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第六話 はじめての指導



 アークスが伯父であるクレイブに魔法の師事を直談判した翌日。

 王都にあるアーベント邸の庭で、魔法の実演なども兼ね、青空教室となった。



 いまアークスの目の前にいるのは、もちろんクレイブ・アーベントその人だ。

 銀髪にバンダナ、短袖のシャツの上に国軍のコートを引っ掛けて、よく日に焼けた筋肉質の太い腕を胸の前で組んでいる。魔導師というよりは格闘家と言った方がしっくりくる見た目だが、これでも国内では音に聞こえるほどの魔法の研究者らしい。



 もちろん国軍に籍を置く兵士でもあるため、見た目通りでもあるのだろうが。



「――さて、まずはお前がどこまで魔法に理解があるか、確認しようか」


「はい! よろしくお願いします!」


「おう! やる気だな!」


「ええ、父上と母上を絶対に見返してやるんです!」


「ははは! そうか、見返すか! そうだな、その意気だ!」



 話を聞いたクレイブは、豪快に笑い出す。



「まず、基礎的なことだが、アークスは魔法についてどこまでわかってる?」


「えっと、魔法を使うにはまず、【魔法文字(アーツグリフ)】と【古代アーツ語】を覚え、それを使って構成した呪文を、魔力を使いながら唱える……そう本に書いてありました」


「そうだ。かみ砕いたモンがそうだな。じゃあ、【魔法文字(アーツグリフ)】や【古代アーツ語】を覚えるために必要なものはなんだ?」


「はい。辞書や単語集です」


「手っ取り早く覚えるならそれだな。だが、一端(いっぱし)の魔導師になるためには、それじゃあダメだ」


「そうなのですか?」


「ああ」



 クレイブが頷くのを見て、アークスは少なからず驚く。正直な話、それは意外だった。家での勉強では基本的にそれらを使っていたため、それでいいと思っていたのだが――これでは勉強はもっともっとド基礎からになりそうだ。



 クレイブは「これだ」と言って、袋から恐ろしく分厚い本をいくつも取り出す。



「これは……」


「こいつは紀言書って言われてるものだ。端から、空と大地の創造が記された【天地開闢録】、精霊の時代の物語【精霊年代】、この世界の始まりから終わりまでを予言した【クラキの予言書】、星の巡りと空を追いかけた学者の一生を描いた【大星章】、魔法文化が最も隆盛した時代の記述【魔導師たちの挽歌】、世界を滅ぼす四つの魔王と滅びの歌までが書かれた【世紀末の魔王】。この六つの書物に【古代アーツ語】のすべてが記載されている……らしい」


「らしい、とはどういうことでしょう?」


「ああ、本当にこれに全部の言葉が書かれているのかってのは、実際のところ誰もわかっていないんだ。それに、これを全部読めるヤツもいない」


「伯父上もですか?」


「そうさ。特にコイツ、クラキの予言書に至ってはほぼ読めん。何が書いてあるのかサッパリだ」



 はははと快活に笑う、笑い上戸な伯父。



「では、【古代アーツ語】は、これをもとに勉強するんですね?」


「そうだ。下手に単語や成語だけ覚えても、その由来や使われた場面を理解していないと、言葉の力を上手く引き出せないのさ。だから、【古代アーツ語】の勉強をするなら、これを読み込むのが一番いい。つーかまともな魔導師になりたかったら絶対これを読み込め」


「わかりました」



 渡された本を受け取ると、伯父は、



「これは一部だ。まだまだ大量にあるから、あとで使用人に持って行かせる」


「この分厚いのが何冊あっても、一部ですか……」



 読まなければならない本が途方もない量になるという予感に、顔がひきつる。

 そして、ふと神妙な面持ちを見せた。



「アークス。紀言書は奥が深い。これはオレたちが生まれるずっと前から研究されているが、未だになんて音を出すかわからない文字もあるし、文字はわかっても意味がいまだ分かっていないものなんていくらでもある。だから読めても虫食いだし、ものによっては書かれている内容がどんなことかも分からない」


「なら、もしこれをすべて解読できるようになったら」


「そりゃあお前、これから先ずっと歴史に名前が残るぞ? まあ、それを目指すのは険しい道のりだろうがな」



 確かにそうだろう。だが、いまのアークスは、男の世界の知識。つまりこの世界では解明されていない概念を持っている。もしかすれば、



(でも、それにはまず判明している魔法文字(アーツグリフ)を覚えて…………やっぱ長い)



 解読に関しては気長にやっていくことにして、いまはクレイブの話に集中する。



「じゃあ次だ。言葉を覚えることと並行して覚えなければいけないことはなんだ?」


「魔力の操作ですね?」


「そうだ。よしよし。ちゃあんとわかってるじゃねぇか」



 淀みなく答えられたことに、クレイブは満足そうである。

 そう、魔法は魔力を消費して、効果を発揮するものだ。しかし、それは呪文を唱えれば必要分の魔力が勝手になくなるわけではなく、自分で用意しなくてはならない。



 つまり、使用する魔力の分量をきっちりと調整する力がないといけないわけだ。

 そのため、魔力を自在に操れるようになることが、必要不可欠なのである。



「魔力の操作の仕方はもう習ってるよな?」


「はい」


「一番初めのおさらいになるが……魔力がある者は、身体の中に温かい水があるように感じられる。それが魔力であり、念じることによってそれを動かしたり、切り分けたり、身体の外に出したりするのが魔力操作だ」



 伯父の言った通り、目をつむり、自分の身体の中に意識を向ける。すると、男の世界で言う丹田と呼ばれる場所に、不定形の温かいものを感じ取ることができた。



 その液体のような気体のような不思議なものこそ、魔力。

 魔法を使うために絶対不可欠な力である。



「アークス。暇なときは常に身体の中で魔力を動かせ。そうすると、だんだん手足を動かすように簡単に操作できるようになる」


「はい」


「目標は、簡単な作業をしながら並行してできるようになることだな。そうすれば、毎日欠かさず続けられるようになる」



 クレイブの言葉に頷く。彼がそこまで言うのならば、重要なことなのだろう。

 すると、



「ちなみになんだが、これを極めると、身体から離れた場所にある魔力も感じられるようになる」


「そうなんですか?」


「ああ。これは、何を隠そうこのオレが発見したんだ。すげぇだろ?」



 クレイブはそう言って自慢げに分厚い胸板を逸らすが、すぐに照れたように笑い始め。



「……オレが家を出たのはお前も知ってるだろうが、その頃は跡取りの座をジョッシュに譲ったことで、随分周りからバカにされてな。それが悔しくて、魔力を増やす手段ってのを探しに、各地を回ったんだ」


「聞いています」


「その間は、いろいろやってな。魔力が増えるとか言われている食いモンを食いまくったり体力をつけるためにやるように、魔力を限界まで使ったり。それでも増えることはなかったんだが……そのおかげで、こうして魔力の気配ってのがわかるようになったってわけだな」



 クレイブは随分と誇らしそうである。指南書には魔力の探知に関してのことは書かれていなかったため、第一発見者がこの伯父ということなのだろう。彼の特別性(ユニーク)。誇らしくなるのも当然だろう。



 だがそうなると、だ。



「気付いたか?」


「はい。魔力の気配を察知できるということは、人や魔物のいる場所もわかるようになるんですね?」


「そういうことだ。人間や魔物には魔力があるからな」


「もしかして、人数とかもそれで」


「おうよ。当然だな」



 まさに人間探知器である。

 暗殺とかその辺は、この男にはまったくの無意味になるだろう。



「まあ、感じられるようになるまで結構時間はかかるけどな。でも、すげぇ便利だぞ? いまの内から訓練しておけば、早くからわかるようになるだろうしな」



 クレイブはそう言うと、ふと、茶目っ気たっぷりな表情を見せ、



「ちなみにこれ、ジョッシュはできないぜ?」



 つまり、これを覚えるだけで、ジョシュアを見返すことはできると言うことだろう。

 それもそうだが。



「父上には伝えてないんですか?」


「そりゃあ自分の秘術をポンポン他人に教えることもないだろ? まあ一応兄弟だがよ」


「やっぱり伯父上と父上は仲があまりよくないんですか?」


「もともとはそうじゃなかったんだけどな。ま、その辺の話も、おいおいしてやるよ」



 クレイブはそう言って、アークスの頭をポンポンと叩いた。





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