第十六話 男の世界の武器(まほう)を求めて
クレイブと話を詰めた結果、魔力計をさらにわかりやすい物へとブラッシュアップするため、実験に実験を繰り返した。
――変質した魔法銀については現行のままでいいのか。
――単位は設定したが、さらに多くの魔力を測る場合、細かく測る場合などはどうするのか、などなど。
問題点や改良点などをいくつも洗い出し、結果それによって、さらなる改良に成功した。
変質した魔法銀に辰砂――赤の顔料を混ぜ込むと、膨張時、切れがよくなり具合がいいということ。
使用するガラス管はすべて同じ長さにして、中に入れる【魔法銀】の質を変えて、膨張する比率を調整。50マナまでの魔力を測るものから、100、500と三つ用意し、それぞれの用途に使い分けるということ。
これらの改良が加わったことで、魔法使用時に放出する魔力の量を細かく調整することが可能となった。もちろん、魔法を使うごとに毎度魔力計使うわけもいかないので、感覚で覚える訓練は大事だが、目安となる数字がわかるようになっただけでも、魔力計がなかった以前とでは天と地ほどの差がある。
なにしろ他人が単語や成語ごとに使用した魔力を測ることができるのだ。
それを目安にすれば、呪文に込める魔力の量で試行錯誤していた時間が無くなり、その分を別の勉強に当てられる。
――しかして、魔力計は完成した。
これについてはもちろんのこと、クレイブは嬉々としていた。
魔力の単位が生まれ、数値化できて、それが細かくわかるようになったのだ。
これまで使ってきた呪文の見直しをするということで、完成後は一週間どこぞに引っ込んでしまうほど夢中になっていた。
気にかけてもらっているクレイブに喜んでもらえるのは、アークスとしてもとても嬉しかった。
そんな魔法大好きな伯父曰く、
「お前、これだけで歴史に名前が残るぞ! やったな!」
とのこと。
魔力を測れる計測器が、革命的な代物であることは間違いなかったらしい。これがあれば魔法技術の発展に加え、国軍の強化が叶うという。
国軍の強化については男の世界の記憶があるアークスとしては、もにょるところだが、割り切らなければならないということは理解している。
以前に話に上った世間に発表するタイミングについては、まず王室と魔法院とに相談が必要らしい。その事前準備として、データを取ってまとめたり、魔力計の在庫を作ったりしなければならないとのこと。
こうして、クレイブとの数年がかりのプロジェクトが始まった。
しかしてこの日のアークスは、魔力計からは少し離れ、独自の魔法の製作に取り掛かっていた。
場所はレイセフト家の屋敷の裏庭の端。生垣も花壇もない、まっさらな芝生の上で、屋敷からも見えにくい位置にある。
魔法が使えるようになってからは、時折ここを占有し、こうして魔法の練習場にしているのだが――
この前、スウと共に人攫い被害に遭ったときのことだ。
人攫いの男を【がらくた武装】の一撃で倒せなかったため、危うくひどい目に遭わされるところだった。
あれは完全な油断だった。倒せるか倒せないかを試行せず、倒せるとみなし、一発勝負に賭け……結果は敗北。
それを踏まえ、もっと威力がある魔法を作った方がいいと考えたわけだ。
魔法は、言葉の組み合わせによって結果を求める技術であるため、理論的にはどのような現象でも起こすことが可能だ。もちろん、現行の魔法技術では不可能も多いため、机上の空論ではあるのだが――ならばこそ、何度も試すことが肝要である。
そして作る魔法も、広く知られている現象を模したり、既存の魔法を改良したりするよりは、誰も知らないものを作りたかった。
ならば、男の世界の知識を基にしたものを作るのが一番いいということになり。
「やっぱり、銃かな……」
真っ先に思いついたのは、男の人生を追体験したときに映画などで見た、拳銃という強力な武器だ。引き金を引くだけで、相手を傷つける……金属の弾丸が目に見えない速度で対象を撃ち抜くのだ。
目に見える攻撃が大多数のこちらでは、簡単に相手の虚を突くことができる。
問題は殺傷能力があまりに高すぎるというところだが――
「……それは仕方ないよね」
王都の治安は悪くないとはいえ、いまだ人攫いのような危険な連中が蔓延っているのだ。
下手に可哀そうだと思って躊躇えば、自分や自分の周りの人間がひどい目に遭ってしまう。そうなれば、後悔はしてもし切れないだろう。
知識だけでなく道徳までも男の世界の常識に感化されているこの身だが、この世界にいる以上は、それに即した考えでなければ生きてはいけない。
呪文に使用する単語や成語については、すでに書物からいくつかピックアップしている。
あとはそれを上手く組み上げつつ、イメージした現象にすり合わせていけばいい。
……拳銃をイメージしやすくするために、右の手指で銃の形を作り、構える。
「――黒の弾丸。音を超えて空を引き裂き、風を貫け」
呪文を唱えると、【魔法文字】が浮かび上がり、環状の魔法陣となって銃身を模した人差し指に嵌まる。そしてそれが回転すると共に、腕に負荷が掛かり始めた。
(ここまではイメージに合ってるけど、魔法の反動か?)
右腕で魔力が暴れ回る。それはまるで、血管を通る血液が沸騰し、腕に大量に流れ込んでくるかのよう。片手では支えきれず、左手を肘に添えた直後、パンっ、という乾いた音と共に、黒い弾丸が発射された。
用意した的は黒い弾丸に撃ち抜かれ、硝煙めいた魔力の蒸気が人差し指の先から上がる。
それらはほぼ、イメージ通り。
一見して成功かに思えるが、
「うーん。思っていたのと違うなぁ」
威力は申し分ない。黒い魔力の弾丸が飛翔し、的に穴を穿った。
だが、弾丸が黒いものとわかってしまう時点で、これは失敗だ。
男の人生で見たものは、撃ち出された弾は見えないのだから、どうしたって別物である。
しかし、音を超えてと呪文に組み入れているのにもかかわらず、音速を超えないというのはどういったことなのだろうか。
「うーん……」
ということは、チョイスした単語に問題があると見るべきだろう。
「銃のメカニズムに寄せる? でもそれだと……」
一般的に知られていない概念で躓いてしまうことになる。
例を挙げると、【爆発】や【爆裂】【高圧】だろう。男の国の言葉にあったそれらの現象に相当する【古代アーツ語】はおろか、共通語さえもいまは見つからない状況にあるのだ。【古代アーツ語】で、銃弾を発射する機構をすべてつまびらかにできない以上は、銃の機構を説明するタイプの呪文に寄せても必ずどこかに穴が開く。
クレイブに訊いてもそういった現象に対応する【古代アーツ語】はないと言われたため、どうしたものかとは思っていたのだが。
(ない……ってことはないよな。やっぱり未発掘なだけか)
だが、たとえ有ったとしても使いにくいということは間違いない。
そも爆発は強力な現象だ。力を弱める言葉を重ねれば使用に堪える呪文にはなるだろうが、おそらくそれでは呪文が冗長になりすぎる恐れがある。
ならば、根本から見直すべきか。
「まず、黒の弾丸は外せない、よなぁ……」
黒の弾丸。それは第二紀言書【精霊年代】の記述にある、村落を襲う森の魔獣を打ち倒した、金属の礫のことだ。飛翔する弾を発生させるのに、この単語よりも相応しい言葉はないだろう。
「音を超えて空を引き裂き、風を貫け……問題はこの部分か」
挙動を装飾するこの部分に関しては、書物に記述される成語を用いたわけではなく、関連性のない単語を繋ぎ合わせたものだ。
にもかかわらず、音速も超えてくれないのは不思議なのだが……。
単語のみの構成が駄目ならば……成語に頼るべきだろう。
そう結論に思い至り、再度メモ帳を見る。
「ええっと、【古代アーツ語】における成語は、単語とは違い、単語同士を組み合わせたものである。組み合わせが意味する事柄のほかに、使用された場面の背景まで関連が及ぶため、成語がそれ単体で持つ意味や影響は多岐に渡る……」
例を挙げるならば、以前スウが人攫いの男に使ったオリジナルの呪文。
それに組み込んだ成語だろう。
【帳を焦がす】。
これを語句通りの意味で抽出するなら、「~を焦がす」ということで燃焼関連の強化用の装飾に使われる成語となるのだが、背景――つまりこの成語が記された紀言書のページにどんな意図で書かれているかまで見ると、効果の及ぼすところは大きく変わってくるのだ。
「――第五紀言書【魔導師たちの挽歌】曰く、仇討ち回る術師、織り成したる火声、火勢となりて強きを成し、帳を焦がさん。夜天静かに照らし満ちあふれ、楼閣赫赫と燃え上がり」
描かれる場面上、ときは夜、高層建築物を前に、復讐の走狗となった魔導師が、仇を討たんがために【火声】なる魔法を用い、夜陰を真っ赤に染め上げるほどに炎上させた一文である。
一つ目の意味は、そのまま、火が大きく燃え上がる、という意味を表し。
二つ目の意味は、夜の下にあって、夜を脅かすもの。
三つ目は、復讐の火はかくも苛烈なるべしを表している。
男の国の言葉と同じだ。一つの言葉にいくつも意味が重なっていたり、機微が違うため使う場面によって使い分けなければならなかったりするのだ。
成語はそういった影響を踏まえ、組み合わせに気を遣わなければならない。
そして今回求める成語は、瞬間的に相手を倒すものに限定するべきだろう。
もとになる【古代アーツ語】が書かれた書物は六つ。
空と大地の創造が記された【天地開闢録】。
精霊の時代の物語【精霊年代】。
この世界の終わりを予言した【クラキの予言書】。
星の巡りと空を追いかけた学者の一生を描いた【大星章】。
魔法文明が最も隆盛した時代の記述【魔導師たちの挽歌】。
世界を滅ぼす四つの魔王と滅びの歌までが書かれた【世紀末の魔王】。
この中から、精霊年代、大星章、魔導師たちの挽歌の三つに狙いを定める。
精霊年代……この地上に精霊がいた時代の話を記したものだ。男の世界の【神話】や【伝承】、【英雄譚】【童話】などをごちゃまぜにしたような話が書かれている。
大星章は……これは説明そのままだろう。星の巡りを追いかける、つまり自然現象を研究した学者の残した……とされる謎の書物。
魔導師たちの挽歌も、同じく。魔法文明が最も隆盛し、この世界の人々が男の世界の技術に匹敵するほどの力を得て……そして滅び去った過去のできごと。
「地上の流星……? かっこいいけどこれはちょっと違うかな」
ピックアップした成語をいくつか洗い直すが、いまいち刺さるものがない
しばらく庭先で胡坐をかいて唸っていたが、やがて、精霊年代関連のメモから、それに見合うような成語を見つけた。
「……これにしてみるか」
先ほどと同じように、手指を拳銃の形に模して、腕を支えて構える。
そして成語を何度も呟きつつ、用意した魔力計を見ながら、魔力の込め具合を調整。
しばらくの間、調整に時間を使い、
「――黒の弾丸。それは死神のまなざしが如く瞬きて、天翔ける蒼ざめた馬を追い落とさん」
パァン、と乾いたような音が響くと共に、腕に大きな衝撃がかかる。
的には、やはり先ほどと同じように穴が。
銃弾は、もちろん見えなかった。
穴も瞬間的に穿たれていたため、イメージにはかなり近付けたと思われる。
「……いいかもしれない。あとは、これの消費魔力の調整だ」
再度魔力の込め具合の加減を調整するため、魔力計を使って微細な調整に移る。
……それから三日後、試行錯誤の末、【黒の銃弾】の魔法は完成した。
銃弾が目に見えないため派手さはないが、威力、効果は拳銃とほぼ遜色ないものへと仕上がった。
これで、何かあったときでも、対処の幅が広がるだろう。
呪文の内容と銃との関連性が低いということだけが、多少心残りではあったが。