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第七十九話 権威なるものとは



 セイランから掛けられた、不思議な問いかけ。



 ――余がなんであるかを知っているか。



 それは、自分がセイランのことを、どう認識しているのかを問うているような言葉だった。

 そういった含意があると受け取りつつ、背を向けて立ったままのセイランに口にする答えは。



「……は。私は殿下のことを、ライノール王国の次代を担う東宮と心得ております」


「そうだな」



 こちらの言葉を、セイランが肯定する。

 我ながら当たり障りのない答えを口にしたとは思うが、自分が導き出せるのはそれが精一杯だ。もとより話の流れを考えれば、セイランの問いかけはその先に続く解き明かしの呼び水に違いないだろうが。



「そなたの言う通り、余はライノールの嗣子である。だが、余が父上や父祖と違うのが、余が新たな権威を作るために生み出された存在だということだ」


「新たな権威……」


「そうだ。権威とは、あらゆるものを無条件にひれ伏せさせる実のない力だ。武力、権力、財力に依らず、名や血筋、肩書きにのみ宿る、人々の信心に直接働きかけるもの。それは理解できていような?」


「は。私もその力の傘にかかる者の端くれでございますれば」



 権威の恩恵に与る者を挙げるなら、貴族はその筆頭だろう。当然、先に言った三つを背景にすることもあるだろうが、平民には「高貴な者は偉い」「逆らってはいけない」「禁忌」という常識が確固として根付いている。

 だが、セイランはすでに王国王太子という名実を持っている。にもかかわらず、それを上回るほどの権威があるとは一体どういうことなのか。王国で王太子を超える権威を持つ者は、それこそ国王しかいない。

 だがいまの口ぶりでは、それに並ぶか、それ以上のものということになる。



「私は、殿下のおっしゃる〈新たな権威〉が何を指すのか存じ上げません。であれば、お教え頂きたく存じます」


「うむ。余の持つ権威……容易には口に出来ぬことだが、そうよな」



 セイランはそう言うと、こちらを振り向き。



「そなたならば、この言葉がわかるやもしれぬな。アークス、余は【神子(しんし)】たる存在なのだ」


「……!」


「その様子では知っているということか。さすがだな」



 こちらが咄嗟に顔を上げたことで、セイランは察したのか。



 【神子】

 そんな風に、セイランがわざわざ、【古代アーツ語】を用いたのは、先ほどの言葉が一般的ではないからだろう。

 共通語には、男の世界によくあるような〈神〉という存在に相当する言葉がない。

 そもそも神という概念がこの世界では一般的ではないのだ。

 それは、この世のすべての事象が【言理の坩堝】から生み出されたものという常識が根付いているからに他ならならい。



 世界が紀言書にある通りだとすれば、この世は天も地も、山も海も、あらゆるものが言葉で出来ているという。意思ある誰かが意図的に作ったものではなく、言葉の結合と別離によってその原型が生まれ、ときの流れとこの世に生きる者たちの生活の営みによって現在ある形となった。そんな答えが紀言書によって出ているために、男の世界のように「世界を作った意思ある存在」というものを想像する人間がいないのだ。



 ……だが、だからといって、それに相当する存在がないわけではない。

 坩堝をかき回す者、カーナ・アム・ラハイ。

 【精霊年代】にごくわずかだが記述され、【大星章】が生み出された時代にほんの一時期だけだが信仰された存在が、おそらくはそれに当たる。

 坩堝から生み出され、坩堝を操る者。

 つまりはあらゆる事象を動かし、現象を操る力を持つ者というように描かれる。

 【古代アーツ語】に記される【神】は、そのカーナ・アム・ラハイを指すものなのだ。



「つまり、殿下はこの世の事象を操る者と同じであらせられるということでしょうか?」


「そうだ。やはりそなたも、坩堝をかき回す者の記述にたどり着いていたか」



 セイランはそう言うと、問わず語りに口にしていく。



「歴史を紐解いていけば、血筋のみを重視する君主は時代が下がるに連れ、権力が弱くなる傾向にある。家と家の繋がりを強くするために婚姻を重ね、王家の血筋が分散することもそう。しかし才のみを重視すれば、いずれは財力や武力を背景に主家たる王家を蔑ろにしよう。それらをいま一度過去のものにするために、余と言う存在が作られたのだ」


「つまり、殿下の血には、御尊父であるシンル陛下を超える権威が備わっているということでしょうか?」



 セイランは「その通りだ」と言って頷く。

 ……セイランがこれ以上のことを話さないため、権威の正体が何なのかはわからないが、事実ならば多くの者がひれ伏す権威がその血に備わっているということは間違いない。



「……それゆえ、このような状況に置かれたときは、余は父上の権威を飛び越えて活躍しなければならないのだ。父上によって作られた余の権威を、確固としたものにするためにな」


「それで……」


「そうだ。父上の了解を得ずに軍を起こすなど数々の例外があったのがそのためだ。ふふ、だがそれもすべては父上の手のひらの上のことよ。此度は余に試練を与え、一段上に上らせようというのだろう」


「では、国軍の動員が思いのほか多くないのも、そのためなのでしょうか」


「いや、国軍の派遣が鈍いのは(ハン)族とグランシェルの動きを警戒してのものだ。どうもナダールの動きと呼応しているかのような動きを見せているらしい。もし連中が動くとなれば、こちらへの援軍が少なくなるのは当然だ」



 それは、規模の問題なのだろう。

 クロス山脈に広く氾族や、南のグランシェルは海軍国家とは言えど陸の戦力も侮れない。それら、いち国家やいち国家を形成できるほどの力を持つ氏族と、一国内の貴族でしかないポルク・ナダールを秤に掛ければ、答えは自ずと見えてくる。

 情報が遮断されているはずなのに、呼応しているような動きとは妙な限りだが。



「余は、王国を統べることを宿命付けられている。ゆえに、求めなければならぬ。大きな力を。誰もがひれ伏す名声を。クロセルロードの王統を、万古不滅のものとするために」



 セイランが、どこか熱に浮かされたように語り出す。

 それはまるで、遠く空の彼方にある、月や太陽に手を伸ばしているかのよう。

 空想と現実の境の区別が付かなくなったドン・キホーテか。

 愚かにも太陽に迫ろうとしたイカロスか。

 強い思い込みと、身の程を弁えぬ語り口。

 傍から見れば傲慢なそれも、王国王太子という肩書きを持つ人間ならば、そぐわしいとさえ言えるだろう。

 強い力は、これから王国を統べる者には絶対に欠かせないものだからだ。



 だが――



「殿下はなぜ、それを私にお話になったのでしょうか?」


「アークス。余には信のおける味方が必要だ。上位者におだてられても舞い上がらず、見え透いた餌に食いつかず、冷静さを保てる者。余はそう言った者を手元に置きたいと考えているし、そなたは余の期待に確かに応えた」



 セイランはそう言うと、こちらに振り返った。

 そして、



「――余の大望を実現するために、そなたの力を貸して欲しい」



 それは、これまで投げかけられたような命令などではない、願うような言葉だった。

 命令を聞けでもなく、力を貸せでもない、力を貸して欲しいという、相手の納得を必要とするそんな意思。王国貴族に係累を持つ者ならば、答えに迷うべくもないのだろう。

 こんな言葉を掛けられれば、大抵の貴族は王家の恩威に対し、涙を流して喜ぶはずだ。

 絶対的な上位者が、己の力を必要とする。

 封建的な社会であれば、これほど名誉なこともない。



 だが、自分は違う。男の人生を追体験し、社会のしくみのなんたるかをわずかにでも知っている者ゆえに、権威に対する盲目的な信心が存在しないのだ。



 だからこそ。



 簡単に頷いていいのか、と。



 よく見極めなくてもいいのか、と。



 そんな声が、己の(うち)より囁くのだ。



(…………)



 即座に判断できないのは、セイランに力を貸すことが、どういう結果に繋がるかがわからないからだ。

 成功なのか。破滅なのか。それ以前に、これが正しい方向を向いたものなのか。

 自身がこの求めに応じ、セイランのために自分の力を使ったその先が、見えてこない。

 もとより、自分がどうしたいのかも定まっていないような状態なのだ。

 そんな自分が不用意に頷いて、いい結果に繋がるはずもない。



 しかし、王族の言葉は、たとえ命令でなくとも従わなければならない。

 だが――



「……返事はいますぐにでなくともよい。そなたにも、抱える事情が様々あるだろう。いまは余が口にした話を覚えておくだけでよいのだ」


「は……」



 だからいまは、ただ頷くことしかできなかった。



 そんな中、セイランが思い出したように口を開く。



「それとだが、戦のときは、そなたは余の側に控えているだけでよい。余の側ならば近衛もそなたを守ってくれよう。余の近くにいるのが戦場では最も安全だ」


「え……?」


「呆けた顔をするな。比較的安全な場所で戦を見ているだけで、戦に出たという実績が付くのだ。そなたにとっては願ってもないことのはずだ」


「確かにそれはそうですが……」


「そなたには魔力計以外にも、抱えているものが他にも様々あるだろう。だがそれらを世に出そうとすれば、邪魔をしようと考える者が出てくる。確実にな。そしてそのときそなたは、大きな足止めを食うことになるだろう。それは、そなただけでなく、王家にとっても損失となる」



 足を引っ張る者がでてくる。それはあの男も体験し、その体験を追った自身もよく味わったことだ。可能性があるなどという程度ではなく、これは絶対にあると断言できる。



「武官貴族の中には戦働きしか重視しない者もいる。この戦で箔を付けることができれば、そういった連中を黙らせることができるはずだ」


「殿下のご厚情、ありがたく存じます。ですが、戦の最中に、私の戦いぶりを見ている者もいるのではないでしょうか?」


「くく……戦場でそんな者などいるものか。誰も彼も自分の手柄で手一杯よ。その間にそなたの活躍をこちらででっち上げればよいのだ。無論、本当に活躍しても構わぬぞ。そなたには強力な魔法とやらがあると聞いている」


「え?」


「ディートリアが報告したときに申していたぞ? 炎の魔法と風の魔法を合わせたような魔法で、倉庫の中を吹き飛ばしたとな」



 ディートが話したのか。まあ確かに、報告では包み隠さず話す必要はあるだろうが。



「むしろ余はいますぐ見せて欲しいのだがな」



 セイランはそう言うと、まるで良い案が思い浮かんだかのように手を叩いた。



「うむ! それもよいな。よし、ではちょっとそこの訓練場で……」



 急に腕を掴んでドアまで引っ張って行こうとするセイラン。訓練場に連れて行こうというのか。

 しかし、こんな時間に効果の激しい魔法を使えば、敵が奇襲を掛けてきたと勘違いさせることにもなりかねない。



「いえいえいえいえ! いまはもう晩の刻。魔法を使えば方々に迷惑がかかりましょう!」


「そ、そうか? うむ……」



 懸念を口にすると、セイランはものすごく残念そうにし始める。

 表情は窺えないが、肩は顕著に下がった。

 一応は頷いたものの、しかしセイランは諦め切れないのか。



「やっぱり少しくらいならどうだ? ちょっと、ほんのちょっとなら構わぬだろう? な? な?」



 親指と人差し指で何かを摘まむような形を作り、近づけたり離したり。確かにそれは、「ちょっと」を身体の動きで示す普遍的なジェスチャーだが。



「……で、殿下にやれと言われれば私に否やはございませんが、殿下のご命令で騒ぎが起こったとなっては討伐軍全体に影響が出るのではないでしょうか?」


「う、む……そうだな。確かにそなたの言う通りだ。ここは涙を呑んで諦めるしかないか……」



 涙を呑むまで残念なのか。

 セイランの声には無念さが滲んでいる。

 これまでのやり取りから、かなり厳格な性格なのだと思っていたが、実際はそこまででもないのか。年相応の子供っぽさというものを垣間見た気がしないでもない。



 やがて納得して落ち着いたと思ったが、小さな声で、まだ「でもちょっぴりなら……」とか言っている始末。

 どうやらセイランも筋金入りらしい。



 …………その後はセイランの話も終わり、部屋を辞したのだった。











 …………アークスが、セイランの部屋から去ったあと。



 静まった部屋の中に、ふっと影が現れる。

 薄桃色の長い髪と、色素の薄い紫の瞳。銀縁の眼鏡をかけ、いまは近衛と同じ装束にその身を包む男装の女。

 その姿は、監察局の長官であるリサ・ラウゼイのものだった。



 部屋の隅、調度品の影からその姿を現すが、しかしセイランは驚くこともない。

 まるで彼女がそこに居たのを、もとからわかっていたというように。



「――結果、アークスには嘘を吐くことになってしまったか」



 セイランが一人掛けのソファに座り、湯呑茶碗を傾けながら残念そうな息を吐く。



「殿下に偽りを語らせてしまったこと、ご容赦頂きたく存じます」


「よい。余が一人にならぬよう側に控えていろと、父上に命じられたのであろう?」


「は。殿下のご推察の通りにございます」



 セイランの問いに、リサは深く頭を垂れる。影からの護衛は、国王シンルから厳命された事柄だ。彼女にとって、いや、王国貴族にとって王命とは、それこそ命に代えても守らねばならないものあり、その命令の前にはたとえセイランであろうとも逆らえない。



「しかし殿下、あれはよろしかったのでしょうか?」


「何がだ?」


「アークス・レイセフトに、殿下のご事情の一端を語られたことについてです。アークス・レイセフトはまだ幼い子供。そのような者に、殿下の秘についてをお話になったのは、不用意……とまでは申しませぬが、性急だったのではないでしょうか?」



 リサがそう言うと、セイランは薄笑いを浮かべる。



「これは異な事を申すものよ。幼さで言えば、余もアークスと同じだが?」


「王国の次代を担う身である殿下と、いち貴族の、それも下級貴族の子息と比べるなど、恐れ多いことでございます」


「リサ。話の上でそのような繰り言を弄するのは余の好まぬところだ。アークスに普通という言葉がそぐわぬことは……特にそなたは身に沁みていよう」


「は……」



 セイランの言葉に、リサは肯定の言葉を口にする。

 彼女は以前に、侯爵の件で煮え湯と言うほどではないが、それに類するものをアークスに飲まされた経験がある。もちろん、対応が遅きに失したというのみで、不利益を被ったというわけではないが、してやられたということは間違いない。

 それゆえアークス・レイセフトが尋常でないのは、それなりに知っているつもりだが――



「そなたは先ほどのやり取りを見て、アークスは余が話すに足らぬと思ったのか?」


「は……」


「ふむ」



 肯定すると、セイランは先ほどのやり取りのことを思うかのように、大理石のテーブルに視線を向ける。

 そして、



「あのとき、アークスは迷っていたのだ」


「迷った、でしょうか?」


「先ほど余が、アークスに力を貸して欲しいと申したときだ。あのときアークスは、余の申し出を受けるかどうか逡巡していたのだ」


「で、殿下のお言葉に迷いを抱くなど……」



 それは、恐れ多いなどという言葉では済まされない。普通ならば強制してしかるべきところを、あそこまで下手に出たのだ。

 貴族は王族の命に対し、すべからく盲目的に頷くべきもの。

 どの貴族家でもその教育は徹底しているはずであり、どんな場合においてもそうしなければならないものだ。

 にもかかわらず、迷いを抱くなど、不遜などという言葉では片付けられない。

 むしろ王国貴族の結束を揺るがすものとして、処罰の対象にもなり得るものだ。



「あやつのことだ。自分がどうなるかということだけでなく、余がこれから成すことがなんなのか、それがどういったものなのかということにも考えを巡らせたはずだ」


「っ、殿下! それは王家に疑いを抱くことと同義です! 王家は王国において絶対者であれば、臣民にとって王家の意向に従うのがなによりの正道! それに要らぬ考えを巡らせるなど、思い上がりも甚だしく……!」



 リサは声を荒らげるが、セイランは至って平静そうに宥めに掛かる。



「落ち着け。見苦しいぞ」


「……は。御前で取り乱したこと、申し訳なく」



 リサが頭を垂れると、セイランはまた話し始める。



「おそらくアークスは、王家を、さほど絶対的なものとしては捉えていないのだろう。力の大小はあれども、それこそ代々その土地の元首や代表を務める責を負った地方君主程度にな」


「……私には理解が及びませぬ。王家を蔑ろにするなど、それこそカーウ・ガストンやポルク・ナダールと同じく叛意を抱く可能性があるということではないのでしょうか?」


「王家に対する絶対的な信奉か」


「信奉ではありません。貴族家に連なる者がすべからく弁えるべき事柄でしょう。それがない者は王家を軽視し、いずれは王家に仇なす者に成り変わります」


「王家を絶対者と位置づけなければ、余計なことを考える余地が生まれ、打算が働く。損得で動くようになれば、自然王家を蔑ろにするようになる、か」


「それはカーウ・ガストンがよい例かと存じます」


「それゆえ、アークスも王家に叛意を持つようになると? なればいまの王国にはどれほどの反逆の徒がいるのだろうな。余には想像もつかぬことだ」


「それは……」


「リサ。王家がいまも絶対的だとして、誰も彼もがそれに従っているというのならば、それこそ余の存在を否定することだ。今一度そなたに問おう。余はどうしてここにいるか。申してみよ」


「王家の権威に、さらなる盤石さをもたらすためのものと存じます」


「であろう。ならばこうして、カーウ・ガストンやポルク・ナダールのような者が現れるのも道理であろうよ」


「…………」



 国王シンルが、セイランという新たな権威を作ったのは、遠くない未来に王家の統治に(ひび)が生まれることを危惧したからこそだ。ときが流れるにつれ、周辺各国の圧迫が強くなり、先代国王の代には砦と王国の至宝である〈耀天剣〉まで帝国に奪われた。

 つまりは、貴族の信奉に揺らぎが生まれるのがわかっていたからこそのものでもある。

 それがないと否定すれば、それこそセイランの存在を否定することになりかねないのだ。



「……ですが、アークス・レイセフトの考えがいまだ定まっていないというのは十分考えられます。もしアークス・レイセフトが考えを変え、殿下を仇なす者となれば、手元に置こうと考えるのは時期尚早。であれば、ご再考いただくのが肝要かと愚考いたします」



 しかし、リサの抱いた懸念を、セイランは一瞬で切って捨てた。



「アークスが余を裏切るだと? それはない。あるはずもないことだな」



 それは、アークスが背任に走るなど夢にも思っていないような。

 いや、そうであるということを信じて疑わないというような口ぶりではないか。



「で、殿下?」


「どうした? そうであろう? アークスはいつも余のために動いてくれる。いつも必ず余を助けてくれる。それはそなたも知っているはずだ? そうであろう?」


「それは、そうですが……」



 確かにそうだ。それは、リサも知っている。だが、それは偶然のことではないのか。

 そんな言葉がリサの喉までせり上がるが、口に出すことはできなかった。

 ここで、その言葉を口にしてはいけないような気がしたから。



 ……なにも言葉に出来ぬまま、しばらくのときが流れる。

 その間に、セイランはあの少年に思いを馳せていたのか。



「……アークス。やはりそなたは素晴らしい。余が思った通りの男だ」



 天井に向かって吐き出されたのは、どこか陶酔めいた呟き。

 それがどこか、リサには陰鬱なものを感じさせた。



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