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第百六十一話 王国、大会議場にて




 この日、王城にある大会議場に、王国を支える貴族や魔導師、将軍たちが集まっていた。


 いまここで行われているのは、先日、魔法院に騒動をもたらしたドネアスに対する方策を検討する会議だ。


 当初は王国も、ドネアス側の魔法院襲撃に対し謝罪と賠償を請求するだけだった。

 しかし、ドネアス側は王国の再三の通告にも応じる素振りは見せず、それどころか逆に王国に攻め込む準備まで始めたのだ。



 そんな情報が入ってくれば、王国としても黙ってはいられない。

 賠償の問題だけならば、交渉を重ねることで状況の解決を模索することもできた。だがそれが侵攻となれば話は別だ。王国は国境の防備や侵攻への対策をしなければならず、交渉も一時的に止めざるを得なかった。



 ドネアスと王国は北部連合を間に挟んでおり、距離も大きく離れている。ドネアスの侵攻の素振りはその場しのぎのポーズだということも考えられたが、王国の情報収集によって、ドネアス侵攻の予兆はほぼ事実と確認されている。



 王国にとっては、今回の対策は早急に取りまとめなければならない事案だった。



 現在、大会議場での議論は大いに紛糾していた。

 タカ派の武官貴族が声高に開戦を叫び、ハト派の貴族は額に汗して、それを止めようと宥めすかしている状況にある。



 武官貴族の一人が怒号のような声を張り上げた。



「すぐにでもドネアスに討伐軍を送るべきだ! このままでは王国の領土が踏み躙られることになる!」


「いや、待て。ここは様子見に徹するべきではないか? ドネアスが開戦準備をしていると言ってもいまだ予兆の段階であるし、それに、まだ王国に攻め入ると決まったわけではない」


「しかし! この件ではすでに親ドネアス派の北部連合の王の一人が拘束されているのだぞ!」


「その通りだ! ここでやり返さねば、ドネアスに舐められたままだ! 他国にも弱腰と見られるぞ!」



 議論は、タカ派の貴族たちが優勢であった。しかし、ハト派の貴族たちも譲らない。かるはずみな開戦は致命的な破綻を招く恐れがあるからだ。戦争は国家の運営に大きな影響をもたらす。財政の疲弊、人員の喪失。もちろん勝利すれば得られるものも多いが、相応の損失は免れない。



 ドネアスとの関係が地理的にも特殊であるため、慎重にならざるを得なかった。



 双方の合意が得られない中、ブレンダンに視線が集まる。



 ブレンダン・ロマリウス。軍服を着た壮年の男で、ライノール王国では四公と呼ばれる公爵家当主の一人であり、王国の将軍の中でも特に高い地位に就く大貴族である。



 大会議場に、厳かな声が響いた。



「ふむ……某もそう思うな。帝国の圧迫が強まる中、同盟国に対して弱腰と見られるのはよろしくない。パース殿はどう思われるか?」



 ブレンダンが視線を横に動かす。そこには東部貴族をまとめる将軍、パース・クレメリアの姿があった。



「はは。そうでなくても向こうは軍備を整え、攻めかかってくるような動きを見せています。放置しておくのはまずいかと」


「そうだな。やはりこちらから仕掛けるべきだろう。打って出られる前にこちらが攻め掛け、相手の動きを挫くのが肝要と見る」



 それに反論するように、北部の貴族が発言する。



「ではこちらも軍備を整えて、防衛に回るというのはいかがでしょう? 何もこちらから無理に攻め込まずとも、相手の出方を挫く手段はあるかと存じますが」


「確かに。そちらの方が戦いやすかろう。だが、結局それでは向こうが軍備を整えるのを待つ形となる。それにいたずらに自国内を戦地にしてしまえば、困るのは民だ」



 会話はそこからまた、貴族たちの議論に発展する。



「しかし攻めるといっても王国からドネアスまでの距離は遠い。戦うとして補給線の問題はどうするのだ?」


「そちらは同盟国である北部連合を頼りましょう」


「ドネアスの王都は山脈の一部を背にした要害ですぞ。立てこもられれば至難ではありませんかな?」


「いえいえなにも勝利は相手国の首都を落とすだけだと決まったわけではないでしょう。相手の国力を削ぎ、兵を倒せば、こちらの提示した条件を呑まざるを得なくなる」



 ブレンダンの発言をきっかけに、少しずつだが会議が動き始める。



 そんな中も、議場の一番奥に座する国王シンルは、眉一つ動かさず会議の推移を見守っている。

 その隣には、当然のようにセイラン・クロセルロードの姿もあった。

 仏僧帽子めいた被り物を頭に付け、顔は面紗で隠したいつもの恰好。この場では特に発言することもなく、シンルの横で大人しく座っている。



 一旦議論が落ち着くと、ブレンダンがシンルの方を向いた。



「陛下。ドネアスに侵攻の気運これありにございます。ここは王国の威信を、ひいては陛下の御威光を示すためには、我が方から先んじて攻めるべきかと存じまする」


「ブレンダン。こちらから軍を動かすとして、決着はどうつけるつもりだ?」


「は。こちらからドネアス国内に侵攻し、戦力を撃滅せしめたあと、こちらから講和を持ち掛けます。戦争の責任だけでなく、先の魔法院での騒動に対しても、謝罪および多額の賠償をせしめる。奪った領土は北部連合にでも高値で売り付けましょう」


「ならオレたちの目標は、ドネアスの軍事力の撃滅と有利な条件での講和となるわけか」


「ははっ!」



 ブレンダンが大きく頭を垂れる。

 戦争の勝利は、敵戦力の撃滅を目的とする作戦か、領土の侵略を目的とする作戦か、どちらかだ。

 今回の場合は、敵の戦闘能力を短期間で一気に奪って王国に有利な講和を余儀なくさせる。

 それが、王国にとっての落としどころだった。



 国王シンルが開戦を採択したことで議題が決し、白熱していた場が鎮静化する。



 ブレンダンと同じ四公の一人、コリドー・ゼイレが腕を組んで唸った。

 眉間にはひと目でわかるほど、シワが寄っている。



「しかし難しい(いくさ)ですなぁ。ドネアスは遠方、山脈越えに加え、慣れぬ土地での戦。軍には大きな負担でしょう」


「だがやらねばなるまい。強気でなければ周辺国との同盟は保てぬよ」



 弱みを見せれば南の海洋国家グランシェルが攻撃を再開するだろうし、佰連邦(バイリャンバン)もどう動くかわからない。もし北部連合やサファイアバーグとの同盟が破綻すれば、ギリス帝国がすぐにでも王国を呑み込みにかかるだろう。



 ……やはり王国にとって痛かったのは、ドネアスがちょっかいを出してきたのが、周辺国に広まったことだ。

 それについてはシンルたちもある程度予想はしていたが、王国が情報工作に取り掛かる前にドネアスに動かれた。いや、工作にはドネアスだけでなく、帝国もかかわっているということは明白だった。



 シンルが横を向いた。そこには、面紗をかけたセイランがいる。



「今回の討伐軍の大将はセイランとする」


「は!」


「セイラン。お前は北部の貴族たちをまとめ、開戦の準備をしろ」


「承知いたしました。必ずや王国に勝利をもたらして見せましょう」


「いい返事だ」



 次いでシンルは、パースの方を向いた。



「パース」


「は。東部もすぐに軍を送るよう手配いたします」


「いや、東部は動かなくていい。その代わりに東部は東部で軍を編成し、(ハン)族の土地に入って、掃討戦を行え」


「連中が同調する可能性を考慮し、先んじて手を打っておく、ということですな?」


「そうだ。こちらが大きく軍を動かせば、連中は必ず嫌がらせをしてくるはずだ。やり方は任せる。ドゥガッタともうまく連携を取って事に当たれ」


「はは!」



 次いでシンルは、王国南部の貴族たちに声を掛けた。今回の戦は彼らにとっても関係のない話ではないからだ。むしろ、北部が攻め入っている間に、南部の防備を強化しなければならない。



「コリドー。グランシェル王(バルバロス)の動きはどうだ?」


「はは。向こうも、いまはこちらに仕掛けてくるつもりはないようです。向こうも先の戦で攻め落としたゼイルナーに同調した勢力の掃討がありますからな」


「そうだな。スクレス」


「こちらは防衛のために急ぎ塁を巡らしております。これで突発的な侵攻にも十分耐えられるかと」


「スクレス、お前は防衛の準備、抜かりなく行え。あとはコリドー、お前は会談の席を設けてバルバロスの奴を上手く宥めておけ」


「グランシェル王に、戦をしたくないことを見透かされはしませんかな?」


「バルバロスならこの状況を知った時点で見通しているだろう。奴は風の読みがすこぶるうまい。戦争が起こるとすでに読み切っているはずだ」


「まったくおっしゃる通りで。ですが、バルバロス王はこれを機に相応の物を望むかと」


「ああ、アイツを止めるには、それ以上の利点が必要になるな。そうだな……工房で開発された新型の刻印具も上手く活用しろ。金をむしり取れるならむしれるだけむしっておけ。そのうちいくらあっても足りなくなる」


「いやいや、これは魔力計の開発者様様でありますな! ではそちらの話も彼の工房に持っていきましょう」


「アイツならうまく見繕ってくれるだろう」



 シンルが次いで視線を向けたのは、王国西部の貴族たちだ。



「ふむ。西部については当面、問題ないだろう。帝国はまだメイダリア攻略に時間を食っているからな。この国を攻める余裕はない」


「やはり帝国皇帝リヒャルティオはメイダリアを完全に滅ぼすつもりでしょうか」


「だろうよ。メイダリオは当初から帝国とは徹底抗戦の構えだ」


「そちらも見逃せない問題ではありますな。それが終われば次は我が国……か」


「だからと言って、連中も何もしてこないわけじゃあない。常に警戒を忘れるな」


「御意のままに」



 西部貴族との話が終わると、シンルはブレンダンに訊ねる。



「北部連合の動きはどうなっている?」


「意外なことに、向こうは調停役に回るつもりはないようです」


「一応、攻め込むことには賛成ということか……だが、鐵の薔薇とは一度話を付ける必要があるだろう。こちらが有利な講和を結ぶためには、北部連合の継続した圧力が必要になるな」


「足元を見られそうではありますな」


「多少はくれてやる気概で行くさ。オレたちは別に領土が欲しいわけじゃない。目的は多額の賠償金だ」


「さてはて、我らも北部連合もドネアスからどれだけせしめられるか……」


「そこも北部連合の乗り気具合だな。こちらに勝ち目があると見れば、勝ち馬に乗って領土の切り取りに動くだろう」


「そのあとの交渉も難航しそうではありますな」


「コリドー。取らぬ前の毛皮は売るな、だ。気が早いぞ」


「ははは、国王陛下ならびに王太子殿下の軍に、負けはありますまい」


「ブレンダン。補給線の構築案は?」


「本国からの輸送分はラキス、北部連合のベルクルクスなどを中継地にしようかと。残りは北部連合領を補給物資の集積場とし、連合各国より買い集めます」



 シンルの頭の中のそろばんが弾かれる。



「……これでは北部連合にうまいところを持っていかれるだけだな」


「向こうにも兵を出してもらうとはいえ、そこまで大きく身を切るものではありません。やはり利の方が大きいかと」


「補給線の構築、軍団の構成、他国との連携、一部他敵国との一時的な講和。問題はないかと存じます」



 シンルは確認するように、セイランの方を向いた。



「セイラン。お前からは何かあるか?」


「は。別して異議を唱えるつもりはございません」


「わかった」



 セイランから何もないことを聞き終えた折、貴族たちが話し始める。



「いまのうちに連合各国の買収も進めましょう」


「ヒオウガ族への要請はどうなった?」


「いまだ色よい返事はありませんな」



 そんな話をしている中、貴族たちが首を傾げる。



「だがドネアス攻めは、小競り合いをしているあ奴らにしても都合がいいはずでは?」


「こちらに頭を下げさせるつもりなのだろう。すぐに飛びついては我らに足元を見られると考えているのだ。いまは戦端が開かれるのを待ち、頃合いを見て参戦し恩を売るのだろう」


「こちらが終始優勢に進めればすぐにでも……いや、そう簡単にはいかないな」


「ヒオウガ族大族長アーシュラか。したたかな女だ」



 アーシュラは、若き才媛と名高く、他国にもその名が知れ渡っている。

 だが、それは裏を返せば、他の国にとってはやりにくい相手だということだ。



「陛下。こちらから圧力をかけますかな?」


「いや、下手に欲を掻いても痛い目を見るだけだ。そうやって痛い目を見た奴らが多いからこそ、ヒオウガ族はこれまで氏族の命脈を保ってきた。参戦は当面ないものと見るべきだな。ただ――」


「ただ?」


「甘い汁を吸いたいなら、早めに手を貸しておけとだけ言っておけ」


「できてその程度でしょうな」



 シンルが不敵に笑うと、コリドーも追従して笑みを返す。

 ブレンダンが口を開いた。



「陛下、国定魔導師たちはいかがなさいますか?」


「当初の予定通り、三人だ」



 シンルはそう言うと、軍服をラフに着こなした男を見る。



「フレデリック」


「よーやく俺の番ですね」



 フレデリック・ベンジャミン。王国では【剣匠】の二つ名を持つ魔導師だ。会議の間はクルミを弄るのは止めていたらしい。戦には乗り気の様子であり、前のめりな戦意が窺える。



「今回は攻めの戦だ。お前がセイランの剣になれ」


「お任せを」


「剣匠。此度の戦、よろしく頼む」


「はは! 王太子殿下の剣として、存分に働く所存にございます!」



 次いでシンルは、背の低い女に視線を向ける。

 【対陣】の魔導師、メルクリーア・ストリングだ。



「メルクリーア」


「はいです。陛下」


「防衛はお前の得手だ。セイランの盾として動け」


「承知したです。ですが、なんかこいつと対になってるみたいです。嫌です」



 メルクリーアはフレデリックに不満そうな視線を向ける。

 すると、もちろんのことながら、視線と言葉が衝突するわけで。



「あ? なんだと? このちんちくりんが」


「ちんちくりんとはなんですちんちくりんとは!」


「じゃれるなじゃれるな。まったくお前らときたら、緊張感というものを知らんのか」



 こんな重要な場にもかかわらず、いつものように、ぎゃあぎゃあ言い合いながら視線をぶつけ合う二人に、シンルは少し呆れ気味に言う。

 二人の不毛なケンカに構っていては一生終わらないというように、眼鏡をかけた青年に目を向けた。



「カシーム」


「は。陛下、委細お任せを」



 【幻瞑】の魔導師、カシーム・ラウリーだ。魔導師然とした様子で静かに座っているが、横のケンカが気になるのか、少しだけ落ち着きが崩れている。



「お前はドネアスの連中に、せいぜい面白い夢が見られるよう図らってやれ」


「承知いたしました。あとは……」



 カシームはそう前置きをしてから、なんとも言えない表情で先輩二人を見た。

 その様子を見たシンルが皮肉げに口元を曲げ、大仰に肩を竦める。



「そうだな。そいつらのお守りもだな。お前には苦労を掛ける」


「へ、陛下! お守りってそれは!」


「それはひどいです!」



 フレデリックとメルクリーアは抗議の声を上げるが、シンルは手をひらひらと振って取り合わないという態度。緊張が続いた会議場に、ふとした笑いが起こる。



 バツが悪そうにしている国定魔導師二人を余所に、シンル・クロセルロードは会議場の天上を見上げた。



「ドネアス王、ルジャーノ・ディストディ……暗愚な王とは聞いていたが、まさかここまでとはな……」



 その言葉に雑じるのは、呆れか、それとも失望か。ルジャーノが一体何を望んでこのような真似をしているのか、同じく国を背負うものとして、シンルには彼の行動がまったく読めなかった。



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