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第三十四話、人攫いの男、再び!




 天界の封印塔で、予期せぬ再会を果たしたのは、以前スウを追いかけ回し、彼女と共に撃退した人攫いの男だった。



 不健康そうな悪人面はいかにも悪だくみが好きそうな顔つきで、切れ上がってどぎついまなじり、三白眼。ひょろ長い体躯。散髪は怠っていたのだろう。以前とは違い黒髪は伸ばし放題にしていてずいぶんと長くなっているが、間違いない。



 ふと、衛兵が鉄格子の隙間から覗き込んでくる。



「なんだ、お前たち知り合いなのか?」


「まあな。こいつは俺をここにぶち込んだガキの一人さ」


「ほう?」



 とは口にするものの、衛兵はそんな声をこぼしただけで、すぐ興味を失ったように去って行った。



 ……衛兵たちがいなくなってすぐ、部屋の端へ後ろ飛び一つ。

 人攫いの男から距離を取る。

 幾分、身体が緊張で固くなるが、それは仕方ないと構えを取った。



 だが、人攫いの男はベッドに横になったまま。

 組んだ腕を枕にして、タオルを顔に掛け、足を組んでいるだけ。

 何も気にせず、無造作な様子。

 いつまで経っても動こうとはしない。



 その様子を不思議に思っていると、人攫いの男は無関心そうに手をひらひらさせる。



「別に、なにもしねぇよ。そう身構えんなって」


「……本当か? 俺はアンタをここにぶち込んだんだぞ?」


「そうだな。おかげさまで四年もここで暮らしてるな」


「なら……」



 恨みに思っているのではないか。

 そう思うが、しかし人攫いの男は一向に敵意を見せない。



「だから、俺が仕返しでもすると思ってるのか?」


「違うのか?」


「そんなことしねぇよ。さすがにアレは俺もやりすぎだったって思ってるさ。一時の過ちだ。過ち。キヒヒッ。俺にガキをいたぶる趣味はねぇ」


「…………」



 そんなことをうそぶく男を、胡乱な目で見つめていると、人攫いの男は顔に掛けていたタオルを取り、



「なんだよそのツラは? そんなに意外かよ?」


「だってなぁ」


「まあ、罪人の改心したって言葉ほど胡散臭いモンはねえわな。気持ちはわかるぜ」



 なぜかそこで、同意されてしまった。



「ともあれまあ、お前もこれから同じ部屋で暮らすんだ。仲良くしようぜ?」


「出て行かないのか」


「……行くところもねえしな。それに、さっきも言ったが、ここじゃあタダで飯が食える」


「タダ飯がそんなに大事か」


「当たり前だ。世の中飯を食うにも、金がかかるからな」



 確かにそうだが、それはそれで、



「普通、長期の懲役ってどっかで働かされるんじゃないのか?」


「残念、俺の刑期は二年で終わってるんだ。労役も課されなかったしな。お前らがあのとき身分を明かしてたら、こうはならなかっただろうけどな」


「つーかアンタ二年もここに居座ってるのかよ……」



 呆れて物も言えなくなる。



「ヤツらも無理に出そうとしないしな」


「なんで?」


「俺に構うのが面倒なんだろ。基本的にあいつらは凶悪な連中の管理で手一杯なのさ」



 ここも、人手不足ということか。

 こんなやり方ならいつまで経っても出ないと思うのだが、何を考えているのか。



 ……いや、考えている余裕もないのだろう。



「さっき衛兵も言ってたけど、あんたなら働き口なんかいくらでもあると思うけどな」


「なんでそう思う?」


「あんたって結構な魔導師だろ?」


「どうしてそう思ったよ?」


「スウ……俺と一緒にいた女の子の魔法をいなしてたときの手際だ。スウの魔法に対して全部正しく対処してた。ちゃんとした勉強して、実地もしっかりやってなけりゃ、ああは行かない」


「ハッ――あっちのガキが雑魚かっただけだろ?」


「それ、マジで言ってるわけじゃないよな?」



 神妙な顔をして聞き返すと、人攫いの男は明後日を向いて悪態をついた。



「……不気味なガキだな。その歳でよくもまあ、そこまで魔法に詳しくなれるモンだ」


「じゃあどうして」


「無理してここを出ても、金にならねぇからな」


「金って……」



 こいつもか。



「金だよ。いいとこのガキには理解できないかもしれないがな、世の中全部金なのさ。金のあるなしで、全部が決まる。いまじゃ、地位だって金で買えるだろ?」



 確かにそうだが、だからといって、そればかりに固執するのはどうかと思う。

 そんなことを考えていると、ふと思い出す。

 そう言えばこの男、出会ったときも金、金と、金にこだわっていたような覚えがあることに。



 何か金で苦労でもしたのか。そんな風にも思えるが――



「で? お前はどうしてこんなとこにぶち込まれたんだ? 悪いことして捕まったってわけじゃねえんだろ?」


「なんでそう思う? すっげー、あくどいことしたのかもしれないぜ?」


「ナマ言うんじゃねぇよガキが。悪党にするには顔に滲む悪さが足りねぇっての。むしろ可愛げがあり過ぎて全然似合わねえよ」


「あ!? 女の子っぽくて悪かったな! 女の子っぽくて!」


「顔のこと気にしてんのかお前? キヒヒッ」



 顔のことを、人攫いの男に鼻で笑われた。

 むくれつつ、そっぽを向くついでに牢に焦点を合わせる。



「……にしてもここ、魔導師を閉じ込めておく牢なのに、なんでこんな管理が適当なんだ?」


「ここはちょっとやそっと魔法が使えるってだけじゃ出られねえんだよ。壁はよっぽど無茶苦茶やらないと壊せねえし、牢番の装備もいい。脱獄なんて簡単なことじゃないぜ」



 そう言って、人攫いの男は補足する。



「ちなみに凶悪なヤツは歯や舌が引っこ抜かれて、もっと上の階行きか、石化山(ストーンバレー)の一番危険な場所送りだ」


「うわ……」



 舌や歯を引っこ抜くその仕打ちは恐ろしいが、確かに魔導師を無力化するにはそれが一番手っ取り早いだろう。

 石化山(ストーンバレー)最奥での労役も、失明や皮膚や喉の爛れなどを引き起こすため、特に恐れられている。



 技術が未熟なソーダ産業も結構怖い。



「ま、基本的に見つかりゃあ牢番どもが大挙して押し寄せて来るからな。そこまで気を遣わなくてもいいってことなんだろ」



 いま自分たちがいるここも、封印塔では低いところだろうが、高所にある。

 通路も入り組んでいて狭く、脱出しにくい造りになっているため、いくら腕のいい魔導師でも一人だけでは出られないだろう。



「俺、どうにかして出たいんだけど」


「脱走か? やめとけやめとけ。さっきも言ったがそう簡単なことじゃねえ」



 人攫いの男はそう言って、ベッドに寝っ転がり直す。

 そのまま壁を向いて丸くなった。

 やはり、ここを出る気はないらしい。



 ……まあ、協力的でないのは当たり前か。この男にとっては他人事なのだから。

 ともかく脱出のため、まずは最初の関門に取り掛かる。

 いま目の前にある、鉄格子だ。

 魔導師を拘禁しておくため、造りが頑丈なのはもちろん、刻印も念入りに刻まれている。



「鉄格子に刻まれた刻印は……へぇ、面白いのが使われてるな」


「お前な……それもそう簡単に壊せるものじゃ」



 刻印を調べていると、後ろから呆れの声が聞こえてくる。

 無理だ無理だと言っているのに、出ようとしているのだから、そうなるのも当然だろう。



 やがて、刻まれた刻印の調べがついた。



「水気を除けるタイプじゃなくてよかったな……」



 鉄格子の破壊は、作った魔法で叶う範囲であり、脱獄は可能。

 呪文と魔力量を頭の中で一度確認し、呪文を唱える。



『――流れ行く水気は瀑布はとなりて急をなし、千波万波と押し寄せる。砕ける白波小さく。しかして為す音大きく。粒となりて撒きちりッ!』


「お? 噛んだか?呪文が長いと大変だよな」


「そうなんだよなぁ」


 威力を出したり、力を調整するのには、ある程度の呪文の長さが必要だ。

 どんな呪文もスマートに作りたいところだが、それが呪文作製の難しいところ。


 人攫いの男は「気をつけねぇと魔力がなくなるぞー」と忠告しているのか茶化しているのかよくわからない言葉を投げてくる。呪文を噛むと詠唱不全となり、魔力を余分に消費してしまうため、彼の言う通りロスになる。

 気を付けたいところではあるが、威力のある魔法を行使する場合は避けられない命題でもある。

 なにかしら強化が容易になる法則を見つけ出せればいいのだが……。


 気を取り直して、呪文を唱える。



『――流れ行く水気は瀑布はとなりて急をなし、千波万波と押し寄せる。砕ける白波小さく。しかして為す音大きく。粒となりて撒き散り塵に。流れはありて出口はなく、循環の路は繰り返さず。露と消えよ。泡と果てよ。打ち砕かれよ。ただ帰せよ。長くか細くなしたる身なれども、金城鉄壁を断ち切る刃よ閃け』



 特徴的な言葉の結びが際立つ呪文、それが紡がれた直後。

 魔力が呪文に注ぎ込まれるとやがて、紡がれた呪文が中空に魔法文字(アーツグリフ)を浮かび上がらせる。寒色に輝く魔法文字(グリフアーツ)は環状にまとまり、ゆっくりと回転。それを右腕で貫くと、手首に嵌ると同時に、手を霧状の水気が包み込んだ。


 指で剣を模すと、そこから超高圧の水流が噴き出す。



「……音はデカいが、まあ何とでもなるだろ」



 加圧された水流が床に当たると、男の世界にある電動ノコギリを使ったときのような高音が鳴り響く。キィィィィィィィィィンという耳障りな音を手短にするために、即座に鉄格子の一部に狙いを付け、



「――【閃の水瓶(レイザア・アクエリアス)】」



 ゆっくりと一本ずつ、格子を横に切り裂いていく。

 やがて、重さを感じさせる音が、足元から二、三聞こえて来る。

 鉄格子の刻印は熱などの変質関連に固執したものであったため、ウォータージェットを利用した切断が可能だった。



 水を使って物質を切り裂くなど、刻印技師も思いつきもしないだろうが。

 ともあれ、その様子を見ていた人攫いの男は、ベッドの上で目を丸くしていた。



「……それもまたおかしな魔法だな。刻印入りの鋼鉄を水で切るとかどうなってんだよ?」


「水はバカみたいに加速させると切れ味すごいんだ。……ま、これは水だけじゃなくてちょっとした研磨剤代わり(カラクリ)があるんだが」


「どこ情報だ。どこの。魔法院でもそんなの教えねえぞ……」



 人攫いの男はこちらの適当な説明に呆れている。

 いや、呆れたのはそんなことをしてしまったことについてか。

 ともかく。



「よし、これで出られるな」


「さっきも言ったけどな、牢の外をうろついたら衛兵が来るぞ」


「ならぶっ倒すさ」


「なんでそこまでする? 待ってれば誰か助けてくれるだろ?」



 確かに、普通の貴族の子弟ならそうなる確率が高いだろう。手違いで入れられたなら、すぐ助けが来ると考えるのが妥当な線だし、事実こちらにもノアやクレイブといった味方がいるのだ。待っていれば確実に出られるだろう。



 だが、ここで時間をかけ過ぎれば――



「妹が危ないんだ」


「あん?」


「このまま動けなかったら、妹がどうなるかわからない」



 侯爵のあの性格。口ぶり。強硬な手段に出る可能性が高い。

 一応保険はかけているが、それが絶対に上手くいくとも限らない。

 いまは是が非でもここを出て、行動を起こさなければならないのだ。

 上級貴族の屋敷で暴れることの危うさなどは二の次だ。

 リーシャの命には代えられない。



「……結局どういうことなんだよ?」


「妹が役人から悪徳な上級貴族の不正の証拠を預かって、そいつに捕まったんだ」


「はぁん。お前それで助けようとして、ヘマやらかして捕まったと」


「そんなところだな」



 素直に頷く。確かにこれは、下手を打ったということだろう。いまは思った以上の窮地に立っている。

 そんな中、ふと人攫いの男が冷ややかに吐き棄てる。



「にしても貴族か。相変わらずだ。偉いヤツはどいつもこいつも金に汚ぇ」


「……?」


「だがな、貴族なんぞ正面から相手取るなんてやめとけ。いいことなんてねぇぞ?」


「じゃあ妹を見捨てろっていうのか?」


「…………」



 そう言うと、人攫いの男は黙り込んだ。

 先ほどから態度が一貫しない人攫いの男を不思議に思いつつも、いまはそれどころではないと牢の外を窺う。

 通路の右、左。誰もいない。耳を澄ませても、特に足音なども聞こえてこない。



 そんな中、ふいに背後に気配が立つ。

 肩越しに振り向くと、背後に人攫いの男が立っていた。

 そんなときだ。



「――出るのに手ぇ貸してやる」



 人攫いの男が、そんなことを言い出したのは。



「え……?」



 突然の、しかも予想外の申し出に、頭の中がこんがらがる。

 だが、人攫いの男はこちらの混乱を余所に、続けざまに言葉を重ね、



「その代わり、報酬を用意しな。金だぞ?」


「いや、え、えっと……」


「なんだ?」


「なんだって……一体なんで?」


「そんな意外そうな顔すんなよ。金になりそうだと思ったからさ。……で? 手ぇ貸したら払ってくれんのかよ?」


「あ、うん。手伝ってくれるならできる範囲で用意する」


「ちゃんと取り立てるからな」


「あー、うん」



 まだ頭は回っていない。これは、一体どういう風の吹き回しなのか。よくわからないが、ともあれ手伝ってくれるのならそれに越したことはないか。



「……えっと」



 ふと、呼ぼうとして、どう呼べばいいか言葉に詰まる。

 すると、人攫いの男は何事かを察したか。



「――カズィだ。カズィ・グアリ」


「ああ。わかった、カズィだな。俺はアークス・レイセフト」


「レイ……お前あの有名な軍家のガキなのかよ。けっ」



 貴族というのが気に入らないのか。カズィは悪態をつく。

 ……カズィ・グアリが仲間になった?





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