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第二十話 リーシャにプレゼント



 ノアに魔力計を渡した当日は、彼もかなり興奮していたらしい。

 傍目には冷静沈着な執事像を崩さず、まったくそれらしいそぶりはなかったのだが、内心はウキウキだったようで、手空きの時間に、仕事用とは別のメモ帳を取り出して、魔力計と交互ににらめっこしていたようだ。



 その辺りは、やはり魔導師と言ったところか。

 やはり魔力計は革新的な発明だったようで「すばらしいですね」とか「呪文作製がかなり進みます」とまで言っていた。



 急な就職先の変更だったが、従者としてそれなりに満足のいく主人にはなれているようだ。時折「他に何か面白いことはなさらないのですか?」などと言って、人をびっくり箱扱いするのはやめて欲しいのだが、ともあれ。



 ノアが来たことで、日々の負担も格段に減った。

 これまでは自分でこなしていた部屋の掃除。

 きちんとした食事や洗濯の手配。

 他には着替えの準備まで。

 働き者なうえ、仕事も完璧、ひとたび歩けば屋敷の女性使用人から黄色い声が上がるほど。

 超人だ。実は中身は人間じゃないと言われても、信じ込んでしまいそうなくらい、執事として完璧だった。



 その他には体術……武芸取得の一環で、剣の稽古もつけてもらっている。

 いまはクレイブの屋敷の庭先を借りて、ノアと木剣を持って対峙中。

 型は王国で一般的な、王国式細剣術のものだ。男の世界で言う西洋剣術と似たような動きで、突きを主体として戦うスタイルを執る。



 身体を横向きにして半身になり、得物を持つ右手を前に突き出すような構え。切っ先は相手を目指してピタリと動かず、相手の行動の【起こり】に意識を集中する。

 そして始まるのは、剣戟、突き合いだ。



「シッ!」


「く……」



 自身のぎこちない動きとは反対に、ノアの剣捌きは――鋭い。しかも、切っ先が予測した到達位置を超えて伸びて来るという出鱈目さ。

 持っている得物は実はまったくの別物で、伸縮自在の魔剣だったと言われても信じてしまうほど、無茶苦茶な技術だった。



 苦し紛れに払おうとするが、それすらも当たらない。

 腰をひねって横向きに回り込もうとするも、対応される。

 足を引き付けて、直後一気に飛び出そうとするも、動きが拙いせいか距離を開けられる。



「せっ!」


「はぁ!」



 掛け声だけなら及第点を貰えるだろうが、無論八歳の少年では相手になるはずもない。

 間もなくノアから木剣の切っ先を喉元に突き付けられる。



 この結果は、もう十度目。

 これで手加減に手加減を重ねているのだから、彼我の力の開き具合が窺えるというもの。



 ……ノアの動きを見ても思うが、この世界の人間の身体能力はすさまじい。

 無論、ごく一般的な人間の身体能力は、男の世界の常識程度に収まっているのだが、そこに血筋や過剰な鍛錬が加わると、読み物に出て来る英雄のような動きさえ可能とするのだ。



 もし自分があの男だったなら、「さすがファンタジー世界」などと言っていたかもしれない。

 息が限界になってしまい、その場に座り込む。

 そして口にするのは正直な称賛だった。



「ノアは強いなぁ」


「さすがにアークスさまに後れを取ることはできません。そんなことになったらクレイブさまに鍛え直しだと言われてしまいますから」


「伯父上、剣も強いの?」


「あの方は剣だけでなく、すべてにおいて、と言っておきましょう」


「はー」



 魔導師としても成功し、剣も達者。そのうえ軍も動かせる身分にある。ここまでくると詐欺ではないか。クレイブ伯父は本気で強キャラらしい。



 ノアが引っ張り起こそうと手を伸ばす。

 それを掴んで立ち上がると、



「アークスさま。僭越ながら、一つよろしいでしょうか?」


「うん? なに?」


「アークスさまは頭で考えている動きを無理にやろうとしている節がありますね。考えだけが空回りして、身体が追い付いて行っていません」


「そ、そっか……」


「時折奇策に出ようとしていたのだと思いますが、そういった動きはあまりよろしくはないかと」


「うん……」


「強くなるには、やはり基礎的な動きをしっかりと会得することが肝要です。動きは悪くないのですから、まずは地道に訓練していきましょう」



 基礎をしっかりやろうという彼の申し出に、頷いて応える。

 どうやらノアの言葉を聞く限り、才能がまるでないというわけではないらしい。



 だが――



(別にさっきのは奇策に出ようとしたわけじゃないんだけどなぁ……)



 自分ではそう思っているが、ノアにはそう見えたらしい。

 だが、無理もないか。実際に、頭で覚えている男の動きを、この小さな身体で行おうとしているのだ。動きはどうしても半可通になり、変わった動きをしようとしているように見えてしまうのだろう。



(やっぱりやるなら、身体が大きくなってからか)



 男の人生でも、剣は子供の頃から勤しんでいたが、身体が成長するにつれ様々な動きができるようになった。

 ならば、いまはまだまだ早いのだろう。



 …………ノアとの稽古が終わって、レイセフト家の屋敷に帰宅。

 廊下を歩いていると、ふとリーシャの姿を見かけた。



 いつものように銀髪を青いリボンでポニーテールに結わっており、スカートをはいている。武門の跡取りにもかかわらず、動きやすい服装でなく可愛らしい出で立ちなのは、母セリーヌの趣味だろう。



 スカートの端を揺らしながら、しとやかに歩いてくる彼女に声をかける。



「リーシャ、おはよう」


「…………っ、兄さま、おはようございます」



 挨拶は返って来たが、一瞬びくついたように見えた。

 すぐにリーシャは通路の奥や角を窺い――やがて安堵の息を吐く。



「兄さま、申し訳ありません」


「いや、いいけど、どうしたの?」


「その、父さまと母さまから、兄さまには近づくなと言われて……」


「それでか」



 いつものあれだ。両親からの、行き過ぎた接触の制限だ。

 以前は注意程度だったが、今度その言いつけを破ったら、どうだこうだと言われたのだろう。まさかこういった不意の遭遇でも何かあるとは思わないが――あの両親のことだ。保証はできない。



「やっぱり、ぼくの悪口ばっかり言うの?」


「はい。その……兄さまはレイセフト家の面汚しだと、近付くと無能が感染(うつ)ると」


「……そっか」



 そんなわけもないだろうに。どうも彼らは架空の存在である【無能菌】があるということを信じたがっているらしい。

 毛嫌いここに極まれり。すでに悲しくもなんとも思っていないためどうでもいいが、それにリーシャを巻き込むなと言いたい。



 ともあれ、リーシャに対しては優しく接していることだけが幸いだ。

 ただ、自分が関わる場合だけ、殊更厳しくなるのだろうと思われる。

 彼女のこの怖れようからも、それはよくわかることだ。



「リーシャ、これからはぼくには冷たくしていいからね。できれば二人っきりのときは普通にして欲しいけど」


「で、でも……」


「いいから」


「…………」



 リーシャは少しの間押し黙ると、やがてこくんと頷き、悲しそうに項垂れてしまった。

 だが、仕方がないことだ。表向きこうでもしていないと、リーシャがひどい目に遭いかねない。

 いまの自分たちには、この状況をどうこうすることはできないのだ。

 できることと言えば、大人しくしつつ、力を蓄えることくらいのもの。



(…………見返すとは言ったけどなぁ)



 おそらく、父ジョシュアはリーシャにかなりの期待をしているはずだ。

 生まれの方(アークス)はダメだったが、彼にはまだ教育というものがある。

 リーシャを跡取りに相応しい魔導師に育て上げ、外に示そうとするだろう。



 ならば、自分が力を付けたことを下手に知られると、今度はリーシャに矛先が向いてしまう可能性がある。プレッシャーをかけられ、八つ当たりをされる恐れがあるのだ。

 もちろん、自分の実力がリーシャの実力を上回ればの話だが――あまり比べられるような状況は作らない方がいいかもしれない。



 今後はその辺りも気を付けつつ動かなければと考えていた折、ふとあることを思い出す。



「リーシャ、誕生日おめでとう。確か四日くらい前だったよね?」


「はい。ありがとうございます」


「それで、ぼくからだけど……」



 そう言って、服のポケットからカードケースを取り出す。

 リーシャには自分から会いに行くことはできないが、こうして偶然会うことや、リーシャが両親の目を盗んで会いに来ることを期待して、常に携帯していたのだ。



「これ、誕生日プレゼント」


「兄さま、これは?」



 リーシャは受け取ったカードケースを矯めつ眇めつしている。



「これはトランプって言ってね――」



 リーシャにカード……トランプの説明を行う。

 もちろんこれは、男の知識を利用して作ったものだ。リーシャが誕生日を迎えるに当たり、何か自分からも贈り物をしようと考え、この世界では一般的ではないカードの玩具を思いついた。



 当然、上手い絵は描けないため、記号ばかりのものになってしまったが。



 彼女は自分と違い跡取りであるため、他家との交流にも頻繁に顔を出している。

 その関係でできた友達もいるだろうし、ならばこれを使った遊び相手には困らないだろうと思われる。



「遊び方を書いた紙も入れてあるから、読んでおいて。あとで一緒に遊ぼうよ」


「はい! またあとで!」



 プレゼントが嬉しかったのか、リーシャは弾けるような笑みを見せてくれた。





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