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第二十四話 お酒造りも始めました



 アークスはノアと一緒に、クレイブが所有する書物蔵を訪れていた。

 場所はクレイブが所有する土地の一角にある、小さな館だ。

 普段は倉庫として扱われている……と言えば聞こえはいいが、実際は管理が行き届いていないため、物置の一つと化している。



 ズボラな性格の人間が、荷物を押入れにぶち込んでそのままにしているのの規模の大きい版、というイメージが思い浮かんだのも無理からぬことだろう。

 ところどころ埃を被って手入れが行き届いていないのは、あまり重要なものが入っていないと判断されているためだ。



 館は雨戸が打ち付けられてあるため、光が入って来る場所がなく、薄暗いというか真っ暗。

 そのため、あらかじめ【輝煌ガラス】のランタンを持ち込んで、照らしながらの探索となっているのだが、



「……なんていうか、お化け屋敷っぽいなぁ」


「ここは随分と手入れを怠っていると聞いていますからね」


「うげっ、でっかいクモとクモの巣」



 男の世界のクモと比しても随分と大きなクモを照らして慄いていると、ノアが動じることなく訊ねてくる。



「しかしアークスさま、どうしてこのような場所を見ようなどと?」


「なにか伯父上も見つけられてないようなものを見つけようと思ってさ。ほら、知識は伯父上の方が上だけど、視点が違うようなことがなきにしもあらずだし……」


「……では、本音は?」


「…………や、最近目新しいものが見つかんなくて停滞してるから、苦し紛れで」



 と言いつつ、誤魔化し笑い。

 だが、勉強の進み具合が悪いのは事実だ。最近は紀言書の解読が停滞しがちで、新しい【魔法文字(グリフアーツ)】に触れていない。ひいては新規の呪文作製もままならないため、目新しい刺激を欲しているというわけだ。



「いや、『俺』だっていろいろ探してるんだよ? でも手元にあるものじゃ限界があるしさ」


「それはわかります。……しかし『俺』ですか」



 話の途中で、何故かノアが口元に手を当てて顔を背ける。



 そして、



「…………ぶふっ」



 あからさまに噴き出した。

 なんか失礼極まりない。



「……なんだよ」


「いえ、アークスさまが『俺』と言うのは、なかなか慣れないなぁと思いまして」


「そのうち慣れるって言ってるだろ? いちいちいちいち噴くなよ」



 ノアの物言いを聞いて、ムッとした態度を取る。

 そう、少し前から、一人称を『ぼく』から『俺』に変えて、口調もそれに合わせたものにしているのだ。そしてノアは、毎度それに関して慣れない慣れないと言う始末。



「ですが俺と言うにはちょっと顔が可愛らしすぎるかと」


「ぐっ! 人が気にしていることを……」



 だがノアに関してはこんな感じだ。もう二年も経ったゆえ、だいぶこなれてきているらしく、クレイブの相手をするときのように、気安げなものになっているのだ。



 こちらとしては砕けた会話がしやすくなったため、そう悪くはないのだが。



「どーせ背はちっこいし女の子っぽい顔つきですよーだ! ちくしょー!」



 ちょっと腹が立って、八つ当たり気味に本を漁っていたそのとき。

 本棚の上に乱雑に積まれていた本が、崩れてきた。



「うぎゃぁああああああああ!!」


「何をなさっているのですか……」



 ノアは少し呆れつつも、駆け寄って本をどかし、埃を払ってくれる。



「それで、参考になりそうなものはありそうですか?」


「わからない。探してみるよ」



 そう言って、埃の被った本棚から、片っ端から本を漁って回る。ページを開いてランタンで照らしつつ、基本斜め読み。ほったらかしにされて久しいため、どの本にもチャタテムシがうぞうぞしているが、手袋で払いつつ一つ一つ(あらた)めていく。



 …………しばらくそんなことをしている中、ふと巻物が乱雑に投げ込まれた袋を見つけた。



「お?」



 保管の仕方が適当だ。読まずに積んでいるというよりは、必要のないものをひとまとめにして置いてあるだけといった感が強い。



 直感的に「これだ」と思う。こういったものこそ、細部まで目を通していないはずだ。ならば、発見されていない事柄がある可能性も高いというもの。



 手を突っ込んでごそごそすると、変わった装丁の本を見つけた。

 しかも、中身は【魔法文字(グリフアーツ)】で書かれている。



「これはよさげだな……」



 新たな発見を前にして、気分が逸る。最近はあまり目新しいものを見ていないため、特別その気持ちは強い。



 しかして、タイトルに書かれていた言葉は――




 ――クリン・ボッターと秘密の酒造。



「って! 密造酒作りの手引きかよ!」



 思わずそんなことを叫んで、床に叩きつけてしまう。

 それを聞きつけたノアが、手を止めて近づいてきた。



「アークスさま、どうかしましたか?」


「……いや、なんでもない。そっちはどうだった?」


「こちらは目ぼしい収穫はありませんでした」



 …………その後も庫内を探したが、結局、書庫には魔法の指南書などはなく、目新しいものは例の密造酒の本しかなかった。



 少し残念な気持ちになりつつも、家に戻って見つけた本の中身を検める。

 一応ながら、このクリン何某も【魔法文字(グリフアーツ)】によって書かれたものだ。表題や内容は魔法にまったく関係のない事柄でも、中に書かれている単語や成語は有用なものが書かれている可能性がある。読んでみる価値はあるはずだ。



「……読んでみるか」



 一応裏切られることも考え、期待を持たずに読み進める。

 意外にもクリン何某の本は密造酒の手引きではなかったらしく、正当な酒の造り方の本だった。



(それでもレシピ本の域は出ないんだよな……)



 しかし、単語や成語は知っているものばかり。書いている内容も、巷に出回る酒類のレシピを独自に改良した程度にとどまっている。著者はなぜこんなものに、わざわざ【魔法文字(グリフアーツ)】で書く労力を費やしたのか、これがわからない。



 だが、



「……なになに? 魔法を用いた極上の酒の造り方をここに記す?」

 本の最後の部分に、そんな記述があった。工程まで詳細に書かれており、まさか温度に関する事柄らしき概念まで記載されていた。



 ――この世界では、男の世界のように温度、気温、湿度の概念がまだ存在しない。

 魔力計のことでもわかることだが、物質の膨張変化と目盛りを組み合わせることが革新的とすら言われるのだ。



 つまり、これが書かれた時代には、きちんとそれらの概念が存在し、測ることができていたということになる。



(魔導師たちの挽歌に書かれる時代は、かなり文明が進んでたって話だからな……)



 彼の時代に隆盛を誇った文明は、その隆盛の中核であった魔法技術によって滅んだという。いまの時代は、それから数世紀ほど経っていると目されているのだが。



 にしても、



「……極上の酒かぁ」



 お酒に関しては、男の人生を追体験したときに味わっている。

 いいことがあったときに飲んだ酒の味は、確かに美味かった。

 いまはまだ飲むことはできないが、今後のために用意するのも悪くないかもしれない。

 魔力計が発表されたときに飲めるようにしておけば……それこそ祝杯となるだろう。



 そう考えると、自然に唾液が溢れ、ごくりと呑み込み喉が鳴る。



「お酒の誘惑には抗いがたい……」



 しかして、そう考えてからの行動は早かった。【古代アーツ語】で書かれたレシピを共通語に起こして、必要な材料などの目録を作っていく。



 どうやら特定の植物に秘伝の魔法をかけることによって、ソーマという植物に変質させることが重要らしい。



「必要な物はノアに頼んで用意してもらえばいいかな……」



 そんなこんなで、酒造りまで始まってしまった。



 


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