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第二十二話 スウさんは、お姉さん



 第三市民広場。ここは王都が造られた際に、計画的に配置された市民広場の一つである。



 この場所は、中央広場のような王都の中心地ではなく、王都の各所に設けられた、男の世界で言う【公園】のような憩いの場だ。広場の真ん中では子供たちが走り回り、近所に住む主婦たちが会話を楽しみ、暇を持て余す老人たちが戦棋と呼ばれるボードゲームに興じている



 この日はいつものように、アークスはスウと二人で魔法のお勉強会。陣取るのはカフェの椅子とテーブルではなく、石材で設けられたスツールの上。



 すでに今日やる分の勉強も終わって、たわいない話に興じていたのだが――いつの間にかアークスの身の上話になっていた。



 子爵家の長男に生まれたこと、いまはクレイブのもとで魔法を学んでいること。

 もちろん話は廃嫡されたことにも及んでいる。

 ともあれ、それを聞いたスウはというと、難しい顔をして唸っていた。



 瑠璃色の目が、大きく開いたり、細められたり。



「そっか。跡取りから外されたんだ……」


「ああ。しかもひどい嫌いようでさ」



 それに関しては、もうため息しか出ない。

 両親の虫の居所が悪ければ、ひたすらに罵られ、殴るわ蹴るわ。男の世界であれば児童虐待で逮捕される案件だった。



 基本的にいまは避けるようにしているし、ノアの存在もあるため両親も表立って強くは出られないので、無視される程度にはとどまっているのだが……健全さは欠片もない。



 スウが眉をひそめて首を傾げる。



「でも魔力量が少ないから廃嫡って、どういうこと? 普通はそんなことないでしょ?」


「普通に考えたらね。でも、魔力量がレイセフト家の基準に満たなかったからダメなんだってさ」


「私が知ってる限りだけど、アークスだって普通の魔導師と変わらないと思うけど……」



 そう、確かにアークスの魔力量は、一般的に見れば普通な方だ。官職を得ている魔導師の中には、アークスよりも魔力量が少ない者も少なくない。

 そもそもこの世界では、魔法を使えるだけでも一つの才能なのだ。魔法とは、魔力と呪文の他に、魔法の理解度やイメージまで必要とするため、専門的な技術職であり、呪文のみを覚えただけでは使えないのだ。



 それは、注入する魔力量の話からもわかること。

 ともかく、アークスの魔力量についてだが、



「レイセフト家の血筋……貴族界隈だと、やっぱり少ない方らしいよ」


「なんかそれも迷惑な話だね。ご先祖の魔力がみんな高かったばっかりに、そんな目に遭うのって」


「まったくだよ。おかげさまでずっと苦労しっぱなし」



 もう何度目かになる大きなため息をつく。身の上話が、いつの間にか愚痴になっていた。



「それで、どうしてアークスはそれでも魔法の勉強をしてるの?」


「ん?」


「だって、跡取りじゃなくなったんでしょ? なら、魔導師にならないっていう選択肢もあったんじゃないの?」


「あー」


「むしろ嫌いになっちゃうとか。そうならなかったのはなんで?」



 ……確かにスウの言う通り、魔法や魔導師という存在を毛嫌いするようになる可能性はあり得ることだ。これだけ魔法のせいでひどい目に遭っているのだ。順当にいけば、魔法も嫌いになるのが普通の反応とまで言える。



 だが、



「その、魔導師として名を上げて、見返してやろうと思ってさ……」



 照れつつも正直に言うと、スウはぷっと噴き出した。



「なんかそれ、ちょっと子供っぽい」


「子供っぽいも何も子供でしょ」



 何を言うのかこの少女は。少し不機嫌さを表に出すと、スウは笑いながら謝罪をする。



「ごめんごめん。だってなんの捻りもなかったから」


「……やっぱり、見返すなんてよくないことなのかな」



 これまで、それを第一の目標にしてきた。だが、見返すなど、結局は虚しいことなのではないかと、考えなかったわけではない。


 強い力を手に入れて、やり込める。傍から見れば、嫌なヤツのようにも見えてしまうかもしれないのだ。そんな人間になることが、果たしていいことだと言えるのか。そんなことをした時点で、同レベルに堕ちてしまうのではないか。



 そんなことを考えていると、スウは一転して真面目な表情を見せる。

 それはあのとき、人攫いの男と対峙したときに見せたような、どこか威厳を感じさせる、静謐なあの表情。



 そして、



「そんなことないよ。いじけて何もしないよりは、私はずっといいと思うよ? 理由はどうあれ、前に進んでる。立ち向かってる。ホントなら、アークスは逃げることだってできたはずだよ?」


「逃げる……」


「そう。伯父さんに頼って頼って、嫌な人たちから離れるの。でも、アークスはそんなことしなかった。自分を鍛えて、その人たちに立ち向かおうとしてる。それは、すごいことだよ」



 ……確かに、そうなのかもしれない。自分には、親にケンカを売らず、困難な勉強をせず、ただひたすら目を背けて楽な道を進む選択肢もあったはずなのだ。だが、それをしなかった。親という子の究極に立ち向かう道を選び取り、現状を打破しようと足掻いたのだ。



 善良とは言い難いかもしれないが、建設的ではあるのかもしれない。建設的であれば、それは彼女の言う前進と言えるのだろう。



「…………そっか」


「そうそう」



 いつの間にか、彼女の表情は静謐なものから、いつもの柔和なものに戻っていた。



「でもでも、見返すだけっていうのは、目標としては小くない?」


「小さい?」


「うん。やっぱり夢とか目標とかは大きい方がいいと思うよ?」



 目標。そうは言われるが、あまりピンと来ない。

 すると、



「見返したあとだよ。あと。そのあとのことも考えておかないと、見返したあとに、なにをすればいいかわからなくなっちゃうんじゃないかな?」


「ああ――」



 スウの言葉に、やっと合点がいった。要するに彼女は、やり切ったあとに燃え尽きてしまうのではないかと言いたいのだ。



 だが、確かにそれは一理ある。困難な目標をやり遂げたあと、目標を見失うということはままある話。たとえば男の人生を追体験したときに得た友人なども、国立の大学に合格するために昼夜問わずひたすら猛勉強をして、やっとの思いで合格したあと、無気力になってしまったということがあった。



 自分もそうならないとは限らない。特に、憤りや悔しさで設定した目標であれば、そうなってしまう可能性の方が高いとも言える。それに全力を込めて、一心不乱に突き進んだせいで、周りを見なくなり、目的を遂げたあとに取り残されてしまうのだ。



 そう言った未来を回避するには、大きな目標は必要なのかもしれない。



「でもなぁ……目標かぁ」



 何がいいか。自分にとってこれ以上ないと言えるほどの目標。



「国定魔導師とか?」



 思い付いたのは、伯父も持っている資格の取得だ。国内に十一人しかいない難易度最高ナイトメアの資格。それの取得を目指すのは、大きな目標になると言えるのではないか。

 だが、スウは納得がいかないようで。



「うーん、大きな目標にするにはちょっと物足りなくない?」


「いや、国定魔導師が物足りないって」


「でもアークスなら国定魔導師くらいすぐになれそうだよ?」


「いやいやいや」



 何を根拠にそんな答えに行きついたのか。国内最高難易度の資格を、すぐに取れるとは。

 本人が疑問を呈しても、スウは信じているというかまるで確信しているかのように、その先の話までし始める。



「人生の目標はもっともーっと大きくないとおもしろくないでしょ? それこそ、将軍とか上級貴族とか、どう?」



「それはそれで無茶苦茶でしょ……」



 将軍は成り上がれば可能性はなくもないが、いくらなんでも上級貴族は無茶にすぎる。現在の上級貴族たちはほぼ、代を重ねていまの地位を得た者か、大きな戦力を持っている者が国王に爵位を与えられて国に組み込まれた者、他国の王族などなど。



 一代でそれを成すには、それこそ目玉が飛び出るほど途轍もない功績を打ち立てなければ、なれないだろう。

 無理だと思うが、しかしスウは、それで完結してしまったらしく。



「うん。それがいい。それがいいよ。誰もぐうの音も出ないくらいすごい地位を目指すの。そのくらい無茶な方が目標にするにはいいと思う」


「ぼくにそれができるとは思えないけどなぁ」



 そんな言葉を漏らすが、スウはなぜか自慢げに胸を張る。



「大丈夫。アークスがすごいのは、お姉さんが保証してあげるから」


「む……お姉さんって、一歳違うだけじゃん」



 そう、ここ最近わかったことだが、スウは一つほど年上だった。

 そしてそれが判明してからは、こうして時折、年上風を吹かせているのだ。



「一歳は大きいんですー」



 こうして都度都度文句を言うのだが、スウは譲らない。なんか少し腹立つが。



「ともかく、アークスはなんかその、すごい偉くなるのを目指すの」


「わかったよ。できるだけ頑張ってみる」


「うん。応援するから、頑張って」



 スウに言われると、なんとなくだが頑張ってみようという気持ちになる。これも彼女の人徳ゆえなのか。しかし、その辺りこちらの目的とも一致している。

 偉くなって何をしようというのはまだ考えてはいないが、そのうち自然と何をしたいか思いつくようにもなるだろう。



「偉くなるんなら、機会を逃しちゃダメだよ? 機会を見つけたら貪欲に主張していかなきゃね」


「なんか八歳の言葉とは思えないなぁ」


「きゅ・う・さ・い! 私の方がアークスよりもお姉さんなの!」


「はいはい」

 

「ところでスウはどうなのさ?」


「私?」


「スウは将来、何かしたいとかあるの?」


「私にもあるよ?」


「それは」


「うん、私は――」



 ふと、スウに先ほどの厳かな雰囲気が戻って来る。



「……この国を強い国にしたい。どんな国にも負けない、強い国に」


「え?」


「王国は、いつも帝国に脅かされてきた。いや。帝国だけではない。東のクロス山脈にいる蛮族たちや、南の海洋国家もそうだ。頭を出すと、すぐに叩いて、国力を下げてくる。戦争を仕掛けたり、内からは貴族や独立君主の蜂起を誘発させたりな。だから――」


「…………」



 ふとした彼女の言葉には、意志がある。強い意志が。うわべだけの言葉ではない、この国を真に強くしたいという、そんな思いが確かにあった。

 やはり、そんな夢を望むのは、貴族の子弟ゆえなのか。

 この歳で、こんなことを考えているのか。大人びた……いや、大人でも滅多に持たないような大望には少なからず驚いたが、実は思っている以上に彼女の内面は大人なのかもしれない。


 憂国だ。これは憂国の志に近い。

 現状に不安や不満を抱き、途方もない変革を望む、そんな――



「な、なんてね!」

 

「スウって結構苦労人なの? 国を強くしたいって、よっぽど他の国からひどい目に遭わされてないと考えないよね?」


「えっと、そんな苦労はしたことない……かな?」


「……?」



 よくわからない。だが、先ほどの言葉は確かに、鬼気にさえ近いものがあったようにも思う。

 この国を強くするのだと。そうでなければ、外圧に屈し、大国に呑み込まれてしまうのだという。



 そんなことを話している中、ふと大事な話を思い出す。



「あと、忘れてたけど、これ」



 そう言って取り出して見せたのは、例の発明、魔力計だった。



「……なにこれ?」


「なんだと思う?」



 年上風への仕返しと言わんばかりに、思わせぶりな笑みを見せる。

 すぐにこれが何なのか言わなかったのは、ちょっとしたいたずらだ。



 一方スウはというと、魔力計をひっくり返したり、様々な方向から見たりして、やがて。



「うーん。この木枠から外してお尻の穴に突っ込んで……」


「なんでそうなるのさ!」



 なぜこの少女はこう発想が意味不明な方向へぶっ飛んでいるのか。というかガラス製の管をそんなところに入れるという極度に危険な行為をどうして思いついてしまうのか。



 そこがわからない。



「それで、結局これはなんなの?」


「魔力を測る測定器だよ。ネーミングはそのまま【魔力計】。捻りがないって文句は受け付けないよ」


「ふぁ……?」



 スウが間の抜けた声を上げて動きを止めた。



「いや、だから魔力を測る、ね」


「ど、ど、ど、どうしたの!? そんなの!?」


「作ったんだよ」


「作ったって……」



 スウは目を丸くして魔力計を見つめる。さっきから、驚きっぱなし騒ぎっぱなしだ。

 ともあれ、先日すごく偉い人がその反応を見せてくれたため、驚かれてもあまり新鮮ではなくなった。

 魔力計に手をかざして、魔力を放出する。



「ほら、こうして魔力を出すと」


「ほんとだ……中の赤いどろどろが動いてる……」


「これで大体【念移動(ムーブメント)】で使う量ね。10マナ。マナっていうのは、魔力の単位ね」


「すごーい!」



 スウは新しいおもちゃを貰った子供のようにはしゃぎだす。だが、彼女の反応を子供っぽいと馬鹿にすることはできない。自分が彼女の立場だったら、おそらくはこんな態度をとってしまうことだろうから。



 ふと、スウが物欲しそうな視線を向けて来る。欲しいということなのだろう。恥ずかしそうにもじもじしている様子など、これまで見たことがない。



 だが、



「あーその、物欲しそうにしてるところ大変申し訳ないんだけどね」


「えー! 欲しい欲しい欲しいよー!」



 スウは貰えないということを察したか、両腕ぶんぶん。駄々をこね始める。こんな態度を見せてお姉さんぶるのが、なんだか納得いかない。



「いや、ダメなんだってば」


「でもでも、見せびらかして、あげませんって、ちょっと性格悪いと思うの」


「だって黙ってたら黙ってたで、どうして教えてくれなかったのとか言うでしょ?」


「そんなの言うに決まってるでしょ」


「無茶苦茶だよ。どうしたらいいのさ」


「私にくれればいいの。その、魔力計とやらをお姉さんに献上しなさい」


「それはできないんだってば」


「えー、どうしてー」


「これ、きちんと発表するの。だからそれまで不用意に誰かにあげたりするわけにはいかないの」



 その説明を聞いたスウは、すぐに呑み込めたらしく、



「あ、うん……そうだよね。成り上がるためには必要だもんね」



 そこにつなげてくるのか。

 ともあれ、スウはそう言ってあっさりと引き下がった――ように見えたが、手は魔力計をがっちりと掴んで放さない。軽く引くと、釣られて彼女も引っ張られた。どうやら放すつもりはないらしい。ジト目を向けると、誤魔化すような笑顔を向けて来た。



「……あげないからね」


「えー」


「発表までだから。いまはぼくと一緒なら使ってもいいし」


「ほんと!? やったぁ! アークスありがとう!」


「うっぷ!」



 融通を利かせた途端、スウは飛びつくように抱き着いてきた。

 やはり、魔法が大好きなのだろう。



「ぷにぷにー」


「だからそれは……」



 結局この日も、頬っぺたの柔らかさを堪能されてしまうのだった。





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