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第八話 錬る錬る錬るね



 クレイブが魔法の勉強を教えてくれることになったが、彼も自分に付きっきりになれるわけではない。

 軍の仕事や魔導師としての仕事、小さくはあるが領地も持っているため、実のところかなり多忙な身。そのため、基本的には、課題を出してもらいつつ、暇を見つけてその成果を評価してもらうという形になった。



 クレイブから出された課題を日々進めていったアークスだが、この日はクレイブから借りた魔力に関することが書かれた古い書物を読んでいた。



 その目的はもちろん、魔力量を増やすためのヒントを探すことだ。

 男の世界の読み物では、魔力は使えば使っただけ容量が増えるという話も多かったが、この世界でそれは通用しない。人の持つ魔力の容量は生まれたときから決まっており、何をしても増えることがないというのが常識だ。



 それで古い書物を借りるに至ったわけだが、借りた書物の中身についてはクレイブも調べ終えていて、魔力を増やすといった内容は書かれてはいなかったらしい。

 しかし、男の記憶がある自分ならば、何かしらの発見があるかもしれない。



 …………と、アークスはそんな風に考えたのだが、当然現実はそう甘くはなかった。

 やはり、魔力を増やす方法は書物には書かれておらず、魔力を操作した結果がどうとかなどの、あまり役に立ちそうもないことばかりが羅列してあった。



 そのうえ、ページの終盤に差し掛かって来るとクレイブでもわからないことが書いてあるとのこと。

 たとえば、アークスがいま読み込んでいる「魔力を練る」という記述がある部分だが、これはクレイブ曰く、



「――さあてなぁ、この辺りはオレもよくわからないんだ」



 らしい。



 魔力を練る。クレイブもその言葉に素直に従って、体内で魔力を操作し、こねくりまわしてみたものの、結果らしい結果は得られなかったそうだ。



 しかして、魔力を練るとは、一体どういうことなのか。


「練る? まず練るってなんだよ?」



 ついついそんな風に、男の口調が出てしまう。

 練る。粘土のように形をぐにゃぐにゃと変え続けるのか――いや、何度も折り重ね続けるのか。もしくは男の国の言葉と同じで、金属を叩いて固さを均一にする場合の『錬る』なのか。

 練るという言葉が表す行為が、どうにも判然としない。



「……やってみるかな」



 独り言を口にして、自分も魔力を練る作業に取り掛かる。

 なんでも実践あるのみ、だ。

 魔力の操作に関しては、クレイブの言いつけを守り、毎日毎日身体の中で移動させたり、切り分けたりとしているため、操作に関してはそこそこ達者になっていた。



 この作業も魔力操作の一環だと思えば、そう悪くはない。



「ねるねるねるねる……」



 体内の魔力をこねてかき混ぜ折り重ね、叩いて(気分)を何度も何度も繰り返す。

 そんな風にひたすら錬るという作業を数時間続けていたとき、ふと気付くことがあった。



「……魔力が少なくなってる?」



 魔力を錬ると、どうも少しずつではあるが、消費されていくらしい。体内で動かしただけで消費されるというのもおかしな話だが、錬り始めた当初よりも魔力は確実に少なくなっていた。



「……もっと練ってみるかな」



 これも何らかの結果なのだろうか。ならば、なにか見つかるかもしれない。見つかればいいなというそんな期待のもと、体内での魔力の錬り錬り作業に勤しんだ。



 …………のだが。



「やばいやばいやばい。やり過ぎた……」



 調子に乗って魔力がわずかになるまでやってみたところ、温水程度の温かさだった魔力が、まるで熱湯のように熱くなってしまった。



 しかも、体内で動かそうとしても、思うように動かしにくい。いままで軽かったものが、急激に重くなってしまったかのよう。



 ……放出するか。



「いやいやダメだ。部屋で下手なことするわけにはいかないぞ……」



 魔力をそのまま放出すると、抵抗があるせいか波動が巻き起こる。それゆえ、室内でこの未知の魔力を放出すると、部屋の中のもの吹っ飛ぶ可能性があるのだ。

 だが、放出しないとこの魔力は消えない。しかし、放出しないとずっとこのままだ。



 これで大丈夫なのか。不安が大きくなっていく。



「…………うん。よし、あとで考えよう」



 体内に作ってしまった危険物は、一旦保留することにして回れ右をした。

 そもそも魔力は、意識しなければその熱を感じることはないのだ。

 放っておけば冷めるだろう。……冷めたらいいな。



「まあ、そう簡単になんでもかんでも上手くはいかないよなぁ……」



 魔法に関しては、自分が生まれる何十年、何百年も前から研究されているのだ。

 子供のちょっとした思い付きで、これまでなかった新しいことが発見されるわけもない。

 しかも、魔力の量の増加は、それこそ魔導師の命題の一つなのだ。簡単に見つかる方がおかしいだろう。



 そんな風に考えつつ、指南書を持って部屋を出ると、折り悪くジョシュアと鉢合わせた。

 冷たい視線に晒され、身体が固くなる。



 ……クレイブに魔法の指南を受け始めてから、ジョシュアは輪をかけて冷たくなった。

 やはり、彼らの間には一言では表せない確執があるのだろう。そのうえで、目障りな自分まで加わって来たのだから、憎さも倍増し、いや三倍増しか。



 ジョシュアの視線が、持っていた指南書に注がれる。



「ふん……魔法の勉強か」


「はい」



 淡々と肯定すると、ジョシュアは忌々しそうに舌打ちをする。

 そして、



「勉強をしたところで貴様を跡取りに戻す気はないぞ!」


「ぼくはもとからレイセフト家の跡取りになるつもりはありません」


「っ、兄上に魔法を教わっても魔力量を覆すことはできん!」


「魔導師としての優劣は、魔力の量だけで決まるものではないです」



 ぶつけられる怒りに対し、冷静に返し続ける。

 そんな中、突然顔に衝撃を受けた。



「ぐっ……」



 どうやら、殴られたらしい。気付けば廊下の壁まで吹き飛んでいた。血の味がする。口の中を切ったようだ。



「忌々しいガキだ……」



 ジョシュアは、憤りと共にそう吐き棄てる。

 そんな姿に、もはや親子の情からくる悲しみよりも、怒りの方が湧いてくる。

 血を分けた息子に、ここまで理不尽な暴力を振るうことができるとは。



 俯いて我慢していると、やがてジョシュアは興味を失ったか、その場から去って行った。



 殴られた箇所を押さえて立ち上がると、ふと廊下の角からリーシャが顔を出していることに気付いた。

 一連のやり取りを見ていたのか。不安そうに瞳を揺らしている。



「に、にーさま……」


「リーシャ」



 呼びかけると、リーシャは周囲に気を配りつつ、駆け寄ってくる。



「にーさま、だいじょうぶ?」


「こんなの平気だよ。どうってことないって」



 リーシャに笑顔で無事をアピールすると、リーシャは肩を落として俯いた。



「……ごめんなさい」


「どうしてリーシャが謝るの?」


「わたしのせいで、にーさまが、とーさまやかーさまから、おこられて、ぶたれて……」



 リーシャは、何か勘違いしているらしい。

 いまにも泣きそうで、肩を震わせている。



「リーシャ。ぼくがこんな目に遭っているのは、リーシャのせいだからじゃないよ」


「でも、でも……わたしがあととりになったから、だから」



 それか。リーシャは自分よりも魔力の量が多かったから、こんな目に遭わせられているのだと思ってしまったのか。



「それは違うよ。ぼくの魔力が少なかったから悪いんだ」


「にーさまはわるくない! わるくないもん!」



 リーシャは叫び声を上げる。

 やがて彼女は堪えが利かなくなったのか、その場でわんわん泣き出してしまった。

 リーシャが落ち着くまでついていてあげると、やがて彼女はひく、ひくとしゃくりあげながら、



「にーさま、みんなで、まえみたいになかよくしたい。いっしょにあそびたい……」


「……そうだね。そうなれたら、いいだろうね」



 だが、もうそれは不可能なことだ。

 自分と両親との関係はすでに修復不可能な状態まで決裂している。

 リーシャの言う通り、家族は仲が良い方がいい。男の人生でも、幼少の頃に親がケンカをしたことがあった。そのときは、やはりいまのリーシャのように、つらい気持ちになったものだ。



 子供は両親に仲良くして欲しいし、両親に優しくして欲しいのだ。

 そして、そんなささやかな願いが叶えられることがないのはすべて、あの親のせいなのだ。あの両親が子供の価値を才能にしか見いだせないような人間だからこそ、いまこんな風にリーシャを泣かせている。



 そう思うと、怒りが、ふつふつと沸いてくる。

 見返すなどでは生ぬるい。いつかきちんとした決着を付けなければ。

 そう――レイセフト家をこの世から消してしまうくらい、決定的、徹底的にやらなければ。



「……にーさま」


「ほら、もう泣き止んで。遊んであげるから」


「……いいの?」


「いいに決まってるよ」



 そう言って、リーシャの手を引いて部屋に戻る。

 しばらく彼女と遊んでいると、彼女が、



「たまににーさまのへやにきてもいい?」


「父上と母上に見つからないようにしてね」


「うん!」



 リーシャは弾けるような笑顔を見せる。

 そんな彼女の笑顔を見ると、ジョシュアに殴られた痛みも、どこか遠くへ行ってしまった。





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