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第三十九話 再びの侯爵邸




 王都の牢獄【天界の封印塔】を脱出したアークスたちは、その足で夜の街を走り抜け、すでにガストン侯爵の邸宅近くに到着していた。



 生垣の向こうには、四階建ての邸宅の威容が。

 窓からは輝煌ガラスの光が漏れ、邸宅の周囲にも外灯が多く設置されている。

 そのため、どこもかしこも目がくらみそうなほど明るい。

 警備上の理由にしてはやりすぎ感があるが――ともあれ実際これのせいで侵入がし難くなっているのも確かだ。



 ノア、カズィと三人、石壁の塀から顔を出して庭を覗くと、ライトアップされた石像群が見えた。

 それを見たカズィが「うへぇ」と辟易とした声を出す。



「……はー、んで? ここは? 随分とまあ悪趣味な金満屋敷だが、なんてお貴族様のお屋敷だ?」


「だよな。大貴族、カーウ・ガストン侯爵さまの邸宅だと」


「カーウ・ガストン……」



 答えると、カズィは侯爵の名前を呟いて、黙り込んだ。



 ……さすがに相手が相手だ。王国の上級貴族にして財務の高級官僚。

 言葉に詰まったのは、敵に回す相手としては大きすぎるためだろう。

 手伝うと言った手前、自ら「離脱したい」とは言い出しにくいか。



「カズィ、ここまでありがとう。お礼はあとでレイセフトの家を訪ねてくれたら必ずするから――」


「…………」


「カズィ?」



 ふいに、カズィが神妙な面持ちを向けて来る。

 何を思案したのか。彼はこれまで常に浮かべていた人を食った笑いを跡形もなく消し去っていて、



「お前、ここでなにをするんだ?」


「え? いや、封印塔を出る前に言っただろ? 捕まってる妹を助けるんだって。悪い侯爵をぶっ飛ばしてな」


「それがこの大貴族なのかよ。つーかそれをやっちまったあとのこと、ちゃんと考えてるのかお前?」


「知るか。後先考えないことするのが子供の特権だ」


「どの口で言うんだっての……たく」



 すると、カズィの文句にノアまで追従する。



「まったくです。この歳でこんなことを言っていては先が思いやられますね」


「うっせーわい。……リーシャを助けなきゃならないんだ。どうしたって、いま何かしないといけないだろ?」


「アークスさま。クレイブさまが動くのを待つという手もありますが?」


「すぐに動けないのわかってるよな?」


「はい。動けているのであれば、こちらに接触しているでしょうし」


「……それさ、わかってて訊いたよな?」


「確認です。これも従者としての務めと存じます」



 ノアはしれっとした態度で、そんなことを言ってくる。

 だが、いちいち確認してくれるのはありがたいことも確かだ。

 失念していた場合の気付きにもなるし、いま起こっていることの整理もしやすくなる。



 やはり、有能が服を着ているだけある。

 ノアと話していると、ふとカズィが突然意外なことを口走った。



「――なあ、アークス。俺も付いて行っていいか?」


「は?」


「手は多ければ多いほどいいんだろ?」


「それはそうだけどさ……相手が相手だぞ?」


「お前だって貴族の一員だろうが。なら、どうにかなる可能性もあるだろ?」


「俺の身分を期待してるのか? いくら名門でも貴族としちゃ下級だし、そもそも俺は廃嫡されてるんだぞ?」


「かもな」



 カズィはそう言って、塀を登り切って庭の隅に降り立った。



 あとのことを気にしている様子は……どうもない。すでにカチコミをかける気満々だ。何が彼をそうさせるのかは不明だが、正直こちらとしてはありがたい。



 彼のあとを追って、庭に降りる。

 すると、ノアが、



「……アークスさま、お気を付けを。ところどころに傭兵が付いています」


「結構厳重だな。俺たちを警戒してるってのはないだろうし」


「おそらくは、監察局でしょう。証拠が一度盗まれているため、警戒を厳にしているのかと」



 ノアはそう言って、同じように塀を登って降りて来る。



「一度そちらの裏に隠れましょう」


「侯爵が悪趣味でよかったな」



 ノアが指した方向には、無駄に趣向を凝らした生け垣や、いたるところに造られた石像。

 遮蔽物には困らない。この辺りに関しては、侯爵に感謝しなければならないだろう。

 庭を観察すると、人がうろついているのが見えた。



 すべて、例の傭兵たちだ。



「どうなさいます?」


「どこにでも警備がいるなら、もう正面突破でいいだろ? それとも傭兵相手に陽動作戦でもするか? 俺は下手に兵力分散させるよりも、ある程度数を減らした方がいいと思う」


「お前、無茶苦茶だな。潜入って選択肢はないのかよ?」


「一応そのための魔法もあるけど、それで魔力を使い切るよりは、そのあとのことを考えて全滅させた方がいいかなって」


「全滅って、簡単に言うなお前……」


「うーん。三人いれば十分な戦力だと思うけどな。いくらなんでも、詰めてて二十人かそこらだろ? それなら全員魔法を使って一気にぶっ倒した方がいい」



 この場合、一番の問題は向こうの人質作戦だが、現状、最初から最後まで敵に知られずにリーシャを救出するのは困難だ。

 ならば、傭兵という後顧の憂いを完全に断ったあとで、あえて人質に取らせるというのも一つの手だと思われる。



 人質を取られたとしても、危害を加えられる前に無力化すればいいのだから。

 そして、そのための鬼札もある。

 十分に勝てる目算だ。



「カズィさん。お尋ねしますが、多人数相手の魔法のご用意は?」


「一応な。お前さんはどうだ?」


「これでも何度か(いくさ)の経験がありますので、援護さえあれば」


「俺はなんだかんだカズィのおかげで魔力も温存できたからな。【火閃迅槍(フラムラールーン)】なら四発。【黒の銃弾(ブラックバレット)】なら十発は撃てる」


「黒の……?」


「あれだ。さっき封印塔で何度か衛兵の足を撃ち抜いた魔法だよ」


「ああ、あの凶悪なのか……」



 カズィは封印塔のことを思い出したのか、納得したような顔を見せる。



「ノア、リーシャがいる場所はわかるか?」


「封印塔に向かう前の調査ですと、二階のゲストルームが、一番可能性の高い場所かと」


「わかった」



 頷いて、その場で立ち上がる。

 そして、



「よし、まず俺が先に出ていって適当に騒ぐから、二人はそこに集まってきた傭兵の横っ腹を衝いてくれ」



 そう二人に言い残して、庭の真ん中に躍り出る。よく目立つように。

 ともあれ、残された二人はというと――



「……肝の座ったガキだ。よくまああの歳であんなこと言い出して実行できるモンだぜ」


「まったくです。それと――」



 そう言い差したノアは、安穏とした雰囲気を一転、警戒したものへと変化させる。



「カズィさんは、本当に協力していただけるのですか?」


「ああ。その点は心配すんな。いまの俺はあいつの雇われだ。金の分はきっちり働くさ。裏切りもしねえよ」


「……わかりました。では、あらためてよろしくお願いします」



 そんな、最終確認が終わったあと。



 ふと二人がアークスの向かった先に目を向けると、そこではすでにアークスが騒ぎ出しており、あちこちから傭兵たちが集まってきていた。



 ――侯爵の成金ー!


 ――悪趣味の塊ー!


 ――バーカ! バーカ! バーカ!


 ――うんこたれー!



 離れていても聞こえて来るあまりに子供らしすぎる悪口に、ノアもカズィも閉口してしまう。



「…………」


「…………」



 傭兵たちを陥れる策略を口にした一方、打って変わって口にするのは幼稚な罵倒。彼らがなんとも言えない気持ちになるのも無理はない。



 やがて、カズィが切り出す。



「……行くか」


「では、お先に」



 ノアはそう言って立ち上がると、傭兵たちを倒すための前哨たる呪文を唱え始めた。




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