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第六十三話、山賊襲来



 夜の帳が落ちた村は、思った以上に暗かった。



 王都の夜を見慣れているからというのもあるだろうが。

 月明りや星明りでは心もとなく。

 どこも墨をこぼしたような黒に圧し潰されている。

 窓からは〈輝煌ガラス〉の光が漏れているものの。

 そのせいで、家と家の間から深い闇が這い出ているといった印象。

 村の者たちが持つ松明、そして外に設置された篝火と〈輝煌ガラス〉のおかげで、あるていど視界は保たれているが、それでも見えないところの方が多い。



 このような状況で、下手に村の中に紛れ込まれでもしたら、探すのは至難。

 闇に隠れて息をひそめ。

 闇に乗じて襲われる。

 そんな光景がありありと思い浮かぶ。

 ゆえに、賊は必ず門の前で食い止めなければならない。



「――柵をありったけ前に出しなさい! 杭はギリギリまで打つこと! 手を止めてはなりません!」



 門から、ずしん、ずしんと重い音が響く中、ノアがよく通る声で後方の村人たちに指示を出す。

 いまもって設置され続けている柵や杭は、相手の動きを阻害するためのものだ。これらが乱雑に設置されていると、敵は自由に動き回ることができず、一方防衛側はその後ろから長柄の武器を突き出せるうえ、弓矢も安全に撃てるようになる。



「ずいぶん慣れとるなぁ綺麗なにぃちゃんは。こういった経験でもあるんか?」


「……私の初陣は、攻められる戦いでしたので」


「そうなんか? いやいや、にぃちゃんも苦労しとんのやなぁ」



 ギルズの言葉に、ノアは静かに頷く。

 彼の初陣は伯父クレイブに付いて戦場へ行ったときだと勝手に思っていたのだが、実際はそうではないのか。



 ともあれ、まずは、と。

 腰に下げた〈輝煌ガラス〉内蔵のスチールランタンの窓を開け。

 白の外套を裏返しで羽織り。

 剣を鞘から抜き放つ。



 そして、前方の柵の前に出た。



「二人とも、準備は?」


「はい、こちらはいつでも」


「問題ないぜ? キヒヒッ」


「よし。じゃあ俺が一発目を撃ち込んだあと、ノアが前に、その後ろに俺とカズィだ」



 そんな風に、即席のフォーメーションを告げると、ふとカズィが、



「いや、今回は俺も前に出られるぞ」



 と言って、大きな長柄の棒で自分の肩を叩いた。

 ということは、やはりそれを使うということなのだろう。

 いびつな形状で、ところどころに持ち手(ハンドル)の付いた妙な棒。

 これがどう使われるのは定かではないが、彼に「わかった」と返して、今度は門を押さえている者たちに声をかける。



「みんな、そこから飛びのいて、しっかり耳を塞いでくれ」


「お? あれをやるのか?」


「そ。だから二人はあの耳栓の準備を」


「かしこまりました」


「わあった」


「なんや? なにするんや?」


「いいからいいから。耳を塞いで黙って見てろって」



 興味有りげにぐいぐい顔を近付けて来るギルズ。彼に鬱陶しそうにそう返してから、門の方に指示を出す。

 他方、門を押さえている者たちは困惑するばかり。

 門が支えを失えば、圧力に耐えられずたちまち砕けるのだ。

 確かに突然離れろと言われても、容易には頷くことはできないだろう。

 そんな彼らに魔法を使うと付け足すと、一斉に横方向に飛びのいてくれた。

 刻印を施せるのを知っているため、その辺はすんなりと理解できたのだと思われる。



 ……支えを失った門と(かんぬき)の破壊が、さらに加速する。

 圧力が一方からだけになったせいで門が内側に反り返り、それを支える閂が嫌な音を立てて割れていった。

 再度、しっかり耳を塞いでくれと念を押し。

 門が壊れて賊が飛び込んでくるか否かのその直前――



『――弾けろ。暴れろ。目覚ましラッパに大いびき。犬の吠え声金切り声に、四流五流の音楽家。赤子の癇癪おやじの怒号。うるさいものは全部くるめてぶちまけろ。耳をつんざくシャボンの泡沫(うたかた)!』



 ――【びっくり泡玉(アストニッシュバブル)



 詠唱後、大量の【魔法文字(アーツグリフ)】が中空に吹き出され、ばら撒かれる。

 青みを帯びた白に輝く【魔法文字(アーツグリフ)】は膨張したかと思うと、それらはやがて泡に。油膜を張った泡はプリズムによって部分部分が虹色に反照し、ふわふわと中空を漂い、思い思いに広がっていった。

 その様はまるで、シャボン玉を沢山作り出す専用の玩具を使ったかのよう。玩具が造り出すシャボン玉との違いは、随分と巨大なシャボン玉というところと、魔法の力を持っているというところだが。

 灯火の光である程度の明るさがあったためか、門の前がにわかに幻想的な雰囲気に包まれる。



「ほほう、なんや綺麗な魔法やなぁ」


「っ、だからさ」


「――いやぁ、アークス君、可愛い顔してえげつないわ」


「……!」



 笑って耳を塞ぐギルズに抱いたふとした驚きは、いまはともかく。

 触るな。

 できるだけ離れろ。

 そんな意味を表すジェスチャーを出しながら、耳栓を持たない村人たちに避難を促す。

 まもなく、大きな破壊音と共に門が破れ、丸太を持った賊たちが勢い余って飛び込んできた。

 その後ろに続くのは、突破に伴い中へ雪崩込まんとしていた賊たち。

 しかしてそれらの先鋒が、待ち構えていた魔法のシャボン玉に激突した瞬間だった。



 ――パパパパパパパパパパパパパパァァァァァァァァン!



 爆竹を数倍、いや、数十倍させたような爆音が、辺りをけたたましく打ち付ける。

 悲鳴すら掻き消える鼓膜への直接の音撃に、耐えられる者は当然おらず。

 事前に耳の保護と避難を指示されていた村の者たちはともかく、賊たちは口から泡を噴き出させてその場に倒れ伏す。

 無事な者も、くらくらふらふらと酔っ払いや立ちくらみさながらに覚束ない足取り。

 倒れ込んだ賊に足を引っかけて転倒。

 立ち上がれずに地を這うばかり。

 門の前には倒れた賊で累々の有り様。

 当然、後続の賊たちは完全に出鼻をくじかれ、二の足を踏まざるを得なかった。



 賊が門の外でなにやら叫んでいる。

 おそらくは魔導師がいるから気を付けろとでも叫んでいるのだろう。一時的に耳が聞こえなくなったためか自分の声量も把握できておらず、耳をやられた者が大半であるため、その言葉がどれだけの仲間に届いているかも定かではない。

 賊の方は、思うように動けない。

 倒れた仲間がいることもそうだが、まだ空中にシャボン玉が複数漂っているせいだ。

 触らないように動けば自然動きは鈍くなるし、その状態で踏み込めばこちらの思う壺。



 一人が意を決して突進してくるも、村人が投げた石ころがシャボン玉に当たり、真横から音撃をまともに食らう始末。



「先にあの泡玉をすべて壊せ!」



 賊がシャボン玉の破壊を指示する。

 やはり、防御しにくい攻撃は効果が高い。

 このままこの魔法ばかり使い続けていれば、時間稼ぎは当然のこと、自動的に全滅や逃走に至るかもしれないと思いつつも――今度は村人への配慮もあって、この一度だけ。

 自分たちは刻印仕様の耳栓があるからいいが、他の者はそうもいかない。あまり長くこの魔法に晒され続ければ、彼らにも影響が出てしまう可能性がある。魔力消費も少なく、随分と使い勝手のいい魔法なのだが、こういったときや乱戦時には使いづらくなるのがネックか。



 門の外から、シャボン玉に狙いを付けた矢や石が飛んでくる。

 パン、パンと破裂音が響き、浮かんだシャボンが砕けた【魔法文字(アーツグリフ)】となって消えると、賊が警戒しつつも侵入してきた。



 しかし、【びっくり泡玉(アストニッシュバブル)】で賊はかなり減らせたのか。

 入って来た数も十人程度かそこら。

 門の外にまだ待機している可能性もあるだろうが。

 ノアに先んじ、カズィが突然突出する。

 不用意な前進で、すぐに賊たちが彼を取り囲もうとするが。



『――アルゴルの草刈り鎌。手入れを欠かさぬ鋭い刃が、庭草蔓草薙ぎ払う。雑草払え。葦原払え。なんでも根こそぎ薙ぎ払え』



【アルゴルの草薙ぎの法】



 引用は無論のこと、【精霊年代】に描かれる農夫アルゴルは野良仕事の月曜から。

 古史古伝によく使われる、男の世界の七曜とよく似た周期の週、もしくは曜日より。

 仕事始めの月曜に、野良仕事に従事するアルゴルの様子を描いたものだ。

 詠唱後、長柄の先端に真鍮色の【魔法文字(アーツグリフ)】が集中したかと思うと、それらはやはり真鍮色の輝きを放って定着。

 美しい曲線。

 大きな刃面。

 さながらそれは、死神の持つ大鎌か。



 それもそうなのだが――



「び、ビームブレードだ! ビームブレード!」


「?」


「?」



 ところどころで表情に浮かぶ疑問符。

 ついつい興奮して飛び跳ねつつ、そんな叫びを上げたのもつかの間、カズィが腰だめに身体を捻り、それを振り抜いた。

 彼を中心とした円周が、さながら大鎌を薙いだように切り裂かれる。

 当然、カズィを取り囲もうとしていた賊数名がその難を受け、上と下が泣き別れの憂き目を見た。



「不用意に近づくな!」



 惨状を目の当たりにした賊が叫ぶ。

 細剣を構えるノア。

 大鎌を持つカズィ。

 彼らが立ちはだかっていることで、彼らも不用意に内側へ入り込めない。

 だが、弓矢が散発的に飛んでくるため、こちらも下手に攻めに出れない。

 村人たちも、柵の後ろで槍を構える者、同じく投石や弓矢などで援護する者。



 攻防はしばし続くが――



「ノア」


「ええ、これはおそらく」



 こちらの呼びかけの意図を察したノアが頷く。



 向こうの攻め方が、どうにもおかしいのだ。

 その理由を挙げるならば、攻め方に腰が入っていないということだろう。

 こちらを倒そうと向かってはくるのだが、集団の襲撃にあるべきはずの積極性が、この攻めにはまったく感じられない。普通なら、もっと数に物を言わせて押し寄せるように攻めかかるはずなのにもかかわらず。


 後方には、まだ賊が控えている。

 それは、弓矢や投石の数からも窺えること。

 しかし、何故かそれらを投入してこない。

 にもかかわらず、攻めは続ける。

 決して攻略できる攻め方ではないのに、だ。

 ということは――



「う、裏手からも賊が!」


「――っ、あっちもやられたか」



 気付くのが少しばかり遅かった。

 北側の門を警戒していた者が、息せき切って報告に駆けて来る。



「ほほう、向こうさんもなかなかやるなぁ」



 いつの間にか隣に来ていたギルズが、薄笑いを浮かべていた。

 裏手を攻められているというのに、何故か余裕がある。

 しかして、その理由は。



「ま、裏にはピロコロはんが連れてた護衛がぎょーさんおるし、あっちはあっちでなんとかなるんちゃうか? こっちはこっちのを倒せばいいことやし」



 ギルズの言う通り、北側にはピロコロの荷を護衛する戦士たちが詰めている。

 彼らも自分たちの荷を守るために、賊の侵入を死守してくれるだろう。

 その間に、自分たちはこちら側の敵を倒し切るのが最善か。

 そう考えたその直後だった。

 ふいに遠間から聞こえて来る、笛の音。

 甲高い音が、夜空に響く。

 何かの合図なのか。

 しかしてそれを聞いた賊たちは――



「撤退だ! 撤退しろー!」



 そんな叫び声を挙げて、一斉に引き下がって行く。

 退却を目の当たりにしたこちらは、呆気にとられるばかり。



「これで終わり? どういうことだ?」



 戦いはこれからというところ。

 そんな状況でこの撤退だ。

 当然、抱くものは戸惑いしかない。

 門の外、奥の闇を凝視していたノアが、声をかけて来る。



「……アークスさま、どうなさいます?」


「って言っても……ノアはどうすればいいと思う?」


「これで終わりだとは限りませんし、罠と言う可能性もあります。村には守りを残したまま、慎重に村の周囲を見回って警戒するのがよろしいかと」



 ノアの言葉に頷いて、ひとまず倒れた賊を捕縛するよう指示を出す。

 その間も、頭の中に渦巻くのは、疑問以外の何物でもない。

 いくらなんでも、これではあまりにあっさり終わり過ぎだ――




四日くらい連続更新……できたらいいな

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