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第五十三話 進捗もろもろ



 魔力計の発表から、数か月の月日が経った。



 近年稀にみる大発明に王国は大いに湧いて…………などということは当然ない。



 ギルドでの発表、各所への導入までの流れはスムーズに進んではいるが、当然その存在に関しては、広まっていない状況にある。

 魔力計が魔導師たちの扱うものであるということもあるが、やはり特筆すべきは魔導師ギルドの徹底した秘匿だろう。

 配備は国軍、医療部門とそのほか特別に認められた部署だけに留め、厳重に管理されているらしい。

 市井に流れることがないのはもちろん、噂もほとんど聞こえないため、それだけ需要視されているのだと思われる。

 アークスとしては秘匿呼称でも付くのかと少しわくわくしていたのだが、そういったこともなかった。



 制作者についても、アークスが成人して独立するまで伏せられるそうだ。

 現在の自分のおかれた状況を鑑みて……ということもあるようだが、やはり大きいのは、魔力計を発表することによる副次的な効果を期待してのものだ。

 魔力計の存在が、国内外に大きな影響を与えるのは確実である。

 これを発表すれば、王国の魔法技術が如何に優れているかということを、改めて示すことができるだろう。

 カードとしては最上。

 もし国策で下手を打ったときに、その挽回はおろか失敗を霞ませるほどの力を持つ。

 王家としては使いどころを選びたいということで、発表は先送り。

 こちらとしても、いまは金銭さえ入ればいいため問題はないし、むしろ大人しく言うことを聞いておけば、何かあったときに王家を頼ることもできるだろうという打算もあった。



 欲を出すといいことはないのだ。

 何事も適度をきちんと見極めて動くのが一番いいに決まっている。

 【出る杭は打たれる】

 【Tall trees catch much wind】

 とは男の世界の言葉。

 すでに杭はだいぶ出てしまっているが、今後上手く立ち回ることを心掛けたい。



 そして、魔力計の使用状況に関してだが。

 国軍の魔導師部隊への導入は予定通り会議の翌日から始まり、魔導師たちの訓練で使用されている。

 使い始めたばかりであるため、効果の有無は数か月単位で見る必要があるとのことだ。



 医療関連では、すでに多くの結果が出ていると聞く。

 こちらは軍と違い、個人単位で始められるからだろう。

 魔力操作が難しくて使えなかった魔法が、魔力計のおかげで使えるようになった。

 そのため、特定の魔導師の負担の軽減化がなされ。

 各魔導師の能力の平均化にも成功。

 治療魔法の幅広い習得ができるようになった。

 それにあたって、医療部門からお礼の書状が届いたのには驚いたものだが、それだけ医療部門は魔力計の恩恵を与ったということだろう。



 王家が管理する事業、ソーダ産業、製紙工業関連でも、効果が上がっていると聞く。

 以前までは日に一度は大なり小なり事故が起こっていたそうだが、魔力計を導入したことでそれが目に見えて減ったらしい。

 作業で使用する魔力量を、これまでよりも細かく調整できるようになったためだそうだ。

 いずれは魔法院の講義にも使用されるということだが、こちらは折を見てらしい。



 あとは、増産の要請がきたことくらいだろう。

 魔導師ギルドを通して、王家から、魔力計の配備をさらに進めるよう指示があった。

 そのため、そのうち魔力計作製に必要な【錬魔】の技術についても、徐々に開示する必要がある。

 もちろんそれは、自分が管理できる範囲で、という条件は付くだろうが。



 現在アークスは、伯父であるクレイブの屋敷、アーベント邸の庭にいた。

 その目的は、手の空いたときにちょくちょく進めていた酒造りのためだ。

 そう、クリン・ボッター何某のアレである。

 先ごろ折よく、酒造りに必要な植物が手に入った。

 これが王国北方の高原にある植物なのだが、ちょうど国定魔導師の一人が薬草作りの一環で栽培していたのだ。

 その株を一つ譲ってもらい。

 アーベント邸の庭に植え。

 書に記載されていた魔法をかけた。



 ……ちなみに株を譲ってくれた国定魔導師と言うのが、【恵雨の魔導師】ミュラー・クイント。

 医療部門の責任者であり、魔力計を発表した折には、途轍もなく感激していた女性である。

 先日受け取りに行ったときも、とにかく好意的だったのは、やはり魔力計のおかげだろう。

 先述したように、医療部門に絶大な恩恵をもたらしたためだ。


 困ったことがあったらなんでも言って欲しい。

 できうる限りの協力はする。


 そんなことを言われるくらいには、魔法医療で効果が出たということだろう。



 ともあれ、譲ってもらった植物に魔法をかけて、例の書物に記された植物【ソーマ】にしたわけだが。

 それがいま、自分の目の前にある。



「…………」



 その【ソーマ】を前にして、なんとも言葉を発せない。

 目の前にあるのは、樹だ。

 でっかい樹。

 どういうわけか、魔法をかけたせいで、小さな植物が見上げるほど大きな樹木になってしまった。

 魔法をかけた直後からすぐに成長が始まり、ここ何か月かの間に徐々に徐々に大きくなり――いまに至る。

 あまりの急成長ぶりを見て、危険な遺伝子改良とか、やばい薬を使ったとかそんなイメージが頭をよぎったくらいだ。



 幹を拳で軽くトントン叩く。

 太く堅い。

 完全な大木だ。

 「これはいい丸太になりそうですね」というのは、これを見たノアの皮肉である。



「……おい、アークス」


「なんですか伯父上?」


「庭で魔法を使うのはいい。だけどな、人ん家の庭におかしな植物植えるのはよ」


「ですが、レイセフトの本邸に植えると、父上や母上に何されるかわかりませんし」


「なら別の場所ってことだっての。というかな、たった数か月でどうやったらこんな立派な樹になるんだよ?」


「いやー、これは俺も予想外でした」


「どの口で言うんだ。どの口で」


「痛いです痛いですぐりぐりしないで」



 隣に立っていた伯父クレイブに、拳で頭を軽めにぐりぐりされる。

 背が縮むからほんとやめて欲しい。

 ともあれと、サトウカエデよろしくメープルウォーター採取の要領で、幹に自作の蛇口もどきを取り付けると、樹液が出て来た。



 指を付けて、舐めてみる。



「お、甘い」



 樹液には、ほのかな甘みがあった。

 くどくなく、さっぱりした甘味だ。

 薄いということもあるのだろうが。

 同様に指で掬って舐めたクレイブが、



「それでアークス、これは一体何に使うんだ?」


「これですか? ええっと、その…………ま、まだ秘密です!」


「そうか。じゃあ出来上がりを楽しみにしてるぜ」



 クレイブはそう言って、屋敷に戻って行った。

 何を作っているかをここで答えるのは、なんとなく憚られた。

 酒を作っているのを知られたら、怒られるから……ということではないのだが。



(なんかな……なんか)



 波乱をもたらす何かになるような気がして、口に出せなかった。

 当然できたらクレイブにも言う羽目になるのだろうが。

 棚上げした気がしないでもない。



「あとは、この樹液を、酵母を入れた樽に入れて……」



 酵母に関しては、ノアにいくつか手に入れてもらったものを用意している。

 どの酵母で具合がいいのかは、作ってみなければわからないが、上手くかみ合うものがあって欲しいと切に願うばかり。

 温度管理については、刻印があれば十分だろう。

 樽には保存関連に効くような刻印を刻み。

 地下室には温度が一定になるような刻印を全体に施している。

 改造に一年を要したミニ醸造所。



 この辺りは場所を提供してくれたクレイブ様様。

 もちろん、刻印様様である。

 この要領なら、男の世界の家電製品を完全に再現することはできなくとも、それに近いくらいのことはできるような気もしている。

 涼しさ、暖かさを保つ刻印。

 冷蔵庫、冷凍庫にできる刻印。



「……上手くやれば意外とこっちでも男の世界みたいに快適過ごせるんじゃね?」



 刻印は魔法と違い、詠唱や魔力注入という工程がないため、呪文ほど汎用性は高くない。

 だが、やってみる価値はあるだろう。




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