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第四十九話 魔導師ギルドの廊下にて




 魔力計の発表および説明が終わり、ギルド長ゴッドワルドが会議を締めくくったあと。

 一応の解散となったが、その後も魔導師たちからは、個別にいくつか質問を受けることになった。



 ――魔力計は月にどれくらい生産できるのか。



 ――国定魔導師が望んだ場合、受け渡しは優先されるのか。



 ――魔法院での取り扱いはいつからできるか。



 ――用途によって特注したいので受け付けてくれ。



 ――医療行為での使用時に立ち会って助言が欲しい。



 などなど。

 途中から質問が要望に変化していったことについては、まあ当たり前と言えば当たり前なのか。

 そのあと当然のように、「魔法銀の再加工について」も質問が及んだが、さすがに【錬魔】のことを公表するのにはまだ抵抗があった。



 この【錬魔】については、研究しなければならないことがまだまだある。

 呪文の魔力消費に直接【錬魔】を充てるのは規格が合わないためか、利用不可だが。

 刻印技術への利用。

 【錬魔】単体の利用法にもまだまだ可能性がある。

 どこでなにが自分のアドバンテージになるかわからない以上、時期は慎重に見極める必要がある。



 無論、魔力計の感液を増産する体制は整えなければならないが――以上の理由から再加工の仕方および【錬魔】の公表は先送り。

 魔導師には、『他の魔導師の秘匿事項には極力触れない』という暗黙のルールがあるためか、特に食い下がられることもなく、その話はあっさり終わった。



 その後は、国軍、医療機関での運用についての細かい取り決めが話し合われることになった。

 しかし、その辺りは同席する必要がないことであったため、お偉い人たちであるゴッドワルドやクレイブに任せ、会議室を後に。



 扉を開けた折、後方からの会話が耳に入る。



「いくら貴族家の出でも、この場であれほど堂々とした立ち振る舞いができるとは……」


「まだ十やそこらの年齢だろう? 私の甥も似たような年頃だが、あのような振る舞いなどまるで」


「ローハイム殿への受け答えもしっかりしていたしな」


「なぜあれで無能と呼ばれて廃嫡されるのだ。魔導師の家はやはりわからん……」


「アークス・レイセフトの噂が根も葉もないものだということは、クレメリア伯はご存じだったので?」


「まあ、私もつい最近知ったことではあるがな」


「いやあれなら陛下が放っておくまい。いやいや、あれほど利発な魔導師と繋がりがあるのはまったく羨ましいことですな」



 将軍たちの間から、そんな声。

 それを聞くと、評価されているのだなと感じることができた。



「アークスさま。良かったですね」


「……ああ」


「これまでがおかしかったんだっての。こんなとこまで漕ぎ付けないと評価されないってのは、いくらなんでも無茶苦茶すぎるぜ」


「他の方では、ここまでたどり着くことすらできませんしね」



 だろう。

 国定魔導師たちの会議に、なんの実績もない魔導師が直接出席するなど、おそらくは前代未聞のことだったはずだ。

 普通ならば国定魔導師なるか、よほどの有名になってからさらに成果を積み重ねなければ、出席など夢のまた夢。

 その点、自分は伯父であるクレイブが国定魔導師だったことで、スムーズに来られたと言える。

 そんなコネがなければ、魔力計を作ったとしても、まだまだ険しい道だったはずだ。

 もしそうだったなら、どうなっていたのだろうか。



 そんなことを考えていた折、誰かが隣を物凄い勢いで駆け抜けていった。



「ちびっこいの! ありがとうな! 早速使わせてもらうぜ!」


「は、はい」



 それは、フレデリックと呼ばれていた、クルミを弄んでいた国定魔導師だ。

 急いで返事をするが、彼はどこか嬉しそうに手を振って走り去って行った。

 こちらが上位者に対する礼を執る間もない。

 早く魔力計を使いたくて仕方がないといった様子。

 忙しないことだが、それも無理のない話だ。



 すると、真後ろから、どこか呆れたような声。



「――まったく、忙しいやつなのです」



 振り向くと、そこには国定魔導師のメルクリーア・ストリングが立っていた。

 特徴的な三角帽子を目深にかぶった女性。

 王国では珍しい黒髪、黒目。

 背丈はいまのアークスよりも若干高いくらい。

 顔立ちは幼く、さながら十代半ばの少女のよう。



 そんな彼女に略式だが礼を執ろうとすると、「いいです」と手で遮って一言挟んできた。

 いちいち気にしない性格なのか。

 メルクリーアが、ノアの方を向く。



「ノア、久しぶりです」


「メルクリーアさま。ご無沙汰しております」



 声をかけたメルクリーアに対し、ノアが頭を下げる。

 礼儀の中に、親しさの感じられるやり取りだ。

 そこから察するに、



「ん? 知り合いなのか?」



 ノアに訊ねると、それにはメルクリーアが答える。



「ノアは私が講師になってから、初めての生徒なのですよ」


「ええ。恩師です」


「照れるです。もっと褒めるです」


「いえいえ、褒めてはいませんので」


「……いま確かに恩師と言ったのです」


「メルクリーアさまは恩師の意味を勘違いなさっているのかと」


「素直に誉め言葉にしておけです。まったく」



 メルクリーアはそう言って、ノアに半眼を向ける。

 やがて、大きなため息を吐いて、



「ノアは相変わらずです」



 らしい。やはり彼は昔からこうだったようだ。



「いまは溶鉄様ではなく、アークス・レイセフトの従者になっているですか?」


「はい。魔力計のことがあって、アークスさまに付けられることになりました。おかげさまで充実した日々を送らせていただいています」


「確かにそうですね。こんな品を思いつくあたり、きっと刺激的です」


「それはもう。以前も天界の封印塔で――」


「封印塔?」


「ええ」


「あー、あれはですね……」



 適当に誤魔化そうとするが、メルクリーアには思い当たる事柄があったのか。

 目を大きく見開いて、口から唾を飛ばす勢いで叫んだ。



「も、もしかしてあの脱獄騒ぎはお前たちの仕業ですか! おかげであのあと仕事がわんさか増えたです! どうしてくれるですか!」


「これはこれは……ここにもガストン侯爵の哀れな被害者がいたとは。侯爵は本当に罪深い貴族ですね」



 ノアは嘆くような素振りを見せ、責任転嫁である。

 ハンカチで涙を拭く真似までして、演技過剰。

 いや転嫁もなにもあの事件の責任の所在はすべて侯爵にあるのだが。



 だがメルクリーアは聞く耳持たないのか、ぴょんぴょん飛び跳ねる。



「誰が哀れな被害者ですか! というかあそこをどうやって脱出したですか! こっちは脱獄対策について案を作らなければならなくなったです!」


「それはアークスさまの秘伝に関わりますので」


「ぐ、その手で逃げるですか……」


「はい。逃げさせていただきます」



 ノアが頭を下げると、メルクリーアはさすがに聞き出すことを諦めたのか、一つため息を吐く。

 ノアにジト目を向け、そしてすぐこちらを向き、



「このように、ノアは見てくれに反してアクが強い性格です。気を付けるです」


「それは、確かに」


「ですです。油断してはいけないです」



 そう言ってメルクリーアと反撃じみた結託を見せるが、一方のノアはなんのその。

 少しも響いていない様子で、苦笑している。



 そんなことを言っていた折、メルクリーアは何かを見咎めたらしく、



「――禁鎖、一人でどこに行こうとしてるですか?」


「うげっ」



 そんな、下手を打ったときに出すような声が上がる。

 メルクリーアの視線の先には、場をこっそり離れようとしていたカズィの姿があった。

 当然、彼女が出したのは呆れ声に他ならない。



「うげっ、とはなんです。うげっ、とは」


「メルクリーアさま。カズィさんともお知り合いなのですか?」


「こいつは魔法院の後輩です。まさか、こいつも従者になっているとは」



 すると、カズィは脱出を諦めたのか、バツの悪そうな表情をして寄って来る。



「やれやれ、まさか対陣の魔導師様がいるとはな」


「国定魔導師の会議です。列席するのは当然です」


「対陣?」



 二つ名のことを考えていると、ノアが耳打ち。



「メルクリーアさまは、主に敵国の魔導師の魔法に対抗するための研究を行っているので、国王陛下からその名を下賜されたと」



 ということは、メルクリーアは国防の要でもあるのか。

 見た目からは想像できないほど、かなり大変な人物らしい。



 ふと、メルクリーアがカズィに咎めるような声をかける。



「禁鎖。衛士の方から熱烈に声が掛かっていたですよ。魔法院から出たあとすぐに消えてしまったですが、一体なにしてたですか?」


「ま、いろいろあんだよ。いろいろな」



 いろいろ。

 その辺りは、それとなく聞いている。



「やっぱ侯爵関連か?」


「……そんなところだ」



 やはりノアの言った通り、侯爵は罪深いらしい。



「あと禁鎖。カシームが探していたですよ?」


「あー、やっぱりあいつかー」



 カシーム。その名前には覚えがある。先ほど会議のときに、ギルド長が名前を挙げた国定魔導師の一人だ。眩迷(げんめい)の魔導師、カシーム・ラウリーと。



 というかカズィ、監察局の長官といい、偉い人間の知り合いがやたらと多い。



「カズィさん。眩迷の魔導師さまとはどういったご関係で?」


「ああ。リサと同じで後輩なんだよ」


「この男、極悪そうな顔に反して面倒見がいいのです。先輩や講師に突っかかるのは問題でしたが、型破りだったおかげか後輩には尊敬されていたです。眩迷の魔導師カシームもその一人です。顔は極悪ですが」


「顔のことはいいんだよ」



 散々言われているカズィに、フォローを入れる。



「いえ、身ぎれいにして多少は良くなりましたよ?」


「おい庇い立てになってねえだろそれ!」


「アークスさま。逆に悪党ぶりが上がっていませんか?」


「うーん」


「お前らだって顔のことは言えねえだろうが!」



 そんな風に三人でぎゃあぎゃあ言い合う。

 ともあれ、カズィはそれだけ評価されている人物だったということか。



 メルクリーアに訊ねるような視線を向けると、



「こいつはこれでも首席。つまり魔法院の歴代でも特別優秀な人間です。国定魔導師になれる余地は十分あるですよ。もちろん努力はかなり必要ですが」


「めんどくせえからパス」


「どっかの不真面目野郎みたいなこと言うなです。まったく……」


「というかカズィ、国定魔導師に対してよくそんな言葉遣いできるな」



 彼女もいまは力を収めているが、あの威圧感を持った一人だ。

 この状態でも、まとう威風は相当なもの。

 もちろん、ガストン侯爵などとは比較にならないくらいの圧力がある。

 こちらはまだびりびり来ている程度で済んでいるが、そんな相手にこの言葉遣いはどうなのかと思う所存、だった。



「まあ先輩で顔なじみではあるからな。つーかお前だってあのおっさんには普通だろ?」


「伯父上は、まあ手加減してくれてるし」



 そう、あれはだいぶ気を遣ってもらっているからそうなのだ。

 正面から、本気をぶつけられるような対応であれば、おそらく日に数回は卒倒しているだろう。

 自分の知る範囲でそれくらいなのだ。もしかすれば、それ以上ということもあり得る。



「アークスさまは、おそらく麻痺しているのでしょう。平時の国定魔導師さまの出す威風でも、常人ならば極度の緊張で一言も発せなくなるほどです」


「え? そうなの?」


「ええ。魔法院時代はメルクリーアさまが近くにいるだけで、他の講師も含めてみな緊張で常に小刻みに震えていたほどです」



 国定魔導師を相手にすれば、そこまでになるのか。



「国定魔導師は王国の力の象徴です。その存在だけでの他者を恐れさせる力がなければいけないです」



 その国定魔導師に対して不遜な口を憚らない男に視線を向ける。



「俺はここ一か月あのおっさんにしごかれたからな。まあ、余裕とはいかんが、なんとでもなる。……つーか数年顔見てないだけでよくこんな化け物になったなあんた」


「禁鎖が努力してなかっただけです。最近ではカシームもらしくなってきたですよ?」


「うおマジか、あのお人好しが……」



 イメージに合わないためか、カズィは衝撃を受けている。

 ということは、かなり人当たりのよさそうな人物なのか。



「では、そろそろお(いとま)するです。これ、ありがたく使わせてもらうです」


「はい。なにか問題があれば、ご連絡ください」


「わかったです。あと、こちらでも援助は惜しまないので、そのぶん特注品の方よろしくですよ」



 メルクリーアはそう付け足して、ぺろっと舌を出す。

 援助と言ってすぐ、要望を申し渡すとは、なんとも抜け目ないことである。

 カズィ曰く、だからこその【対陣】なのだそうだ。見た目と態度に反して鋭く、抜け目なく動くし、目ざといゆえ、上手いこと弱点を見つけ出すのだそうだ。



 ……ノアとカズィの顔を見て、見た目に反する奴ばっかりだと思ったのはここだけの話。



 メルクリーアがスキップを思わせるほど軽い足取りで去って行く。

 さて、こちらも今度こそ帰ろうとしたその折。

 覚えのある気配が近づいてくることに気付いた。



 すかさず振り向いて、ゆっくりと膝を突く。

 しかしてそこにいたのは、パース・クレメリア。

 シャーロットの父にして、侯爵の事件でも顔を合わせた国軍の将軍だ。



 礼を執ると、すぐに「楽にしていい」と声がかかる。



「アークス。侯爵邸の庭以来か」


「伯爵閣下。ご無沙汰しております。この度は会議へのご出席、かたじけなく」


「うむ。まさか隠れてこのようなものを作っていたとはな」



 伯爵はそう口にして、



「魔力計……か。私は魔導師ではないゆえ知った口などは利けぬが、これがあれば王国のさらなる発展に寄与しよう」


「そうなれば、いち魔導師として幸いです」


「私も立場上魔導師の部隊も運用することがある。いつも部隊編成のときに苦労するのだが、これがあるだけで随分と楽に変わるだろうな」


「閣下の苦労をわずかにでも取り除けたのであれば嬉しく思います」


「王家のため、ひいては国の発展につながる発明。見事だ」


「いえ、これもすべて伯父上の尽力ゆえのものにございます」


「そうか……だが、謙遜するにはもう少し、表情筋を鍛えた方がいいな」


「あ、う……」


「ははは」



 伯爵は、隠し切れない顔の喜色を見咎めたらしい。

 時折口角が上がり下がりしているのが見えたのだろう。

 快活な笑声を上げる。

 これでは並べていた謙遜があまりに白々しい。

 それに恥ずかしさを感じ、うつむいていると。



「……アークスよ。やはりこの魔力計のことは、ジョシュアには伝えていないのか?」


「はい。父に打ち明けるには、不安が多すぎますので」


「そうか」



 父に話していないことに、伯爵には思うところがあるのか。

 目がわずかに細められる。



 ……伯爵も自分の家族関係については知っているはずだ。



「これほどの偉業だ。これから、諸々厄介事も増えるだろう。その辺りの対処は考えてはいるか?」


「はい。と言いましても、なるべく避けるよう立ち回るだけですが」


「気を付けることも大事だが、信頼のおける者を集めるのも大事なことだ。いずれは人手が足りなくなる。そういった者を求めることも、視野に入れておいた方がいい」


「ご忠告、ありがたく」



 確かにそうだ。伯爵の言う通り、仲間は多い方がいい。何かしらの仕掛けに気付いても、手が足りなければ対処に間に合わないこともある。

 これから動き出すに向けて、伯爵の忠告は大きな意味を持つだろう。



 伯爵の教えに礼を言ってから、



「その。厚かましいことを承知で申し上げますが、閣下に一つお願いがございます」


「言ってみなさい」


「閣下は父と会うことが多いことかと存じます。そのとき、父にはこれを作った者が誰か伝えないで欲しいのです」



 それは、ささやかな自衛だ。

 ジョシュアは魔導師の家の当主。魔力計が発表されて、各所に出回る以上、耳に入るのはもう時間の問題だ。

 そして、製作者に気付けば、何をしてくるかわからない。

 すでに発表は終えているため、成果を取り上げられるということはないだろうが、自身のことを疎んでいる以上は、嫌がらせをしてくるということは十分考えられるし、矛先がリーシャに向かうことも十分あり得る。



 それを少しでも避けるための、この訴え。



「だが、あれも当主だ。調べ始めればたどり着くのは時間の問題だ」


「それでも時間稼ぎにはなるでしょう。それまでに、足場を固められればというささやかな抵抗です」



 すると、伯爵は目を伏せがちにして、



「アークス。ジョシュアを恨んでいるのか?」


「はい」



 こちらが迷いなく言い切ったことで、伯爵の顔にわずかだが驚きのようなものが見えたような気がした。



「ならば、その魔力計を当てつけにすることもできよう」


「それをするには、いまはまだ早いのです。感情に任せて行動を起こした結果。それに耐えられるほどの力が、いまの私にあるとは思っていません。歳を重ね、力を付け、対抗できるようになったそのときまで取っておきます。そして――」



 ――いつかレイセフトの家を叩き潰す。



 その言葉だけは、呑み込んだ。呑み込まざるを得なかった。

 その言葉を聞けば、有事は東部貴族を率いる筆頭。騒動を引き起こす芽を前に、黙ってはおけないだろう。



「……勝てぬ(いくさ)はせぬか」


「はい」


「ジョシュアは手ごわい相手を敵に回してしまったようだな」



 ふと見上げた伯爵の顔には、どことなく悲しそうな色が見え隠れしていた。

 それを証明するように、



「アークスよ。親と子が争うのは、悲しいことではないか?」


「私もそう思います。ですが、避けられぬ戦いもあると存じます」



 そして、



「閣下。男子にとって男親は、最初に乗り越えなければならない壁にございます。他人には内面的な壁であろうとも、私にとってはそれが、他人より早く、そして極度にあからさまな状態で、前に立ちはだかっただけのことです。であれば、乗り越える手段も、目に見えたものでなければなりません」


「なかなか面白い方便よな」


「そう考えないとやっていけませんので」


「……不幸なことだ。そんな決意をせねばならぬところにまで追い込まれたというのは、察するに余りある」



 伯爵は天井を仰ぎ、そう口にする。

 境遇を、慮ってくれているのか。



「御家にとっては、宿命なのかもしれぬな」


「宿命」


「いや、失言であったな。忘れよ」


「は」



 伯爵はしばらく黙り込んだのち、やがて天井に問いかけるように訊ねを口にする。



「アークス。そなたは一体何を目指す?」



 目指すもの。

 それは一度、スウと話したことだ。

 偉くなる。

 成り上がる。

 だが、それはこの問いかけの答えにはそぐわない。



 だから、



「……わかりません」


「そうだな。いまの時分、そこまで明確なものはなかろうな」



 答えは、いまだ出ていない。

 自分が一体何者になるのか。一体何者になりたいのか。

 地位を得て、立場を確立し、役職に就いたとしても、そこから何を成すかはまた別だ。

 その何を成す者になるかが決まって初めて、伯爵の問いに答えることができるだろう。



「アークス。ただ偉くなりたい、強くなりたいでは、道を見失うこともあろう。いまはまだそれでもよいだろうが、早いうちにその答えは出しておきなさい。自分が一体何者になるのかを、道や己を見失わないためにな」


「はい」



 そして、伯爵は、



「先ほどの望みは聞こう。ただ、手助けはできないこと、覚えておきなさい」


「私にはそれで十分でございます」



 伯爵にも、立場というものがある。自分を贔屓するということは、ジョシュアを蔑ろにすることだ。それは、貴族家の秩序を乱す行為につながる。軍家という火薬庫を統括する者として、それはできないということだろう。



 だが、心配もかけてくれた。

 この日の忠告の数々は、その表れだろう。

 伯爵はそのまま、幾人かの従者を連れて去って行く。



 一人の親の背中を見送って、ノア、カズィと共に魔導師ギルドを後にした。




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