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第二十三話 さらに二年後……



 早いものだが、魔力計を作ってからすでに二年の歳月が過ぎた。

 試作品を生み出してからもうかなりの期間が経っているが、まだ魔力計の発表には至っていない。



 魔力計を公の場に出すには、その機能の精査や、ある程度の本数。製作する場所やその秘匿性など、確保しなければならないことが多くあるため、情報はまだゴッドワルドのもとでとどまっているという状況である。



 発表に当たりネックとなっているのは、その製作工程だろう。魔法銀を再加工する際に、錬った魔力――【錬魔】を必要とするため、製作にはどうしても時間がかかってしまう。



 そして魔力計だけでなく、その【錬魔】の存在まで発表するかどうかにまで話が及んでいるため、状況は停滞しているというわけだ。

 アークスとしても、【錬魔】についてはまだまだ未知数なところが多いため、こちらについては【魔導師の秘伝】ということで発表は避けようと考えている。



 当然その分、魔力計の生産量は少なくなるだろうが、逆に少ない方が管理もしやすいため、これに関してはそのままで構わないだろうとの判断だ。



 そして、アークスの年齢もすでに十歳となった。

 以前に比べ身体も成長しているのだが、いかんせん同年代の男子と比較すると見劣りする身体つきで、線も細い。



 しかし、この世界の人間の特徴なのか、体つきや筋肉量の割には、膂力(りょりょく)や運動能力が見た目以上に付いているため、実年齢の平均を遥かに上回る身体能力を発揮できる。これも、日々の鍛錬の賜物だろう。このまま続けていても…………クレイブのようにゴツい筋肉を手に入れることは叶わないかもしれないが、身体能力だけはそれなりになるはずだ。



 二年経っても、リーシャとの仲は良好なままだ。跡取り教育のために、会える機会は格段に減ったが、暇を見つけては彼女とトランプで遊んだりしている。



 両親の目を掻い潜っての密会だが、ときたまこれが使用人に見つかることもある。

 だが、そのときはリーシャに、



「――次のレイセフトの当主は私です。告げ口などしたら、わかっていますね?」



 そんなことを言わせたら、使用人の告げ口はピタリと止まった。

 基本的に見て見ぬ振りができる事柄であるため、使用人たちも余計な波風を立てたくないと思ったのだろう。まさか使用人たちも【無能菌】の存在を信じているわけもないため、口を出さないことが第一ということで落ち着いたらしい。



 ……リーシャは貴族教育の賜物なのか、歳の割りに利発で、喋り方も流暢になった。

 男の世界では、この年頃の子供など、男を含めもっと子供っぽかった記憶がある。



 やはり、こういった成熟の違いは、環境が関係しているのだろう。貴族社会では成熟した人間を早くから求められるため、成長もそれに合ったものになるのかもしれない。



 スウとの関係はほぼいつも通りだ。週に何度か会う時間を作り、魔法の勉強をしたり、王都を遊び回ったりしている。勉強に魔力計が使えるようになってからは、勉強の進み具合も加速し、様々な単語や成語を発掘することができた。



 年齢的なものもあってか、いつもの過剰なスキンシップも減少傾向にある。

 どこかよそよそしさを覚えるようになったのも、やはり年齢のせいなのだろう。



 ……頬っぺたに関しては相変わらずお気に入りのようなのだが。



 ともあれこの日のアークスは、クレイブの屋敷の敷地周りを走らされているという状況にある。



「おらおらどうした! もっとキビキビ走りやがれ!」


「は、はい!」


「魔力切れの前に体力切れになったら話にならんぞ!」



 現在行っているのは、いわゆる体力トレーニングで、後ろから怒号を飛ばしてくるのは、言わずもがな伯父のクレイブである。

 体力をつけるための訓練であるため、弛まぬよう、こうして頻繁に「オレはきちんと監督しているぞ」という威圧感たっぷりの怒鳴り声をかけてくるのだ。



 魔導師であるにもかかわらず、なぜ体力をつける訓練に力を入れているのかというのには、自身の魔力量に理由がある。

 自分の魔力量は、魔導師としては平均より少し上という程度。

 そのため、クレイブ曰く「自分より魔力量の多いヤツを相手にすればジリ貧になる」らしい。

 きちんと測ったわけではないが、リーシャの四分の一、クレイブでは五分の一。



 あの魔力お化けのスウ相手ならばどれほど差があるか知れたものではない。

 もちろんそう言った人間がごろごろいるわけではないが、今後出会わない可能性はないわけではないのだ



 だからこそ、別のことでその差を埋めるため、本格的な体力トレーニングや肉体的なトレーニングも始まったというわけだ。



 十歳になったので、肉体的にもそろそろらしい。

 らしいのだが…………これがまあひどいスパルタだった。軍隊仕込みなのかは知らないが、少しでも気の緩みを見せると、容赦なくメニューを追加されると言った有様。

 クレイブ伯父、伊達にごつい筋肉付いてない。最近では魔法の勉強よりも、こっちの訓練の方が主となっているほどだ。



「ひ、ひぃ……うっぷ」



 息が上がって、そのうえさらに走り続けたせいで、吐き気まで催してくる。

 なんでもこの世界だと、この程度では子供もそうそう死なない……体調を崩さないらしい。実際身体能力も男の世界の人間とは異なるため、あながち間違った話ではないのだろうが、やっぱり虐待案件だと思ってしまうのは男の世界の常識に身を浸していたためか。



 さすがに呼吸が苦しくなり、ついつい膝に手を置いて止まってしまった。

 もちろんその隙を、あのクレイブが見逃すはずもなく――



「てめぇアークス止まるなって言っただろうが! もう一周追加だ! 追加! 死ぬ気で……いや、死ぬまで走りやがれ!」


「は、はい……」



 飛んでくる怒鳴り声に急かされて、よろよろと動き出す。

 まさに、男の世界で言う鬼だ。これに比べれば、父ジョシュアの気色ばんだ形相など可愛いものだろう。あちらと違い手が飛んでこないおかげで気が楽だが。



 走りながらちらりとクレイブの方を窺うと、ノアと剣を合わせているのが見えた。



「はっ!」


「甘い! もっと踏み込んできやがれ!」


「はい!」



 打ち合いながら、ノアの拙い部分を正確に指摘するクレイブ。

 それも、自身の走り込みに意識を割いて、その監督をする片手間でだ。

 それでノアほどの実力者の訓練を行える力量なのだから、途轍もないというもの。

 いまさらだが、伯父がこんなにも超人だとは思わなかった。そりゃあ出奔して戻って来てから爵位を受けられるわけである。



 ……やがて、クレイブから課されたメニューが終わる。



 もう、へとへとだった。



「よし! 今日はこのくらいにしといてやる!」


「あ、ありがとうございますぅ……」



 いつものように、クレイブへお礼を言うと、彼は先ほどよりも幾分柔和な口調で、



「アークス。このくらいでへばってたら、国定魔導師なんざ夢のまた夢だからな? しっかり訓練して、それに見合う体力を身に付けろ。いいな?」


「はいぃ……」



 ほんと、国定魔導師どんだけだ。いや、彼らがすごいということはわかっているが。

 十歳の子供相手なのだから少しは手加減して欲しい。



 ……欲しいが、クレイブの訓練はこれだけでは終わらない。

 どうやら伯父上、武芸に必要なものは一通り仕込むつもりらしく、剣術はもちろんのこと、弓術や乗馬などもやらされる。



 正直な話、舐めていた部分はある。まさかここまでみっちり訓練を施されるとは思っていなかった。訓練の時間は一日の内に三時間とか、四時間程度かと思っていたが、まさか男の国の法定労働時間に匹敵するほど鍛えられるとは。


 ノア曰く貴族であってもここまでするのは珍しいそうだが、珍しいというだけでないわけではないらしい。



 王国貴族恐るべしである。



 両親を見返すことができるまで、生きていられるか不安になってくるほどだ。

 しかもそのうえで、『自主練』というものまで加わって来るため、肉体的な訓練がある日は、一日がほぼそれだけで終わってしまう。スケジュールはハードだが、それは自分でもやっておきたい訓練でもあるため外すわけにはいかないし、かといってそれをクレイブやノアの前で行うのはいささか憚られるため、別枠、自主練という形にしているのだ。



 その訓練というのが、男の人生を追体験したときに覚えた動きなのだが、どうも彼らからはよく思われていないらしい。王国式細剣術を基礎として教えられているため、それと違った動きの訓練をするのは、あまりよろしくないのだそうだ。



(そうは思わないんだけどなぁ……)



 というのが、一貫して抱く考えである。

 違う動きをしても、それがクセとなって引っ張られることがないのは、男の人生を追体験したときにすでに答えとして出ている。



 それに、基本的に行うのは動きの……歩き方の幅を広げる訓練なので、あまり影響はない。

 極力上半身を動かさず、足裏全体を使って動く歩法。



「よ、ほ、よ……」



 次に、足を前と後ろに出した状態から、後ろの足を引き付けつつ、相手の懐に飛び込む歩法。



「とっ、よっ!」



 それが終わると、腰を回すことを意識して、瞬時に横向きの体勢を作り、身体を入れ替える動き。



「よっ、よっ、よっと……」



 これを何度も繰り返して、頭だけでなく、身体にも覚え込ませるのだ。

 自分がこの訓練に固執しているのにも、一応は理由がある。



(王国式の動きと、これを合わせれば、きっとあの動きができる……)



 男の人生を追体験したときに覚えたこの動きを合わせれば、あるいは考えた通りの動きができる可能性があるのだ。鍵は、このメニューの中で一番回数を多くこなしている上半身を動かさない歩法だ。



 王国式細剣術の動き。

 男の人生で覚えた武術や動き。

 そして男の世界の人間たちとは異なる身体機能。



 可能性の域を出ない話だが、これらが合わさることにより、男の世界の読み物によく出て来た超人的な動きができるかもしれないのだ。



 だからこそ、疲れて動けないから休む、という選択肢はない。

 毎日欠かさずこなすことができなければ、きっと身に付かないはずなのだ。

 男が夢見た動きができる、そのチャンスがある。



 ならば、やらないわけにはいかない。



 順調とはなかなか言いにくいものの、現在はさまざまなことが同時進行中である。





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