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第五十五話 新しい魔法を作ろう!



 ――本は読むものではない。探すものだ。


 これは、アークスが人生を追体験した【とある男】の父の言葉だ。

 彼が言うには、人間は本に対して、常に探すという行動をとらなければならないのだという。

 まず人は、自分が読むべき本自体を探し出し。

 文字の羅列の中から必要な情報を探し出し。

 最後にその情報が使える場面を、実生活の中から探し出さなければならないのだという。



 だからこそ、本は読むものではない、探すものなのだと。

 読み物に恵まれた世界にいるがゆえの言葉だ。

 落ち着いて聞くと、無茶苦茶を言っているようにも感じられるが、言わんとしていることはわかる。

 ともあれそんな男の父の影響もあって、男はよく本を読むようになったのだ。

 その恩恵を大きく受けているアークスとしては、感謝しきりである。



(ほんと、さまさまだな)



 これまでも、男の得た情報は様々なことに役立ってきた。

 それは魔法だけでなく。

 日々の生活や、ふとした機転にも。

 それらを効率よく吸収できるのも、自分の持つ能力ゆえだろう。



 一度読んだもの、見たものを正確に記憶できる力。



 いわゆる瞬間記憶能力にも似た力だ。

 これがあるからこそ、男が読んだ本も、たとえそれが流し読みであったとしても、正確に鮮明に記憶できている。

 そしてその力は、追体験のときでなくとも、きちんと発揮されている。

 いや、むしろ有効に活用されていると言うべきだろう。



 ……現在、目の前には紀言書がある。

 この世界で本と言えば、真っ先に挙がるものがこれだ。

 数十冊もの分厚い書物に、何篇にもわたって記載される【古代アーツ語】。

 普通の人間ならば、これをすべて覚えることはまず至難であり、たとえ覚えることができたとしても、一字一句正確に覚えることなどまず不可能な代物だ。

 そんな代物の主な使用法は、やはり魔法の創造だろう。

 書を構成する【古代アーツ語】を用いて、呪文を作り出し、様々な現象を引き起こす技術。

 それは人々の生活を豊かにするためだけでなく。

 当然、他者を攻撃することにも用いられる。



 魔法の種別は、大別して三種類。

 相手を直接攻撃する【攻性魔法】。

 防御関連の【防性魔法】。

 最後に、補助的性質を持つ魔法が【助性魔法】と呼ばれている。



 アークスはアーベント邸の庭で、一冊の本を持ち上げる。

 それは、これまで紀言書から抜粋した単語や成語、その意味までを書き留めたものだ。

 アーベント邸の庭にそんなものを持ち出した理由は、新しい魔法を作るために他ならない。

 今後成り上がるためには、当然だが多くの魔法が必要になる。

 強力な魔法もそうだが、その場に即した魔法もそう。

 場合によっては、対人戦を行うことも想定しなければならない。



 だが、魔法の行使は、どうしても詠唱時間がネックになる。

 魔導師対魔導師の対人戦もそうだが、魔導師ではない相手と戦う場合、呪文が長いとそれだけ相手に隙を見せることになり、こちらが詠唱している間に倒されてしまう。

 それを避けるためには。

 緒戦は近接戦闘に注力し、相手の隙を突いて詠唱を行う。

 もしくは前衛を配置して、前衛が戦っている間に詠唱する。

 これらのことを行う必要がある。



 いつでも前衛を用意できるわけではないため、後者は現実的ではない。

 それゆえ、その場合の選択肢は自動的に前者となる。



「やっぱり剣か……」



 ……男の覚えた剣術を思い出す。

 男の国では竹で作った摸擬刀を使う剣術が一般的だったが、男は精神修養の一環で、真剣や専用の練習刀を用いる方を主に行っていた。

 座った状態で、鞘から刀を抜き打つ技術だ。

 主に決められた型を繰り返し練習したり、ときには据え物を斬ったり。

 対人戦の技術を多く培うものではないが、男はそこで複数の流派に手を出していた年配の剣士に足運びなども教えてもらっていたため、技術がまったくないというわけではない。

 そこで覚えたものを四年も前からコツコツと練習し、すでにある程度の動きはものにしているし、読み物によく登場した技術も、もう少しで再現できる域にある。



 ともあれ、いまは魔法だ。

 近接戦闘の技術。

 前衛の配置。

 それ以外の手段を挙げると、魔法の形式や呪文自体の見直しとなる。

 持続性の高い魔法を作ること。

 詠唱時間の短い魔法を作ること。

 そのいずれか。



 持続性の高い魔法というのは、【火閃槍(フラムルーン)】などの、一撃で終わる単発式の魔法ではなく、一度使用すると防性魔法のような効果を長く維持できる魔法のことだ。

 伯父であるクレイブが使う魔法や、ノアの【ジャクリーンの氷結剣】なども、これに当たると言えるだろう。

 これらは強力な反面、莫大な魔力を必要とする。

 それゆえ手が出せるかと言えば、難しい。

 自分は魔力が少ないため、魔法を複数回行使する場合、一回に使用できる魔力量が限定される。

 強力な魔法ならば一度使うだけで魔力の大半を持っていかれることになりかねない。

 魔力を増やす手段、それに代替する手段をまだ見つけ出していないため、やはりこれも現実的ではない。



 実用性を追求するならば、呪文を短くしなければならないだろう。

 当然呪文は短ければ短いほどいい。

 だが極端に短くしても、今度は望んだ効果が発揮されないというジレンマに陥る。



 魔法の呪文は。

 どんな現象を利用するのか。

 どんな形になって発揮されるのか。

 どんな効果を持つのか。

 それらをきちんと指定しなければ、洗練された魔法にはならないのだ。



 使用する単語を減らしすぎると指定ができず、たとえ上手くいったとしてもその魔法は単調なものになる。当然、魔法が単調になれば効果を追加することができないので、弱くなるというわけだ。

 だが、それでも呪文は短くしたいし、相応の威力は欲しい。

 そこで今回、魔法の威力上昇に役立つ【成語】ではなく、通常では扱い切れないとされている単語に活路を見出すという流れに行きついた。



 【炎】【火炎】【雷】【稲妻】【氷雪】【雪崩】



 これらは単語自体が強力で、通常、呪文に混ぜることが難しいものだ。

 これらの単語を下手に呪文に組み込むと。

 あるいは制御しきれず暴走し。

 あるいは打ち消し合いって逆に弱くなってしまう結果になる。

 だが、これらは決して呪文に使用できないわけではないのだ。

 制御できる単語を発見し、組み合わせさえ思いつくことができれば、理論上は使用に耐えられる魔法になる。



 ……単語や成語を書き留めた本に目を落とす。



「【爆ぜる】……」



 ふと呟いたのは、つい先日研究中に見つけた単語だ。

 紀言書は第六【世紀末の魔王】に記載される、爆発、爆裂にも関連する言葉である。

 曰く「炎が爆ぜる。雨の如く降り注いでは轟々と。猛火は走り駆け抜けて猛々しく、地平の彼方へと及んでいく。嘆きの声は尽きず。悲しみの声は止まず。一切を焼尽し、一切を微塵に戻す。魔王が一柱ガンザルディ。征くあとに残るものはなく、ただ悲嘆の染みついた曠野(こうや)ばかりなり」と。



 ……これは、人の世を滅ぼすとされた魔王の一柱、ガンザルディの顕現を描いたものだ。

 魔王ガンザルディは顕現時、人が築き上げた文明を炎と衝撃で吹き飛ばして、あまねく荒野に変えたという。

 この記述だけを見ても、強力な言葉が相当数使われていることがわかる。



 【轟々】【猛火】【焼尽】【微塵】【尽きず】



 これらはどれをとっても、容易には扱い切れない単語ばかりだ。

 【爆ぜる】という単語も、間違いなくそれに類するだろう。



 だが、威力が強いからと言ってただ単純に【爆ぜる】という言葉のみを唱えるだけでは、魔法にはならない。

 魔法にするには、やはりある程度こちらで結果を指定し、鋳型に嵌めてやらなければならないのだ。

 だが指定するにも【爆ぜる】に負けない単語や成語を用意して制御しなければ、たちまち魔法は暴走する。



「あちらを立てればこちらが立たず……」



 呪文を短くしたいが、効果も高めたい。だが、強力な言葉を使うには、呪文を長くする必要がある。

 しかし、やはり普段使いをするならば、呪文を五節程度には納めたいし、節の一つ一つもできるだけ短くしたい。

 そこで呪文作製の技法を利用する。



 【反復法】。

 これは、同じ言葉を繰り返し使い、集中的に強化する技術のことだ。

 魔法のテキストなどには載っておらず、呪文の法則性を探している中で、自分で見つけ出した技法である。

 これは単純に、同じ言葉を連続で複数回重ねるだけでいい。

 そうすることで、効果が集中して補強され、そのぶん魔法が強力になる。

 三つほど繰り返したときが、最も呪文の具合がいい。

 あと意識しなければならないことは、シンプルさだろうか。

 下手に凝って単語や成語を足しては意味がない。

 それらを踏まえたうえで、作製した呪文を唱える。



『――微細。微細。微細。爆ぜよ』



 イメージは前方、十メートル先地面の爆裂だ。

 詠唱が終わった直後、【魔法文字(アーツグリフ)】が辺りに散らばり、やがて目標地点へと向かって集束する。

 【魔法文字(アーツグリフ)】が一塊になった瞬間、思い描いた現象が発生するかと思われたが――ぷすぷすという不完全燃焼を思わせる音を発したまま、ただ黒い煙だけがもくもくと上がるだけ。

 爆発は起こる気配さえない。

 失敗だ。



「ダメか……」



 うむむと唸るが、しかし残念に思うようなことでもない。

 こんなのは、いつものことだ。作り出した呪文が一発で成功するなど、そうそうあるはずもない。魔法の製作は、呪文の候補をいくつも用意したうえで、最も良い効果のものを抜き出し、さらに改良を重ねることでなされるものだ。

 おいそれと簡単に作れてしまうほど浅いものであれば、多種多様な利用などできるはずもない。

 おそらくいまの失敗は、威力を抑え込む力が強すぎたためだろう。

 微細という言葉を重ね過ぎたせいで、弱める力が爆ぜるという言葉の力を上回ってしまったのだ。

 そもそも語呂があまりよくないため、上手くいったとしても改良はするだろうが。



 次いで、先ほどとはまた別の呪文の詠唱に取り掛かる。



(同じ言葉を重ね過ぎたからマズいのなら――)



 今度は別の言葉も織り込みつつ、先ほどよりも威力を向上させるよう心掛ける。



『――微細。微細。転嫁。大きく爆ぜよ』



 詠唱。

 しかして効果が発生するまでは、【魔法文字(アーツグリフ)】はおおよそ先ほどと似通った動きを見せる。

 やがて前方に巻き起こる、小さな破裂。それはまるで爆竹が弾けたような、小規模なもの。燃焼も熱もほとんどなく、攻撃的な面はまるでない。

 これでは駄目だ。相手を驚かす役割さえ果たせない。

 それに、そう言った役割の魔法は、以前に作った【びっくり泡玉(アストニッシュバブル)】という魔法があるため、いまのところ必要ない。



「まあ、さっきよりは爆発っぽくなってるし、完全な失敗でもないんだよな……」



 ならばここは、思い切って技法に囚われずに作るべきか。

 当然威力を抑え込む必要があるため、単語を重ねる必要はある。

 だが、ただ単調に反復法を用いるだけだと、先ほどのように魔法の威力が抑え込まれすぎてしまい、望んだ結果にはならなくなる。

 では、どうすればよいか。



 ……効果や威力をある程度小さくして、魔法を制御できるものにしなければならない。そのため、威力を下げる単語はいくつか必要だ。それゆえ変則的だが、三回の反復部分をすべて別の単語に置き換えつつ、調子と韻を賄い、最後の【爆ぜよ】の部分に威力を弱める言葉を追加する。

 そのうえで、もう少し、イメージの方を練ることにする。

 ばらけた【魔法文字(アーツグリフ)】が無造作に集まるのではなく、寄り集まって互いに結び付き、魔法陣を構成。それが爆発の前兆を作り出す。やがてそれが徐々に収縮し、爆破対象を限定。小規模な爆発を引き起こす。

 対象は一人、巻き込んで四、五人程度をイメージ。



 今度は庭先に無造作に置かれた石を目標物とする。



(これでどうだ!)



 成功の願いを込めて、詠唱。



『――極微。結合。集束。小さく爆ぜよっ!』



 呪文を唱えると、無造作に飛び散った【魔法文字(アーツグリフ)】が寄り集まり、円を成してさらに陣を形成。魔力がインクを引き、文字の周囲に直線、円、多角形をなして幾何学模様を結び、魔法陣を構築する。

 目標物を魔法陣で引き絞る様を幻視しつつ、手を握るように狭めていくと、魔法陣が思い描いた通りに収縮。

 最後に狭めつつある手をぐっと強く握り締めると、同時に魔法陣も圧壊し。

 直後だった。

 爆炎の赤とオレンジが黒雲をまとって膨張。

 爆裂の轟音と衝撃が一緒になって身体を打ち据える。

 熱さを感じるのもつかの間、耳から音がぷっつりと途切れる代わりに、彼方からキーンという耳鳴りの音がやってきた。



 漂ってくる焦げた臭いと、目の間には砲撃でも受けたかのようにえぐれた地面。破砕された石。

 見上げれば、砕けた【魔法文字(アーツグリフ)】が黒煙に交じって空へと舞い上がっていた。



「やった……やったぞ……!」



 成功の陶酔に心囚われたまま、やった、やったと何度も呟く。

 まだまだ威力は大きく、制御できているとは言い難いが、これは確かな成功だ。

 たった四節。たった四節でこの威力は他に類を見ないだろう。

 成語を含んでいないため、結果は爆発を発生させるだけという単純な現象にとどまったが、これだけでも十分強力だ。

 効果を発揮するまでの時間、そして効果を及ぼせる距離は【火閃迅槍(フラムラールーン)】に及ばないにしろ、威力はそれに匹敵する。

 そのうえ、魔力の消費量もある程度抑えることができている。

 これについては、三つの単語が効いたのだろう。

 実用性のある魔法を生み出したことへの確かな手ごたえを感じ、嬉しさが込み上げてくる。

 やはり魔法は面白い。こういう試行錯誤があるからこそ、成功したときの喜びはひとしおだ。



 ……今後こうしてちまちまと、魔力消費や詠唱の負担が少ない魔法を作っていくべきだろう。

 だがやはり、爆発は耳に来る。



「刻印で耳栓とか作らないとなぁ」



 成功の余韻に心を弾ませつつも、腕を組んで耳栓の製作に思いを馳せていた、そのときだった。



「――おいアークス。お悩み中ちょーっと悪いんだがよ」


「はい、伯父上、どうしまし……た?」



 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはいい笑顔の伯父がいた。

 そう、とびっきりいい笑顔の。

 その様子に、戦慄が背を駆け上がる。

 背中が一気に冷え込んだ。

 直感的に、これが怒られる前触れだということに気付く。



 しかし一体何がどうしたというのか、思い当たる節がまったくない。

 するとクレイブは、



「あのなぁ。魔法作りを張り切るのはいいがなー、これはないんじゃないか? んー?」


「これ? …………あっ」



 彼の視線の先には、先ほど爆発の魔法を使った場所が。

 しかしそこは魔法の行使で土が掘り返されており、めちゃめちゃになっていた。

 めちゃめちゃに。

 とてもめちゃめちゃに。



「いや、あの、これは、そのですねっ」


「場所を考えろ場所を! このノータリン!」



 ぐりぐりぐりぐり。



「ぎいゃぁあああああああああああああ!!」



 魔法の作製を頑張った結果、頭をごつい筋肉と拳骨でぐりぐりされる羽目になった。





ご 近 所 迷 惑 回。


あと記憶に関する力は男のものではなくて、アークスの天稟。


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