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第七十七話 やっと一息……?




 ――ナダール軍の総数は討伐軍よりも少ない。


 ――帝国がかなりの割合でかかわっている可能性がある。


 ――ポルク・ナダールの目的はセイラン・クロセルロードの身柄で間違いない。


 ――緒戦は籠城戦にならず、ミルドア平原での決戦になるだろう。



 軍議ではセイランおよび集まった諸侯の中で、以上のことが共有された。

 そしてその場で、決戦における作戦と戦術が採択され、軍議は解散。

 最後にセイランからお褒めの言葉らしきものを頂いたのだが……評価したのはセイランだけではなかったらしく、作戦室を出たあとに何人かの諸侯が訪れた。



 突然囲まれ掛けたときは何事かと思ったが、全員が好意的だったゆえひとまずの安心。



「見事な洞察力だった」


「この歳で兵学に聡いとは素晴らしい」


「殿下が側に控えさせようとする理由がよくわかりました」



 名乗りの挨拶を行い、称賛の言葉をもらう。

 中にはなぜ無能と言われているのかというところまで踏み込んで訊いてきた諸侯までいるくらいだ。侮るだけでなく、事情を話せばきちんとわかってくれる者が大半というのは本当にありがたい。

 この調子で地道に評価を上げていけば、いつかは無能者という噂もなくなるだろう。

 今回のことでそんな希望が少しずつだが、見えてきたように思う。



「調子に乗るなよ」



 ……中にはわざわざそんなことを言いに来た貴族もいたが、それはともかく。



 ときは夕刻。

 逗留のためにあてがわれた場所は、ナルヴァロンド内にある領主所有の館の一つだ。

 もともとがルイーズの客人として扱われているため、待遇は戦のために参じた下級貴族よりも待遇がいい。

 ルイーズから「なんなら城に居てもいいよ」という提案もされたのだが、そこまでされてはさすがにやっかみの対象になる恐れがあるためその申し出は辞退。セイランや高位の者しか逗留できない場所に、たかが下級貴族の子弟がご一緒するのは、いくらなんでも釣り合わないからだ。



 ……十五畳ほどの広い部屋に、ベッドが四つ、ソファが一つ、机といくつかの椅子が置かれた豪華な仕様。部屋の隅には遮光カーテンが掛けられた輝煌ガラスが置かれており、もうそろそろそのお役目を果たすときが来そうといったところ。



 いまは椅子に掛けながら、ようやく訪れたゆったりした時間を味わっている。



「軍議のときは悪かったな。まさか聞かれてるなんて思わなくてさ」


「いえ、私も思慮が足りなかったと反省しきりです。自制よりもあの場でアークスさまのお話を聞きたいという興味心が勝ったのは従者としてまずかったと認識しています」



 軍議の場での迂闊な行動を、ノアに改めて謝罪する。

 ノアは軍議のあとから、いつもの澄ました態度がなりをひそめていた。彼に落ち度はまったくないのだが、彼はあのときのことは反省点だという風に認識しているのだろう。



 一方、その場にいなかったもう一人の従者はといえば、いまはガランガと戦棋に興じていた。



「それで? 王太子殿下の前でも大活躍ってわけか? ほんと話に事欠かねえなうちのご主人サマはよ。キヒヒッ……」


「い、いや大活躍ってほどじゃないって」


「えー、あれは大活躍だろー。途中からアークスの独壇場だったし、しかもあのあとカーチャンがべた褒めしてたんだぜ? あの辛口のカーチャンが。なー?」



 ディートがガランガに訊ねるように顔を向けると、感心したように頷きながら、



「ああ。姐さんが、褒めたってことは十分使えるってことだ――よし、魔導師いただきだ」


「うげ、そう来るかよ……」



 カズィは戦棋の駒をガランガに取られ、苦い顔を浮かべている。



「俺は疑問に思ったことを言っただけなんだけどな……」


「それにしては、お話は核心を突いたものばかりでしたね。結果、討伐軍の方針まで変えてしまったのですから」


「おれ軍議を見学しててあれが一番勉強になったよ。殿下も軍議を回してすごいなって思ったけど、やっぱりアークスの話が印象的だったもんなー」


「あれだ、一番いい作戦は敵を撃破するでも、城を攻めるのでもなくて、敵の謀略を読んで、それを無力化するっての。俺はそれに従っただけだって」



 敵の目的を事前に察知して、それを達成できないようにしてしまえば、自然相手は軍事行動を起こせなくなるというものだ。

 今作戦の性質上、セイランがポルク・ナダールを討伐しなければならないため、敵の狙いを事前に挫くといった手段は取れないのだが――やはり相手の目的を正確に捉えるということは重要だろう。



 すると、ディートが眉間にシワを寄せてうーんうーん。



「……うちは場所柄結構戦しているけど、そんな戦訓聞いたことないぜ? 面倒な戦いや負けそうな戦いは絶対するなとかだし。なー?」


「ええ。坊のおっしゃる通り、戦訓って言ってもそこまで具体的なもんじゃない」



 それはそれで、ふわふわしすぎなのではないだろうか。



「あとはあって、紀言書に載ってる事例とか?」


「でさあね」


「あー」



 そういえば、紀言書には戦争のことに関する記述があったことを思い出す。

 紀言書は第六【世紀末の魔王】内にある『列皇紀』の部分は、人と人との戦争に関してのことが描かれている。おそらくはそこに戦術、戦略に関することが書かれているのだろう。



 ふとそこでノアが、



「先ほどの戦訓、『相手の目的をはっきりさせろ』というよりは、常に相手の目的がなんなのかに気を配れというものでしょうね」


「そうなのかもな」



 同意すると、カズィが不思議そうな顔を見せる。



「なあ。そういったのは普通なことなんじゃねえのか?」


「いえ、聞けば単純な話なのですが、戦訓として備えていなければ意外と忘れがちなものです」


「そうだな。聞きゃあ確かにって思うが、あまり意識はしないな。戦ってなると、どいつもこいつも相手の兵を倒すって方に目が行きがちになる。(いくさ)ってのは基本的に数が多ければ勝てるものだからな。誰も彼もが気に掛けるのは、数をいかにして揃えるかってことだけなのさ――ぬっ!?」


「へへ、重騎兵もらったぜ」



 カズィは手に入れた駒を手のひらの上で弄びながら、得意げな様子。

 ひとしきりガランガにどや顔を見せたあと、こちらを向いた。



「つーかよ、魔法の知識だけじゃなくてそういうのも詳しいとか、お前ほんとにどうなってんだ?」


「そうですね。レイセフトの本邸やクレイブさまのお屋敷にも、そういった類いの書物はありませんし」


「俺も一通り見させてもらったが、そういったモンを見つけた覚えもねえしな」



 両者から向けられる懐疑的な視線。

 こちらはそれに真っ向から向き合えず、目を逸らしながら誤魔化すので精一杯。



「えーっとな、まあそこは……」


「またあれか? 前に見たことあるっての」


「う、嘘は言ってないぞ? 見たことがなかったらあんな発言できないって」


「そりゃそうだろうが、お前の場合は根元からおかしいんだよ……」


「現物がないのが問題なのです。レイセフトの屋敷にもアーベント邸にもないのですから、他にどこでそういった知識を蓄えられるのか、こちらは不思議でしょうがない」



 二人はそう言うが、しかし、それを提示できるわけもない。

 あれはすべて男の世界の読み物だ。どうやっても持って来ることなどできないため、証明することなどまず不可能だ。



 二人の訊ねに苦慮する中、突然ガランガが威勢のいい声を上げた。



「――いよし、これで俺の勝ちだな!」


「へ……? ちょ、お、うっそだろ! おっさんさっきのはわざと取らせやがったな!」


「うははは。これも経験の賜物ってやつよ。魔法院の首席卒殿?」


「うがぁああああああああああ!!」



 ガランガがカズィの小遣いを巻き上げた。

 カズィはこういったゲームは強いはずなのだが、さすがに戦棋に関しては向こうが一枚上手なのか。まだまだ余裕といった様子。



「でも、相手の動きがわかったのは大きいよ。もっと時間があれば、決戦場に罠だって仕掛けられるしさ」


「こんな状況じゃなければって話になりますがね」


「なー」



 ディートが同意の声を上げる中、ノアがガランガに訊ねる。



「ガランガさま。やはりラスティネル領まで引き込むという手は、よろしくないのでしょうか?」


「確実な勝利を得たいなら、むしろいい手だと思うぜ? 地の利が取れるし、なんなら向こうに城攻めをさせることだってできるからな。だが、今度の戦は、殿下の評判も重視しなきゃならん。戦が終わったあと、王国がまずやることが何だかわかるか?」


「すぐに行う……論功会でしょうか?」


「そうだ。しかも、今回の戦は殿下にとって初陣だ。そりゃあ大々的なものになるだろう。おそらくは諸外国からも貴賓を集めてのものになるはずだ。当然そこで殿下の評価が問われることになる」


「では当然、王太子殿下の行動に焦点が当たることになりますね」


「評価に関してはシンル陛下は特に厳しい方だ。それをお膳立てされた勝利なんかで飾ったときには、外国から舐められることになりかねんからな。殿下のお立場上、そういうわけにはいかんだろう。そうなればやはり、城を攻められるってのは、よかぁないんだろう」



 こちら討伐というお題目を掲げて攻め込むのに、逆に攻め込まれるのはある意味間抜けな話だ。相手に攻め込む猶予を与えたということになるし、時刻の貴族にも舐められているという風に取られかねない。

 討伐軍が先手を取られるなど、皮肉でしかないだろう。



「――今回のことではある意味、アークスの坊主はそんな事態から殿下を守ったとも言える。もしこっちがナダール側の正確な動きを察知できずに奇襲なんて受けてたら……戦に勝利したとしても、殿下の評価には傷が付いただろう。席を用意するってのも、あながち冗談とも言えねぇだろうな」


「ほんとすごいよ。この戦が終わったらおれのとこに来て欲しいくらいだし……なんかダメっぽいけど」


「は?」


「いや、あのあとさー、殿下にアークスが欲しいって言ったら、『アークスは余がすでに目を付けていたのだ』って言われて断られちゃったんだ」


「おま……」



 知らないうちに確保に動いていたのか。

 しかも、それに関してはガランガも知らなかったようで。



「坊、もう動いたんですかい?」


「だってこういうときは早く動かなきゃだろ? そうでなくても他の貴族や領主が動いてたんだし」


「そいつは……どいつもこいつも手が早いことで」


「当然おれみたいに殿下に断られてたけどさ」



 ディートはそう言って、不満げにぶつくさ。

 彼もそうだが、貴族や領主、セイランだ。

 まだ成人もしてない子供を、こうして囲いにかかるのは、どうにも妙な気がしないでもないが――ここは男の世界とは違い、特別な才能というものが確固として存在している世界だ。そのため、こうして年齢にかかわらず確保しにかかるのだろう。



「アークス、殿下の覚えめでたいけど、なんかやったの?」


「えー、まー、いろいろ?」


「ふむ。やっぱりラスティネルに来たことと関係あるのか?」


「が、ガランガ様、そういった深読みはご容赦いただきたく……」


「って言ってもなぁ」



 と言いつつも、ガランガはニヤニヤしている。

 ……ガランガも一地域を治める領主だ。武辺一辺倒ではないだろうし、当然自身のことに考えを巡らせて、なんとはなしに答えを出しているのかもしれない。



 しかし、もし魔力計のことが理由なのだとしても、得心がいかない部分もある。

 セイランが知っていることと言えば、魔法に関しての活躍だけだろうし、軍事にかかわるものではない。にもかかわらず軍議の場に呼んだうえ、今後の作戦にかかわる案まで出させたのだ。

 魔法の活躍だけならば、あんなところには呼ばないはず。

 だからどういうことなのか、わからないのだが――



「でもさ羨ましいよなー。殿下の近くで戦えるんだもん」


「あー、うん」



 ディートに返したの、そんな曖昧な声。

 すると、ディートは不思議そうな顔を見せ、首をこっくりと傾げる。



「あれ? アークスあんまり嬉しそうじゃない?」


「まあなぁ……ディートはどうして羨ましいんだ?」


「どうしてって、うらやましいに決まってるだろ? 殿下の前で活躍すれば、王家からの評価も上がるし、上手くいけば王家とつながりもできるだろ? こんな好機そうそうないって」


「あー」



 確かに、ディートの言う通りだ。

 今回のことでセイランの覚えがめでたければ、当然出世につながる。

 ここは特権階級が支配する国なのだ。周囲の評価もそうだが、基本的には上位者の意志一つで決定されるものだ。セイランの前で活躍できれば、それはほぼ確実だろう。

 そう考えると、『成り上がる』という自身の目標にも一致している。



 ノアとカズィに、訊ねるように視線を向けると。



「私はついて行くだけですので」


「ノアはそれでいいのか?」


「主にどこまでもついて行く。それが従者としてあるべき姿ですからね」



 ノアはそう言って、楽しげに笑っている。その本心はやはり、面白そうだからとか、楽しそうだからとかいう理由があるのか。


 一方で、



「カズィは?」


「侯爵邸に攻め入ったんだ。お前のとこにいれば荒事続きになるってのは最初からわかってるさ。キヒヒッ……」



 どうやら、二人とも納得しているらしい。

 それならば、いまさら遠慮することもないだろう。二人は自分よりも荒事に慣れているのだ。他人を気にするよりも、自分を気にしろと言われてしまう。



 ともあれ、結構前から気になっていることなのだが。



「――それで、ディートはなんでここにいるんだ?」


「え? え? なにそれいまさらすぎだろ?」



 そう言いながら人のベッドを占拠して、さっきから気ままにゴロゴロしているディートくん。他人のベッドなのに自分のものかの如く我が物顔で、シーツはすでにしわくちゃだった。



「だってカーチャン以外は基本おっさんばっかりだしさー。そりゃ世話係の女中も何人か付いてきてるけど。そっちはそっちで気軽にはできないし」


「というわけで、こうしてお邪魔してるってわけだな」



 そのおっさん筆頭は偉い立場なのだから仕事はどうしたとも思わないでもないが、基本ディートを補佐するのが仕事であるため、こうしてここにいるのだろう。主を放置してずっとカズィと戦棋で遊んでいるが。



「なーなー、アークスって歳いくつ?」


「俺? 俺は今年で十二だけど」


「そうなんだ。おれのいっこ上かぁ」


「へーそうなのか」


「そうそう。あっ! じゃあアークスのこと、今度からアニキって呼んでいいかな? あ、見た目はアネキっぽいけど」


「それは余計だ余計!」



 目を三角にして怒るが、ディートはケラケラと笑っているだけ。

 だが、問題はそのアニキとかいう呼び方だ。



「あのな、お互い立場ってものがあるだろ? 話し方は置いておくにしても、さすがにそれはさ」


「えー、いーじゃん。おれより年上なんだしさー」


「…………」



 この前から、まったく聞かないディートくん。ベッドに寝そべりながら手足をバタつかせて口をとがらせる。

 聞き分けてくれないことを察してガランガの方を見るが、こちらはこちらで諦めたようにため息を吐くばかり。



「きちっとした場ではちゃんとするからさ」


「……わかったよ」


「よろしくアニキー」



 そう言って、どこか嬉しそうにまたベッドの上をゴロゴロ。そろそろ寝床がめちゃくちゃになりそうなのでやめて欲しいところだが。



「でも、滾るよなぁ」


「ディートは(いくさ)、乗り気なんだな」


「だってさ、ここで活躍すればおれの代は安定だもん。領地の連中にもちゃんとデカイ顔出来るし。なによりいまからしっかりとした手柄があればカーチャンも安心できる」



 ディートはそう言って鼻息も荒い。やる気に溢れる素振りを見せる。

 彼もただの子供ではないのだ。上に立つ者の教育を受け、きちんと立場に応じたことも考えている。

 ピロコロたちを拘束したときに、現場の後始末を任されたことからもわかる通り、彼に任せても大丈夫だと大人たちが考えるほど、ディートはそれだけ能力が高いのだろう。

 戦闘も、実務もだ。

 地方君主は直臣だけでなく、領地内の氏族の戦力もまとめなくてはならない。そのため、中央に縁が太い貴族と違い、教育が徹底的に施されると聞く。

 交渉事や政治の実務までこなせるようにならなければ、君主の仕事は務まらないということだ。



 だからこそ、



「アニキにはほんと感謝してるよー。おかげで手柄も挙がったし、これからもっとデカイ手柄を挙げられる機会も巡って来るんだからさ」


「敵の首級を挙げてって?」


「そうそう」



 ほんとこの世界の人間は血の気が多いことこの上ない。



(にしても、戦かぁ……)



 いまはディートを眺めているだけだが、自分だって他人事ではないのだ。

 これから、実際に体験することになる。

 こちらは討伐軍、つまりは官軍だ。よほどのことがない限り、勝利は間違いないだろう。



 ……ただ、作戦に関して、妙に思うところもある。

 討伐軍側が、離間工作を徹底的に行わないということだ。

 聞いた話だが、行っていることと言えば、ナダール側の指揮官に叛意を促す書状を送るくらいで、あまり他の手は取っていないらしい。



 だからこそ、不思議なのだ。

 なぜ、積極的に相手の足を引っ張りに行かないのか、ということに。

 軍隊は人間が寄り集まったもの。いくつかの集団がさらに結託して、戦闘集団となったものでしかなく、基本それぞれの利益のために動いている。

 討伐軍ならば王家の威光によって結束しているが、ナダール軍は徴兵された農民や市民、傭兵などの寄せ集め。それこそ分断工作などし放題のはずである。



 ――偽の書状を送り込み、兵士たちの動揺を誘う。


 ――部隊同士が仲違いする情報を流して、相争わせる。


 ――手柄となる情報を流して部隊を先行させ、事前に各個撃破に持ち込む。



 偽の情報を流して揺さぶりを掛ける程度なら、こちらの兵員が揃わなくてもできるはずだ。



 ある将兵は野心が強い。ならばそこに付け込み、手柄を匂わせて先行させればいい。欺瞞工作を行い、釣り出すのだ。


 ある将兵と将兵は、仲違いをしている。ならば、片方に懇意にしているという密書を送れば、あとは向こうが勝手に深読みして、処罰してくれるだろう。


 傭兵はもっと簡単だ。買収すればいい。名声を重視する者たちであれば話は別だが、どの陣営に付くかは金払いが大きく関わるはずだ。財力で殴りかかるのも一つの手。最も正当で綺麗なやり方で、血を流さずに笑顔で終われるだろう。



 もっと積極的に動くのなら、相手の陣地に工作員を潜り込ませて火を付けさせてもいい。

 指揮官の毒殺などは最たる手だが……それをやってはセイランの名声を落とすことになりかねないため不可。

 あとは、兵数を誤認させることも有用だ。こちらの兵数をわざと少なく見せて、いざ戦うというときに実際はもっと多かったとなれば、敵も対応に追われるだろう。



「……ざっと思いついて、やれることはこれくらかな」


「ほんとえげつねぇこと考えるぜ……頭ん中に悪魔でも飼ってるんじゃねぇのか?」


「さすがアークスさま。可愛らしいお顔で恐ろしいことを考えます。そういうところはまさに貴族ですね。順調に穢れていっているかと」


「従者共は相変わらずひでぇ言いよう」


「でも、それをやると手柄が減っちゃうからなぁ……おれとしてはそれをやられると困るんだよなー」


「あー、手柄か。確かにそれを考えるとやり過ぎることはできないのか……」


「そうそう。首級(くび)が減ったら絶対文句言うやついるぜ? 特にあの伯爵とかさ」


「言うだろうな。さっきも突っかかってきたし」



 軍家というものは、戦働きの報酬が大きな収入源だ。それを得る機会は用意して欲しいし、当然それを奪われれば不満も溜まる。

 確かに策略を用いれば、戦争前に減らせるだろう。

 だがその分、戦争中の手柄も減ってしまうことになる。

 なるほど現場を見たことのない自分だからこそ、それに気付かなかったのか。

 この世界の軍隊は、男の世界のように、個々を打ち消し、一つの戦果を全体の成果とするような機構ではない。さりげない手柄の分配は必要だし、それが「勝てる戦」ならばなおのことやり過ぎることができないのだろう。



 ふと、黙考していたガランガが、薄目を開けて、



「……いま坊主が言った策が全部成功した暁には、まずナダール軍は崩壊して自滅するだろうな。こっちと違って徴集兵や傭兵ばかりだから、旗色が悪くなったら脱走する。そんで、手柄は全部殿下のものだ」


「うわ無理無理無理! おれそれすっごい困るって! 絶対、絶対殿下に言わないでくれよ!」



 手柄を立てて、ルイーズの直臣や地方豪族の信任を得たいディートにとっては、そんなことになっては堪らないのだろう。折角の絶好の機会が来たというのに、活躍できる場所がなくなってしまっては残念などという話ではない。



 こういった軍隊というのが一筋縄ではいかないものだというのを知れた折のこと。

 ふいに、部屋のドアが叩かれる。

 しかして部屋を訪れたのは、セイランの近衛だった。



 まず近衛は部屋にいるディートとガランガに挨拶をすると――



「アークス・レイセフト。殿下がお召しだ。すぐに面会の準備をせよ」


「え……?」



 自身に向かって、そんなことを口にしたのだった。





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