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第六十二話 舌鼓を打ちながら




 村での滞在は、思っていた以上に忙しなかった。



 貴族の邸宅にいるわけではないため、誰かが勝手に世話や手配をしてくれるわけでもなく、基本的に自分のことは自分で行うのが当たり前。

 ノアとカズィ、案内人の男がいたため負担はさほどなかったが、刻印や明日の準備、領都までのルートの再設定など必要な作業の諸々を終えたときには、すでに日は落ちていた。



 そして、現在は夕食時。

 目の前、マホガニーカラーの木製テーブルの上には、想像していた以上に豪勢な食事の数々が並んでいる。

 山菜と卵を使ったスープに。

 川魚を用いたパイの包み焼き。

 ハーブを詰めた鴨の丸焼き。

 などなど。



 祝い事の席にしか出ないような、村人も滅多にお目にかかれないだろう料理ばかり。

 天井から吊り下げられている〈輝煌ガラス〉によって煌々と照らされている。

 こんがり焼かれた鴨の皮は飴色をしており、天井からの光で照り映え、スープは匂いのしみこんだ湯気を立ち昇らせ(かぐわ)しく、フィッシュパイにおいては言わずもがな。

 魚の形を模したクリーム色の生地には、キツネ色の焦げ目。

 表面には輪切りのレモンが重ねられ。

 周りには茹でた野菜が彩りとして添えられている。



 にしても。



「……でけーパイ」



 鴨の丸焼き数個分に匹敵するような大きさのパイに、自然と目が丸くなる。テーブルの大半を占拠するほどの巨大料理が外の窯から運ばれてきたときは、何事かと思ったものだ。

 男の世界の国民的アニメ映画にでも出てきそうなほどのボリュームと、なんともいえぬ素朴さが感じられる。



「この魚はオシロマスですね。西の地域ではよく取れるそうです」



 しかし、でかい。これは食べきれるか問題が発生する。

 案内人の男を含めても四人。頭を一つ食べきれるかどうかだ。

 おかみさんが「うふふ」と穏やかに笑う中、一人パイの大きさに絶句していると、



「これは全部食うモンじゃねえからな? 最低でも半分残すんだぞ?」


「賓客が訪れたときに豪華な食事を用意して、残った分を年下の子供たちに食べさせるというものです。どの地域でも一般的な習わしでしょう」


「あ、これ、そういうのなんだな」



 二人の説明に、得心がいく。

 だが、そうだとしても、これらが奮発したものであるのは想像するに難くない。いくらこの世界の食糧事情が安定しているからと言っても、鴨の丸焼き数点とパイの包み焼きを一緒に出すのは並大抵のものではないだろう。

 やはり、刻印具の整備や補修は、村の者にとってはかなりありがたかったようだ。

 あのあとも、外を出るたび多くの者からお礼の言葉を貰っていたのだ。



 久しぶりの豪華な晩餐に、従者共々舌鼓を打つ。

 特に包み焼きが絶品で、生地と白身の間に挟まれたチーズが蕩けてえもいわれぬおいしさ。輪切りのレモンと相俟って、川魚の匂いも後味もしつこくない。

 おかみさんからレシピを聞きつつ、食べ進める。



 …………それだけなら、特段なにもなく平穏だったのだが。



「いやーえらいすんまへんなぁ! あ、これ、このパイおかわりお願いしてええ? 美味すぎて頬っぺたが落ちそうや」


「…………」


「…………」


「…………」



 アークスたち三人が何とも言えない視線を向ける先には、上機嫌で笑うギルズの姿。伸びるチーズに悪戦苦闘する案内人の男の隣で、いまは帽子を取ってその短い茶髪を見せている。

 彼も、夕食のご相伴に預かっているといった状況だ。

 村長の方も、ギルズからいろいろと物資を融通してもらったらしく、そのお礼も兼ねての招待とのこと。

 まあ別に嫌ではないからいいのだが、当然食事の席でも、彼のアクの強さに圧倒されっぱなしであった。



「……アークスさま。おかしなお知り合いを作るのもほどほどにした方がよろしいかと存じますが」


「おいノアてめえ、いま一瞬チラッとこっち見ただろ? なあ?」


「それは、気のせいでは? それとも、カズィさんはご自身がおかしいという自覚がおありなので?」


「このっ……」



 涼しい笑みを作る美貌の執事に、カズィが口元を引きつらせ、非難の視線を向ける。

 彼らのこういったやり取りも、もう慣れたものだ。性格は正反対であるにも関わらず、なんだかんだこうして気の置けないやり取りをして、コミュニケーションを取っているのがこの二人。ノアも気を許した相手でなければこんなことは言わないし、カズィはカズィでそれほど気にした風もなく、肩をすくめている。



 ともあれ、もう一方の「おかしな」と言われた方はと言えば。



「そっちの綺麗なにぃちゃんはごっつ手厳しいなぁ」


「いえいえ、お褒めに与り恐悦至極」


「よう言うわ。ワイはそっちの兄さんの方がとっつきやすそうやな。な?」


「やめてくれ。俺はあからさまに胡散臭い奴とは付き合わないようにしてるんだ。キヒヒ」



 すり寄って来たギルズに対し、カズィはそう返す。

 やはりカズィにも、ギルズのことは胡散臭く見えるのだろう。

 もとは胡散臭さの代名詞だった男を遥かに超える胡散臭さなのだ。底が見えないと言えば聞こえはいいが、それが過ぎると警戒もむべなるかなというもの。

 笑顔の裏にもわずかな警戒を忍ばせるカズィ。そんな彼の態度から、意図を正しく読み取ったのか。



「あらら、ふられてもうたわ。はー、ワイの親友はアークス君だけやなぁ」



 こちらはそんな風に、勝手にお友達にされる始末である。



「いや、親友って」


「そんで、そんな親友に頼みなんやけどな? さっき話した刻印具の取り引きの件なぁ」


「聞けよ……」



 そう繋げて来るのか。



「どないや? 考えたってくれへんか?」


「って言われてもなぁ」



 再び曖昧な返事をするが、ギルズはまだ食い下がる。



「絶対損はさせへんって。きちっと儲けさせたるさかい、な? な? な~この通りやから」


「そこまでかな?」


「あないな綺麗な紋様そうそうお目にかかれるようなもんやなし。今後のさらなる発展を見据えてってことや」


「うーん……」



 ふと、思案で唸る。

 ギルズも褒めてはくれるのだが、どうにも内意がいまいち読み取れない。上手いと言われれば嬉しいものだが、その称賛を額面通りに受け取るには、商人とは少々懸念のある職の人間だ。



 だが、ここで突っぱねてしまうのも、軽々というものか。

 そもそも自分はこの男のことを――特に商人という面についてはよく知らないのだ。

 なら、聞くべきは。



「……販路はどれだけ持ってるんだ? ギルズのコネを聞きたいな」


「お? 聞いてくれるか? 北部連合にサファイアバーグ。南はグランシェルから、ハナイ諸島にまでコネがあるで」


「それは……」



 王国と関わりを持つ国家のほとんどの商会を網羅しているということだ。

 当然、それで全部ではないだろうが、それでもかなり手広くやっていることは間違いない。

 ノアがほぅと、息をこぼす。



「それはすごいですね」


「伊達に諸国漫遊しとらん」


「だがそれにも、「話しの通りなら」って但し書きが付くんじゃねえのか?」


「せやなぁ。確かにそうや」



 疑いを向けられても、ギルズは風を受け流す柳のよう。

 しかしこの話が本当ならば、むしろ関わりを持たないと損、ということまである。

 何も、こちらが売るだけが商売ではないのだ。こういった人間と関係を持てば、商品から情報までも買うことができる。



 ……だが、やはり、一人旅。後ろ盾がるのかどうかもわからないというのは、二の足を踏ませる理由には十分だ。

 ギルズはそんなこちらの内心を察したのか。



「これはあんまり人には見せんのやけどな……」



 そう言って、商売人としての証明と言うように、足元に用意してた背嚢から商品を取り出していく。



 さながら宝石のような輝きを放つ樹脂の塊。

 鉄臭さを放つ赤黒い植物の実。

 色とりどりの玉の実がなった不思議な枝。



 それらを見たノアとカズィが、ふと唸る。



「これは……どれも貴重なものばかりですね」


「こいつは、鉄丁子じゃねえか。ほう……」



 ノアがハンカチ越しに手に取ったのは、宝石のような樹脂塊。

 一方カズィの見ているものは、クロス山脈の奥地でしか取れない貴重な植物になる実だ。

 二人に聞いてみると、どれもがそうそう簡単にお目にかかれないものらしい。

 王都の大店だろうと、仕入れられないものもあるとのこと。



 ノアが小声で、この方は「本物ですね……」とまで付け加えて来る。

 お墨付きを得たことで、ギルズは機嫌を良くしたのか、それともただの得意げなドヤ顔なのか。やたらニヤニヤとしている。

 そして、



「どや? これなら取り引きしたってもええんやないか?」


「ふむ……」



 確かにこれなら、こちらにも十分メリットはある。

 コネのある地域の多さと、扱う物品の珍しさ。

 取り引きをする、しないにかかわらず、繋がりを持っておくのは選択肢としてはアリだろう。


 ただ問題は、この男がいまだ何者か知れないということだ。

 それだけで首を横に振る理由には十分だが、果たしてここで突っぱねたときのメリットが、飲み込んだ場合のデメリットと両天秤で釣り合うかと言う話。


 他方、ノアは澄ました顔のまま。

 カズィを見れば、我関せずと言うようにお食事再開。

 その辺りは二人とも、主人の判断に任せるということなのだろう。

 信頼されているのか、単に面倒だからなのか。当然質問すれば答えてはくれるだろうが。



 ともあれと、話をさらに進めようとした折、にわかに外が騒がしくなった。

 すぐに、どんどんと戸を叩く音が聞こえて来る。

 おかみさんが急いで戸を開けると、村の若い男が息せき切って駆け込んできた。

 棚に手をかけて背を丸め、荒い息を吐き出すのもつかの間。



「む、村長! 大変だ!」


「どうした?」


「門衛が外に灯火の光を見てっ。かっ、かなりの数だ!」


「……このような時間にか? 領軍か巡邏か?」


「まだはっきりとはわからないが、もしかしたら賊かもしれねえって。いま急いで村の若いのを集めてる」



 当然、その物騒なやり取りは聞こえており。



「は? おいおい、まさか本当に来るのかよ……」


「これは……予言者アークス・レイセフトの誕生ですね」


「ああっ?」



 驚きの声を上げるノアとカズィ。そんな二人に対し、目を三角にして唸り声を上げる。

 従者二人に威嚇すると、ノアもカズィもバツの悪そうにそっぽを向いた。



 他方、何気なくギルズの方に視線を向ける。

 こちらは先ほどと変わらず、飄々とした笑みを崩さないまま。

 こんな状況であるにもかかわらず、だ。



「……どないしたんや? アークス君」


「いや、ギルズはどうしてそんな落ち着いてるのかなってさ」


「ま、ある程度は予想しとったからな」


「賊が現れることをか? いや、まだわからないけどさ」


「十中八九、そうやろ」


「確信が?」


「ん? そんなん当たり前やん? 賊っちゅーもんは常に奪う相手を探して動いとるんやで? 奪える相手がおらへん場所には現れへんし、いるところに現れるのが自然なことやろ?」


「だから、動じなかったって?」


「せや。直近で山道付近に現れたんなら、近くの集落に来るかもしれへんってゆーのは、頭に入れとくべきことやろ?」


「…………」



 確かにそうだ。ギルズの答えの導き出し方は、きちんと筋が通っている。

 だが、それが本当ならば、彼はなぜそんな危険の有りそうな「付近の村」を逗留先に選んだのか、だ。安全に気を払うべき旅の商人ならば、リスクのある行動は極力避けるはずである。こんなところには、決して近寄らないはずだ。



 しかし、ギルズはやはり、得体の知れない笑みを浮かべたまま。

 何を思うのか。その細目から、内意はまったく窺えない。

 だが、いまはそんなことを考えている暇ではないか。



「ノア、カズィ」



 二人に呼びかけると、「かしこまりました」「やれやれ」と銘々口にして、すぐに準備に取り掛かる。

 ノアは武器の用意をし。

 カズィは様子を窺いに外へ。

 こちらが動き出すのを見た村長が、戸惑いの声をかけて来る。



「あ、アークス様?」


「もしものときは、俺たちも戦うよ」


「そ、それは……」


「大丈夫。あの二人は戦い慣れてるからさ。あ、バドはここで待っててくれ」



 指示をすると、案内人の男は頷いて応える。

 案内人がやられては今後が困るので、危険な場所に出すわけにはいかない。



「いや! その歳で勇ましいなぁ。君主の跡取りみたいでかっこええで?」


「ギルズも戦うのか?」


「いやー、ワイは自分のことで手一杯やし、どこぞに隠れさせてもらうわ」



 そう言ってくっ付いてこようとするのには、一体どんな意図があるのか。

 もしや自分たちの後ろに隠れるつもりなのではないか。



 さりげなくノアが耳打ちしてくる。



(……私も見ておきますが、お気を付けを)


(……よろしく頼む)



 ノアとそんなやり取りをしていると、戸口からカズィが顔を出した。

 そして、いつものように気味の悪い笑みを見せながら、



「やっぱりうちのご主人サマは予言者だったらしいぜ?」


「じゃあ今度から俺を崇め奉れよ」


「キヒヒッ。いつも(かしず)いてお世話してんだろ?」



 そんなことを言うカズィは、いつの間にか変わった持ち手が付いた杖を持っていた。

 長旅ということで持って来たらしいのだが、これまで一度も使っていなかったが、ここでそれを出すということはつまり、武器なのだろう。

 村長がカズィに訊ねる。



「状況は、どうなっているのでしょう?」


「ああ、南側の門を無理矢理破ろうとしてやがるな。いまは村の連中が押さえ込んでるが、破られるのは時間の問題だろ」


「そ、そうですか……」



 村長は青い顔を見せる。彼も、こういった経験はそうそうないのだろう。

 自分も同じように経験はないが、しかし知識だけならある。

 こういうときは……。



「村長は……外に出て戦う準備と篝火の手配をしてくれ。あと、他の家を回って外に出ないように連絡を」


「は、はい!」



 ノアを伴い、ギルズを後ろに引き連れつつ、現場に向かう。

 南門の前にはすでに簡易の柵が用意されており、武装した村の男たちが。

 そしてカズィの言った通り、村の若い者たちが門を突破されないよう押さえ込んでいた。



「もう保ちません!」



 門の端をガンガンと叩く音。

 丸太か何かをぶつけているのか、衝突のたびに重い衝撃音と、腹に響いてくるような震動。

 細かな木片が飛び。

 門の向こうからも声が。

 古びた(かんぬき)が大きく歪み、みしみしと悲鳴を上げる。

 破られるまで、もう間もなく。



 この勢いだ。門が破壊された瞬間、賊共が押し寄せて来るはずだ。

 おそらくいまは、襲撃が叶ったあとのことに思いを馳せて、嬉々としている最中だろう。

 殺人。

 略奪。

 凌辱。



 ただ一つ彼らが予想できないのは、こんな場所に襲撃を仕掛けた自らの不運だけだろうが――





 樋辻臥命です。

 前回更新時は、関西弁の記載に関し、ご指導、ご指摘、ご協力いただきありがとうございます。

 書いていただいた表現をお手本とし、訂正いたしました。

 ただ、台詞の兼ね合いなどの関係上、すべてを反映しているわけではないので、まだまだ稚拙な部分、違和感を持たれる部分があるかと思いますが、どうかご容赦いただきたく存じます。


 誤字脱字の方への指摘訂正、感想欄への記載、日々応援の言葉を書いてくれる方々へ、改めてお礼申し上げます。

 本当にありがとうございます。


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