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第五十話 ライノール王国国王

クレイブの一人称が「オレ」から「俺」になっています。

今後もこのまま「俺」になります。



 魔力計の発表があったその日の夜、ライノール王国の王城内に、クレイブ・アーベントの姿があった。



 場所は、王城内に作られた庭園の一つ。

 貴賓を招いた茶会に使う庭ではなく。

 国王が私用(プライベート)で使うための場だ。



 庭園には【輝煌ガラス】がさながら蛍のように淡く輝き、夜の庭園を幻想的に演出している。

 アンティークなランタンを思わせるライトや。

 アプローチを示すローポールのライト。

 埋め込み式のライトはそこかしこに設えられており、

 樹木からはさながらブドウの実のようなライトが吊り下がっている。

 まるで、現代にあるようなライトアップされた庭のよう。

 それと比しても遜色ない。

 造形も。

 コントラストも。

 見た目の美しさも。

 金のかけ様に至っては、それ以上か。



 植えられているのは、青い花ばかりだ。

 鮮やかなブルーが【輝煌ガラス】の光で照り映えている。

 中心に置かれた総大理石の四阿(あずまや)には。

 水晶のように透き通ったガラスのテーブルと、その下に淡い輝きを発する光源が。



 クレイブはその外で膝を突き、臣下の礼を執ったまま。



 一方で四阿(あずまや)の中には、一人の男性の姿があった。

 王国貴族に多い金の髪を長く伸ばし。

 風貌は青年にも見える若々しさと瑞々しさ。

 金の刺繍をこれでもかとあしらったジャケットをまとい。

 中に着込んだシャツはボタンを外して、胸をはだけさせている。

 そのうえ表情にはどことなく野性味が感じられるためか、王様というよりは王者という言葉がよく似合う風格を醸している。



 シンル・クロセルロード。

 これが、この男の名前だ。

 現ライノール王国を統べる国王であり、王国最強の魔導師でもある。

 大理石の椅子に腰かけるシンル。

 足は組まれ。

 手すりには頬杖。

 気だるそうにする様は、子であるセイランに輪をかけるほど。

 高貴な者の格式などどこへいったというような出で立ちだが、この男には許される。

 否、すべてが許されるのだ。

 この男が、この国の頂点に座す者であるがゆえに。



 ……クレイブがここを訪れた目的は、シンルに魔力計の存在を伝えるためだ。

 しかしこの場に、製作者であるアークスの姿はない。

 いまのアークスは、国王と面会できるだけの地位を持たない。

 それゆえ庭園には、クレイブ一人だけで臨んでいるのだ。



 国王シンルはテーブルに乗ったワイングラスに軽く口を付けて、魔導師たちを熱狂させた道具を持ち上げる。



「やれやれ、オレに内緒でこんなことをやっていたとはな」


「は。なにぶん、これほどのものですので」


「やめろやめろ。お前に敬語なんて使われると鳥肌ものだ。いまは二人きりなんだからいつもの調子で構わん」


「そうか。なら、いつものようにさせてもらおう。よっと」



 クレイブはそう言って立ち上がり、四阿の中へ。

 国王の対面にどっかりと腰を掛ける。

 度が過ぎた不遜だが、それもこの二人にはそぐわない。

 この二人の仲は、シンルがお忍びで街に出たときから始まったもの。

 それゆえ、シンルの方が、クレイブに当時の態度を求めるのだ。



「で? なんで真っ先にオレに言わなかった? お前、そこについてはどう弁解するつもりなんだ? 斬首ものだぞ?」


「はいはい斬首斬首。というかこれに関しては仕方ないだろ? できたからって精度のしっかりしていない半端なものを見せたりしたら、真っ先に指摘される」


「オレはその場で確認するからな」



 そうだ。

 いまでさえシンルは、魔力計に魔力を放出して、具合を細かく確かめているのだ。

 どんなものなのかを聞けば、すぐ確かめにかかり、それが納得のいくものでなければ、ぬか喜びさせたと言って叱りつけてくるのは間違いない。



「それにお前、作ったんならその先のことも進めてろって言うだろ?」


「当たり前だ。魔力を測定する道具ができました。じゃあ生産の目途はどうなんだ。性能はどうなっている。そう訊くのが普通だろ? なにも決まっていませんなんて言われたら、首の一つも斬りたくなる」


「なるななるな。お前ほんとそういうところだからな?」



 クレイブがシンルに半眼を向け、ビシッと指を差す。

 冗談なのか、そうでないのかわかりにくい物言いに対する指摘である。

 シンルのこの冗談とそうでないときの境界が、普通の人間には見極めにくいところなのだ。偉いくせにこういうことを平気で口にするため、下の者には恐れられている。

 気分で首を斬ったことがいまだかつてないのが、救いだろうが。



 シンル・クロセルロードは王だ。

 陽気な態度は見せていても、王は王。

 国のためにならないこと。

 国を脅かすこと。

 それらがわかった途端この男は、まるで使えない道具を処理するように人を斬る。



 もちろん、彼に人間味がないわけではない。

 ただ、国王という職責が、人情に勝るというだけだ。

 常人はそれが理解できないため、国王に怖れを抱くのだが。



 ともあれそうでなければ、クレイブも友人などできてはいないわけなのだが。



「なに、国王なんてものはな、民に怯えられている方がいいんだよ」


「そんなもんかね?」


「なんだ? オレには人心を掴む力がないって?」


「いや、それはないな」



 そうだ。彼の言葉通り、民衆を始め多くの者が心酔している。

 王国の歴史の中で、これほど民の信認篤い王もいないだろう。

 クレイブもまた、その内の一人であるのだが。



「生産の準備を進めてたんなら。どんな感じだ?」


「夕方には魔導師ギルドで話がまとまった。いまはそれで各魔導師部隊に緊急の呼び出しがかかっているころだ。国軍の魔導師部隊は明日にでも、これを使った訓練を導入できるぞ」


「くくく……そうか、そうか」



 シンルは忍び笑いを漏らす。

 その声音には、喜色が隠し切れていない。

 そして、



「……素晴らしいな。すぐにでも、軍の戦力の底上げが図れるというわけか」


「そうだ。下準備はできてるからな、半年もすれば目に見えた結果につながるだろうよ」


「魔導師の戦闘力の均一化は、魔導師を抱える軍にとって越えがたい命題だ。まさかこうも簡単にそれが叶ってしまうとはな」


「ゴッドワルドのおっさんもたいそう喜んでたぜ?」


「だろうな。ぶふっ……あの怖い顔が笑顔になるとどうなるのかは気になる」


「あん? そりゃそんなの怖いまんまに決まってるだろ?」


「ははは!」



 ギルド長の怖い顔で盛り上がる。

 本気か冗談か、シンルが以前にギルド長の通り名を【強面の魔導師】に改名させようかと言い出したくらいだ。

 当然それは国定魔導師の威厳に関わるため、頓挫した――ギルド長が全力で拒否したが。



「で、国軍の魔導師を統括する一人であるお前は、まずどうする?」


「そうだな。魔導師の魔力量がどれだけあるかをきちんと測るのが、最初にやらなきゃならないことだろうな。均一化も標準化もそれからだ」


「そのためのアレ、か?」



 シンルの視線の先には、巨大な魔力計があった。

 それは、大量の魔力を測るために設計されたもの。

 一品限りの特別製。王家に納入され、今後は他で作る予定のないものである。



「そうだ。あれだけデカけりゃ、王家の権威にぴったりだろ」



 これは、国軍の魔導師たちに向けて『王家には、すでにこれだけ特別なものが納入されている』『真っ先に特別なものが納入される』ということを示すものだ。

 あからさますぎて逆に幼稚にも思えるが。

 だからこそ、誇示するのに十分なのだ。



「まず、こいつを王家から魔導師の部隊に貸し出して、一人一人測定する」


「自分の魔力の正しい量が、王家の恩顧によってわかるとなれば、兵士は感涙にむせび泣くか?」


「さあなぁ」



 それでもわかりやすい恩恵に、魔導師たちは感謝するだろう。

 王家に納入された特別なものを、真っ先に使わせてもらえるのだ。

 国軍にいればそれだけ優遇される。

 ひいては、魔導師たちの士気も上がるというわけだ。



「これもゴッドワルドとの謀りか?」


「まあな」



 クレイブはそう言って、手持ちの袋から魔力計をいくつか取り出す。



「こっちは殿下に」


「あいつも喜ぶ。数日は部屋にこもりそうだ」


「お前もだろ?」


「まあな。俺やお前と同じで筋金入りの魔法バカさ」


「公務はしろよ」


「おろそかになったらお前らの責任だからな。覚悟しろよ?」


「ひでぇ理不尽だな……いままででも上位に来るぜそれ?」


「ははは!」



 シンルは、愉快そうに笑っている。

 彼のこれほどの喜びようを見るのは、クレイブも久しぶりだった。

 最近では、外交やらなにやらのせいでなんとはなしに不機嫌なときが多かった。

 それを少しでも取り除けたのならば、友人としては幸いだった。

 シンルはひとしきり笑うと、まなざしを真剣なものに変える。



 そして、



「あとは、公示の時期だな」



 だろう。

 それは当然、慎重に見極める必要がある。



「開発者は、お前の甥のアークス。歳は十で、すでに廃嫡。レイセフトの当主からは毛嫌いされている。はっ――どこかで聞いた話だな」


「あいつの場合は俺ん時よりひどいからな。きちんと測ったわけじゃないが、たぶん2000程度だ」


「お前は?」


「俺は13000とちょいだな」


「なら、オレはその三倍くらいか」


「はー、陛下は王国をあまねくお照らしになるただ一人の魔導師様でありますのでー」


「世辞言うんならもっと考えて言えよ」



 そんな話はさておき。



「アークスがこいつを作ったのはそれのせいってのもあるな? 自分の魔力量を正しく測ることができれば、計画的に魔法を使える」


「だろうよ。俺が魔法を教えたときに、あいつは真っ先に魔力を込める量を正しく測る術を求めて来たからな」


「じゃあ執念か?」


「いや見つけたのはまったくの偶然らしい」


「それで上手くものにしたか。頭の中を覗いてみたいぜ」


「……脳みそ取り出すとかいうんじゃねぇぞ?」


「それで他人の考えてることがわかれば苦労しないな」



 そんな話のあと、シンルが何かを思い出したか。



「……そういえばレイセフトには娘もいたな。そっちの方は有能なのか?」


「ああ。歴代当主と比べてもいい方だと思うぜ? 兄貴が常に先に先にいるからか、向上心もやたら高い」


「なるほど。下手をするとお前の弟が『当たる』か?」


「可愛がっているが……絶対にないとは言い切れん。俺もあいつがそこまでするとは思わんがな」



 ジョシュアはリーシャを可愛がっているし、きちんと育てている。

 使用人やノアに聞いても、厳しくはしていても理不尽には扱っていないと聞いている。

 クレイブの考えでは、アークスの偉業を知ったとて、教育に熱が入ることはあっても、当たるようになることはないと思うのだが。

 一度予想外(はいちゃく)に出ている以上は、断言することはできない。



「……それで、陛下のお答えは?」


「わかっていることだとは思うが、製作者の公示は政治的に使わせてもらう」


「その辺りは考えているはずだ。あいつもいますぐ発表してくれなんて言わんだろうよ」



 政治的な使用。

 それは当然、国力アピールのためだ。

 もし国策で何かマイナスになったとき、アークスの成果を発表することで、目くらましにする。

 そうでなくても、この発明は巨大なカードなのだ。

 魔導師ギルドでの発表会でも言われていたが、あまりに革命的なもの。


 おそらく王国は稀代の大発明に湧くだろう。

 もちろん国内だけでなく、対外的な取引にも使える。

 国王からすれば、使いどころは慎重に、そして自由に選びたいはず。

 となると、勲章授与は公示の時期と同じ年でなければならないため、当然これも先送りだ。



「王家からも褒美を出さないとな。なにを欲しがりそうかわかるか?」



 金はギルドから出されるし、名誉はすでに約束されたようなものだ。

 そのうえで、アークスが欲しがりそうなものといえば。



「後ろ盾だろうな」


「……なんだ。首輪をつける必要ないのかよ?」


「子供をそんなもので縛り付けようとするな」


「馬鹿言え。有能なのは甘い言葉で誘って身動き取れなくするのが覇道だ。飼い殺しにしないだけ温情だぞ?」



 シンルはそう言って、胡乱な目付きを見せる。



「そもそもな話、まず十歳で後ろ盾が欲しいってなんだよそれ? おかしくないか?」


「だってなぁ。金もギルドの会議で決定されたし、名著も約束されてる。じゃあ次は何かって考えると、それだろ?」



 ふいに、シンルの気配が冷たくなる。



「それだけ野心があるのか?」


「まあ成り上がりたいって程度だがな。最初はその辺そうでもなかったんだが、一体誰にそそのかされたんだか……」



 アークスの向上心が目に見えて上がったのは、ここ一、二年だ。

 それまでは魔導師になって親を見返すだけだったはずが、目標が大きくなった。

 それ自体悪いことではない。むしろ良い方に働くだろう。

 だがやはり、野心は統治者にとっては見過ごせぬもの。

 野心の度合いがわからない限りは、警戒の一つもしたくなる。



「なら、近づいてきている奴はいるか?」


「いまのところないな。ただ、発表時に同席した将軍たちが動くかもしれんが」


「クレメリアはどうだ? パースがいたなら、乗り気になるだろ? あそこには同じ年頃の娘がいたはずだ」


「なんだお前。パースの親父さんを警戒してるのか?」


「パースの忠誠を疑うわけじゃあない。東西南北、軍家筆頭の中ではあの男がもっとも王家に尽くしてくれているのはオレも承知しているところだ。だがな」


「必要以上の力になる、か」



 貴族家に、大きな力を持たせたくはない。

 国王としては、当然の考えだろう。

 シンルもパースを信頼しているため、たとえ力を持たせても反逆されるとは思っていないだろうが、それはパースに対してだ。

 パースが裏切らなくても、その子、そして孫と続けば、臣従がどうなるかはわからない。

 代替わりしたことで背任に走り、お取り潰しになったという話も少なくないのだ。



「すでに、クレメリア、レイセフトという繋がりで、パースとアークスには伝手ができている。それで十分だな」


「アークスが新しい家を興してもか?」


「当たり前だ。アークスがどうしてもと望むなら……王家が出す条件は譲歩しても第二夫人までだ」


「つまり、婚姻については王家が口出しすると?」


「仕方ないだろ? 魔力計(これ)ははっきり言ってやり過ぎだ。それに、アークスはこれだけじゃないんだろう?」


「たぶんな。まだいろいろ考えてるだろうぜ」


「なら、婚姻はこちらで決める」



 挙げた功績が功績だ。

 もし婚姻を望むなら、縁戚関係で力が及ばぬように、第一夫人を王家と繋がりの強い貴族の娘で宛がってけん制するということだろう。

 もちろんこの話も、パースやシャーロット、アークスが乗り気であればの話だが。



 ……クレイブも、その辺りは呑み込んだクチだ。

 クレイブの婚姻は出奔していた時期のもので、相手はサファイアバーグの貴族家の娘。

 もちろん、お互い好き合ってのものだ。

 だが、王国に戻る際に、連れて帰ることができなかった。

 家族と離れて暮らしているのは、両王家の意向である。

 サファイアバーグは、国定魔導師との繋がりを。

 ライノール王国は、サファイアバーグへの定期的な干渉を求めた結果である。

 もちろんその辺りシンルが気を遣って手を回し、しばしば会いに行くための口実を作ってくれているのだが。



 ままならない婚姻は、貴族家の……いや、上位者の宿命だろう。

 だがこれで婚姻に関しての謀略からは、王家が守ってくれるというお墨付きを得たわけである。

 貴族の中には、高い地位を盾に婚姻を無理矢理迫って来る者も多い。

 そういった場合、往々にして不自由を被るのだが、これでその不安はなくなったと言っていいだろう。



 シンルも魔導師だ。

 魔導師は自由にさせておいた方が、研究がよく進むというのは当然わかっている。

 その辺りは上手くアメとムチを使い分けてくれるだろう。



「あいつも大変だな」


「なに、いざとなったら養子作戦があるからな。制限ってほど制限でもないさ」



 ある程度、話がまとまった折。



「乾杯だ。ついでくれ」



 グラスを横柄に差し出す国王シンルに対し、クレイブはかったるそうな態度で、ボトルを持ち上げる。



「へいへい。国王陛下の御意のままに」


「王国の発展のために、今後もよろしく頼む」


「国王陛下の御為に」



 そう言い合って、二人はグラスの中身を一気に呷ったのだった。




※魔力量に関しては、まだきちんと測って比べている場面がないということをご了承ください。

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