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第三十五話 ある男の独白

短いお話なので、今日は二話投稿します。



 …………世の中、金だ。



 その考えはいまでも、間違ったものではないと思っている。

 生きていくには、なんにしたって金が必要なのだ。

 どこにいても、どこまで行っても。

 金の問題は後から後から付いてくる。



 生きていれば、いや、生きているだけで、人は常に金を使うのだ。

 あるいは衣服に。

 あるいは食事に。

 あるいは住居に。

 あるいは税に。



 生きるのに必要な金銭は常に不足し、そうでなくてもなくなっていく一方。

 これまでの人生は、それこそ金に困った記憶しかない。



 …………己の出自は、寒村にある農家だ。

 家族は七人。

 朝は夜明けと共に起きて、家畜の世話を行い、農作業を行うのが日々の習慣である。

 もちろん二親の収入は少なく、家族を食べさせるだけが精一杯で、金銭的な余裕などまるでなかった。



 ただ他の家と違ったのは、自分の家には魔導師が持つという【紀言書】が置いてあったことくらいだろう。

 他はほぼ同じ、王国でもごくごくありふれた、どこにでもあるような庶民の家庭だった。

 そんな家庭の中で、両親からは常々こう聞かされた。



「お金は苦労して稼ぐから価値があるの。卑しい手で稼いだお金は、卑しくなるのよ」



「人から盗るな。人を陥れるな。そうやって稼いだ金は、自分の価値を貶める」



「持つお金は必要な分だけでいい。お金をため込むことを覚えたら、人はもっと欲しくなるのだから」



 そう言って労働の尊さ、金銭の価値を説き、よく自分たちに聞かせていた。

 だが自分には、そんな親の考え方が昔から不満だった。



 確かに、悪事を犯すのは良くないことだ。

 苦労して稼いだ金は、成果以上の価値があるだろう。

 だが必要以上に稼ぐのをよしとしないのは何故なのか。

 必要最低限の金銭で生活するのは、人を鈍くさせていく。

 生活はすべて労働に充てられるため、常に時間的な余裕が不足する。

 それで稼いだ金も、自分たちや家畜の食べ物を買えばほとんど残らない。

 だから収穫が少し減っただけで、すぐにひもじい思いをしてしまうのだ。



 それで何度、惨めな思いをしたか。

 そんな生活であっても、日々を笑って過ごしていた二親を見て、よく疑問を抱いたものだ。

 稼ぐ金が少なくて、苦しむのが本当に良いことなのか。

 それらを頑なに守って貧乏に喘ぐことが、本当に正しいことなのか。

 金持ちは自由に金を稼いで、美味い物を食べているのに、自分たちはそれが許されないのか。

 両親に訊ねても、返ってくるのはいつも同じだ。



 ――人の欲は醜いものだ。高価なものを手に入れれば、さらに高価なものが欲しくなる。



 ――そして、以上の金銭を得るには、必ず誰かを不幸にする。



 ――金銭と金銭は等価では取り引きされない。



 ――それが差を生み、その差を埋めるのが、人の不幸だ。



 そんな含蓄を生むことができるゆえ、あの両親にはそれなりの学があった。

 農民に落ちる前は商売に手を出して、多くの人を不幸にしてしまったらしい。

 その贖罪の意味も含め、必要以上に金を稼ごうとしないのだ。

 だが、それで自分たちが割を食えばいいというのは、やはり自身には承服しかねた。

 上の兄や姉は、常に仕事に手を取られ。

 下の弟や妹たちには、いつもひもじい思いをさせる。



 そんな生活が嫌だった。

 だから自分は、半ば置物と化していた紀言書を読み込み、魔導師を目指したのだ。

 魔導師になれば、両親が嫌がる商売をすることもない。

 正当な報酬を受け取ったうえ、誰かの役に立つことができる。

 魔法を使えるようになってからは、楽しかった。

 家や村でも、魔法を使うことで、感謝も多くされた。

 だが、親の意向で、魔法にまつわる金銭は受け取らなかった。

 こちらには確かな消費があるのにもかかわらず。



 ――金銭は受け取ってはいけない。


 ――無私の心で尽くすことが、人として最も良い在り方だ。



 そんな、度を超えた無私の考え方に、不満は常に募るばかりだった。

 それほどまでに、周りにいい顔をしたいのか、と。

 善人でありたかったのか、と。

 金を受け取らなければ、人は清くいられるのか、と。



 魔法にのめり込んだのは、それが理由ということもあったのだろう。

 研究に打ち込んでいる間だけは、ひもじさも苦しさも、それを生む親の偏った考え方にも、触れずに済んだのだから。



 そんなときだ、王都から視察に来た役人にその才を見込まれ、王都の魔法院に行くことになったのは。

 もちろん、家族は快く送り出してくれたし、己も腕の立つ魔導師になって家族に楽をさせられるよう、よく勉強に励んだ。

 寝る間も惜しんだ研究、魔法の行使経験などもあり、座学、実技ともに成績は良かった。

 そのせいで貴族からのやっかみや、平民ということに対する差別なども多くあったが、特別苦にはならなかった。



 農村での暮らしに比べれば、なんのことはない。

 平民に対する罵詈雑言など、真冬の寒風に比べれば、一体なんだというのか。

 事あるごとに行われる嫌がらせなど、不作の年のひもじさに比べれば、どれほどのものだというのか。

 常に死ぬか生きるかの境にいた身なれば、そんなことなど苦にも思わなかった。

 だが、両親が自分を王都に送り出すために、借金をしていたということは、知る由もなかった。



 借りた額は、それほど高いものではなかった。

 しがない農夫でも、数年真面目に働けば、返せる程度。

 自分が魔導師として少しの間働いただけで、お釣りがくる。

 だが、金貸しが悪徳だった。

 相手は自身の住む村を含む広範の領地を治める貴族で、常に貸した相手から法外な利子を吹っかけていた。

 利子は税に上乗せする形で徴収され、年を追うごとに膨れ上がっていく。

 あの両親の稼ぎだけでは、当然のように首が回らなくなった。



 結局返済は間に合わず、末の妹がその借金の(かた)に連れて行かれることになった。

 利発だったからか、いつも一番我慢をさせていた家族だ。

 もちろん、家族も黙ってはいなかった。

 利子の付け方がおかしいと、領主に抵抗したらしい。

 だが、それが良くなかった。

 家族はすぐさま領主への反逆罪に問われ、王都に離れていた自分以外は皆殺しの憂き目にあった。

 それを自分が知ったのは、魔法院を卒業して、幾日か経った頃だ。



 知ったときにはすべてが終わっており、どうすることもできなかった。

 無力だった。

 だから、だからこそ、こう思うのだ。



 もし、家に金があれば、と。



 両親が、昔の罪に囚われず、きちんと金を稼いでいれば。

 自分が魔法を使ったとき、少しでも金銭を得ていれば。

 そんな悲惨なことにはならなかったのではないかと、そんな風に。

 卑しい、尊いという言葉に縛られて、常に手段を選び、稼ごうとしなかった。

 そんなことさえなければと、もう幾度か考えたことか。



 だからそれからは、親の教えに逆らうように、金に走った。

 がめつい、守銭奴、卑しいなど、金にまつわる罵倒は腐るほど受けた。

 だが、そんな人間ほど、間違った思想を持っている。

 そう言った輩に、金を見せつけ、金を使って思い知らせるのだ。

 これほど痛快なことはなかった。

 だが、そうやって懐を温めても、満たされることはなかった。



 だってそうではないか。

 あのとき金があれば、家族は死ななかった。

 あのとき金があれば、妹は死ななかった。



 そう、だからこそ、世はすべて金なのだ――




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