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第四十八話 魔力計発表、後編

※わかりやすくするために、メートル表記にしています。ご了承ください。



 アークスが魔力計の存在を口にした直後。

 魔導師ギルドの【藍の間】が、水を打ったように静まり返った。



 言葉の意味が理解できなかった……ということはまずない。

 それだけ、言葉の意味するところが、彼らには衝撃的なものだったということだろう。



 やがて魔導師たちの間から、小さな呻き声が漏れ始める。



「ま、魔力の量を数値化できる道具……」


「これは……随分と大きく出たのであるな……」



 白いドレスを着用した魔導師と、ガスタークスが驚いたような声を上げ。

 その一方で、クルミを持った魔導師がしばしの驚きから回帰。



 すぐに慌てた様子でクレイブの方を向いた。



「おい待て待て待て! 本気か!? 本気なのか!? よ、溶鉄の旦那!?」


「じゃなかったらこんな場なんて作ると思うか?」


「いや、でも、だってよ……いくらなんでも」



 彼にとっては話がぶっ飛びすぎたものだったのか。

 クルミを持った魔導師は思考が追い付かないというように、半ば呆然とした様子で繰り返し呟いている。

 クレイブはそんな狼狽ぶりが面白いのか、顔にはわずかに得意げな笑みが張り付いていた。



「フレッド。まさか俺が身内びいきでこんな発表するとでも? ゴッドワルドのおっさんも抱き込んで?」


「それは」


「……あり得ませんね。ではクレイブ君、本当に実現できた……いえ、そちらの彼がそれを実現したと?」



 クレイブは年齢不詳の魔導師の問いに、神妙な様子で頷く。

 そんな中ふいに、白いドレスを着用した魔導師が身を乗り出した。

 静寂の中に、椅子の足が擦れる音が大きく響き、注目が集まる。

 何か発言をするのかと思いきや、見れば彼女は大きな衝撃を受けているらしく、口をぱくぱく。陸に打ち上げられた魚のように、言葉も呼吸もままならない有り様。



「あの、クレイブ様。それは、本当に、本当の、本当で……」


「ミュラー。お前の驚きはもっともだ。気持ちもわかる。だからいまは大人しく聞いてくれ」


「は! はい、申し訳ございません……つい興奮してしまいまして……」



 白いドレスの魔導師は、他の面々にぺこぺこと頭を下げ、取り乱したことについて謝罪を始める。

 だが、彼女は他の魔導師よりも動揺が激しかったように思える。

 クレイブはわかっている風であったが、何か理由があるのかもしれない。



 今度はクレイブがクルミを持った魔導師に視線を向け、



「で、フレッド。まだめんどくせえか?」


「いや。俄然興味が湧いた。むしろぶっちしなくてよかった。今日来る気出した俺は超偉いぜ、旦那褒めてくれ」


「おう。偉いぞ。だからきちんと最後まで聞いて行けよ」


「もちろんだ」



 クルミの魔導師も、興奮のあまり腰を若干浮かせていたのだろう。

 腰を椅子にどっかりと下ろして、梃子(てこ)でもここを動かないといった態度を見せる。



「それにしても溶鉄様。そんな途轍もないもののことをいままで黙っていたですか?」


「それは仕方ねぇだろ? まあ、なんだ、これはゴッドワルドのおっさんがよ……」


「おい! お前は私にそれを押し付けるつもりか!」


「いやそのために相談したんだからな」


「お、お前は……」


「いやぁ、責任もろもろひっかぶってくれる上司がいると楽だな。うん」


「そもそも時間がかかったのはそう言った理由からではないだろうが!」



 クレイブは場の空気を換えたいのか。ギルド長をおちょくり始める。

 上位者に対し随分と馴れ馴れしいが、他の面々は将軍たちも含め、特に何か思っている節もない。

 二人の間柄をわかっていてのものだろう。

 ともあれ、だ。



「……あの、そろそろ説明の方を始めても?」



 やいのやいの言い合っている二人に対し、おずおずとそう切り出す。



 他方ノアは、しれっとした様子で資料を差し出してくる。

 助けてくれるつもりはないらしい。むしろ内心では戸惑っているのを見て、面白がっているのだろう。微笑みと冷たい仮面が拮抗し、口元が痙攣しているように見えた。

 ……この青年の性格は、おそらくずっと変わらないのかもしれない。



 クレイブとギルド長の了解を得てから、



「ノア、カズィ、用意したあれを」



 まず呼びかけると、ノアとカズィは頷き、事前に用意していた紙袋を持って魔導師たちの元へと向かう。

 それに合わせ、



「これから魔導師の方々に、魔力量の計測器である魔力計を一つずつお配りしますので、魔導師でない方はご一緒に性能を見ていただけると幸いです」



 ノアとカズィが魔導師一人一人に魔力計を、マニュアルは将軍各位含め全員分、そして各単語成語の魔力量を記載した表を配布。魔導師たちは配られたものをすぐに手に取り、矯めつ眇めつし始めた。



「これが?」


「木枠に目盛り、ガラスの管に、底には溜まっているこれは……赤い液体?」


「面白い作りであるな。しかし、これがどうなるのか……」



 魔導師たちは、軽く振ったり、逆さにしたりしている。

 だが中の感液には凝集力が働いているため、計測部分に流れ出ることはない。



「これは、ガラスの管に、特殊な加工をした魔法銀を封入したものです。魔力を発生させると、下部にある着色された魔法銀が膨張し、放出した魔力量に対応した目盛りまで上がってきます。魔導師の方々は魔力計を正位置に置いて、魔力を放出してみてください」



 魔導師たちが魔力計を真っ直ぐに置くと、将軍たちが興味深げにそれを覗き込む。

 間もなくそこかしこから、驚きの声が上がった。



「おお……」


「これはっ!」


「な、中の液体が動いているのです! これは魔力に反応しているですか!?」



 将軍たちが驚く一方で、魔導師たちは視野狭窄になったかのように、魔力計の感液をまじまじと見詰めている。

 そんな魔導師たちに補足するように、



「目盛りの単位はマナとしています。【念移動(ムーブメント)】の基本呪文に使われる分の合算で10マナとしています。必要な魔力量は上から3マナ、3マナ、4マナ、合計10マナです」



 基本的な【念移動(ムーブメント)】の呪文は、『其を我が意志が示す先へと導け』だ。

 この呪文は頭の、『其+我が意志』が特殊だが、それを含め『意志が示す先へ』、『導く』と合わせて三つの部分に分かれる。

 そのため、おおまか3、3、4と魔力を放出する必要があるのだ。



 魔法のド基礎であるため、当然魔導師たちは呼吸するように使用できるし、数値にムラもまったく無い。

 魔導師たちが食い気味な様子で表と数値を照合していると、将軍の一人が白いドレスの魔導師に訊ねた。



「で、どうなのかね? クイント卿。これは正しく計測器として働いているのかね?」


「……はい、本当です。放出した魔力の量を示す赤い液体は、表通りにしっかりと動いています。いまこれが、この単語に消費する魔力量に相当していて……」


「これは、確かに表通りだな……」



 白いドレスの魔導師は魔力計とマナ量を記載した表を交互に見ながら、魔力の動きを隣に座った将軍に見せている。



 別の方に目を向けると、ある程度隣への説明や照合が終わったのか。

 クルミを持った魔導師が、椅子の背もたれにだらしなくもたれかかっていた。

 しかし驚きが抜けきっていないのか、ほぼ放心状態といった風。



「……おい、これ本気か? 俺、家で寝てて夢見てるんじゃないよな?」


「やめろです。これが夢だったらあまりの衝撃で二度寝してしまうですよ」


「だよなぁ」


「ですです」



 そんな中も、魔導師たちは各々将軍に魔力計の具合を教えながら、その性能を調べているのだろう。

 魔力の放出量を調整して、膨張具合を確かめている。

 そしてそれが一致するたびに、驚きと感心で唸っていた。



「いかがでしょう? 何かご質問があれば」



 区切りのいいところを見計らってそう言うと、魔導師が一人手を上げる。

 魔力計の機能を見ても、冷静さを保っていた魔導師。

 一見して年齢のわからない男性である。



「アークス君、だったね。お言葉に甘えていくつか質問してもよろしいかな?」


「はい、お受けいたします」



 ふとノアが耳打ちしてくる。いま発言した魔導師は、国定魔導師の一人、水車の魔導師ローハイム・ラングラーだという。



「先ほども説明にあったが、改めてこの物質について訊ねたい」


「これは既存出回っている魔法銀に、特殊な加工を施し、辰砂で着色したものです。いまはまだ名前などはありません」


「では、この計測器……魔力計の有効範囲はどれくらいかな?」


「使用に関しましては『1メートル』から『2メートル』弱が最も良いかと。あまり離れ過ぎると魔力を感知しても数値に大きな誤差が生まれます」


「ということは、遠くの魔力を測ることはできないし、魔力の探知には使えない」


「はい。そういった用途で使用するのには向いていないかと」


「ということは、効果範囲は限定されるが、それゆえ魔力の計測には秘匿性も保たれるということだね」



 そうだ。計測範囲が狭いため、他者が使った魔力の量を隠れて計測したり、探査装置として使用したりすることができない。

 技術的な情報は、これまで通り秘匿できるというわけだ。



 ともあれローハイムにはまだまだ質問したいことがあるようで。



「もし魔力量を段階的に変化させた場合、正確な数値を連続で求めることはできるかな?」


「難しいでしょう。計測にはある程度の時間遅れが生じますので、計測する際は、呪文を通しで使って測るよりも、単語や成語ごとに分けて測って教える方が、より正確な数値を導き出すことが可能かと」



 計測の際には、どうしても膨張、収縮する時間が発生してしまう。

 感液の反応はかなりいいのだが、早すぎる変化にはどうしても追い付かなくなるのだ。

 主に速度計、体重計、もちろん温度計などにもよく使われるアナログメーターならば、そういった数値の変遷を出力することも可能だが、現状の魔力計ではいくら感度がよくても原始的すぎて誤差が出る。



 バイメタルを作るか。それに相当する品を作成するか。

 他に何かあるのかもしれないが、男の記憶にはなかったはずだ。



「単語および成語に使用する魔力量は、基本的に平時に、落ち着いた状態で丁寧に教えるもの。通しで使うような場面はそもそも来ないため、別段不備でもない。ふむ……」



 ローハイムは話を聞いて納得したのか、すぐに次の質問に移る。



「ではアークス君。加工した魔法銀が別の要因で膨張することは?」


「いまのところそういった現象は見つかっていませんが、少なくとも感液の元となった水銀には魔法による加工が二段階施されているので、気温や湿気に左右されるようなことはないと思います」


「中身も含め、材質の劣化による誤差は?」


「魔法銀の劣化についてはまだ調査中ですが、容器はガラス製ですので、当然零点降下、零点上昇ともにあるだろうと推測します」


「ふむ……?」



 答えると、ローハイムはわずかに眉をひそめる。

 そう言えばこの世界、零の概念があるのかないのか、結構ふわふわしているのだった。

 もちろん魔導師たちは零の概念は知っているだろうが、男の世界の言葉と照らし合わせて、こちらの言葉を組み合わせたため、新造語となったのだろう。



 魔導師たちは言葉の意味を考えているのか、メモを取っていた手を止めている。



「あ、ええっと……おっしゃった通り、容器の変質による誤差のことです。急激な温度変化によるガラスの膨張で起こる誤差と、経年変化によって起こる『ガラスの枯れ』が生み出す、誤差のことです」



 零点降下。

 これはガラスを高温にしたあと、すぐに冷却した場合に起こる現象だ。

 急激な温度変化により、ガラスが膨張したままもとに戻らなくなると、水銀溜めの容量が一時的に増えてしまう。

 零の値でぴったり収まっていた感温液は、容量が増えたことで当然零点を下回る。

 その状態で温度を測ると、正しい温度よりも低い数値が出てしまうのだ。



 零点上昇。

 これは製作後に、月日が経つにつれて起こる現象だ。

 長い時間が経つことで、水銀を溜めておくガラス部分が収縮してしまい、水銀溜めの容量が少しずつ少なくなっていく。

 そうなると感温液が水銀溜めから溢れ出し、計測する温度が通常より高くなってしまうのである。



 …………容器がガラスである以上、これらの誤差は起こり得る。



 だからこそ、



「いつまでも精度を保ったまま使えるということではないのだね?」


「はい。その通りです。使用期限についても目下調査中ですが、一年程度ならほぼ変わらないかと。その後正しく使用するには、検査が必要になります」


「魔力計の保管に関しての注意点は?」


「計測時に衝撃を与えたり、長時間適していない向きで保管したりすることで、上昇した感液が降下せず、管の中に止まってしまうことがあります。なので、保管の際はできるだけ垂直に保つようお願いします」


「……では最後に、もう一ついいかな?」



 ローハイムはそう言って、



「――これは魔力の何を計測して、その量を表しているのかな?」



 やはりと言うべきか、魔力計の核心を突いてくる。

 アークスも、この質問は必ず来ると思っていた。



 そう、そもそもの話、この魔力計とは『計量器』ではないのだ。

 重さを比べる秤の性質を利用しているわけでもなく。

 バネが内蔵されている体重計のような、アナログメーターでもない。

 つまり計測しているのは、魔力の『量』ではなく、魔力の『質』ということになる。

 これのもとになった温度計に(なぞら)えて考えれば、簡単だろう。

 温度とは、量ではなく質だ。

 そこから重さや量を読み取ることはできない。

 だが、実際に魔力計は、質を測る道具なのにもかかわらず、量を測ることができている。



 いや、そうではない。

 これは別に量や重さを計量しているのでなく――



「この魔力計は、実際には『放出した魔力の量で変化する圧力、もしくは波動』を読み取っているのです」



 その説明を聞いた魔導師たちが、ざわめく。

 一方で将軍たちは専門的な話ばかりが続いたせいか、置いて行かれている状態。



 やがて、ローハイムが口を開く。



「それでもこうして魔力量の変化に応じて、膨張率が変わっている。つまり、この数値は魔力の量数に代替できる、ということだね?」


「はい」



 答えると、ローハイムは魔力計を眺めながら黙考に移った。

 最後とは言ったが、また疑問が生まれることもある。

 それを踏まえた場合、あとされる質問はなんだろうか。

 温度計ならば、よく聞くのが浸没関連だろう。

 温度を計測したいものと接している部分と、空気に露出している分との温度の両方を測ってしまうことにより、その温度差が数値に影響を与え、正しい温度を測れないことがある。だが、魔力計に関しては『放出した魔力の量で変化する圧力ないし波動』によって、内部の魔法銀の膨張率が変化するため、そういった誤差が生まれることはない。



 しばしそういった話にまで質問が及ぶかと思ったが――



 やがてローハイムは魔力計を持ち上げて、天井の輝煌ガラスに透かすようにそれを眺める。

 そして、どこか感慨深そうに、



「なるほど魔力に反応して膨張する物質を作り出すというのは盲点だった。いや、気が付いたところで、それが見つかるべくもないか……」



 彼はそう言うと、ふうと感嘆の吐息をこぼす。



「……素晴らしい」



 それはまるで、長年見続けてた夢が現実になったかのようなもの。

 その呟きを耳にした将軍たちがどよめく。

 口々に「ローハイム殿が唸ったぞ」「では間違いなく本物だな」と。

 説明には置いていかれ気味であったが、国定魔導師の中でも上位の人間がそう言えば、安心できるのだろう。



 ふと将軍のうちの一人が、こちらを向いた。



「いいだろうか?」


「はい」


「既存の研究についてはどうだったのかね? なぜこれまで、今回のように魔力の計測ができなかったのだ?」


「ええと……」



 返答に一瞬詰まると、ローハイムが人差し指を立てる。



「では、それは私から説明しよう。確かにこれまで、魔力の量を測ろうとする試みはいくつかあった。その主たるものは、水の入った容器に魔力を送り込み、容器内の水を押し上げることで、目盛りと見比べて計測するというものだ。だが、余分な魔力は空気や水に不規則に混ざり合ってしまうため、正しい値が出ず、数値も常に一定ではなかった。それが解消できなかったため、魔力を計測する研究は頓挫したのだ」


「な、なるほど」



 ローハイムの説明に、質問をした将軍が頷く。

 別の将軍が、白いドレスの魔導師に質問する。



「……つまり結局だ。これがあると、どうなるのかね?」


「これまで一単語、成語に必要な魔力量の把握は、個人の感覚に頼り切りでした。ですが、これがあれば単語に込める魔力の量を伝えやすくなります。つまり、魔法の習熟速度が格段に上がるということです。数倍、いや、数十倍!」


「それほどか……」


「しかも、こいつがあれば戦場で使用する魔法の切り替えも早まるぜ。いちいち、戦力の平均化にかけていた調整時間がほぼ無くなる」


「有益な魔法の失伝防止にもなるのであるぞ。いや老い先短い老骨にはありがたい……」


「ガスタークス様。縁起でもないことを、王国の大英雄には、まだまだ頑張って頂かねば」


「この老骨にこれ以上働けと言うのはひどいのであるな」



 と言いつつも、ガスタークスは笑っている。

 すると、三角帽子の魔導師メルクリーアが、ですです昂る。



「これがあれば魔法に関連する事柄が根本から変わるです……ギルド長の言った通り、革命的な逸品です!」



 ともあれ魔導師たちは大興奮だ。

 いつかのクレイブやノア、ゴッドワルドを見ているかのよう。

 魔導師たちは、子供のようにはしゃいでいるし、将軍各位はその有用性に唸っていると言った具合。



「ローハイム殿。簡単にだが、これから魔法技術はどうなっていくと思いますかな?」


「魔力に数値が設定できたので、魔法技術の標準化が進むでしょう。それに合わせ、指導体系、作業形態の効率化も加速度的に進むはずです」


「ですです。魔力操作が不得手だった魔導師の助けにもなるので、戦場に立つ魔導師をいま以上に増やすことができるです。単純に国力、戦力が増強されるですよ」


「それは本当かね!?」


「うむ。これは確実なのであるな」



 軍備の増強が説明されたことによって、将軍たちはやっと呼ばれた意味がわかったらしい。俄然興味が湧いたといった風になっている。



 そんな中、白いドレスを着た前髪の長い女性が、大人しくなっていたことに気付く。

 よく見ると、どうやら震えているらしい。

 驚き。興奮。感動。

 そのいずれかは知れないが、ただ溢れる喜びを隠せないといったようではあった。



「……医療部門での有用性は計り知れません。外傷治療では、治療部位のムラを少なくできることもそうですが、いままで魔力制御が難しく、習得できる者が限られていた魔法についても、多くの魔導師が習得できるようになります。これで多くの方が助かるようになるでしょう……」



 白いドレスの魔導師は、医療関係の魔導師だったらしい。

 確かにそれなら、この興奮も頷ける。

 魔力計が、魔法医療に大きく寄与するということは、もちろん考えられていたことだ。

 それに関しての使用が考えられたため、調整にかなり時間をかけることになったのだが。



 白いドレスの魔導師が、勢いよく立ち上がる。



「よく……よくこれを発明してくださいました!」


「は、はい」


「医療部門を代表して感謝申し上げます! この発明のおかげで……いえ、発表に踏み切っていただいたおかげで、魔法医療の進歩を阻んでいた障害の一つが取り除かれました!」


「こ、こちらこそ、ありがとうございます」



 女性の勢いに押されて、そんなワケのわからない返答をしてしまったのは、男がお礼文化、謝罪文化のある国の人間である影響なのか。何度か「ありがとうございます」「こちらこそありがとうございます」などと言い合ってしまう。



 ふとそこで、クルミを持っていた魔導師が、



「で、ちっこいの、こいつが出回るのはいつだ?」


「こいつ持って帰りたくてしょうがないって顔してるです」


「当たり前だ。いますぐに持って帰って即使いたいぞ俺は」


「ものがものですので、販売という形式では取り扱いません」


「当然ですです。そんなことしたら国王陛下に斬首斬首されてしまうです」


「ですがお手元の物は、そのままお持ちいただいて結構です」


「本当か!?」


「はい。誤差が出る可能性も考慮し、予備も二つ用意してあります」


「嘘じゃないな! あとから嘘でしたって言っても聞かないからな! 絶対聞かんからな!」


「は、はい、大丈夫ですので、皆さま、どうぞお持ち帰りになってください」



 みなすぐに手に入るとは思っていなかったのか、予期せぬ好事に魔導師たちから沢山の歓声が上がる。



「無論、横流しなど行った者、不慮の紛失についても厳罰だ。管理については各自、徹底していただきたい」



 しかし、注意点を付け足すように、ギルド長が重い声を響かせた。

 もちろん、ここにいる者は国事に関わる者ばかりで厳選しているため、そんなことをする者はいないだろうが。



 次いで、将軍たちが発言する。



「して、これはどれだけ用意できるのかね?」


「そうだな。これだけのものだ。国軍への迅速な配備を期待したい」


「うむ……できれば辺境と接する地方領主にも回したいのだが……」


「さすがにそれは陛下が条件を付けるだろう。王家と相談あってからになる」



 国軍に所属していない兵士は貴族の私兵だ。国軍と違いある程度貴族の裁量で動かせるため、軽々に渡すことはないだろう。



「では、国軍に優先するということで構わないかね?」



 将軍の一人が答えを出そうとした折、白いドレスの魔導師が異議を唱える。



「いえ! これは医療部門への配備が最優先です!」


「ミュラー殿。確かにそれも必要だがな、国防という観点からもこれは重要な……」


「いいえ! 申し訳ございませんがこれに関しては断固譲れません! それにこれは、怪我をされた兵士たちの治療にも大きく寄与します」


「しかしだな」


「ルーデマン様、ここはどうかご理解ください!」



 魔導師、将軍。どちらも譲らない。

 当然、こういった取り合いのような混乱が起こることはすでに予測済みだ。

 だからこそ――



「よろしいでしょうか?」


「む、なんだろうか?」


「魔力計はすでにマニュアルを含め、ギルドに500を提出しております」


「ご、500……」



 白ドレスの魔導師と議論を戦わせていた将軍が唸る。

 すると、ローハイムが安心したような声を響かせた。



「……それだけあれば、どちらに回すのにも十分だね。広める準備が整っていたようで何よりだ」


「ではギルド長、すぐに魔導師の部隊に配備することは?」


「魔導師全員分とはいかないが、部隊単位ならば明日にでも行き渡らせることが可能だ」


「医療、医療部門の方はいかがでしょう!」


「もちろん医療部門の分も確保している。ただ、管理の方法に関してはきっちり取り決めなければならないからな。関係各位にはこのあとに時間を設けていただきたい」


「ゴッドワルド。小生にもいくつか融通してくれぬか。息子たちに伝授できていない魔法がまだ山のようにあるのだ」


「そうですね。承知いたしました」



 ギルド長はその求めに否やもない。

 ガスタークスは、多くの秘術を持つ大魔導師だ。

 その技術が失われたとき、王国の損失は計り知れないものとなるだろう。



 ガスタークスはアークスの方を向き、



「こんな形で憂いが晴れるとは、人生わからないものである。名はアークスであったな少年。この老骨、心から礼を言うのである」


「は、はい」



 さすがに相手が相手。返事に緊張が混じる。

 ガスタークスに名前を覚えられたというのは、王国ではとてつもなく栄誉なことだ。

 これは緊張するなと言う方に無理がある。



 …………変態紳士だけど。



 クルミを持った魔導師が、クレイブに訊ねる。



「ちなみに訊くが、これはほんとに溶鉄の旦那が作ったんじゃないのか?」


「ああ。信じられねぇか?」


「だってなぁ。まだちびっこいガキだぜ? 言われてはいそうですかって信じ切れる奴の方がおかしいだろ?」


「だが、俺じゃあこんなもの考え付かねえよ。ほぼこいつが形にしてきて、ちょいちょい改良案を出しただけだ…………ニ年も前にな」


「にね……!?」


「そ、そうなると七、八歳です!?」



 会議場が驚き、いや驚愕に包まれる。いまの時期でも早いのに、さらに早い段階で原案ができていたとなれば、そうなるのも無理はないだろう。



 その中で、平静さを保っていたローハイムが、



「二年ということだが、発表までそれほど時間をかけたのは何故かな?」


「はい。製作過程に特殊な工程があることと、ものがものですから、きちんとした統計を集めることが必要だったこと、あとは数値を測る道具ですので、個別で差が出てはいけません。作った物がすべて同じ性能を発揮するようになって初めて、世に出せるものだと考えました」



 そして、やはりここが大きい。



「医療部門への配備が考えられたので精度は叶う限り高めなければならないということもあり、以上の理由もあって年単位で時間がかかってしまいました」


「ふむ、そうだね。そこまできちんと考えていたか」



 ローハイムは納得の声を出す。

 測定器は、割り出す数値が不揃いになるとそれだけで使い物にならなくなる。

 だからこそ、こういったものは精度ともに完璧にしないと、意味をなさないのだ。

 そのため、一番時間をかけたのは検査だろう。

 何度も何度も繰り返し作製、検査を行ったため、出た廃棄品の数は三倍以上にも上る。



 これでお金が入ってこないとなると、金銭を拠出してくれたクレイブが破産してしまうくらいには力を入れた。



「それに……」


「それに、なにかな?」


「伯父クレイブが、発表したらみんなすぐ欲しがるだろうから、なるべく数は用意しないといけないと」


「当然だろ」


「であるな」


「ですです」



 魔導師たちの意見が揃ったことに、苦笑いを浮かべる。

 クレイブやノアがやったように、彼らも自分の魔法の改良を行いたいはずだ。

 ここにいる国定魔導師の全員が、数日から数週間、家にこもってしまうだろうことは想像するに難くない。



 やがてギルド長が会議の締めにかかる。



「まだ時期を見計らってのことになるが、アークスを魔力計の製作者として公示することになるだろう。無論、異論はないな?」



 それに、場の全員が頷く。

 これは当然だ。むしろそうならないと困る。

 それについても、まだまだ当分先の話だろうが。



「そして製作費およびアークス当人への賞金は、魔導師ギルドから支出する。列席する国定魔導師に異議のある者は? …………ないな。よし」



 これにも、誰かが異を唱えることはなかった。

 すると、ガスタークスが、



「ゴッドワルド、勲章の方はどうするつもりであるか?」


「は。そちらは国王陛下に奏上したうえでご判断を仰ぐことなるでしょう」


「ではこの老骨からも奏上しておこう」


「なら私からも、それとなくお伝えしておきましょう」



 ガスタークスの提案に、ローハイムも続く。

 すると、クレイブに激励のような形で、背中を軽く叩かれた。

 見上げると、気風のいい笑顔。



「良かったな。国定魔導師の上位三席からのお墨付きだ」


「はい……」



 嬉しいことは嬉しい話だ。

 勲章を下賜されるのはよほどのことがないとあり得ない。

 そろそろ大事になり過ぎて、恐れ多いくらいなのだが。



「なあー、まだ終わらねえのかー?」



 ……クルミを持った魔導師の空気を読まない催促には、周りから呆れのため息が漏れることになったが。




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