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第二話 廃嫡の原因は魔力の量にあるらしい



 アークスは、一人窓の外を眺めながら、もう何度目になるかわからないため息をついていた。



 窓の外から見えるのは、レイセフト家の手入れされた庭と木々、そして多くの石造りの館。

 アークスの住む世界は、さながら男の世界で言うような中世ヨーロッパかそれ以前の時代のような文化水準を持つ世界だった。



 男の世界のように鉄筋コンクリートでできたモダンな建造物は一切なく、石や木でできた古めかしい建物ばかり。

 もちろん自動車などというものは存在せず、移動手段はもっぱら馬車。テレビもガスコンロもクーラーも、冷蔵庫すらないといった有り様だ。



 救いなのは照明器具の代わりになるものと、上下水設備が整っていたことか。

 一度男の世界を追体験したアークスには不便極まりないことだが――彼がため息を吐いた原因はそれではない。

 いまアークスを悩ませるのは、彼を取り巻く環境。子爵家での立場だ。



 ――熱が引いたあとも、父ジョシュアと母セリーヌは相変わらず冷たかった。

 魔力量を測定するまでは、まるで目に入れても痛くないというほどに妹共々可愛がってくれていたというのに、いまではまるで虫けらかゴミクズのような扱いだった。



「跡取りから外された、か」



 そう、アークスは、アークスが男の人生を追体験する少し前に、レイセフト家の跡取りではなくなっていた。

 その理由は、この世界の【魔法】という技術に関係する。

 この世界は、男の世界の読み物によく登場する、いわゆる【魔法】が存在するのだ。



 レイセフト家は、家格こそ子爵家とあまり高位ではないが、王国勃興から続く由緒ある武の家系だ。レイセフト家の初代当主は、魔法を使っての武働きで活躍し、貴族としての地位を得たのだという。

 それゆえ、跡取りには魔法の才能が重要視され、特に魔力量に重きが置かれる。



 だが、アークスは数週間前に行われたレイセフト家独自の魔力量の測定で、基準以下の結果しか出せなかった。

 測定方法は、大きな池に魔力を放出し、どれだけの時間、波紋を維持できるかというごく単純なものだったのだが、アークスは通常レイセフト家の者なら一時間以上持続できるそれを、三十分も保たずに魔力を空にさせ、リタイアしてしまった。



 そのため、レイセフト家の跡取りから外されたというわけだ。



 失格である。



 それからは、両親から汚らわしいものを見るような目で見られるようになり、そのうえ侮蔑の言葉までかけられるようになった。「レイセフト家の面汚し」「無能」果ては「犬」など。六歳の子供にかけるとは思えないような言葉を浴びせられ、感情的になった母親からは手が出ることもしばしばあった。



 その後、アークスは魔力を増やそうと必死になった。

 魔力を増やすことさえできれば、両親の態度も、以前のものに戻ると思ったからだ。

 家の書庫をひっくり返して、魔力を増やすための方法を探した。使用人たちにそれらしい話がないか訊ねたりもした。



 だが、結局魔力を増やす方法は見つからなかった。

 もちろん、そんな努力を見せても、両親の態度は変わらなかった。

 その影響もあってか、熱を出して寝込み……先日の忌々しげな言葉だ。



「いくらなんでも、死ねばよかったみたいな言い方はなぁ……」



 あんなことを言われて悲しい、ということもそうだが、いまは気の重さの方が大部分を占めている。両親からそんなことを言われれば、先行きが不安になるのも当然だ。今後、しっかりと面倒を見てくれるのか、まさか道端にでも捨てられるのではないかとさえ不安になる。



 それでも、アークスにとって幸いだったのは、男の人生を追体験したことだろう。魂が成熟した大人と引けを取らないものになったおかげか、思った以上に両親から見捨てられたことへの心への負担が軽かった。辛くない、と言えばさすがに嘘になるが、両親から愛情を注がれることへの諦めはついた。



 部屋の窓から物憂げに空を見ていると、ドアを叩く音がする。



「にーさま」



 返事も待たずに入って来たのは、妹のリーシャ・レイセフトだった。

 アークスと同じ銀色の髪をポニーテールにまとめていて、とても可愛らしい。

 リーシャはてくてくと、アークスのもとにやって来る。



「にーさま、あそんで」


「いいけど、大丈夫なの?」


「……? なにが?」


「ぼくのところには行くなって言われてない?」


「……うん。かーさまから、にーさまのところには行くなって言われた」



 リーシャはそう言うと、稚気溢れるふくれっ面を見せる。

 やはり、セリーヌから言い含められているか。

 だが、幼いリーシャには遊び相手のことなど関係ないようで。



「でも、にーさまにあそんでほしい」


「はいはい」



 アークスはそう返事をしながら、リーシャの遊び相手になる。

 アークスとしても、可愛い妹の相手をするのは純粋に楽しかった。

 願わくば、このまま仲の良いまま過ごしていたいが……それも難しいかもしれない。



 アークスが跡取りから外されたあと、レイセフト家の跡取りは彼女に決まった。

 リーシャは魔力量の測定で、アークスよりも遥かに高い記録を出したのだ。



 そして、リーシャが跡取りと決まってからは、母はリーシャを、無能(アークス)に接触させることを極度に嫌い始めた。いまではことあるごとに、リーシャにアークスを貶める話を吹き込んでいるのだという。



 いまはまだ仲が良いままだが、両親の教育の仕方を考えるに、今後どうなるかはわからない。



(妹、か……)



 にこにこと、可愛らしい笑顔を向けて来る妹に、視線を向ける。

 ……厳密には、彼女との関係は従兄妹同士となる。

 アークスはレイセフト家当主、ジョシュア・レイセフトの実子だが、リーシャはジョシュアの弟、ダドリス・レイセフトの遺児なのである。



 アークスの持つおぼろげな記憶では、一番初めに彼女と会ったとき、従兄妹として紹介された。だが、その翌年、リーシャの父ダドリスが隣国との戦争で亡くなったため、当主であるジョシュアに引き取られたのだ。



 そして、同い年の兄妹として育てられている。

 両親からすれば、都合が良かっただろう。



 アークスとしては、複雑な心境だが。



「にーさま、どうしたの?」


「いいや。それよりも、今日は何をしようか」


「えーとね、うーんとね……」



 結局その日のほとんどは、リーシャの相手をしてあげることになった。





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