第七話 はじめての魔法、そして驚きの事実
クレイブから、紀言書の話や魔力操作の話を聞いたあと。
「じゃあお待ちかねだ。これから魔法の実演に移る!」
「おおー!」
クレイブの宣言に合わせ、ノリノリで両手を上げる。
魔法を見るのは、もちろん楽しみにしていた。
「なにはともあれ、魔法は見るのもいい勉強だ。魔法の力を見ることで、想像力を鍛えないことには、一流の魔導師にはなれない」
「それも、旅に出たときの経験ですか?」
「そうだぞ。色んな土地を巡って、その土地土地でよく使われる魔法を見たからこそ、いまのオレがあるんだからな」
そう言って、クレイブは自慢げに胸を張る。
「アークス。魔法は見せてもらったことあるだろ?」
「ありますが、廃嫡のこともあって、一度っきりです」
「……そうか。じゃあ、最も基本的な【念移動】の魔法を見せてやる」
クレイブはそう言うと、庭に転がっていた石ころを拾って、離れた場所に向かって放り投げる。ころころと転がっていく石ころはやがてその運動エネルギーを失い、芝生の上で止まってしまった。
クレイブは、それに向かって手をかざす。
『――其を我が意志が示す先へと導け』
クレイブが【古代アーツ語】で構成された呪文を口にすると、彼の周囲に、光でできた【魔法文字】がばらばらと浮かび上がり、やがて弾けて消えていく。
すると、手をかざした先にあった石ころが浮かび上がった。
「動いた!」
「これが【念移動】の魔法だ。対象を任意の場所に動かすことができる」
クレイブがそう言うと、石ころは彼が念じて指定した場所に移動し、やがて動かなくなった。それと同時に、その魔法を構成していた言葉が、【魔法文字】へと分解されて砕けて散る。少しの間、周囲に散った文字の光が残っていたが、それもやがて消えてしまった。
「これが指南書にも載ってる基本的な呪文だ。もちろん、呪文はいまのでなくても構わないというのはわかるな?」
「動かすという意味を持った言葉の組み合わせを作ることができれば、同じことを再現するのは可能なんですね?」
「ぶっちゃけて言えばな。もちろん、適当な組み合わせにすると、言葉同士が反発し合ったり、効果を打ち消し合ったりして発動できない。組み合わせはいくらでもあるが、言葉を正しく組み合わせて使わないと、呪文にはならない。だから――」
そして、クレイブはまた呪文の詠唱に取り掛かる。
「――我の意思を糧に其を動かせ。自在なるべし」
クレイブが呪文を唱えると、先ほど見た現象の焼き直しのように、石が浮遊して移動し、やがて止まった。
「おおー!」
興奮が爆上がりで止まらない。
「――と、こうでもいいわけだ。呪文はこうやって自由に作れるっていうことを、よく覚えておきな」
「すごいですね」
男の世界の読み物の魔法は、大抵決められた呪文を唱えるものだと相場が決まっている。それを自分で改変し、自由自在に作れるというのは、やはり心ときめくものだ。
人間は組み合わせることが大好きな生物だ。それは脳科学だか心理学だかで証明されている。
「言っとくが、こんなのは初歩なんてもんじゃないくらいド基礎だからな」
「はい!」
「ま、呪文はこういう風に自由度が高いものであるわけだが……基本的な呪文に関しては、既存のものを使うのが絶対にいい。なぜだかわかるか?」
「それは……いろいろな人が研究した結果だからですか?」
「そうだ。基本的な魔法は、生みだされてからも長い。その間、それはもう嫌って言うほどに研究し尽くされていて、反発や打ち消し合いがないのもそうだが、必要な魔力の量も、呪文の長さも、すでにこれ以上ないくらいにまで洗練されている。いまさらオレたちが改良したところで、上手くはいかないってのをよく覚えておけ」
「……でも、どうしてそんなことをわざわざ説明するんですか?」
そう、普通に考えれば、既存のものを使えばいいというのはわかりきっているはずだ。その方が簡単だし、なにより魔力の量や呪文の長さに長じていれば、効率の良い方を使うのが一番いい。
それでもクレイブがそんな説明をするのには、一体どういう意図があるのか。
「魔法使いってのは、なんやかんや自分で作ったものをありがたがったり、かっこいいとか思ったりするからな。効率が悪いのに、なんでも自分で作り直して使い出すんだぜ? バカだろ」
往々にしてあることだが、ここにもオリジナルが至高という風潮があるのだろう。確かに自分オリジナルという言葉には惹かれるが、効率が悪いなら改良という点では本末転倒だろう。改悪したまま使ってなんの意味があるのか。その辺まったく理解できないが。
クレイブは、用意していた袋から、また本を一冊取り出す。
「こいつは基本的な魔法が書かれたテキストだ。これもよく読んでおけ。勝手に使うのは、まだダメだからな?」
「はい」
だろう。好奇心で使って事故になったら、目も当てられない。
それに勝手にそんなことをして伯父に失望されたくはない。
……そのあと、クレイブにいくつか魔法を見せてもらったのだが、
「――伯父上、質問があります」
「なんだ? なんでも言ってみろ」
「呪文に込める魔力なのですが、どれくらい込めればいいのか目安などはありますか?」
魔力は呪文を唱えると勝手に消費されるわけではない。自分で魔力を操作して、単語や成語ごとに込めなければならないものだ。
そのため、燃料などと同じように、この単語にはきっちりこれだけ、この成語にはきっちりこの分量を……といった風に、度量衡のように目安になる数値が知りたかった。
だが――
「そんなものはない。勘だ」
「はい?」
「勘だ」
聞き返しに対し、クレイブは感覚だとそう言い切った。
そのあまりにふわふわとした答えに、アークスは固まってしまう。
呪文によって単語に込める魔力の量が指定されているため、込める量の目安があるはずだと思っていた。
だが、答えは勘ときた。
すると、
「魔力を込める量ってのは、言葉じゃ伝えられないんだ。だってそうだろ? 魔力は目に見えないし、重さもないからな。測る手段はないんだよ」
「で、ではどうやって必要な量を覚えるのですか?」
「それは本人の感覚に頼るしかない。あとは何度も繰り返し使って、試して、やっとできるようになる」
クレイブはそう言うが、納得がいかない。
「き、基本的な数値がわからないと、繰り返し使ったとしても、人によって誤差が出るんじゃ!」
「お? 難しい言葉知ってるなお前。そうだな。その通りだ。だから訓練あるのみなのよ」
「…………」
話を聞いたが、やはり魔力量を細かく計る術はないのだという。廃嫡前の測定のときは湖面に魔力を放出し、一定時間波紋を立たせるという原始的な手法だったから、もしやとは思っていたが。
考え込んでいると、ふとクレイブがこちらになんとも言えない視線を向けていることに気付いた。
「……どうしました?」
「いや、昨日から思ってたんだがよ、お前、歳の割りには随分喋りが滑らかと言うか、しっかりしてるというかな」
「えっと……その、勉強です! 勉強しましたから!」
はぐらかそうとしているせいか、つい語気が強くなってしまう。
喋りが滑らかなのも、難しい言葉をすぐ覚えられるようになったのも、男の記憶の影響だ。跡取り教育のために、言葉自体は覚えさせられていたため、あとは組み合わせるだけ。
意外にも、言葉がぽんぽんテンポよく飛び出してくるのだ。
「……そうか。そうだよな。そうもなるよな」
「……?」
ふとクレイブが見せた顔は、どこか憐れみを帯びていた。
そして、彼はそのたくましい手でアークスの両肩をがっちりと掴む。
「アークス。お前の頑張りは無駄にしないからな。魔法に関してはオレにどんとまかせろ」
「は、はい。ありがとうございます……」
大真面目な表情に対し、ぎこちない返答を口にする。
どうも何か勘違いをさせてしまったらしい。もしやすれば、家族に追い詰められて猛勉強せざるを得なかったなどと思わせてしまったのかもしれない。
ともあれ、
(優しいおじさんでよかった……)
周囲が冷たくなったためか、しみじみとそう思う。
これで魔法に関してのことは、なんとかなりそうだ。
……魔力を込める量については、目を逸らした形だが。