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幕間 罪を断つ者



 ――王国の王城には【銀灰の間】という部屋がある。



 石灰を混合したモルタルによって灰一色に塗り固められたそこは、豪華絢爛さを誇る王城の内部とは思えないほどに殺風景な一室だ。

 調度品とも無縁であり、部屋の奥にただ一つだけ、豪奢な椅子が置かれるのみ。

 それもそのはず。

 そこは、罪を犯した貴族を裁くために設けられた、断罪の間であるからだ。



 ……貴族は王国において、特権を持つ階級だ。

 彼らは権力者として優遇されているため、罪を犯しても大抵は軽い罰則や科料だけで済ませられる。

 だが、重い罪を犯した場合は、その限りではない。

 罪状を認められた貴族は、ここ【銀灰の間】に引き出され、国王の沙汰を受けることになるのだ。

 そしてここに連れて来られた者は、よほどの例外を除いて死を(たまわ)る。



 王国に、いやこの世界にはまだ、裁判などという正否を係争する過程はない。

 現代の裁判ならば、罪の軽重までを公平に鑑定して争うが、この世界では権力者の意志一つ。酌量の勘案はあるにしろ、与えられる刑罰の幅は決して広くはない。



 ――しかしてこの日、カーウ・ガストン侯爵は、天才と名高い王国の王太子、セイラン・クロセルロードの前に引き出されていた。

 場は無論のこと、ここ【銀灰の間】だ。

 理由は、これまで行った数々の不正と、他家の子女を誘拐し、その身を害そうとしたことへの断罪のためである。

 侯爵は、いつも着ていた華美絢爛な服装とは打って変わり、いまは罪人が着るようなみすぼらしい貫頭衣に身を包んでいる。

 王族の前に引き出されるため、髭などは剃られて綺麗にしているが、顔はやつれ、以前までの威風堂々とした姿は見る影もない。

 そのうえ激しい尋問のあとなのか、青あざが複数、腕や足に付いていた。



 一方、対面の一段高い位置にいるのは、王太子であるセイラン・クロセルロード。

 【銀灰の間】にただ一つ置かれた豪奢な椅子に腰掛け、気だるげな様子で手すりに頬杖をついている。

 身に付けている白い衣服には、青と金の刺繍が施され。

 どこか東方由来の装束を思わせる。

 だが、肌の露出する部分は一切なく、その顔も、黒の面紗(ベール)によって隠されていた。

 ゆえに、わからない。

 彼であるのか。

 彼女であるのか。

 一体どちらなのかが。



 【銀灰の間】に引き出され、セイランを前にした侯爵はと言えば。

 文字通り、恐慌と言える状態に陥っていた。

 そう、アークスに追い詰められても最後まで不敵であった侯爵が、頭を床に擦り付けて許しを乞うほどに。

 彼が囚われているのは、小刻みな震えだ。

 冷え切った汗をとめどなくかいている。

 それも当然だ。

 ここに引き出されたということは、貴族にとって死を意味する。

 申し渡される沙汰がすでに最悪のものと決まっていれば、怖れを抱くのも無理からぬこと。



 だが、いまの侯爵は、死の恐怖とは別のものに対しても委縮していた。

 それは、怒りだ。

 セイランがその面紗ベールの内から発する、静かな怒りに。

 目には決して見えぬそれが、槍の穂先となって肌を突き刺し、まるで象にでも圧し掛かられているような重圧を侯爵に与えている。

 もちろん、それを味わっているのは、侯爵だけではない。

 立会人やセイラン自身の護衛にまで。

 この場にいる誰しもが、セイランが発する静かな怒りに、確かな恐怖を味わっていた。



 やがて、セイランが口を開く。



「――これより、我が父シンル・クロセルロードに代わって、余がこの件の一切を取り仕切る。みな、異論はあるまいな?」



 室内に響いたのは、変声期前の少年のものを思わせる美声。

 セイランが言葉を下すと、すかさず近衛たちが槍の柄を床に打ち付け、足を踏み鳴らす。



 そして、全員が声を揃え、



「王国に生きる者が!」


「いと尊き御身に!」


「異論を挟む不敬など!」


「あろうはずもございません!」



 一切の乱れや遅れもなく、ひと調子に揃った声は、セイランを称え、その意向が絶対であることを告げる宣言に他ならない。

 当然それは、申し合わせていたようにぴったりと止んだ。



 直後、セイランの脇に控えていた近衛の若き俊英、エウリード・レインが口を開く。



「侯爵。面を上げよ。(かしこ)くも殿下は、貴様に発言を許すそうだ」


「……ははっ!」



 侯爵は返事をして、しかし平伏を貫く。

 一度目の許しでは面を上げてはいけないという、王国の儀式めいた慣例だ。



「侯爵。面を上げよ」



 やがて下された二度目の言葉で、侯爵は顔を上げる。

 目の前にはやはり王太子の黒の面紗ベール)が。

 頬杖を突いている影響でわずか傾いて垂れ下がり、その口元は見えるか見えないかに止まっている。



「お、王太子殿下に申し上げ奉ります。いと尊き御身に置かれましては、ご機嫌麗しゅうございます。この度、国王陛下ならびに王太子殿下お膝元をお騒がせしたことは、私めの不徳の致すところ…………」



 侯爵はそこで一度言葉を区切ると、意を決して口を開く。



「この度の一件、確かに私に落ち度はあるものと存じ上げますが、なにとぞ、なにとぞ申し開きの機会をいただきたく……」



 その過分な訴えに、セイランが答える。



「ふむ? ではそなたは、このたびの余の裁定に異論があると申すのか」


「お、王太子殿下に異論など! 滅相もございませぬ…………で、ですが……」


「侯爵! ないと口にしておきながら、その物言いはなんだ! 恐れ多くも殿下に対し弁を弄するつもりか!」



 エウリードの一喝に、侯爵は竦み上がる。

 セイランが放つものとはまた別種の威圧は、先ごろ屋敷の庭先で味わったものと同種のもの。戦士の武威にほかならない。

 無論あの連中のものと比べればまだ優しい方だが、セイランの威圧ですでにすり減った侯爵の精神には、苛烈に等しいものだった。

 だがそれでも、侯爵が武威に呑まれることはなかった。

 彼にとって、いまはそれどころではないのだ。

 そう、ここで侯爵が意見の一つでも挟まねば、いずれにせよ死罪は免れない。



 だからこそ、不敬であることを承知の上で、口を開かねばならなかった。



「お、怖れながらっ! どうか私めの申し開きに殿下のお耳を傾けていだきたく! どうか! どうかっ!」


「貴様……」



 エウリードから、射殺さんばかりの視線が向けられる。

 ここが戦場であれば、問答無用で斬りかかっていそうなほどだ。

 それだけ、この王国で王族の決定に意見を申し上げるということは、禁忌とされているのである。

 だが、そんなエウリードを、セイランが手で制する。



 そして、



「侯爵。余はそなたの発言を許そう。そなたは余に対し、一体なにを申すつもりなのか。答えよ」


「ははっ! これまで私は、王国の発展のために常に力を尽くしてまいりました! その功績は、この裁きの場にあっても決して見過ごせぬものではないかと!」


「そうよな。確かに、そなたのこれまでの公私に渡る王国への貢献を鑑みれば、そうして酌量を求める権利が全くないとは言い切れぬ。これまでの王国の発展はそなたの寄与あってのものというのは、余も重々理解しているところだ」


「で、であれば――」


「であれば、罪を軽くしろと? 以前の功績を鑑み、それを罪と共に秤にかけ、余に赦しを欲しいと、そなたは厚かましくもそう望むのか?」


「ははっ! その通りでございます!」



 侯爵が訴えの叫びを上げると、近衛たちから一斉に殺気が放たれる。

 その一方で、セイランは落ち着き払った様子で、



「だが、そなたが不正を行ったのは、動かしようのない事実だ。それは、王家のみならずこの王国に生きるすべてを欺いたことにほかならぬ」


「殿下! 私が不正のやむなきに走ったのは、ひとえに王国の発展のためでございます! この国を強く、より良くするために、欠かすことのできない悪だったのでございます!」


「欠かすことのできない悪、か」


「は! その通りでございます。ゆえになにとぞ、なにとぞ王太子殿下の寛大なる御心を王家の臣たる私めにお示しいただきたく……」



 侯爵は申し開きのすべてを行うと、また先ほどのように床に額を擦り付けるほどの平伏ぶりを見せる。

 ふと、セイランの口から、ため息が一つ吐き出された。

 その呆れのような余韻が室内から消えると、セイランは再び口を開き、



「……これまで、そなたが行った小さな罪などは見逃されてきた。それは、ひとえに国王である父上の寛恕あってのこと。それを己の才知と勘違いし、その情けに甘んじてきたのは、まったく怠惰の一言に尽きる」


「な、なれば! なればこれからは、その怠惰を改め……」


「侯爵。そなたの犯した罪は、そればかりと思うか? なぜ此度(こたび)になってこうしてこの【銀灰の間】に引っ立てられたか、そなたは真に理解しているのか?」


「は……」



 侯爵が言葉に詰まると、セイランは声に呆れを滲ませる。



「まだわからぬか。そなたの犯した最も大きな罪は、王国貴族の結束を揺るがせたその一点に尽きる。ひとたび王国に危急が訪れれば、率先して貴族たちの団結を促さねばならない身分にあるそなたが、こともあろうに自ら貴族の間に不信という亀裂を生んだことは、決して許されざるものだ。そうであろう?」



 そう、国を守るため、結束してことに当たらねばならない貴族や独立君主たちの間に不和を生めば、それは当然他国が付け入る隙となる。

 政治工作。

 武力行使。

 手段は様々あるだろうが、それらが行われれば国家の崩壊に直結しかねないのだ。



 ……ライノール王国は列強に数えられる強国の一つだが、他の強国と国力を比べると、いささか小さいと言わざるを得ない。だからこそ有事の際は団結し、一丸となって事に臨んできた。

 ゆえにその結束力を重視する王家には、侯爵の行為は見過ごせないものだったのだ。



「こ、これからは一層王国に尽くしましょうぞ! なにとぞ……なにとぞ! ご慈悲の御心を、あなたさまの臣たるこの私に示していただきたく!」


「ふむ。そなたはそれほど王国に……余に尽くしたいと申すか」


「は! 赦しをいただけたその折には、王国のため、王太子殿下のため、身を粉にして働くことをお誓い申し上げます」



 侯爵の言葉を聞いたセイランは、しばらくの間、黙り込む。

 それは、何を思っての沈黙か。

 侯爵にとって永遠とも思えるような時間が過ぎたあと、答えを出したセイランは――



「……そうか。そなたの気持ちはよくわかった。余もその気概に胸打たれる思いだ」


「で、では!」


「うむ」



 侯爵が発した救われたような声に、セイランはしっかりと頷いた。

 侯爵はそれで確信する。

 訴えが聞き届けられた。

 セイランから温情が受けられる、と。

 あまりに唐突な翻意のように思えるが、しかし勘違いではない。

 それを証明するように、先ほどまでセイランから放たれていた威圧は、すでに何事もなかったかのように消え失せている。

 怒りなど、もともと抱いていなかったかのように。



 そこで、侯爵はとあることに思い至る。

 むしろ王太子は、自分から「王太子殿下のため」という言葉を引き出したかったのではないのか、と。

 王国でも有数の財力を持つ自分を従順な協力者にするために、敢えてこの場に引き出し、権力や武力を見せつける。

 言葉で追い詰め、最後の最後に温情をかけることによって、揺るぎない忠誠心を抱かせようというのだ。



 上手いやり方だ。

 さすが、国内外に【麒麟(チーリン)】とまで謳われる天才。

 市井には、王太子がその慈悲の心を以て侯爵を改心させたという美談が広まるだろう。

 セイランが面紗(ベール)の中に、くぐもった笑声をこぼす。

 それは低い音調の、含みを感じさせる冷笑だ。

 ことが上手くいったため、ほくそ笑んでいるのだろう。

 これで、罪は確実に軽減される。

 こうなると、先ほどまで子ウサギのように震えていたのが、まったく馬鹿らしくさえなって来る。



 わずか十歳程度の子供に手のひらの上で転がされていたという悔しさはもちろんあるが、恩赦を受けられるほど王太子から評価されていたということは、それ以上に大きなものだ。



 侯爵は安心もそこそこにして、すぐに頭を働かせる。

 であれば、この後はどうするか、と。

 まずは尋問を行った尋問官だ。

 自分を手ひどく扱った男に、何をしたのか思い知らせてやるべきである。

 それだけではない。自分を拷問室送りにした少年やその周囲の者にも、同等、いや、それ以上の苦しみを与えてやるべきだと。



(あの小僧め……)



 それを最も味わわせるべきは、レイセフト家の長男だ。

 這いつくばらせて、許しを請わせるだけでは飽き足らない。

 上級貴族である自分にこれほどの屈辱を味わわせたのだ。

 手足を引き千切って芋虫のように転がして、最後に無慈悲に殺してやる。

 それくらいやらねば、腹の虫がおさまらない。

 その姿を見られるのは、さぞや痛快なことだろう。

 いまからそのときが待ち遠しい。



「なれば――」



 侯爵が思いを馳せる中、セイランが口を開く。

 これから言い渡されるのは、軽度の罰則。

 そして、今後の蜜月じみた協力体制だ。

 そう。

 それらが話し合われる。

 はずだった。

 彼の中では――




「カーウ・ガストンに決を言い渡す。王国には、そなたの死を以て尽くせ。そなたの死こそ、この国にとってこの上ない貢献である」



「なっ――!?」



 セイランから下された言葉は、まさに耳を疑うもの。

 つまりは、死罪だ。斬首。縛り首。人の生命を永久にはく奪する、そのいずれか。

 だが、何故か。何故そうなったのか、侯爵にはわからなかった。

 流れは完全に、恩赦が下されるものだったはずである、と。

 セイランは、正道よりも利を良しとし、利益と不利益を正しく秤にかけることができる存在だと。そう思っていた。

 自分と同じ種類の存在だと。

 だから、大きな利益を前にすればそれに食いつき、何に替えても手に入れるはずだ。はずなのだ。

 だがセイランが下したのは、冷ややかな言葉に違いなく。



「侮ったものだな。余はそなたの物差しで測れるほど、浅くはない」


「な、に……?」


「そなたのことだ。ひとたび余が恩赦を匂わせれば、打算に頭を働かせることはわかっていた。大方、余が頷いた折に、この決裁がそなたを手駒にするための茶番だとでも思ったのだろう? 愚かなことだ」


「で、では王太子殿下は!!」



 自分を引っ掛けて、玩弄したのか――



「カーウ・ガストン。この世の事象のすべてが、金銭や権力で解決できるものだと思うのは大きな間違いだ。人間が情で動く生き物であるからこそ、そなたはそこにいるのではないか?」



 その言葉で、ふいに思い至る。

 確かにあのとき、過去あった因縁のせいで、買収が上手くいかなかった。

 それを言い当てるように突きつけたということは。

 まさか目の前の存在は、それを知っているのか――



「余には見えるぞ。そなたの背後に、多くの無念が渦巻いているのがな」


「……ひっ!?」



 ふと、セイランから放たれた不気味な言葉に、背筋が戦慄にうそ寒くなる。

 それはさながら、目の前にいた人間が得体の知れない化け物だったというような、そんな絶望。

 だからこそ、わからなくなる。

 なんなのか、これは。

 この少年は、この少女は、この存在は、一体。

 そんな言葉が、頭の中にぐるぐると渦巻いていく。

 答えは、当然のように出るわけがない。



「王太子殿下……」


「余が断じた。余が決めた。異論はなかろう? いまし方そなたも、この国に貢献したいと、そう言ったではないか」



 セイランの口から、嘲りの笑いが響く。

 それは先ほど聞いた、含みを感じさせる冷笑と全く同じ。

 つまり王太子は、最初から――



「き、貴様ぁ……」



 侯爵は恨みのこもった声を放ち、王太子を睨みつける。

 不敬極まりないが、しかしセイランはいささかの高ぶりも見せることはない。



「馬脚を現したなカーウ・ガストン。人面獣心とはこのことぞ」



 王太子を睨みつけるという不敬を見せたことにより、すぐさま近衛が動こうとするが、



「よい、エウリード。控えよ」


「殿下。恐れながら侯爵の度重なる不敬、近衛として見過ごせるものではございません」


「エウリードよ。余に二度も言わせるな。あれにはすでに刑を言い渡したのだ。まさかそなたは、余が下した裁定を覆したいと、そう申し出るつもりか?」


「いえ、滅相もございませぬ」


「ならば控えよ。そなたの出る幕ではない」



 近衛を下がらせた直後、黒の面紗(ベール)の奥から付きつけられる視線。



「ひっ!?」



 先ほど向けられたものとは比べ物にならない威圧に、勝手に身体が震え出す。

 それはエウリードの威圧を児戯と笑い、東部軍家の威圧を大きく引き離すほどの圧力だ。

 一瞬一秒でも、その視線に晒されていたくなかった。

 だから、それからどうしても逃れたくて、背を向けて逃げ出そうと試みた。

 近衛は……動かない。

 セイランの制止が念頭にあるためか。

 誰も咎めようとも、追いすがろうともしない。

 扉まであと少し。

 誰も動かないことに対して、考えは及ばないが――



「カーウ・ガストン。王とそれに連なる者は、人ではない。その身の程を弁えよ愚物めが」



 セイランからそんな言葉が下された、その直後だった。

 唐突に足がもつれ、転んでしまう。

 すぐに立ち上がろうとするが、足が思い通りに動かない。



「は、あっ……あっ……!」



 そのうえ、呼吸が苦しくなる。

 まるで自分の周りだけ、空気が薄くなったかのよう。

 もしくは、内臓のすべてが押しつぶされているのか。

 その原因は考えるまでもなく、セイランの放つ重圧だ。

 肩越しに、振り向く。

 視線の先には、やはり感情を悟らせない黒の面紗(ベール)が。



 じいっとこちらに、向けられている。



「た、たしゅけ……たしゅけてくださ……」



 しかして、その戦慄(わなな)き声が聞き届けられることはなかった。

 ぶつぶつと、セイランが何かしらの呪文を口にする。

 それはこの世の誰にもわからないと言われている、王家の秘術。

 セイランの周囲に、魔法文字(アーツグリフ)が浮かび始める。

 やがてそれは素早く動き始め、互いに衝突し合い、弾けるような音をなす。

 衝突のせいなのか、散発的に生まれる青い閃光。それらは激しさを増して周囲へと広がり、モルタルの壁を打ち据えて砕き、礫の嵐を生み出した。



 漂うのは、特異な臭い。

 もしここにアークスがいれば、これがオゾン臭だと即座に断定できただろう。

 セイランが無造作に手をかざすと、乱雑に弾けていた閃光がその手のひらの前に収束。



 そして下される、呪文。



『裁定の■■よ――』



 熱を持った閃光が、素早く(はし)ったその刹那、轟音が侯爵の発する悲鳴を圧し潰し、居並ぶ者たちの耳を引き裂く。

 すべての視界を白光と青で埋め尽くしたそのあとに残ったのは、炭化して黒焦げになったカーウ・ガストン侯爵の残骸だった。



 轟音直後の静寂に満たされた室内に、固唾を飲む音が鳴り渡る。

 それは無論、近衛のもの。

 セイランの力の一端でしかないが、彼らに怖れを抱かせるに十分だった。



 …………セイランはしばらくの間、侯爵だったものを見つめたあと。



「……して、エウリード。この件の首謀者は、見つかったか?」


「それが、カーウ・ガストンが捕縛された当夜に殺害されたと報告が上がっています」


「長官が口封じを行ったのか?」


「いえ、どうやら侯爵邸を襲撃したレイセフト家の長男が、その足で」


「……そうか。そのアークスという者、目端がよく利くようだな」



 セイランが感心したような言葉を放つが、一方エウリードには何か思うところがあるようで。



「殿下。アークス・レイセフトを召喚いたしますか? 上級貴族への襲撃を問題にするのであれば、罪に問う必要もあるかと存じます」


「いや、その必要はあるまいよ」



 セイランは不要だということを口にすると、その理由を説き明かす。



「――こたびのことは、あくまで貴族同士の諍いであり、両家が属する派閥でもこの件に関しては解決がなされている。そこを王家が無理にほじくり返すこともあるまい」


「しかし片方だけを成敗しては、もう片方から不満が出ることも考えられます。王家に不満の矛先が向くことは未然に防ぐのも、為政者の努めかと」


「その件についても問題はない。すでに侯爵傘下にあった貴族たちをある程度後釜に付ける手筈は整えてある。無論、首輪付きでな」


「利を与えてしまってもよろしいのですか?」


「かまうまい。侯爵の領地は没収のうえ、その事業もすべて王家が引き継ぐ。これ以上欲を張れば父上からやり過ぎだと小言の一つも言われよう」


「ならば、よろしいかと存じます」



 二人の話が決着すると、セイランはふとその面紗(ベール)の奥から喜色が滲んだ笑声を響かせる。



「ふふ、しかしそのアークス・レイセフトという者には、逆に余が感謝せねばならないところだ。早めにネズミを駆除してくれたおかげで、監察局への折衝もなく本件の首謀者を排することができたのだからな」



 貴族家を嵌めようとする賢しらさと、それを実行する行動力。

 もしその男が生きていたならば、この結果を以て何かしら対価を望んだところだろう。

 セイランにそんなことを許す気は毛頭ないが、煩わしくはあったはずだ。

 その煩わしさを事前に取り除いてくれたことは、セイランにとっては褒めるべきところだった。

 ふとセイランは、ガストン侯爵の痕跡を一瞥する。



 そして、



「カーウ・ガストン。貴様は毒よ。国を、民を蝕む毒だ。そんな物が身の内にある限り、決してこの国は強くはなれぬ。であれば、速やかに取り去るのが道理というものだ」



 そんな言葉の余韻が消えたあと、ため息のようにこぼされる言葉。



「……この国もこれでまた一歩、強い国へと近付いたな」



 いまだ肉が燻る【銀灰の間】に、セイランのそんな声が響いたのだった。







 次の話はお待ちかねの、魔力計のお話なのですが、申告などいろいろ予定が積もって少し時間がかかるかもしれません。

 できるだけ早く更新できるよう頑張ります。



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