第六十話 それは完全にフラグです
ラスティネル領、領都への道中。
領都へ通じる山道の一時的な封鎖に伴い、案内人の提案を受け入れ、経路を変えたアークスたち。
案内人の先導のもと、東西を結ぶ主要な街道から横道に逸れて、しばらく。
木立の中を進んでいると、やがて遠間に人の手による建造物が見えてくる。
それは、男の世界の洋画などで見るような、不揃いの丸太が突き立てられた簡素な防壁だ。
ファンタジーや歴史モノに登場する砦を彷彿とさせる見た目のせいか、つい「おお!」と驚きの声を上げてしまう。
そこに向かって進んでいると、前方に人や荷車で構成された列が一つ。
どうやら他にも通行止めのあおりを受けた者たちがいるらしい。
いまは村に入るための許可を得るために、門の前で列をなしているようだった。
列の長さを見るに、これはいましばし時間が掛かりそうだなと思っていると、案内人が肩越しに振り向く。
「先に行って話を付けてきましょうか?」
「いや、揉め事になったら困るからいいよ」
案内人は先に入れてもらえるように申し出てくれるが、すでに並んでいる者たちとトラブルになるのは避けたい。
列の最後尾に馬を付け、おとなしく順番が来るのを待つ。
列からはみ出して状況を窺ってみると、最前列には人だかり。
門の前で立ち会っているのは、村の若い衆と見識のありそうな壮年の男性などなど。
おそらくは、村に入れていい者かそうでない者か、簡易にではあるが調べているのだろう。
若い衆はみな一応ながら武装しており、簡易ながら荷車も検めている。
「へぇ、ああいうこともするんだな」
「村におかしな者を入れるわけには参りませんので、ああして危険がないか調べているのですよ」
何気なく口にすると、案内人が答えてくれる。
旅路ゆえ、武器は仕方ないにしても、禁制の品などを持ち込まれるのは村としても好ましくはないのだろう。護衛が持っている長柄の武器や弓などをスルーする一方で、積み荷についてはきちんと聞き取りまで行っているらしく、しきりに何かを話している。
やがて、前方の商人たちが村の中に入り終わると、案内人が馬を降りた。
「では私が話をつけてきますので、皆さまはしばしの間お待ちを」
そう言うと、案内人は村衆の一団に紛れていく。
案内人が手を挙げて挨拶をすると、村の者たちは顔をほころばせた。
おそらくは顔見知りなのだろう。
案内人は村の者たちと二、三言葉を交わすと、小走りで戻ってくる。
「大丈夫そう?」
「はい。私も時折立ち寄る村ですので、よい返事をいただけました。あと……」
「なにか?」
そう訊ねると、彼は神妙な表情を見せ、
「アークス様が貴族だということは伝えてあるので、失礼なことはないと思いますが」
「……ああ、そういうことか。大丈夫。わかってるよ」
案内人の男は、村人とのトラブルを危惧しているのだろう。
ここは高い身分の人間などそうそう現れない場所。みな貴族に対しての作法など知る由もないため、その辺り大目に見て欲しいということだ。
門の前に差し掛かると、老年の男性が歩み出てくる。
「私はこの村の長をしております。何もないところではありますが、どうぞお寛ぎになってくだされ」
「突然申し訳ない」
「事情は聞き及んでおります。山道が封鎖されるとは、この度はとんだ災難でしたな」
「まったくです。この辺りではああいうことはよく?」
「ここ最近、領内に現れる山賊が増えたとかで、たびたび」
それほど頻繁なのか。
ノアやカズィ、案内人の男の顔を見るが、三人とも怪訝な表情。
ということは、かなり珍しい事態なのだろう。
規模の大きな野盗団でも領内に入り込んだと見るべきか。
そんなことを考えている中、ふいに村長が、申し訳なさそうな表情を見せる。
「それとなのですが……」
村長が後方を見回すと、挨拶に困ってしどろもどろしている若い衆たちの姿。
やはり貴族の対する作法がわからないのか、照れていたり、バツの悪そうにしていたりと様々。
「何分この調子。みな田舎者ですので、不調法はなにとぞご容赦いただきたく」
「大丈夫。その辺りは気にしなくてもいい」
「ありがとうございます」
村長が礼を口にすると、ノアが前に出る。
「では、逗留に際してお支払いする金銭のご相談をしたく」
「おお! ありがとうございます。何分、その辺りのことはこちらとしても言い出しにくく……」
だろう。貴族相手に金銭をせがむなど、彼らにとっては怖れ多いはずだ。
かといって、逗留にはいろいろと入り用だ。水に食料、天幕を持ってきていなければ寝床も用意しなければならない。どれもタダではないし、費用を要求しなければ村の人間が賄わなければなくなる。
問題が解決し、村長や周りの若い衆も、安心したというような表情を浮かべていた。
そんな中、カズィが、
「それなら刻印でもやってやればいいんじゃねえか?」
そんなことを言い出した。
「刻印?」
「ああ。農耕具に刻んでやるのさ。お前ならその辺り簡単だろ?」
「まあ」
刻印に必要な道具や魔法銀も、何かのときのために持ってきているので、できなくはない。
だが、
「そんなのでいいのか?」
「そんなのってな……」
「アークスさま、刻印は専門職ですよ」
訊ねると、二人は呆れ気味。
刻印に関しては早い段階からクレイブにやらせられていたため、ついつい特別な技術なのだということを忘れてしまう。
それに、技術としては特殊なのは確かだが、それが必要とされるかは話が別。
すると、カズィ曰く、
「刻印は、こういうところじゃおいそれとできるようなもんじゃねえからな。やってやれば喜ばれるぜ」
とのこと。
刻印具は王都では一般家庭でも普及している代物だが、小さな村にもなると滅多に手に入らないのだろう。
「……その、刻印を刻めるので?」
「ええ」
村長の訊ねに頷くと、彼は村の者たちと顔を見合わせる。
こんな子供が、本当にそんな技術を持っているのかと、半信半疑なのだろう。
「これでも、取り扱ってるものは、王都の大店にも出してるんだ。これも俺の作ったものだ。ほら」
そう言って、簡易の着火装置を使って見せると、小さく驚きの声が上がった。
村長は周囲の者たちと、また顔を見合わせて。
「では、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「こっちも、手持ちを残しておかないといけないから、あまり多くはできない」
「はい。必要なものだけ選びますので」
「わかった」
村長の朗らかな笑顔が、明らかにほくほく顔へと変わっていた。
ということは彼らにとってもそれだけ、喜ばしいことだったのだろう。
その場にいた何人かが、大急ぎで村の中に戻っていく。必要そうなものを取りに行ったのだろう。
「これで?」
「村の人間が好意的になれば、それなりに過ごしやすいもんさ」
農村育ちのカズィに訊ねると、そんな返事が。
こういったところは閉鎖されたコミュニティだ。基本、よそ者を嫌う者も多い。
だが、こうやって喜ばれることをすれば、多少なり違うということなのだろう。
逗留の際の快適さは、村の人間の気持ち一つ。
もてなされることはなくとも、邪見にされないというだけで、気疲れの心配をしなくて済む。
……村に入ると、すでに空き地にはいくつか天幕が張られていた。
この村には宿がないため、野宿の用意がある者は、こうして自前で準備したのだろう。
自分たちは村長宅に通されるまで、しばしの間待ちぼうけだ。
「……しっかし山賊か」
そんな風に何気なく口にすると、
「アークスさまに話した直後にこれですから、何かよくない兆しでもあるのでしょう」
「となると、だ。この分だと、今晩にでも襲撃かけられたりしてな。キヒヒヒヒッ」
誰もいなくなったことをいいことに、物騒なことを言い始める二人。
「お前らな……」
当然それには、呆れの声を禁じ得ない。
大きな大きなため息を吐き出して、ジト目を向けると、反対に二人は不思議そうな視線を向けてくる。
「どうしました?」
「どうしましたも何もないっての。そんなこと言ったらマジで襲撃されるだろうが」
「そんなこと、そうそうあるわけねえって」
「ええ。アークスさまは物事を悪い方に考えすぎるきらいがありますね。将来それでは、疑り深い人になってしまう恐れが……いえ、それはもう遅いですね」
「キヒヒッ! それはあるかもな!」
やはり二人は、主人を肴に盛り上がっている。
どこにいても相変わらずな従者たち。
それはともかく、問題は先ほど不用意な会話だ。
「……お前らはわかってないんだ。言葉ってものにはどれだけ魔力があるのかを。こういうときにそんなことを言うと、法則が働くんだぞ、法則が」
険しい顔でそう言うと、
「法則?」
「そんな法則があるのですか?」
「……たぶん、引き寄せとか、マーフィーとか?」
改めて聞かれると、いまいちなんの法則なのか符合しない。
いま挙げたどちらも、似ているようで似ていない気がする。
当然、主人がわからなければ、従者もわからない。
三人、村の広場の真ん中で、不思議そうに首を傾げるばかり。
ともあれ、
「もし今夜襲撃されたら、全部お前らのせいだかんな?」
スウ以来久方ぶりの、最悪のフラグ立て。
それにはやはり、一抹の不安を感じずにはいられなかった。




