第五話 魔法の師匠をお願いします
アークスが魔導師になる決意してから数日後。
レイセフト家では、一人の客人を迎えていた。
「……兄上」
「よう。改めて久しぶりだな、ジョッシュ」
レイセフト家の応接室にて、そんなやり取りをかわしたのは、アークスの父であるジョシュアと、ジョシュアによく似た顔の銀髪の男。貴族然としたジョシュアとは違って、どこか庶民に寄った雰囲気を持っている。
筋肉質で、肌はよく日に焼けており、身体のところどころに火傷のあと。まさに戦場帰りという言葉がしっくりくる。
その男の名は、クレイブ・アーベント。アークスの父ジョシュア・レイセフトの兄であり、とある事情でレイセフト家を出奔した男である。
その事情というのが、アークスを苦しめた魔力量が関係する。
跡取りを決める際、クレイブよりもジョシュアの方が、魔力量が多かったために、跡取りがジョシュアになったという経緯がある。そのことでアークスの祖父とひと悶着あり、出奔につながったというわけだ。
それにもかかわらず、こうして本家の当主の前に顔を出し、そのうえ兄貴面ができるのには、理由がある。このクレイブという男、出奔した先で修行を重ね、国に舞い戻ったあと戦場で目覚ましい戦果を挙げて、国王の覚えめでたく軍の要職に就いているのだ。その実力は、魔力量の多いジョシュアを遥かに超え、爵位こそ下位貴族である男爵ではあるが、軍での地位は彼よりも上だという。
普通はあまり寄り付かないものだろうに、やはり家族のことが気になるのか、領地や赴任先から戻って来るたびに、こうして本家を訪れている。
クレイブが、立っているアークスに、明るい声をかけて来る。
「よう、アークス! 元気にしてたか!?」
「はい。ご無沙汰しております。伯父上もお元気そうで嬉しいです」
「お? いつの間にそんな難しい言葉を覚えた? 跡取り教育の一環か? んー?」
などと言って、クレイブは豪快に笑っている。甥の成長を喜んでくれているのだろう。
この伯父は竹を割ったような性格をしているため、とてもとっつきやすい。
だがその一方で、ジョシュアは渋い顔を見せた。
「いや、アークスはもうレイセフト家の跡取りではない」
「…………は?」
クレイブはジョシュアの言葉を聞いて、驚きで目を丸くする。
「アークスは魔力量がレイセフトの基準よりも大幅に低かったのだ。だから、レイセフト家の後継ぎはリーシャになった」
ジョシュアの隣に座っていたリーシャがこちらを窺うように、どこか不安そうな視線を向けて来る。突然デリケートな立場に立たされたゆえ、無理もないか。
ふとそこで、クレイブが何かに気付いたように目を細める。
「おい、まさかアークスを後ろに立たせてるのはそういう理由か?」
「そうだ」
そう、アークスはいま、全員がソファに腰かける中一人だけソファの後ろで立たせられていた。
もちろんこれはジョシュアの意向だ。家人の中で、同列ではないということを示すためだろう。まるで使用人のような扱いだが、彼にとってはすでに、アークスはそれ以下のものに位置付けられている。
それを理解したクレイブが苦言を呈する。
「いくら魔力が低いからって、もう跡取りから外すのは気が早すぎだろ? まだこれから伸びる可能性だってあるかもしれないんだぜ?」
「何を言う。魔力量が増えないことは、兄上の方がよくご存じのはずだ」
そこで、クレイブは聞こえよがしなため息を吐いた。
そして、ジョシュアに呆れたような視線を向ける。
「……ジョッシュお前、オヤジが最期になんて言ったか覚えてるか?」
「――っ、私と兄上のときとは違う! これの魔力量はレイセフト家の当主に相応しくない!」
ジョシュアが、そんな怒鳴り声を上げた直後だった。それを上回る勢いで、クレイブが気色ばむ。
「おい! これ、だと!? アークスはお前の息子だろうが!? それを物みたいに言うのか!?」
「これはもう跡取りでも私の息子でもない! 魔力量が少ない時点で、どこぞの野良犬だ!」
そこで、すっと周囲の空気がひどく冷え込んだ気がした。
まるで、悪寒のような冷ややかさ。
それが、クレイブの怒りによって起こったものだと気づけたのは、ジョシュアが息を呑んで狼狽えたからで――
「……ジョッシュ、お前、それ本気で言っているのか? 息子の前で」
「そ、そうだ。レイセフト家に、無能は不要だ」
「そうかよ。結局お前もあのクソオヤジみたいになっちまったってわけかよ」
吐き棄てるように口にしたクレイブは、ジョシュアだけでなく、セリーヌにも視線を向ける。もちろんセリーヌも廃嫡に加担する人間であるため、彼の視線は受け止めきれない。
当主夫妻が視線を背け、使用人も動揺するそんな中、クレイブは怒気を霧散させる。
そして、アークスに憐れむような視線を向けてくる。
「……まだ六つじゃねぇか」
「レイセフト家は武門だ。家門を守るためには、切り捨てることは必要だ」
「その切り捨てた子の前でよく言えるな。お前の頭ん中疑うぜ」
いちいちお家のことを持ち出してくるジョシュアに対し、クレイブは呆れたように言い放つ。
…………切り出すなら、ここだろうか。
「伯父上、伯父上にお願いがあります」
「……? なんだ?」
「ぼくに魔法を教えてください」
「あ、アークス、貴様……」
ジョシュアが、まるで仇でも見るかのように睨みつけて来る。
無論、それには真っ直ぐ視線をぶつけた。怯えることはない。もう、涙することもないのだ。あの日泣いた。そう、目一杯泣いたのだ。睨まれてもぶたれても、泣きはしない。もう、親子の情で流す涙は、一滴残らず枯れ果てたのだ。
ならば、こうして対峙することも当然と言えるだろう。
クレイブはそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。呆気に取られた様子で見つめて来る。
「……アークス、お前、いいのか?」
「はい。お願いできないでしょうか?」
これでいい。いや、これしかないのだ。こうして怒ってくれる人間だからこそ、頼れるのだと改めて思ったのだ。
頷くと、クレイブは、ほう、と、どこか感心したような息を漏らす。
もちろん、それに黙っていないのは、ジョシュアだ。
当たり散らすように怒鳴ってくる。
「やめろ! 我が家の恥をさらすつもりか!」
「そのつもりはありません。むしろこれはお家のためにするのです」
そんな心にも思っていないことを白々しく吹くと、ジョシュアは更に怒気を増した視線を向ける。
「何が家のためだと言うのか?」
「無能が、無能でなかったことを証明できれば、お家の恥にならずに済むのではないですか?」
それは、六歳児の、精一杯の当てつけだ。不適格でないことを証明した人間――クレイブを目の前にしてぶつけてやれば、もっとも効果がある。思った通り、視線に殺意が混じり始める。
……家の中での立場はこれ以上低くなるようなことはないため、言ったところで後悔はない。嫌がらせどんと来いである。
「貴様……」
ジョシュアが呻くように怒りの言葉を漏らすと、ふとクレイブが笑い声を上げる。
「ジョッシュ、恥になるかどうかは、まだ決まったわけじゃないだろ? ああそうだな! オレが活躍しちまったせいで、お前や親父の恥になっちまったんだったか」
「兄上っ……!」
クレイブの悪意たっぷりな挑発に、ジョシュアは焼けた鉄さながらに真っ赤になる。
声に怒気を滲ませるが、クレイブはそんな態度にもどこ吹く風か。べろりと舌を出して、とぼけにかかる。
そして、
「いいぜアークス。オレにどんと任せろ。オレがお前を、一人前の魔導師にしてやるからな」
この日から、伯父であるクレイブ・アーベントが、アークスの魔法の師匠になったのだった。