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第十九話 魔力計を使おう



 ――ノア・イングヴェインは執事の教育を受けた人間であると同時に、氷結系の魔法を好んで使う魔導師だった。



 なんでもクレイブの話だと、王立魔法院を首席で卒業した秀才で、卒業後の就職先として方々から誘いの声があったそうだが、それらを蹴ってクレイブに仕え始めたのだという。

 それだけクレイブのところが魅力的な就職先だったのか、それとも単に面白そうだったからか。もしくはそのどちらもなのか。



 ノアの通り名は【氷薄】。

 氷使いというところと、その怜悧な美貌ゆえ、魔法院の在学中に付けられたらしい。

 まさにイメージぴったりである。

 特技は魔法、王国式細剣術、執事業全般。一般常識に加え、王国史、貴族の立ち居振る舞いなど、教養もかなり高い。



 ノアが従者になったことについて、両親から文句が出るかと思ったのだが――その辺りすでにクレイブが話を通していたためか、特段なにもなかった。

 もともと自身のことは放置している状態であったため、ノアの給金はそのままクレイブが払うということもあってか、文句を言う余地はなかったのだと思われる。



 まずノアには、身の回りの管理をしてもらうことと、貴族としての振る舞い、基本的な教養、体術などを習うことになった。

 貴族としての振る舞いや一般教養は、記憶力の向上で大抵のことはすぐに覚えられるため、あるとすれば現場での実践くらいか。



 体術に関しては、これも基礎的な動きと、あとは男の記憶にあったウェイトトレーニングと合わせて……一応八歳の身体で無理のない範囲で進めている。

 男の人生を追体験したときに会得した格闘術もあるのだが、そちらについては、身体が小さいのと、見合う体格の相手がいないため、練習は後回し。



 そもそもこの歳でそんなことができるということを知られてしまうのは、おかしな勘繰りをされる一端になりかねないため、ある程度動けるようになってからの方がいいと判断したためだ。

 そして、魔法に関してだが、自身にはクレイブという師がいて、すでにオリジナルの呪文を組み上げることができるため、ノアから改めて指導を受けるという形にはならなかった。



 もちろん知らない呪文を教えてもらうということもあるため、どちらかと言えば、魔法の研究の助手をしてもらうという面の方が強いのだが。



 というわけで、



「では、アークスさま、いかがいたしましょう?」



 いつもの裏庭の端っこで、今日はノアと一緒に魔法の実践である。


「じゃあまずは、ノアがよく使う魔法を使ってもらえないかな? あ、他人に見せてもいいものでいいから、いくつかよろしく」


「それは構いませんが……」



 ノアは不思議そうにしている。呪文の概要を教える前に無造作に魔法を見せて、どうするのかと思っているのかもしれない。



 だが、今回はそれが重要なのだ。

 アークスはノアの近くに行って、メモ帳と魔力計を用意する。

 ノアはそれもまた不思議そうに眺めていたが、アークスが「よろしく」と言うと、呪文の詠唱に移った。



『――失意の氷床。寂れた園。冷ややかなる風。輝ける奈落にあって地に満ちん。人は凍てつき、戦車の足は脅かされた』



 詠唱と共に、彼の足元に魔法陣が旋転し、冷たい風が吹き上がる。周囲をダイヤモンドダストのような微細な氷が散ったかと思うと、それが日光を反射してキラキラと輝いた。

 やがてそれらが地面に落ちると、庭の一角は瞬く間に凍り付いた。



「おおー!」


「これが私がよく使う【氷脚下(フリーズブリーズ)】です。いかがでしょうか?」


「うん。いいね。これはノアが?」


「はい。私のオリジナルの魔法です。【氷風(アイシーブリーズ)】という進行妨害系助性魔法を改造したのがこれになります」



「なるほどね。じゃあこれは別にしとかないと」



 もともとあった呪文をオリジナルに改造するのも、魔導師がよくやるものだという。

 メモに視線を落とす。ノアが唱えていたときに素早く書き取ったものだ。



 【失意の氷床】に70マナ、【冷ややかなる風】に50マナ、【輝ける奈落にあって地に満ちん】は、40マナ、50マナ、60マナ、70マナ、80マナを順次。【凍てつき】【戦車】【脅威】は上から、30、10、20……合計では480。



 そのメモに注釈などを書き込んでいると、ノアが覗き込んでくる。



「アークス様、一体何をなさっているのですか?」


「さっき使ってもらった魔法で消費した魔力の数値を、これに書き込んでるんだ」


「……魔力の数値?」


「そう、これで数値を測ってね。単位はマナだから」


「…………は?」



 魔力計を掲げると、ノアはぽかんとした表情を見せる。

 やはり、クレイブの前言通り、この件についてはまったく聞いていないらしい。

 まだ驚きから回帰していないノアに、魔力計を渡すと、彼は反射的にそれを受け取った。

 そして、まじまじと見詰めている間に、整理がついたか、



「アークス様、初めて見ますが、このようなものを一体どこで手に入れたのですか?」


「自分で作ったんだよ」


「これを、アークス様が、ですか?」


「この完成品は伯父上との共同だけど、基礎的なものはねー」



 そう言うと、ノアはやっとすべてを理解したらしい。



「……なるほど。急にアークス様の従者になれと言うのは、つまりそういうことですか」


「そういうことそういうこと」


「そうならそうとあらかじめ言っておいてくれればいいものをあの方は……」



 ノアは呆れたような声を出す。そこには、一本取られて悔しそうな態度も滲んでいた。

 あのときクレイブは、アークスに「言う言わないは任せる」とは言ったが、まさか彼も本気でアークスが魔力計のことをノアに黙っているなどとは思っていないだろう。



 伝えることはすでに織り込み済み。

 要するにだ。



「ま、ノアを驚かせたかったってところでしょ」


「でしょうね。これはやられたままではいけませんね……こちらもなにか驚かし返さないと」


「…………いけないんだ」


「もちろんです」



 なぜそこで対抗心を燃やすのか。ちょっと火の付きどころがよくわからないが。

 ともあれ、



「というわけで、知ってる魔法があれば、できるだけ使って欲しい。こうやって数値を出すからさ」


「ですが、一通り数値を出して一体なにをなさるのですか?」


「魔力計を世に出すための前準備みたいなものだよ。単語や成語に必要な数値の情報を出して――もちろん出していけないものかどうかの選別は事前にちゃんとするけどね。あと、数値をなるべく測っておくことで、今後の呪文作製の参考にするってのもあるかな」


「わかりました。ところで、それをお貸しいただくのは可能なのでしょうか?」


「もちろんいいよ。あと、わかってると思うけど」


「ええ。口外は致しません。自分が従者としてつけられた意味は、理解しています」



 当然、そこは弁えているか。

 それを確認したのち、ノア用に準備していた魔力計三本セットを渡す。

 すると、それらを見たノアが、また驚きで目を丸くした。



 ……まあこんな風に出し惜しみをしている時点で、自分もクレイブと同類だなと思いつついると。



「……魔力計は一本だけではないのですか?」


「細かい調整用とか、大量に込めるときとかあるだろうと思うから、一応三本作ったんだ。必要に応じてこれからもっと作るかもしれないけどね」



 これが温度計ならば一本で十分だろうが、これは魔力計。魔力を込める量は、多いこともあれば少ないこともあるし、細かい数値も出さなければならないため、一本では賄えない。



 ふと見れば、ノアは魔力計を手に持った状態のまま固まっていた。

 彼も、まさかここまでしているとは思っていなかったのだろう。



「…………」



 やがてノアは動き出すと、どことなく黒っぽそうな笑みを浮かべる。



「……面白いと言っていましたが、なるほどこういうことでしたか。これは確かに。ふふふ」



 …………どうやら、お気に召したようだ。



「ということで、続けていくつか魔法をよろしく」


「ええ。かしこまりました」



 こうしてこの日は、ノアに魔法を使ってもらい、単語や成語に必要なマナの書き取りに勤しんだのだった。





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