第四十六話 仲間が増えるよ!
――しかしてカーウ・ガストン侯爵による誘拐事件は、王国の貴族界に大きな衝撃を与えることとなった。
己の不正を隠蔽するために他家の子女をかどわかし、そのうえ殺害しようと画策する。
それは他の貴族にとっても他人事ではなく、当然侯爵の行為は非難の対象となった。
明日は我が身、と考える者たちが多かったのだろう。
いらぬ濡れ衣を着せられて、秘密裏に処理される。
そのうえ金銭と権力に物を言わせて、泣き寝入りさせられる。
物語の上でしか起こらないようなことが実際に起こりかけたとなれば、臆病な者は反応も過剰になるというものだ。
意外だったのは、侯爵に近しい貴族たちが率先して侯爵を非難したことだろう。
彼らは侯爵の勢力の傘下にあり、本来ならば協力するはずの貴族たちだ。
そんな者たちが、手のひらを返したように侯爵の敵に回ったのだ。
彼らから見ても、侯爵の行為はやりすぎと見られたのだろう。
下手に擁護すれば、火の粉が飛んできかねない。
もちろん監察局の工作もあったのだろうが。
結局侯爵の味方をする者はおらず、罪の所在も明らかであるため、侯爵は弁明の余地なく断罪される運びとなった。
いまは余罪の有無について厳しい取り調べを受けている最中であり、まもなく国王の前に引き出され、刑を申し渡されるという。
その一方で、手勢を引き連れ侯爵邸へ押し入ったクレメリア、レイセフト両家については、お咎めはなしとされた。
この件に関して、両家は完全に被害者の立場であり、押し入ったことに関しても、息女を助けるという正当な理由があったためだ。
武力を以ての襲撃に、侯爵が雇い入れた傭兵の殺害という大事を起こしたため、何かしらの非難はあると思われたが――やはりその辺りも監察局の長官であるリサ・ラウゼイが上手くやってくれたのだろう。
大事にはなったが、さほど騒がれることもなく、貴族間の噂などもすぐに聞かなくなった。
しかして、アークスの侯爵邸襲撃から数日後。
この日、レイセフト家に来客があった。
屋敷の使用人から来客の旨を告げられ、ノアを伴い客間に行く。
伯父であるクレイブ・アーベントが、いつものように我が物顔でソファに腰かけ、大振りの葉巻を吹かしていた。
「伯父上、おはようございます」
「おう。今日もお前は女顔だな」
「顔を見て真っ先に言うのがそれですか……」
「そりゃあ一番最初に目に飛び込んでくるのが顔だからな。ま、そのうち男らしくもなるだろ」
「……なりますよね?」
訊ねると、クレイブは一瞬おかしな顔をして、
「…………なると思うぜ?」
「なんで疑問形なんですか……なるよな? ノア」
「申し訳ありません。魔法院の卒業試験より難度の高い問題には即答しかねます」
「この従者はぁ……」
臆面もなくそんなことを言い出したノアに、険しい顔を向けるが、一方そちらは涼しげな顔。取り澄ました様子でむっつりを決め込んだ。
ともあれこの日、レイセフトの屋敷を訪れたのは、クレイブだけではなかった。
彼の斜め後ろには、長い髪をオールバックにした男が一人。どこか呆れた表情をして控えている。
歳の頃は二十代後半。
切れ上がったまなじりと、三白眼が特徴的。
「よう」
不思議そうな視線を向けると、その男はそんな声をかけて来る。
貴族に対しあまりにフランクな挨拶だが、男の格好も貴族の使用人然としたもの。
顔にはどこか見覚えがあるのだが――
「……っていうか誰お前?」
「あ? 誰って、お前と一緒に脱獄した魔導師だよ。もう忘れたのか? 冷たいヤツだな」
脱獄。
魔導師。
その言葉で連想できる人物は、一人しかいない。
「……え? まさかカズィか? は? うそだろ? 別人じゃねぇの?」
「別人なわけねぇだろうが……つーかそんなに似合わないかよこれは」
カズィはそんな風に、ぶつくさ不満を垂れ流す。
使用人の服装であるモーニングコートはわずかにだが着崩され、赤いタイもゆるゆる。
なまじ髪が整髪料できっちり固められているためか、悪そうな雰囲気が拭えない。
身綺麗にして、格好もらしく整えてきたのだろう。
だが、これは、
「……ぶほっ!」
湧き上がってく笑いをこらえきれず、つい噴き出してしまう。
すると、カズィから非難がましい視線が向けられた。
「おい、何が可笑しいんだよ?」
「いや、あくどい顔してるのにそんな格好してるからさ、なんつーか、その、ギャップがさ」
まるでマフィアの若頭だ。
「アークスさま、他人の見た目を笑ってはいけませんよ。…………ぶふっ」
「とか言ってお前も笑ってんじゃねぇか!」
ノアも追っかけで笑い出すと、カズィは額に青筋を立てた。
…………路地での一件が片付いたあとのこと。
浮上したのは、カズィの話だ。
彼と封印塔でした話では、事が終わったら金銭を渡す契約だった。
当然、あのあとは金銭の話になると思ったのだが、何故か彼から就職先の話を切り出された。
自分を雇わないかという、売り込みである。
アークスとしては、仲間が増えるのは今後を見越してもありがたいことだが、だからと言ってそう簡単に貴族の従者に迎え入れられるわけでもない。
それゆえ、一時クレイブのところで職業訓練的なものを行うということになったのだが、
「伯父上」
どうだったのかと訊ねるように視線を向けると、
「おう、少なくとも、大きな問題を起こさずに働けるようには仕込ませたぜ? 魔法のことに関しては俺も監督したが、それもなかなかのものだしよ」
概ね、感触は良かったらしい。
まあ多少アクがあるにせよ、有能な魔導師というのは得難いものゆえ、目を瞑れる範囲だということだろう。
すると、カズィが非難がましい声を出す。
「つーかこのおっさん、容赦しなさすぎだわ。死ぬかと思ったぜ」
「おいおい。国定魔導師捕まえておっさんはないだろ? おっさんは」
ぎゅむ!
「痛って! 笑顔で掴むな力込めるな! 魔導師のクセにどんな腕力してんだアンタは! 痛えだから痛えって! ぎゃぁあああああ!!」
カズィはクレイブに腕を掴まれ、叫び声を上げる。
そしてジタバタと悶えるが、しかし戒めは解かれない。
カズィは死にそうな目に遭っているが、クレイブにとってはそれでも軽くなのだろう。
ニヤニヤしながら悶えるさまを眺めている。
ぶっとい筋肉おそろしいことこの上ない。
やがて、おいたへの罰から解放されると、
「くっそ、国定魔導師ってのはこんな化け物ばっかりなのかよ……おー痛ぇ」
「カズィさん。こちらの方は特殊ですので」
「ノア。そう言えばお前、アークスに付けてから毒がひどくなったよなぁ」
「お褒めに与り光栄です」
「おう。褒美に髪形をもっと男前にしてやるよ」
ソファに座っていたはずのクレイブは、どういう手管か素早くノアの背後を取った。
いつの間にか、アークスの後ろのそのまた後ろに。
もちろんノアも反応できず、その頭を乱雑に撫でられた。
ぼさぼさ頭になったノアは、クレイブを恨めしそうに見るが、クレイブはそれが面白いのか、楽しそうに笑っている。
ここにはクレイブに敵う者は一人もいないらしい。
そんなやり取りを見ていたカズィが、
「キヒヒッ、このおっさんはお前にも天敵か」
「ええ。いつか目に物見せて差し上げますよ」
「本人の前だぞー。本人の前。ったくよ……」
クレイブは呆れ声でそう言って、元いた位置へと戻る。
そして、
「まあ、見ての通りわかると思うが、あとは態度だな。それがよくなりゃ、完璧とは言わずとも形にはなるだろうよ」
「俺は敬語得意じゃねえんだよ。キヒヒッ」
カズィはそう言って、また笑い出す。
やはり、どこかとぼけた男である。
しょうもないやり取りばかりが行われている中、ふと、ドアをノックする音。
返事をすると、入ってきたのはリーシャだった。
「伯父さま」
「お? リーシャか」
「はい。いらっしゃったと聞きまして。おはようございます」
リーシャは礼を執ると、クレイブは「おう」と軽く片手を上げて返事をする。
やがて彼女は、カズィのことに気付いたらしく。
「確か、この前兄さまやノアと一緒に助けに来てくれた方ですね?」
「あ? ああそうだが」
カズィが頷くと、すかさずクレイブが注意を挟む。
「そうです、だ」
「だから敬語は得意じゃねぇんだよ俺は」
「どの口で言いやがる。敬語なんぞ古代アーツ語よかずっと簡単だろうが」
「いや、アンタもそのクチじゃないのかよ」
「俺はお前と違ってきちんと使い分けができるからな。ちゃんと敬いやがれ」
「とんでもねぇお貴族さまだわ」
リーシャがカズィの元へ行く。
そして、
「先日はご助力ありがとうございます。おかげで大事なく済みました」
「お、おう……」
「伯父さまか兄さまのところに付くのですね。今後ともよろしくお願いします」
「よろしくたの――」
「お願いしますですよ」
「……お願いします。お嬢さま」
ノアの指摘を受け言い方を変えたが、慣れない言葉遣いゆえ口がやけに苦そうだ。
リーシャがくすりと上品な笑いを見せると、カズィはバツの悪そうな様子。
そして、何故かこちらを向いて、
「なんか好意的だな」
「だって俺とノアが助けるのは当然だけど、カズィはまったく関係なしに助けに来ただろ? そりゃあまあ、ありがたく見えるんじゃないか?」
「そんなもんか?」
「実際そうっぽいしなぁ。……悪人面だけど」
「悪人面は余計だっつーの」
カズィとそんなやり取りを交わすが、リーシャのときのように注意は入らなかった。
何故なのか。えこひいきなのか。
「――では、伯父さま。私はこれから魔法の勉強がありますので」
「おう。よく励みな」
「はい。精進します」
リーシャはクレイブに挨拶をして、客間を出ていった。
彼女の背中を見送ったあと、何気なくノアに訊ねる。
「……なあノア、リーシャってば最近『精進します』が口癖になってないか?」
「確かに、よく聞くようになりましたね」
「なんかなー、スタディホリックとかトレーニングホリックとかになりそうな予感がする」
「……は」
「ああいや。なんでもない」
言葉がわからなかったのだろう。微妙そうな声を出したノアに、気にするなと言葉を返す。
そして、会話はやっと本筋に戻るようで。
「それでだ。もう少し経ったら、グアリをお前に付けられるだろう」
「俺は構いませんが……カズィはそれで本当にいいのか?」
「自分でお前に売り込んだんだ。いいも悪いもねえだろ」
「それはそうだけどな……」
やはり、気にはなる。
カズィほどの力を持った魔導師ならば、それこそどこでもやっていけるのだ。
だからこそ、わざわざ自分に付いたことで、損をさせてしまうことになるのではないか、と。
だが、カズィにはそんな憂慮などないようで、
「なんつっても、金払いが良さそうだしな」
「いやぁ、俺って十歳の無職だし、収入とかまるで無縁で」
「よく言うぜ。そんなもんは全部魔力計とやらの発表で入ってくるだろ? あんなもん発表すれば、一気に大金持ちだ」
確かにそうだが、にしても随分こだわる。
「……今後が不安定なのは変わらないぞ?」
「なら、上手く盛り立ててやるさ」
「わかった。じゃあ改めてよろしく頼む」
「よろしくな」
改めて、主従(?)の契約は成立である。
ふと、カズィが、
「……借りくらいは返さなきゃだしよ」
「ん? なんか言ったか?」
「いいや、なんでもねぇよ」
そんなやり取りを、クレイブがにやにやして見ていたのが、どことなく印象的だったが。