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第三十八話 マジ切れスウさん



 時刻は、宵も少しばかり過ぎた頃。

 空には綺羅星が輝き始め、濃厚な紫を帯びた雲が漂い、まったく夜の様相。



 その一方地上では、【輝煌ガラス】が煌々とした輝きを発している。

 街は明るく照らされ、窓に使用される板ガラスへの反射もあいまって、さながら地上に星が(またた)いているかのよう。

 周辺諸国から【万の輝き】と称される王都の夜だ。

 発達したガラス工業と刻印技術とが合わさって生み出されたこれは、煌びやかさだけでなく、王都に住む者に【夜の時間】をもたらし、多くの発展に寄与したという。



 無論、王都最大の牢獄と称されるここ、【天界の封印塔】にも、その【輝煌ガラス】が多く使われている。

 夜の闇に乗じて侵入してくる者や、脱走する者を素早く見つけるためだ。

 そんな場所で、この牢獄にいる誰よりも早く、脱走者の姿を見つける者がいた。



「……うんうん、なんとか出てこられたみたいだね」



 封印塔の敷地の隅で、そんな安堵の言葉を口にしたのは、アークスの友人であるスウだった。

 彼女が目を向けた先には、アークスが。

 従者を引き連れて、封印塔の敷地を走っている。

 追いかけて来る衛兵もいないことから、脱獄を知られずに抜け出すことができたのだろう。



「――これで、よろしかったのですか?」



 ふと、そんな訊ねの声を発したのは、スウの脇に控えていた女だ。

 二十代後半の瑞々しい年のころ。

 薄桃色の長い髪を編んで束ね、薄紫の瞳を覆うのは、銀縁の小さな眼鏡。

 上級貴族の証であるファー付きのマントを身に付け、腰には目を引く装飾剣を差している。

 顔は整っており、無駄な言葉など一切口にせぬと言わんばかりに口元は常に真一文字。

 四角い眼鏡の特徴もあいまって、若干の冷たさが感じられる。



 名をリサ・ラウゼイ。若くして監察局の長官となった才女である。

 スウは手伝ってくれた彼女に、ひとまずの礼を言う。



「うん。ありがとう。上手くいったみたい」


「突然、封印塔の警備を手薄にしろとおっしゃったときは驚きましたが……」


「だって、すぐにアークスを釈放させることはできないんでしょ?」


「は……ここは上級貴族の息がかかっている者が多くいますから、私の権限でも難しく」



 だろう。

 貴族たちは自衛のために、王国の司法に関してかなり深くまで食い込んでいる。

 ときには犯した罪を軽くするため。

 ときには獄で便宜を図ってもらうため。

 貴族の持つ特権を大いに利用して、小賢しくも司法の網をすり抜けようとする。



 ……王国の体勢がもっと法を重視したものであればこれを取り締まることも可能だが、王国の絶対的な支配体制を保つには、高貴な者の権力に制限を作るのは毒になり得るし、だからといって軽々しく共和制に逃げては、先年滅んだ【ダリオステート】のように、民衆に迎合した衆愚政治となり果てて腐っていく。

 封建国家の難しいところだ。



 ともあれ、



「まさか牢獄送りにされるなんてね」


「…………」


「一体どこの貴族が働きかけたのかなぁ」


「…………」



 意味有りげに水を向けるが、リサは黙ったまま。

 そんな彼女に今度は、率直に訊ねる。



「ねえ。リサはこの件について、何か心当たりある?」


「いえ、私には」



 見当は付いていないというのか。

 それはなんとも、腑に落ちない話だ。



 …………スウがリサに直接「お願い」したのは、少し前に友達が捕まったという連絡が入ったからだ。

 しかも、アークスが送られたのは【天界の封印塔】。

 王都で最も警備が厳重な獄であり、強力な魔導師対策を敷いている場だ。

 ここでは、魔導師が暴れないよう『処置』が施されることがあるという。

 歯を抜かれたり。

 舌を抜かれたり。

 酷いときは下あごを砕くこともあるという。



 そのため連行されたと聞いたときはかなり焦り、何が起こったのか調べるのも後回しにして、まずは彼を釈放、もしくは脱出させることを念頭に置いたのだが――



 やはり問題は、なぜ彼がこんなところに入れられたのかだ。

 スウの知るアークスは善良だ。

 悪いことをするような人間ではないしそもそも、貴族の子弟が突然封印塔に囚われるということ自体があり得ない。

 十中八九『何か』に巻き込まれたのは間違いないし、その『何か』はなんの手続きもなく封印塔に入れられている時点で、上級貴族かそれに連なる者の仕業となる。



 ならば何故、監察局の頭であるリサが、この件の事情に不明瞭なのか。

 貴族の動向に目を光らせるのが仕事である監察局の、その一番上にいる人間であるはずなのに。



「……ねぇリサ、監察局が動いてるの?」


「それは……」



 スウがその答えに行きついたのは、状況があまりに不自然だったからだ。

 貴族同士で諍いごとがあると積極的に仲介、捜査に当たるはずの監察局の動きが、今回は何故か鈍い。

 常ならば敏感すぎるほど敏感であり、あらゆる情報が上がって来るにもかかわらず、だ。

 ということは『動いていない』のではなく、この件に対して積極的に動かないように、内部で働きかけている何かがあると見るべきだろう。



 鼻を利かせると、暗躍の匂いがした。

 これは、雨上がりの路地裏の匂いだ。

 どこからか、湿り気を帯びた足跡が聞こえて来るような気さえする。

 こういうときに限って、見えないところで何かが動いているのだ。

 ならば、監察局が進んで動き、何かをしているはずである。



 だが、リサは答えない。

 知らないのか。

 知らされていないのか。

 知っていて黙っているのか。

 この確信を知らないゆえ、黙っていればやり過ごせると思っているのか。



 しかし、答えないのは許されない。

 絶対に。

 そう、絶対にだ。


 だからふうと、小さくため息を吐いた。

 そして、



「――もう一度訊こう、リサ・ラウゼイ監察局長官。もしや、欺こうという腹積もりではあるまいな?」



 スウ……スウシーア・アルグシアが口にするものとは違う言葉を放った途端だった。

 リサが緊張で身を固くさせる。



「っ、滅相もございません!」


「黙っているということは隠し立てているということと同じだ。監察局が動いているということはすでに察しがついている」


「しかし、監察局が関わっているという証拠などはいまだ……」


「だが、ある程度どこで何が起こっているか把握しているのは確かだ。そうだな? でなければアークスが捕まったなどという情報など持ってきはすまい」


「……は」



 とは答えるが、問い質しに対するリサの反応が鈍い。

 どうやら彼女はまだ、いま自分がどんな状況に置かれているのか、よくわかっていないらしい。

 これには、自分の大事なもの(アークス)が関わっているのだ。

 いまは、黙っている時間も惜しい。

 対応が遅ければ、取り返しのつかないことにだってなり得る。



 だから、おもむろに腰に差した剣に手を伸ばし、それを抜き放った。

 同時に身体から吐き出すのは、圧力だ。

 魔力を膨張させて、体内をこれで満たす。

 おそらくリサは、巨大な存在がいるような錯覚を持ったことだろう。

 月光に照らし出された白刃が、ギラギラとした(かつ)えの光を反射(はね)る。

 それを即座に、リサの首筋に宛てがった。

 剣が撥ねた光が彼女の素っ首を切り裂くと同時に、怖れの震えが手に伝わってくる。



 その一震えを機に、口を開く。



「リサ・ラウゼイ、この件の仔細をしかと調べ上げよ。事態の把握、解決に全力を尽くさねばその首……どうなるかわかっているな?」


「――ッ、は! すべては、仰せの通りに!」


「申したな? ならばこの件、成果なしでは済まさぬぞ」



 やがて、身からにじみ出る圧力を緩めると、リサは弛緩したように地面に両手を突いた。

 ぜいぜいと、まるで全力疾走をしたあとのように、喘鳴を響かせる。

 その様子を見届けて、ふうと息を吐き、スウになった。

 にっこりと。



「よろしくね」


「……っ、はは!」



 見れば、リサは汗だくになっていた。

 思った以上に、恐怖したらしい。

 そこまで……とも思うが、権力を前にしてはこの反応も仕方ないものなのかもしれない。





 しばらくして、リサは多少落ち着きを取り戻したらしく。


「……そ、そういえば、彼らはどうやって降りて来たのでしょうか? 従者が入ってから、まだわずかしか経っていません。ただ降りるだけでもまだまだ時間がかかるはず」


「……外壁を伝って、とか?」


「それは……現実味に欠けるかと」


「そうだよね。アークス、また何か新しい魔法を作ったのかなぁ。これはあとで訊き出さないといけない案件だよ」



 普通に聞き出そうとすれば、今回のことを話さなければならなくなる。

 となれば、どうやってそれらしい話に持って行くかだ。

 すでにスウの心の内は、魔法のことばかり。

 どんな魔法を使ったのか。

 どんな言葉を組み合わせたのか。

 手管への想像は、尽きることがない。



 彼女がそんなことに腐心していると、リサが移動を促してくる。



「こちらへ」


「うん」



 もう一度肩越しにアークスを見る。

 無事出てこられたことに安堵するが一つだけ、疑問もあった。



 しかしてそれは、



「あいつって確か、人攫いの男だよね? なんでアークスと一緒なんだろ?」



 アークスを先頭に走っているのは、従者であるノア・イングヴェインと、いつか対峙した人攫いの男。

 三人、やいのやいの言いつつも同調して動いているため、問題はないだろうが。

 スウにとってはあまりに不思議な取り合わせであった。





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