出すと、近衛が付いてくれる。
カズィに目配せすると、そちらも頷いた。
魔力の無駄遣いはできないが、この状況ならばいいということだろう。
「それでお前、どうするつもりだ?」
「たぶん、あの障壁に生半可な魔法は通じない。だから、あの魔法を使う」
「あの魔法? なんだ?」
「ほら、前に叔父上の山で使ってみせたアレだ。見ただろ?」
「げ……」
カズィはそのときのことを思い出したのか、顔がひきつった。
「俺の前に出るなよ。蜂の巣になるからな」
「あんなの食らったら蜂の巣以前に身体が砕け散るっての」
カズィ、そして護衛に入ってくれた近衛と共に、近衛部隊の前面に突出。
それを見咎めた敵騎兵が二手に分かれ、十時、二時の方向から迫ってくるが。
具合の良い位置に馬を回して、横向きにする。
『――絶えず吐き出す魔。穿ち貫く紋様。黒く瞬く無患子。驟雨ののち、後に残るは赤い海。回るは天則、走るも天則。余熱は冷めず。狙いの星もいまだ知らず。喊声を遮る音はただひたすらに耳朶を打つ。猖獗なるはのべつまくなし』
詠唱後、空中に浮かび上がった魔法陣に右腕を差し込むと、魔法陣が高速で回転し始める。
男の世界の戦法を変えた武器、ガトリングガン。
それを模した魔法が、いまその咆哮を上げる。
火の魔法が主力の魔導師の戦場に、変革のくさびを打ち込むために。
――【輪転する魔導連弾】
まず呟くのは、向かってきた騎兵に対して。
「この魔法、かわせると思うなよ……」
そんな言葉を口にして、【斉射】の一言を下すのだった。