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第十八話 従者がついた!



 クレイブが、レイセフトの屋敷を訪れた。



「――伯父上、今日はどうしました?」



 アークスは応接室にて、クレイブにそう訊ねる。

 いつもはアークスがクレイブの屋敷に行く方なのだが、今回はその逆だった。

 使用人に案内されると、この日はすでに屋敷の応接室にクレイブの姿があり、ソファでくつろぎ葉巻を吹かしていた。



 訪れた際に通されたのか、勝手に上がり込んだのか。

 その辺り定かではないが、出奔した家でこのくつろぎようとは、豪気なことである。



 ……いや、もともと自分の家であるため、勝手知ったるなんとやらとは違うのだろうが。

 ダークブラウン色の革張りソファに腰かけると、クレイブは灰皿に葉巻の先を(にじ)った。



「今日はお前に、従者を付けようと思ってな」


「従者、ですか?」


「ああ。有能で信頼できるヤツだからな。その辺りは心配しなくていいぞ?」


「いえそういった心配はしていませんが……」


「……アークス。屋敷の中には、お前の味方はいないだろ?」



 クレイブの訊ねに、頷きで応える。確かにクレイブの言う通り、いまのレイセフトの屋敷には、アークスの味方はほとんどいない。レイセフト家当主夫妻を始め、魔法を使える使用人のほとんどは彼らの意向に同調しているため、アークスには冷たく当たるか、無視を決め込むかのどちらかなのだ。



 魔法が使えない使用人たちに関しては、廃嫡当初は同情的だったものの、魔法を使える者たちに比べ屋敷での地位は低く、なにより当主の命令には従わなければならないため、以前に比べて冷たくなった。



 食事の用意や洗濯など、ある程度の身の回りの世話はしてくれるが、それも最低限だ。

 部屋の掃除に関しては、完全に自分でやっているくらいで、いまでは貴族としての教育さえもしてもらえず、半ばほったらかしの状態である。



 それでもアークスが家を追い出されないのは、クレイブが両親をけん制してくれていることと、両親がレイセフト家の体面を考えてのことだろう。



 いくらなんでも十にも満たない子供を追い出せば、他家からの批判は免れない。かといって、憎しみを拗らせて暗殺に踏み切るというのは、クレイブに目をかけられているようになった時点で機を逸している。



「でも、どうして急に?」


「それはそんなモン、あれのせいに決まってるだろうが」


「あれ……」



 それが何かは、考えるまでもない。クレイブの言う「あれ」とは、魔力計のことだろう。



「あんなモンを作っちまった以上は、相談できて、しっかり対応できる人間がすぐ近くに必要だろう? まあ、これから紹介するヤツに魔力計の存在を言う言わないはお前に任せるが、部屋のことや荷物の管理は必要だろうよ」



 クレイブは内緒話をするように言ったのち、ぽんぽんと手を叩く。



「おい、いいぞ。入ってこい」



 その言葉に合わせて、ドアが開かれる。



 ――しかして応接室に現れたのは、見目麗しい青年だった。

 歳はアークスよりも上、おそらく十代後半から二十代前半。藍色の髪をショートボブにして、片眼鏡(モノクル)をかけている。モーニングコートを身にまとい、髪色と同じ色のタイを締め、手には清潔そうな白手袋が。腰には細剣を差している。



 男の世界でも通用する、ザ・執事と言った見た目だった。

 青年は目が鋭く、容貌からは怜悧な印象を受ける。だが、これはモテる。女性に滅茶苦茶モテる顔だ。容姿が完璧で、女性も裸足で逃げ出しそうなほどの美貌である。



 つい、男の国の言葉で「爆発しろ!」と叫びたくなってしまうほど。

 もちろん爆発に対応する【古代アーツ語】を見つけていないため、言葉は呑み込まざるを得なかったが。



「アークス。こいつがお前の従者だ。んで、このちっこくて女顔なのがアークス。お前の主人な」



 クレイブはそう言って、引き合わせた者同士を紹介する。だが簡潔と言うにはあまりに粗雑。しかも軽い。やたらと軽い。



 すると、従者として呼ばれた青年は、聞こえよがしなため息を吐いた。



「……まったく何かと思えば、いきなり主人を変えると言ってこれですか。クレイブさまは本当に無茶ぶりが過ぎますね」


「あ? なんだ? 悪いのかよ?」


「悪くはありません。悪くはありませんが、思い付きが過ぎるとだけ」



 貴族の従者であるだろうに、クレイブに対し皮肉のような、文句のような苦言を口にする。

 厳しい家であればある程度の処罰は免れない態度だが、しかし、クレイブの方はと言えば、特に気にした様子もなく笑っている。



「ははは! まあ、こんな感じのヤツだ。こいつなら、お前も気楽にできるだろ?」



 クレイブが青年の肩をバンバン叩くと、彼は非難がましいジト目を向ける。

 やがて、青年は諦めたように深いため息を吐いて、アークスに向き直った。



 そして刺繍入りの絨毯に膝を突き、左胸に右手を当てて礼を取る。



「ご紹介に預かりました。ノア・イングヴェインと申します。アークスさま。これからよろしくお願いいたします」


「よ、よろしくお願いします……」



 場の勢いに付いて行けず、しどろもどろとした口調で返すと、ノアはふと視線を合わせてきた。



 そして、



「アークスさま。僭越ながら、私は従者ですので、敬語は不要にございます。軽々に丁寧な態度を取ると、他者に侮られる要因になりましょう」


「でも、ぼくは廃嫡されてる身だし」


「いまはそうかもしれません。ですが、アークスさまは今後どうなさるおつもりですか?」



 ふっと、まなざしが抱える真剣味が増したのは、こちらの核心を求めているためか。

 ノアの言葉に、自然と背筋が伸びる。



 どうするのか。確かに、今後のことを見据えて考えれば、主従のメリハリを付けるのは必要なことなのかもしれない。両親を見返すためには、クレイブのように爵位を受けるということも念頭に置かなければならないのだ。



 貴族らしい振る舞いをいまのうちに身に付けておくのは、これからのためになるかもしれない。

 ノアの藍色の瞳を見返して、頷く。



「わかりまし……わかった。これからよろしく」


「よろしくお願いいたします」


「今後はこういった風に、こいつに貴族教育もしてもらうからな。お前には絶対に必要になる」



 クレイブが断言したのは、やはり今後のことを考えてか。彼は彼で、自身になにかを見出しているのかもしれない。



「にしてもやり取りがいまいち硬いよな。もっとこう砕けてもいいと思うが……俺のときもこうだったかぁ?」


「そのときは違いましたが、それはクレイブ様が型破りすぎたからあんな風だっただけです。そもそも今回も朝方急に「お前今日からオレの甥っ子の従者な」と言って碌な説明もないまま連れてきて――」


「あーわかったわかった。悪かったって」



 やはり、ノアはなんの遠慮もなく苦言を呈し――やいのやいのと言い合いのようなやり取りを始める。ノア自身、言わずにはいられない性格なのか。一方のクレイブにも、そのやり取りがどこか心地よさそうな雰囲気がある。



 ある意味いいコンビに見えるのだが、だからこそ、気になることがある。



「ノア。ノアは僕の従者になるの、いいのかな?」



 従者にとっても、仕えたい相手、というのがあるはずだ。ノアもクレイブに仕えたいから従者となっているのであって、突然の主変えは、納得したものなのだろうか疑問が残る。



 訊ねると、ノアは、



「はい。否はございませんよ」


「どうして?」



 理由を訊ねると、ノアはその美貌に涼しげな表情を作って。



「面白そうだから、ですね」


「お、面白そう……?」


「はい。私がクレイブさまにお仕えしたのは、『この方が面白そうだから』という理由です。見立て通りクレイブさまは面白い方でしたし、そのクレイブ様が「オレよりももっと面白いヤツがいる」と言ってアークス様をお勧めになられたので、これは間違いないかと思い」


「…………急な主変えでも受け入れたと」



 そう言って微妙そうな顔をクレイブに向けると、ノアは面白いものを見たように静かに忍び笑いを漏らす。



 見た目は冷たそうだが、思ったよりも柔らかい性格らしい。

 すると、クレイブが、



「だってお前、面白いだろ」


「いやそんなこと言われましても……」


「それはオレが保証する。お前はオレより意外性があって面白い。間違いない」


「…………」



 一人納得したようにうんうん頷くクレイブを見て、微妙な気持ちになる。どうやら彼からは、かなり変わった子供だと思われているらしい。



 もちろん、それに関しては否定できないことではあるのだが。



「ま、ノア(こいつ)は信頼できる。これからどんどん頼ってやれ」


「わかりました。ありがとうございます」


「礼は要らんぞ? お前からは十分に利益を貰ってるからな」



 クレイブはそう言って、いつものように頭をぽんぽんと叩く。

 筋肉のせいで、乱暴さが否めない。



 …………背が伸びにくいのは、これが原因にあるんじゃなかろうかと思い始めたり、そうでなかったり。

 アークスは脇に静かに控えていたノアに訊ねた。



「えーっとそれで、ノアは何をしてくれるのかな?」


「クレイブ様からは、アークスさまの身辺管理と貴族としての立ち振る舞いの教育を命ぜられました。ほかにご命令があれば、大抵のことはいたします。できればその中に楽しめることもあれば嬉しいですね」


「…………」



 ノアはそう言って、微笑みを見せる。最後の部分は冗談に聞こえなかったため、本気なのだろう。

 楽しめる。面白い。その辺りは彼にとって、外せない事柄らしい。


 ともあれ、気を取り直し、



「荒事の対処法とかは?」


「心得は少々」


「じゃあその辺り教えてもらうのもお願いしようかな」


「かしこまりました」



 そんなこんなで、ノア・イングヴェインが従者となった。




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