第三十三話 天界の封印塔
アークスが傭兵に連れて来られた場所は、王都北の郊外。
罪を犯した魔導師を収容しておくために造られたという牢獄、通称【天界の封印塔】だ。
この建造物の外観は白く、円柱状の建物が真っ直ぐ上へ上へと伸びており、窓らしきものはちらほら見えるものの壁は凹凸がなくフラット。
まるで未来の建造物を思わせる造りである。
そのためか、王都でもその異物感たるやすさまじく、他の建築物と共に視界に収めると、明らかに浮いていると感じてしまうほど。
だが、この建物で驚くべき部分は、そこではない。
万人が総じてこれに驚異を抱くのは、この建築物の名に【天界】【塔】などという単語が使われる所以、その見上げても先が見えない高さにある。
目測でも、高さはビル三十階以上相当。
男の世界にあったタワーマンションや電波塔などを想起させる規模がある。
現在の建築技術では決して作ることができない高さのものが、こうして存在する理由は、これがもともと古代の建造物だったからだという。
王都が造られる前――おそらくは【魔導師たちの挽歌】にうたわれる時代に建造されたものらしく、それを改修して牢獄にしたのだと言われている。
一度ここに罪人が収容されると、出ることはほぼ不可能だというのが一般的な認知だろう。
牢番の人員は王国でも選りすぐられた衛兵ばかりが配備され、罪人が間違っても脱獄できぬよう各階各所に詰めている。
牢番の目を掻い潜って降りることは不可能で、かといって建物の性質上、外を伝って降りることもできず、高すぎて飛び降りることもできないのだという。
しかしてアークスはいま、そんな場所で叫んでいた。
「――つーかろくに取り調べもしないで牢獄に入れられるってどういうことだ!?」
目が覚めると、牢番である衛兵たちに両腕を抱えられ、牢に連行されていた。
侯爵邸で気を失って、傭兵たちに運ばれたあと、すぐに彼らに引き渡されたらしい。
そう簡単に誰でも収容できるものではないはずだが、牢番の中に侯爵の息がかかった者がいたのだろう。
もちろん気が付いてすぐ、衛兵に抗議の声を叫んだのだが、
「我らは指示された仕事をするまでだ」
と言って、牢番はいかにもマニュアル通りの言葉を返すばかり。
だからこそ、こうしてひっきりなしに文句を言っているのだが――
「……なあ、アンタら、子供がこんなとこに送られてくるなんて、おかしいとは思わないのかよ?」
「我らに意見する権限は与えられていない。我らの仕事は、指示された者を獄に繋ぐだけだ」
「それでいいのかよ? それじゃ指示待ち人間だぞ! 指示待ち人間!」
「…………」
「聞いてんのか!?」
「…………」
「あああああー!! 話が分からねぇ奴らばっかり! どうなってんだここは! 一体!」
頭が固い牢番たちに、これでもかと文句をぶちまけまくる。
だが、全員聞く耳持たぬで通すらしい。
暴力を振るってこないため、彼らも一応は子供が連れ込まれたおかしさを感じているのだろうと思うが――かといってどうしようもないということなのだろう。
王国の上位貴族、侯爵という地位的に上位者に申し付けられれば、無理も道理になるということか。
――世の中は金、金だよ。
思い出すのは、気を失う前に聞いたあの言葉。
あらためて、地位と金銭という権力の強大さを思い知らされる。
しかし、だ。
ここで足踏みしている余裕はない。
リーシャの保護に失敗した以上、もはや一刻の猶予もないのだ。
侯爵はあのとき「いなくなってもらう」と、暗に危害を加えることを匂わせた。
ならば、どうにかこの場を脱して助けに行かなければ、リーシャの身が危ない。
……だが、さすがにこの数相手では、暴れてどうにかなるようなものではない。
左右を牢番に挟まれたうえ両腕を抱えられ、前にも後ろにも、強力な防具を装備した衛兵で固められている。
距離があれば魔法で切り抜けることも可能かもしれないが、この距離でこの数は不可能だ。
しかし――
(魔法が強みの軍家の子供に、猿轡も付けないのか……)
魔導師に対しては普通、万が一にも呪文を唱えないよう猿轡を付けるのが一般的だと思うのだが、ここではそういった対策を怠っている。
守りに絶対の自信があるためか、いや、子供が暴れたところでどうということはないと思われているのかもしれない。
そもそも、魔法が使える使えない以前に、彼らが自分のことを何者か知らないということもあり得るが。
連れられて何もできない中、せめて何かしていようと周囲を観察する。
通路を構成している壁は分厚いが、主流である石材を使用したものではない。
病院の入院棟か。
さながらSFに出て来る研究所のようでもある。
壁は単色で無駄な凹凸がなくフラット。
どこも部屋の中が見えるよう、大きな一枚ガラスが使われている。
一見して脆そうにも見えるが、【魔導師たちの挽歌】の時代に造られた物は、それこそあらゆるものに当時の魔法技術が使われたという。
ガラス材一つとっても、いまとは比べ物にならないほど頑丈だろう。
脱獄が難しいのは、こういった面からも窺える。
衛兵たちに連れられて、階段をかなり登った。
おそらくは結構な高さにいるのだろうと思われる。
階段の段数や折り返し具合を考えて、二十階から三十階といったところ。
この辺りに来ると、徐々に牢として使われる部屋が増えて来る。
牢は部屋をぶち抜いて作り直したのか、いかにも牢屋というような金属の格子がはまっており、中には犯罪者が入れられている。
やがてたどり着いたのは、この階の一番奥の牢だった。
「お前が入る牢はここだ」
衛兵に背中を押され、自分の牢を見る。
やはり他の部屋と同じく、白くフラットな部屋には鉄格子がはめられており、中には二段ベッド、排せつ用の桶。
そして、人影が一つあった。
どうやら、部屋には先客がいるらしい。
「相部屋?」
「いや、そんなはずはないが……」
衛兵は怪訝そうな声を出して、牢を覗く。
やがて、何か合点がいったのか、呆れのため息を一つ吐いた。
「……おいグアリ。まだ出ていってないのかお前は」
衛兵がそんなことを言うと、牢の中から返事が戻って来る。
「――出て行ったって、行くところがねぇしなぁ」
「そう言って居座ってからもうどれくらいになる。ここは宿じゃないんだぞ?」
「ん? そうだったのか? 清潔だし、黙ってりゃあ飯まで出て来る良い宿だと思ってたんだが。キヒヒッ」
「…………お前の分はもう出さないように言っておく」
「そいつは冷たいねぇ。で? 今日はどうしたんだ?」
そんな先客の訊ねに対し、衛兵は、
「この牢に入れる人間を連れて来た」
「ほー。ついにここも埋まるのか」
「そうだ。だからさっさとここから出て真っ当に働け。お前なら働き口くらいいくらでもあるだろうが」
制圧用の杖の柄を軽く床に打ち付けて、ため息を重ねる衛兵。
先客の、のらりくらりとした態度に辟易しているのだろう。
「ほら、お前の部屋だ。入れ」
入り口を開けられ、押し込められるように牢の中に入れられる。
すると、ベッドの上に寝転がっていた先客が意外そうな声を上げた。
「なんだぁ? 随分とちっさいお仲間じゃねぇか――って、あん?」
浴びせられたのは、そんな怪訝そうな声。
どうしたのか。文脈から考えて、最後には更に疑念が深まったというような声音に思える。
しかしてそんな声を出した先客の顔には、確かに見覚えがあった。
「あんたは……」
「こいつぁ……」
いましばし、顔を見合わせた相手は、いつかスウと共に撃退した人攫いの男であった。




