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第七十六話 軍議、後編

※前話で書いた、中央からの援軍に関する部分を削除しました。

 読んでいただいた方には、なかったことにして忘れて欲しいです……。



 セイランの冷ややかとも思える呼びかけによって、作戦室の温度がさらに下がる。



 軍議の場であのような不用意な発言をしてしまったことで、気分を害してしまったのか。

 この状況、完全に落ち度を責められる流れだろう。

 ふとした呼びかけで一瞬固まってしまったものの、このままにしていては状況の悪化は免れない。



 急いでセイランに謝罪するため、前に踏み出そうとしたその折。

 先んじてノアが前に歩み出て、膝を突いた。



「殿下。軍議の最中、放埒に私的な会話に興じてしまった無礼をお許しいただきたく」


「……ほう」


「先ほどの不敬は私が(あるじ)に話を促したのが原因にございます。もしそれに関して処罰があるのであれば、主ではなく、どうか私にお願いできないでしょうか」


「ノア……」



 咄嗟に口から漏れ出た呼びかけに、しかしノアは振り向かず。ひたすらに背を見せるばかり。ここは自分に任せろ、というのだろう。

 庇い立ててくれることに申し訳なさと強い自責の念に駆られる中、セイランが口を開く。



「……そなたは、ノア・イングヴェイン、だったな」


「……! 殿下に名を覚えていただく栄を浴し、光栄の至りと存じます」


「知っているとも。魔法院を首席で卒業した英才にして、溶鉄、対陣両国定魔導師から薫陶を受け、【氷薄】の通り名まで持った魔導師だ。そなたほど希有な才を持った者を知らぬほど、余は愚かではない」


「ははっ」



 セイランの言葉を聞いたノアは、深く頭を下げる。

 一方、その会話を聞いた諸侯はといえば、驚いた様子。いち従者がセイランに名を知られていることもそうだが、国定魔導師二人と関わり合いのあるということも、そうそうないことだからだろう。



 感心と興味の入り交じったさざ波のような声が立つ中、しかしセイランは冷たく一下。



「控えよ。余はアークスに声をかけたのだ」


「ですが」


「己が主を庇おうとするその殊勝な心構えには、余も感心しよう。だが、余に二度も言わせるな」


「……はっ」



 ノアも、これには承服せざるを得ない。これ以上食い下がれば、状況がもっとひどくなってしまうからだ。

 ノアは下がり際、申し訳なさそうに目を伏せる。

 責任を感じているのだろう。

 逆にこちらが申し訳なく感じるが、その直後、今度はディートが焦ったように口を開いた。



「いや、あの、殿下! いまのはさ、えっと……」



 突然のことで、発言をうまくまとめられなかったのだろう。口から飛び出てくるのは、あっと、えっとなどという曖昧な言葉ばかり。



「ディートリア。発言があるのなら、申したいことを整理してからにするがいい」


「え……あう」



 結局それも、セイランに封じられる。

 そんな彼に小さくお礼を言ってから、前に出て膝を突いた。

 危機感と居心地の悪さに身を置く中。

 セイランにはっきりと謝罪をしようとした、そのみぎり。




「――どうしたアークス。そなたの話はあれだけで終わりではなかろう? 何をしているのだ?」



「え……?」



 告げられたのは、そんな思いもよらない言葉だった。

 どういうことなのか。こちらはてっきり迂闊な発言を咎められ、ともすればそれが処罰にまで及ぶのかと思ったが、予想に反してそうはならず。

 謝罪をしようとしていることを不思議に思っているような。

 むしろこれではもっと話せとでもいうような口ぶりにも聞こえる。

 しかして、それは正しかったらしく。



「アークス。余はそなたの話が聞きたい」


「で、ですが」


「ふむ……余は謝罪の言葉など不要に思うが? それとも、いまし方そなたが口にした考察は、余に許しを請わねばならぬほどに軽挙な妄言だったのか?」


「あ、え……い、いえ! そのようなことはまったく!」


「そうでないのであれば、話の先を続けよ。ここは一度そなたの話に耳を傾け、状況を整理するのが肝要に思う」


「は、はい!」



 セイランの言葉を承服し、立ち上がる。

 間違いなく失態だと思っていたのに、まさかだった。

 わずかな間、ノアやディートと顔を見合わせ、小さくほっと一息。



 そして気を取り直し、口を開く。



「……その、殿下。議論されている話から少しばかり離れたことをお話ししますが、構わないでしょうか?」


「かまわぬ。いま言った通り、これは状況の整理だ。自由に話すがよい」



 セイランは了承すると、椅子の足を軽く滑らせて、こちらを正面に構える。

 そんなセイランを前に見据えてから一度呼吸を整え、口にするのは、



「――先ほど私が口にした話の焦点は、ポルク・ナダールの目的が何なのか、ということです。軍議の場に列席される皆様方のお話をお伺いする中、ポルク・ナダールが攻め上ってきているのには、なんらかの理由があるのではないかと考えました」


「ふむ。それは余の討伐軍と戦うためではないのか?」


「いえ、討伐軍と戦うためであるなら、ポルク・ナダールが現行の速度で攻め上る必要はありません。黙っていても討伐軍は攻めて来るのですから、迎え撃つ準備を十全に整えるのが最善だと存じます」


「確かにな。ナダール軍は数が少ないゆえ、城に籠もって戦うのが最適な策になろう。だが、城に籠もるのは援軍の望みがあってこそだ。援軍のない籠城は兵を疲弊させるだけ。囲まれてしまえば、あとはじりじりと削られるだけとなろう。今戦争においては下策となる」


「おっしゃる通りでしょう。ですが、ポルク・ナダールが籠城戦の危うさを踏まえて動き出したのだとしても、軍を動かすのが遅すぎます。少なくとも殿下がラスティネル領内引き下がった直後に動き出さなければ、討伐軍の動きを挫くことはできませんし、各個撃破をするならばあまりに遅きに失している……」


「そうよな。ナダール軍が漫然とした動きをしていないのであれば、この動きは合理的ではない」



 話を聞く限り、ナダールはどっちつかずの行動を取っている。

 籠城が最適解であるはずなのに、籠城戦の準備もせず。

 かといって、討伐軍が集まり始めた状況で打って出るのは、自殺行為としか言えない。

 そんな情報をセイランと共有すると、諸侯の間から声が上がる。



「だがそれはポルク・ナダールがそこまで考えていればの話ではないか?」


「そうだ。ポルク・ナダールが猪のように軍を動かしているのであれば、このような軍の動きにも説明がつこう」


「いくらなんでも深読みのしすぎだ。ポルク・ナダールが策を持って動いているなどあり得ぬ……」



 こぞって上がる声はみな、これまでの話を否定するような意見ばかり。



 ……確かに考えすぎなのかもしれない。

 ナダール軍に援軍到来の芽が出ず、籠城戦ができなくなったから自棄を起こして攻めてきているというのなら、この動きにも一応の説明が付けられる。

 しかし、ポルク・ナダールがただ漫然と進軍しているということで話を進め、そうではなかった場合には目を向けないというのは、あまりにこちらに都合が良すぎるように思うのだ。



 しかし、大半の諸侯はポルク・ナダールが愚かだということで一致しているらしく。



 ――子供の言うことだ。


 ――訊く価値はなかろう。



 そんな言葉まで飛び出す始末。



「殿下、考えすぎは深みにはまる恐れがあります。お話はそのくらいにされた方が――」



 諸侯の一人が、そんなことを進言した直後だった。




「――黙れ」



 セイランが口にした一言。その一言で、ずん、と肩から上に重しがのしかかったかのような錯覚を受ける。貴族たちの声をうるさく思ったのか、それとも会話の邪魔をしたのが気に食わなかったのか。物理的な重みに限りなく近いそれが部屋中隈なく満ちたことで、議論の熱気で盛っていた作戦室が、一気に悄然と成り果てた。



「……少し取り乱してしまったな」



 セイランはそう言うと、何事もなかったかのようにかけた圧力を霧散させる。

 次いで、諸侯に対し、



「確かに、皆の意見はもっともだ。ポルク・ナダールは王家に刃向かった愚かな豚であることに変わりはなく、先ほどの話はアークスの考えが行き過ぎたものだということは十分ある。そこでだ。ここは戦について特に明るい者の意見を尊重しようと思う。ルイーズ、そして我が師(シシェ)、ローハイム。そなたたちはこの話を続けるべきか否か、どちらが良いか」



 このまま諸侯の意見を無視して話を続ける暴挙に移らず、まずは上席の人間を味方に付けようというのだろう。

 方や王国の西の防壁である大領主、方やこれまで多くの戦に参じた国定魔導師。

 確かにこの二人の了承があれば、諸侯たちも文句を付けられない。



 まず、ルイーズが意見を口にする。



「私は、このままアークス・レイセフトの話を聞くのが肝要かと存じます。敵が愚かだとして軍議を進めるのは、足下を掬われる要因になりかねません。考えられることは、議論の場に出し尽くすべきかと」


「うむ。では、我が師(シシェ)


「殿下もご存じの通り、私は話を細かく詰めたい性分です。魔法と同じく、不明瞭な部分が残ったままことを進めるということはなるべくしたくない。少なくとも、彼の話は耳を傾ける価値があるものでしょう」


「あいわかった……この二人がこう言っているのなら、このままアークスに話をさせても良いと思うが?」



 二人共に、同意見。こうなればさすがに諸侯も口を閉じるしかない。



「さて、どこまで話したか。アークス。確か、ナダール軍の動きに整合性がないというところだったか」


「は。なぜ本城に籠らず、攻め上ってきているのか」


「そこを突き詰めるとなれば、やはり援軍がないからとしか言えぬのではないか?」


「そうかもしれませんが、そうでないのなら話は別です」


「……援軍はないということは、先ほど確認したはずだ。国内の貴族はすべてナダールの敵であり、こちらですでにナダールと連絡を取れぬよう遮断している。背後の帝国も、派兵できる状況ではない」


「ですが、つながりはあります」


「つながり……?」



 セイランはそう言って頭を前に傾け、深く考え込む素振りを見せる。



「ポルク・ナダールは帝国に銀の横流しをしているので、帝国との間にパイプを持っているのはまず確実でしょう。そのうえで、ここからは推測になるのですが、すでにポルク・ナダールは帝国との交渉を済ませているものと考えました。そうなれば当然、ポルク・ナダールが帝国に求めるものは、身柄の安全と今後の地位の約束、今戦争における援軍などです」


「もしポルク・ナダールが帝国に寝返るのであるならば、その辺りのことは要求するだろうな。しかし、帝国は戦線の拡大を控えるため、その申し出は撥ね除けよう」


「では、もしそこで帝国側がその申し出を撥ね除けずに、ポルク・ナダールになんらかの条件を出したのなら。具体的には、それが殿下の身柄だったのであれば」


「ポルク・ナダールは余の首を取るために死に物狂いで動く…………なるほど! そういうことか!」



 半ば問答形式になった説明は、セイランの気づきによって終幕する。

 しかしてその気づきのおかげか、セイランは少し興奮気味に訊ねてきた。



「アークス。つまりポルク・ナダールは、余の首が欲しいがためにこうして攻め上っているということだな?」


「は。お話を伺う限り、そうではないかと思われます。ナダール軍の動きに整合性がないのは、動き出す直前まで帝国の援軍を期待していたからで、いま急いで攻め上ってきているのは帝国から条件を提示されたからなのではないでしょうか」


「そうよな。そう考えればナダール軍のこの動きにも説明が付くか……」


「もともとポルク・ナダールは殿下を罠にかけようとしていましたから、十分考えられることかと存じます。最悪帝国の反応が芳しくなくとも、御身を人質にして状況の打開を狙うという一手にも移れますので、殿下を念頭に動いているのはまず確実かと」


「うむ。帝国の話を差し引いても、ポルク・ナダールには打開の一手となろうな……」



 そうだ。現状、ポルク・ナダール取れるだろう最善手は、これしかない。

 帝国との取り引きは、まだ推測の範疇を抜け出せないが。

 緒戦でセイランの首を挙げることで、王国に敵対している国家に対して呼応を促す。

 そうなれば折り合いの悪いグランシェルや東部の異民族である(ハン)族などは機に乗じて動き出す可能性があるのだ。



 セイランがまんざらでもない声を出す中。

 諸侯の中にも、得心がいったような者がちらほら。

 先ほど、話をやめることに勧めた諸侯や、それに同意した諸侯も感心したように目を瞠っている。

 当然ルイーズやローハイムは、納得している様子。



 だが、中にはまだ合点がいかないという者がいるらしく。

 その代表格なのか、ボウ伯爵が呆れたように口を出してきた。



「殿下。結局は目的がはっきりしただけです。改めて軍議の場で話すことではないかと」



 当たり前だが、上がるのは驚きの声。



「は? あんた、それ本気で言ってるのかい?」



 とは、ルイーズ・ラスティネルの言。



「これから策を立てるには十分な意見でしょう」



 とは、殿下付き近衛の統括、エウリード・レインの言。



 当然、セイランも。



「そうだな。むしろおかげで策を立てやすくなったと言える。アークス。やはりそなたをここに呼んだのは正解だったな、余も道が開けた思いだ」


「なっ……!?」



 否定の声が続き、狼狽するボウ伯爵。

 当然、先ほどの話に得心した諸侯は、ボウ伯爵の言葉に呆れている。



 ふとここで、いままで沈黙を堅く守っていたローハイム・ラングラーが口を開いた。



「ボウ伯は、この手の戦は初めてかな?」


「わ、私とて攻めの戦の一つや二つ経験したことはある!」



 ローハイムの侮るような発言に、伯爵は眼光鋭く睨みを利かせる。

 それに対し、ローハイムが静かに見返すと、伯爵はしゃくりあげたような声を出して、縮こまった。

 先ほど上げた咄嗟の怒声は、勢い任せのものだったのだろう。

 伯爵は先頃、ルイーズやその部下の小領主たちに圧倒されていたのだ。

 国定魔導師という真の怪物と真っ向から向き合える気概などあるはずもない。



「では、お集まりの方々と認識を共有するため、一度かみ砕いて説明しよう」



 ローハイムはそう言うと、ボウ伯爵から視線を外す。



「いまアークス君がした話は、いわば状況の逆算だ。現在、ポルク・ナダールは守りの利を捨てた不自然な行動に出ている。見るからに悪手を選んでいるとしか言えないにもかかわらず、だ。そしてそれはなぜか。それはポルク・ナダールが帝国から、殿下のお命もしくは御身を条件に出されているからなのではないかということだ。それはいいかな?」



 諸侯が銘々、了解の返事をする。



「それでなぜ、策が立てやすくなったのか。いままでポルク・ナダールの目的が不明瞭だったため、我らはナダール軍を迎え撃つか攻め立てるという行動しか選べなかったが、これによってポルク・ナダールの目的に応じた作戦行動を取れるようにもなった。選択肢が増えたというわけだ」


「ですがラングラー伯。そのようなことがわかったところで……」



 いまだ納得していないボウ伯爵に、ローハイムは失望したような視線を向け、



「わからないか……ポルク・ナダールは殿下のお命を狙っている。つまりは、殿下のいらっしゃる場所に、ナダール軍が向かってくるということが判明した。ではそれによって、討伐軍はどんな有利が取れる?」


「……け、決戦の場はこちらで選ぶことができる」


「それだけではないのだが……ふむ、50点といったところにしておこうかな」



 戦場でもある程度、敵軍の動きを戦術的に制御できるのだが、そこまで思い至らないか。

 しかし、ボウ伯爵は周囲から指摘ばかりされているせいか、かなり興奮している様子。

 この男、挨拶のときの自信を持った口ぶりに反し、あまり場慣れしていないのかもしれない。



 ふと、ローハイムがこちらを向く。



「さてアークス君、君に質問しよう」


「私に、ですか?」


「そこまで状況が見えているのであれば、今後の両軍の動きについても推測が立つはずだ。私の質問にも答えることができるだろう。君の推測が正しかった場合、この先どうなるかな?」


「……は。もしこの推測が正しいのであれば、このままこちらが軍を進めても、タブ砦を攻めるような状況にはならないと思われます。ナダール側が殿下のお命を狙っている以上、こちらの予想を超えて攻め上ってくることはほぼ確実です。早い段階で兵を衝突させてくると考えられますので、こちらももっと早い段階で敵軍と衝突する準備を進めておいた方がよろしいかと思われます」


「そうだね。こちらが予測していない場所で戦闘に持ち込まれたら、たまったものではないからね」



 ローハイムは満足そうに頷く。

 彼から質問を受け、それに答えるという状況は、まるでいつかのときのよう。



 ともあれ、不意遭遇戦の話。

 この手の話で特に危険なのは、移動中や野営中だ。兵士も展開していないバラバラな状況で、準備万端の兵士が攻め込んでくる。兵士たちにとってこれほどの悪夢もないだろう。こちらが準備を終える間もなく、破られてしまう。そうならないために、どこで軍同士がどこで衝突するか、その見極めが重要なのだ。



(……これもだいたい本に載ってた知識なんだけど)



 その辺りは、孫先生様様である。というか、男の世界の古代の人間の頭は一体どうなっているのか。ほんと天才すぎるとしか言葉が見つからない。



「アークス」


「は」


「そなたに訊ねたい。そなたならば、緒戦の場をどこに定める?」



 セイランの訊ねに応える形で、卓上に置かれていた地図とコマを差し示す。



「討伐軍の方が数も多いということなので、私はミルドア平原が妥当なのではないかと愚考いたします」


「ふふ、何か敵に一泡吹かせることができる陣取りはないのか?」


「いえそれは……」


「よい。手堅い策を献じるのも兵道ゆえな」



 セイランはどことなく嬉しそうにしているように感じられる。

 しかし、すぐにその喜色を霧散させて、別の質問を投げてきた。



「では、事前にナダール軍の数を減らしたい。この場合、そなたならどうするか? 答えよ」


「まず離間工作が挙げられます」


「そうだな。だがそちらはすでに折り込んでいるゆえ、いまは考えなくともよい」


「では、それ以外の手段で、ということでしょうか」


「そうだ。何か答えてみよ」



 その命令に対し、しばしの黙考を挟み、口にするのは。



「……これから私が口にすることは、殿下に対し大変失礼に当たることと存じます。それでも構わないのであれば、発言をお許しいただきたく」


「よい。余は、いまからそなたが口にする言葉のすべてを許そう」


「では、恐れながら。まず、殿下の偽物を複数用立てた部隊を作り、ナダール領内で散発的に動かします」


「ほう?」



 あまりに突飛で妙なことを口走ったことで、周囲から驚きの声が上がる。

 セイランの偽首を立てて動かすなど、確かに不敬も甚だしいか。



「貴様! 殿下の偽物を立てるなど、よくもそんな大それたことを口にできたな!」



 ボウ伯爵が叱責とも取れる怒声を発し立ち上がり、幾人かの諸侯もそれに続く。



「静まりなさい! 方々は殿下が先ほどお許しになるとおっしゃられたのをお忘れになられたか!」


「うぐ……」



 エウリード・レインが制止の声を上げて、けん制してくれる。

 ともあれ、



「殿下の首を狙っている以上、ポルク・ナダールはすぐにでも兵を差し向けるでしょう。そうしてナダール軍の部隊を釣り上げ、各個撃破していけば、決戦前に多くの敵兵を減らせるのではないかと」



 言い終えると、ルイーズが声を上げた。



「でも一度それが偽物とわかったら、二度は釣り上げられないんじゃないのかい?」


「は。挑発的な軍事行動に対し、消極的な態度を見せ続ければ兵たちの心はたちまち離れていく……というのは、兵法書でよく目にする記述です。ポルク・ナダールに人心をつなぎ止める人望がなければ、罠だとわかっていても潰さなければならないのではないしょうか?」


「ははん。放っておけば舐められてるって話になるし、黙ってたら見限るヤツも出てくるか……なるほど考えるもんだね」



 現状、ナダール側は劣勢だ。

 王国という途方もない敵に立ち向かっているため、いつ兵が脱走するかわからない状況にあるはず。それなら、兵数を維持するため、常に気を配っているものと考えられる。

 挑発行為に乗ってくる可能性は確実ではないにしろ、十分にあるのだ。



 話を聞いたルイーズは「ほう……」感嘆の息を吐くのだが。

 当然のように、ボウ伯爵が口を挟んでくる。



「バカな話だ。それでポルク・ナダールが兵を多く動かしたらどうするのだ。各個撃破などできなくなるではないか」


「閣下。軍隊は大きくなれば大きくなるほど、動くことは難しいのではないでしょうか。現に両軍とも数が集まるまで、相当な時間を要したはず。倒すために動かすには、小規模な部隊に分割するのが適している」


「は?」



 説明のあと、ボウ伯爵がそんな声を上げた。

 どうやらこの男、あまり察しがよくないらしい。

 というか本当にこれで軍家の人間なのか。まったくもって疑わしくある。

 先ほどのローハイムのように、わかりやすくかみ砕いて話す必要があるようだ。



「部隊の人員が増えれば増えるほど、動かすのにも相当の時間がかかるはずです。閣下がおっしゃったように、各所に出現した小部隊に対して多くの兵を動かすのは難しいことかと存じます……動きの鈍くなりがちなのは、討伐軍を例にとって考えればよいのではないでしょうか?」


「貴様! 殿下が率いる討伐軍を愚鈍な兵団だと申すか!」



(…………はぁ)



 ふとした怒鳴り声を聞いて、心の中で、大きな、それはそれは大きなため息を吐く。

 こういう連中は建設的な話がやたらしにくい。すぐに、上位者を貶しているという話にすり替えて自分の流れを作ろうとする。まったく嫌な奴の話の逸らし方だ。



 だが、いまは別にこの男と話をしているのではない。

 まだセイランの質問に答えている最中であり、その途中で諸侯から上がった質問に対応しているだけなのだ。

 セイランとの会話に集中すればいい。



「殿下」


「うむ」



 セイランが意を汲んで頷いてくれる。

 なので、ボウ伯爵はこのまま無視。



「……いまだナダール軍がミルドア平原付近に到達するまで、いましばらくの時間があります。その猶予の間に、叶う限りナダール軍を分散させて兵を減らし、決戦に持ち込むのが比較的良いのではないかと愚考いたします」



 そう言い切ったあと、周囲から注目されていることに気づいた。

 子供がそんな策を思いつくなど、微塵も思っていなかったという瞠目ぶり。

 少なくとも、諸侯から一笑に伏されるような話ではなかったようで、ひとまずは安心と言ったところ。



 一方、セイランはといえば、



「ふむ、面白い。面白いな」



 まるで珍しい話でも聞いたかのように、そんな呟きを口にする。

 しかし、



「だが、面白いだけだ。敵部隊を確実に釣れるわけではないし、それにその策を採用するとなると、再度部隊の編成を行わねばならぬ。現今、そこまでの時間的余裕は我が軍にはない。面白くはあれど採用はできぬ」


「は。殿下のお耳を私の稚拙な策で汚してしまったこと。まことに申し訳なく存じます」


「よい。余は許すと言った」


「ははっ」



 セイランに頭を下げる。

 まあ、そうそう簡単に策が用いられるわけもない。

 そもそも前例のない机上の空論なのだ。

 こちらも軽々に採択されるとは思っていなかった。



 ……にしても、偉い人間との会話は大変だ。いちいち過剰にへりくだらなければならないし、そのための言葉も並べ立てなければならない。



「ふん、愚か者め」



 …………いちいち罵ってくるボウ伯爵には随分と腹が立つが。

 逐一口を挟んでくるため、挨拶のときに目を付けられてしまったのかもしれない。

 あとでノアとカズィに、気を配ってもらうか。



 ……その後、下がれという指示を受け、元の位置へと戻る。

 すると、エウリードが、



「向こうから攻めて来るのでしたら、ラスティネル領内にまで引き込んで迎え撃つことも視野に入れてはいかがでしょうか? 向こうから砦を攻めさせれば、堅実な戦いも可能でしょう」



 ナダール軍に城攻めという下策を採らせようというのだろう。

 だが、セイランは首を縦に振らず、



「いや、ここはやはりミルドア平原での決戦がよいだろう。討伐戦と銘打って諸侯には呼びかけ、現状、戦力も十分に集まったと言える。それでこちらが砦にこもって迎え撃つのでは、示しがつかぬ」



 セイランはそう言ったあと、その場に立ち上がり、再度明確に宣言する。



「もう一度言おう。今回の戦は卑劣な裏切り者の討伐だ。勝利のために策を弄するのは当然だが、目的を違えてはならない。我らが積極的にナダール軍を叩き潰す。それをやって初めてこの作戦は成功となるのだ」



 だろう。セイランが、今回の戦いを【戦】と銘打った時点で、すでにポルク・ナダールを倒すのは【手段】であって、【目的】は王家が「国内に裏切り者が存在することを許さない」という意思を国内外に示すことになった。

 『討伐のために軍を興した』にもかかわらず、『兵士が同数程度だから城に引きこもる』となっては、たとえそれが『国軍の本隊が来るまでの時間稼ぎ』なのだとしても、相手に攻められてしまったという事実が出来上がった時点で聞こえが悪い。

 そうなれば積もり積もって『セイランは弱腰であり、軍を率いる才能がない』とう風聞が立つということも危惧される。



 兵数が上回っているならばなおのこと。

 消極的な作戦は取れないというわけだ。

 戦争は政治のいち手段だ。敵を滅ぼすことは手段であり、決して目的であってはならないというのはよく聞く話。



 この戦い、もちろん負けてはいけないが、消極的な戦はもっといけない。

 攻めて攻めて、苛烈なまでに攻めきらなければ、勝利とは言えないのだろう。

 勝ち方を考えなければならないというのは、難しいものだ。



「皆に問おう。決戦の場はどこがよいか。他にふさわしい場所があれば、遠慮せずに挙げよ」



 ……次々と、ミルドア平原での決戦を推す言葉が上がる。

 兵数で上回っている以上は、策を弄することもないだろうとの考えだろう。

 やがてセイランや諸侯の間で、今後の方針と決戦時に採用する戦術がまとまった。



 最後に、セイランが軍議の終了の告げたのだが、



「此度の軍議は実に有意義なものだった。今後はアークスの席も用意させるべきだな」


(…………うん?)



 最後に、よくわからない話で締められた。




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