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第百五十四話 黒点を穿つ



 悪相の男が完全に魔人に変貌し、際限ない力を振りまいた。


 こちらの攻撃も通じず、不利になるばかりであったが、しかしやられてばかりではない。ノアやカズィ、メルクリーアたち援軍が到着し、いまは切り札である『魔導籠手(チャンバーガントレット)』も手の中にある。反撃の態勢は整いつつあった。



 メルクリーアがカズィを見つけて声を上げる。



「禁鎖! 二人と一緒にそいつの相手をするです! それは精霊年代に語られる魔人です!」


「魔人だあ? いやなんでそんなモンがこんなとこにいんだよ?」


「与太はいいです! 早く前衛に入るです! ここはお前が適任です!」


「へいへい。まあ、確かに俺向きの相手ってことになるな――よっ!」



 カズィはそう言って前に出る。

 スウやシャーロットの背後に立つと、魔人に向かってどこかかったるそうに話しかけた。



「おう魔人とやら、可愛いお姫様方だけじゃなく、今度は俺の相手もしてくれよ」


「ゴミクズどもが、次から次へと集まったところで、俺は倒せんぞ!」


「ゴミクズとはひどい言われようだな。まあ否定はしねえけどよ。キヒヒッ!」


「カズィ、気を付けろ! そいつは魔法で傷つけられない!」


「は? なんだそりゃ? ……ああ、それで魔人だかなんだかって言ってたのかよ。よりにもよってグロズウェルとはな」


「どういうのかは知ってるんだな?」


「最近その手の話をどこかの誰かさんから聞かされたしな。ま、その辺は戦って確かめるわ」



 カズィは手をひらひらさせて、一応の返事。返答がおざなりなのは、当たり前だが、こっちにばかり気を向けていられないためだろう。それだけ魔人の発する圧は強い。魔人の力は視覚的にも色みが色濃くなっており、不気味さを感じさせる。



 前に出てくるカズィに対して、魔人は実体化させた帯のような触腕を不気味に蠢かせている。いや、その数を増やしているのか。もう魔人の背後は淀んだ力で真っ黒だ。



 カズィが詠唱の構えを取った。それを見た魔人が動き出す。



「馬鹿め! 魔法は効かないと聞いたばかりだろうが!」


「ああ、わかってるぜ――アルゴルの大円匙(だいえんぴ)。一掘り二掘り進めれば、たちまち大きな穴があく。おまけに三掘(みほ)り進めれば、なんでもそこに落っこちる。女鹿を落とせ。猪豚(いのぶた)落とせ。化け物だろうが怪物だろうがなんでもかんでもおかまいなしに、でっかい穴に落っことせ!」



 ――【アルゴルの大落とし穴の法】



 魔人は飛び出しつつ、複数の触腕をカズィに伸ばす。


 だが、カズィの魔法の方が成立するのが早かった。

 カズィのもとから土色の魔力光が散乱すると、魔人の足下に直径七メートルはあろうかという魔法陣が敷かれ、そこに魔法陣と同じ大きさの大穴が開いた。大きい。確かに怪物だろうがなんだろうが落とせそうな大穴だ。



 無論警戒していなかった魔人はその大穴に呑まれてしまう。



「なっ――!?」


「お? うまくハマったな! キヒヒ、さしもの魔人グロズウェルも、落とし穴が効かないってことはないだろ?」


「きっさまぁあああああああああああああああああああ!!」


「おおっと、俺に向かって叫んでる暇はねえぜ? ――アルゴルの落石罠。大岩小岩に土砂崩れ、どどんと一緒に落ちてくる。落とされ流されどん詰まり。埋まってしまってさあ大変だ。牛馬を狙う悪党どもは、全部潰れてくたばれ……バーカ!」


「なぁ――!?」



 ――【アルゴルの大落石の法】



 灰色の魔法陣が空に浮かぶと、そこから大小様々な大きさの岩が大量に降ってくる。

 それらは魔人が収まった穴の中に吸い込まれるように落ちていき、残らず中へ。行き場を失った空気が土煙と共に噴き上がり、魔人は見事生き埋めになった。



 カズィがガッツポーズを見せる。



「うし! これで時間は稼げるぜ」


「禁鎖、よくやったです。顔に似合わず活躍したです」


「顔は余計だっつーの顔は! このちびっこ先輩が!」


「ち、ちび――!? 禁鎖あとで覚えているですよ! 許さないです!」



 カズィとメルクリーアは短い口喧嘩をする。そんなことをしている場合ではないのだが、どちらも口を憎まれ口やら一言多い性質だからなのか、ぎゃあぎゃあわんわん周りも構わず喚いている。



 ふと、その喧騒を割るように、ノアが口を開いた。



「ではおまけと行きましょう――」



「――堅牢なる氷の底流。閉じよ。塞げ。隔てて封じよ。跳ね上がる飛沫は色を表せ。白く青く。さらに青く。我が眼前に氷の河は青く凍てつく」



 ――【氷河結河(グレイシャーブルー)



 ノアが呪文を唱えると、彼の前方に蒼光を放つ【魔法文字(アーツグリフ)】と帯状の魔力光が浮かび上がり、まるで丸めた絨毯を転がしたかのように敷かれていく。やがてそれらが敷き終えられると、グロズウェルが埋まった場所を中心にして地面が氷で覆われた。



 それは呪文に含まれていた【古代アーツ語】の通り、氷河のようだ。【氷脚下(フリーズブリーズ)】も地面を氷で覆う魔法だが、こちらはそれとは違い容易には崩せないと思わせられるほどに分厚く、堅牢である。



 だが――



「蓋は完全に閉じたが……でもな」


「ええ。これでは時間稼ぎにも、なりませんか」



 カズィとノアがそんな話をしたのは、何かの予感があったからなのか。

 しかして、その確信にも似た予感の通りのことが起こる。

 地揺るぎと共に、青い氷に覆われた地表が爆発した。



 氷と共に土砂が散り、辺りに広く散乱する。



「ちょいと舐めてたかね?」


「かもしれませんね。魔人とやらの評価を少し修正しましょうか」


「二人とも! 気を付けろ!」


「おう! まあ給料分、死なない程度に適度にやるわ」


「まったく厄介な相手です。アークス様、次はこのような相手を呼ぶのは遠慮してくださいね」


「だから俺は呼んでもねえし、もう呼びたくもねえよ!」



 二人は軽口を叩いて余裕を演出してくれているが、いちいち茶化すのはやめて欲しい。

 一方でスウが「さすが頼りになる」と言えば、カズィの方は「いや、お姫様方の方がすげえって」と返す。スウとシャーロットはこれまできっちり前線を支えていたのだ。普通に考えれば彼女たちの方が骨を折っている方である。



 そんな中も、こちらは魔導籠手(チャンバーガントレット)のセッティングと調整を進める。



「アークス・レイセフト、それはなんですの?」


「秘密兵器ですよ。まさかこんなに早く実戦で使うことになるとは思わなかったですがね」


「その大きなガントレットがですか? あなたは魔導師でしょう?」


「まあその辺は見ていてください」



 クローディアに続き、リーシャも左腕の様子を窺う。



「兄様、籠手の調子はどうなのですか?」


「多分大丈夫だとは思うが、なにせ実戦で使うのはこれが初めてだからな。ほんとは使う前に調整しておきたかったんだが、いまはそうも言ってられない」


「よろしいのですか? もし壊れてしまったら……」


「一回でも使えればいい。それにぶっ壊れたらまた作ればいいさ」



 あまりそうはなって欲しくはないが、いまは時間が惜しい。あとは周囲との連携だ。こちらが主導で魔法をぶっ放してもいいのだが、スウの指揮もあるため、そちらとの兼ね合いや合図を待つ必要もある。おそらくはここぞと言うときに指示を出すのだろうとは思うのだが、果たしてどうなるか。



 そんなことを考えている中、スウがカズィに何かを囁く。

 するとカズィは、背中に負っていた木製の棒を手に持った。ねじれた棒だ。ところどころに取っ手のような掴みやすい突起が飛び出ており、一見して棍棒などにも見えない代物である。



《――アルゴルの草刈り鎌。手入れを欠かさぬ鋭い刃が、庭草蔓草薙ぎ払う。雑草払え。葦原払え。なんでも根こそぎ薙ぎ払え》



 ――【アルゴルの草薙ぎの法】



 カズィが呪文を口にし終えると、手に持った棒の先に緑光が灯る。蛍火のように淡い輝きが、一瞬ひときわ強く輝くと、やがてその光は横向きに伸び、刃を形作った。

 形状はまるで草刈りに使うような大鎌だ。



「うぉらああああ!」



 魔人は傷付けられない。だが、魔人の力は散らせるのだろう。カズィは鞭さながらに襲い掛かってくる触腕を、ビームサイスを造り出す魔法で迎え撃つ。触腕は魔法の刃に切り裂かれたせいで勢い余って吹き飛び、転がった先で塵になって消滅した。



 カズィは魔法の草刈り鎌の柄を、まるで棒術を使うように器用に取り回す。

 緑刃はどちら側でも斬れるのか。そうして回転させているだけでも、触腕が斬り裂かれていった。

 果たして、すべての触腕が刈り取られるのが早いか、カズィが疲れるのか先か。



「ちっ、この……貴様ぁ! あの陰気な農夫の真似事かぁああああ!」


「真面目で寡黙って言えよ。言葉遣いがなってねぇぜ、おっさんよお」


「邪魔をするな! 虫けら如きが!」



 カズィはひとしきり触腕を斬り裂くと、追撃を(いと)ってノアたちのいる後方へ下がる。

 ノアが思案するように顎に手を置いた。



「なるほど。後ろの触手のようなものには魔法が通じる、ということですね」


「みたいだぜ? ただうまく刈らねえと衝撃で腕をやられるぞ。いちち……」


「承知いたしました。――零落する乙女が流すその涙。清らかにあって冷たく、氷雨(ひさめ)を牢する青玉の如し。しかして剣士よ、その涙を持て。その冷たき悲涙を掬い取り、乙女を守る剣となせ」



 ――【ジャクリーンの氷結剣】



 ノアが呪文を唱えると、手の中に氷の剣が生み出された。

 彼はその氷の剣を用いて、カズィと同じように、魔人の触腕を刈り取っていく。あるいは氷の刀身で斬り裂き、あるいは刀身から発せられる氷の飛礫によって撃ち抜く。

 しかし、そんな努力をあざ笑うかのように、帯のような触腕は潰した端から復活していく。まるで際限がない。



「しっかしこれじゃ魔力がいくらあっても足りないな」


「ですね。何か打開の一手がなければ」



 そう、やはり誰かが魔人に対し、致命打を与えなければならない。

 自身か、スウか、ノアか。確か、メルクリーアを国定魔導師たらしめる魔法は、攻撃的なものではなかったはずだ。

 となれば、ここで頼りになるのはやはりカズィの力なのかもしれない。



「カズィ! そいつに効果がある魔法は他にないか!? 精霊が関係する魔法なら、もしかしたら効果があるかもしれないぞ!?」


「って言ってもな! 威力の面で考えると幽冥界からの呪縛(アストラリオンカース)は心許ねえし……一応奥の手はあるがよ! そっちは使うには時間がかかるぞ!」


「どれくらいだ!?」


「最低でも、五十節は必要だ!」


「ご、五十だって!? なんだその長い呪文は!?」


「それくらいしねえといけねぇモンだってことだ!」



 詠唱で五十節とは随分と長い。口先のことだとはいえ、準備だけで五、六分はかかる計算だ。その間は落ち着いた状況にいなければならないため、隙だらけになる。実戦では実用に耐えないレベルの長さだ。

 魔人の前で無防備になるのは自殺行為。

 だが、ここには多くの魔導師がいるため、決して不可能なことではない。



「スウ!」


「話はわかった! メルクリーア!」



 話を聞いたスウはすぐにメルクリーアに呼びかける。



「講師! 禁鎖の詠唱を援護するため、【絡みつく大蔦(バインドメイカー)】で【連なる絶叫(オーバーチャンティング)】を行うです!」



 カズィが一時的にこちらまで下がり、そのカバーのためスウ、シャーロットが動く。

 散々挑発をしかけていたせいか、下がるカズィに帯のような触腕が二つ伸長して追いすがった。



「させるかぁ!」


「うぉっと、しつけえぞ!」



 それを見たスウが叫ぶ。



「我らの前を抜けると思うな! シャーロット!」


「ええ!」



 両側から迫るスウとシャーロットが、各々剣を用いて触腕を叩き落とした。

 一方で、ミリアも空から攻撃を敢行する。銀色の硬質な靴裏での踏みつけだ。触腕の数が多少なり減ったおかげで、彼女も動きやすくなったのだろう。

 魔人が忌々しげに空を睨みつける。



「ちょこまかとこざかしい……!」


「それはこっちのセリフ。うねうねと鬱陶しい。タコでもそんなに節操なしに絡んできたりしない」



 周囲の状況が動きつつある中、メルクリーアが講師たちに向かって叫ぶ。



「講師陣は三班に分けます! 第一班は新任の者、第二班は中堅、第三班は経験の多い四年、五年の担当講師! 第一班は詠唱開始!」



 指示が出ると、講師たちはすぐに呪文詠唱に取り掛かった。



「こっちは行けるです! あとはノア! トリは任せるです!」



 その指示に言葉を挟む。



「いえ! メルクリーア様! 最後は俺にください!」


「……アークス・レイセフト、行けるですか?」


「俺に考えがあります!」


「ですが……」



 メルクリーアは困惑するが、そこに関してはスウから援護が入る。



「メルクリーア! アークスに任せよ! アークスはできないことをできるとは言わん!」


「は、は! 承知しましたです!」


「ノアはカズィを援護しつつ、予備を頼む。最悪俺とカズィでダメだったときの魔法を用意しといてくれ!」


「承知いたしました」



 すぐに陣形が移り変わる。こちらは魔法の届きやすい中間へ向かい、カズィは後方へ、二班、三班の講師たちは横合いに。メルクリーアはその音頭を取るため前の方へ。スウとシャーロットはそのままに、ノアは自分の詠唱のタイミングが始まるまで、触腕に氷結剣を叩き込んでいる。



 一方で肝心要のカズィの方はといえば、すでに詠唱に取り掛かっていた。

 呪文は一定のリズムを刻んでおり、まるで童謡でも語っているかのよう。これも、いつもの呪文詠唱の延長上にあるものなのだろう。これだけ長いものを、一句も間違えずに、きちんと発音するのがどれほど難度の高いことか。習熟度は並ではない。



 そんな中、講師たちの呪文詠唱が完了する。



「第一陣行くです! 前衛は退避を!」



 呼びかけを聞いて、スウとシャーロットが離れる。


 すると、すぐに魔人に対して、第一陣の呪文が解き放たれた。

 緑光の魔法陣から植物の(ツタ)が伸び上がり、太い木の根のようになって魔人のもとへ殺到する。

 魔人は視線を遮られないように動きつつ、それを手に持った大剣で振り払った。



「っ、このような魔法で私を押さえつけられるとでも思ったか!」



 (ツタ)の先端が斬り飛ばされるが、蔦は斬り飛ばされた端からさらに伸びる。

 魔人はさらに力を込めて大剣を振るった。

 剣撃よりも魔人の力の方が強力だったらしく、太い蔦にひび割れのような裂け目が生じる。

 数人がかりの魔法行使でも、止められないのか。

 それを確認したメルクリーアが、第二陣、第三陣に魔法の発動を促す。



「二班! 三班は頃合いを見計らう必要はないです! 詠唱完了後すぐ魔法を発動! 魔人をこれ以上動かしてはいけないです!」



 詠唱を終えた二班が魔法を行使すると、蔦の数はさらに増える。

 この魔法行使の技術は、これを一から三まで行い、再度一に戻って延々と繰り返すのだ。

 そうすることによって、対象に絶え間なく魔法をかけ続けることができる。

 【連なる絶叫(オーバーチャンティング)】の名の所以である。



 数倍する蔦の先端が殺到するも、やはりこれも魔人に振り払われる。



「効かぬ効かぬ効かぬっ!」


「くっ、【連なる絶叫(オーバーチャンティング)】を使ってもダメですか……めんどくさい相手です」



 メルクリーアは三角帽子を深く被って呟く。

 苦慮するような物言いの反面とても冷静で、観察できる余裕もあるようだ。

 国定魔導師の貫禄は健在。この場で戦うものたちの心の支えの一つと言ってもいい。



 ふいに、魔人の力が強い波となって駆け抜ける。



 対象は……近くの者たちではなかった。

 強烈な音が背後から響く。咄嗟に後ろを向くと、魔導師たちが作った防壁が崩されていた。



「っ、後ろの防壁が!」


「校舎の中には避難し切れていない者たちがまだいるです! 早く防壁を作るです!」



 魔人は対象を切り替えて、均衡を崩しにかかったのだろう。狙いを分散させれば、こちらも取り掛かる部分を振り分けなければならない。



 後方が泡を喰う中、一際大きな詠唱の声が聞こえてくる。



《――防塁は高く貴く、天衝(てんつ)く如くにそびえ立つ。壁は抜けぬものなり。門は通れぬものなり。塀は越えられぬものなり。要害山脈。要衝渓谷。城には決してたどり着けぬことを知るがいい。我が楼閣。我が堅城。我が鉄壁に死角なし》



 ――【大城壁(グランドウォール)



 直後、校舎を大きく超えるほどの高さを持つ石壁がせり上がる。四角四面に揃えられた石材が美しく積み上がり、城壁上部の凸凹になった鋸壁や円塔など、迫り出した部分のディティールも随分と細かい。かなりイメージを練り上げたものだ。



 しかしてその魔法を使ったのは、白の制服に身を包んだ茶髪の少年だった。



「ケイン!」


「僕も黙ってられないからね」



 ケインはそう言うと、城壁にさらに魔力を注ぎ込む。

 すると城壁は大きさだけでなく、分厚さ、そして装飾までも増していった。



 一方で彼の周りからも声が上がった。ルシエルだ。



「お、俺も手伝ってるぞ!」



 どうやら彼も魔法を使って壁の構成を手伝っているらしい。わたわたしており、初めての鉄火場でいっぱいいっぱいの様子だが、逃げ出さないのは彼なりの矜持があるためか。



 その隣にも、見覚えのある影があった。



「おい! どうして俺がケイン・ラズラエルを手伝わなければならないのだ!」


「オーレル様、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! いまは校舎を守らないと!」


「同志ルシエル、だがな!?」


「申し訳ありません。僕だけではどうしても力が間に合わないんです。オーレル様、ここは僕に貸しと言うことで一つどうかお願いできないでしょうか?」


「か、貸しだと!?」


「ええ。頼りにしています」


「頼りにしている!?」


「はい」


「う、うむ! それならまあ仕方ないか! うむ!」



 オーレルはケインに貸しができたことでちょっといい気分らしい。仕方ないと言いながらも、さっきよりもしっかり手伝っている。やはり彼はちょろいのかもしれない。



 後ろの防壁はこれでなんとかなった。



 あとは、その前方で魔人を邪魔する講師たちの魔法だが――



《――四周伸縮。四方自在。括り付け、巻き付け、縛り付け。これは絡みつくものの再現。ならば前を阻む者が閉じられる。磔刑よここに再現せよ。伸びる大蔦(おおつた)がお前を襲う》



 ――【絡みつく大蔦(バインドメイカー)



 再び、詠唱が風に乗って聞こえてくる。

 呪文は長く、講師たちが使った魔法に数節追加されたものだ。


 動いたのは先ほどスウから温存を言い渡されていたクローディアだった。

 魔人がクローディアに激しい憎悪を叩きつける。



「貴様はいい加減にっ……!」


「わたくしはやらなければならないのです! サイファイス家の人間として! あなたを止めます!」


「サイファイス家だと! それがどうしたというのだ!? 聖賢のろくでもない甘言に縛られおって! いいように使われていることがなぜわからんか!」


「いいえ! それは関係ありません! わたくしにとってサイファイス家に与えられた使命は大事ですが、それを抜きにしても、わたくしの、クローディア・サイファイスの務めは、魔法院やその生徒たちを守ることなのです!」


「ほざけ! 貴様がそんなものを守ってどうなるというのだ! お前も自分の力が何なのかを知っているだろう!? それを他の者に知られたとき、どうなるか!?」


「わかっていますわ! それが、どれほどのものであり、どんな不和を生むのかも!」


「ならばなぜ!」


「あなたにはわからないでしょう! 壊すことが本懐であるあなたに! 壊すことでしか意味を見出せないあなたには! 守る者のないあなたには! そうやって無用な壁を作っているからこそ――」


「黙れ黙れ黙れ! それ以上その煩わしい口を開くなぁああああああああああ!!」


「くぅっ!」



 魔人の圧力がさらに強くなる。激しい怒りが、さらに魔人の力を引き出したのか。クローディアの放った魔法の蔦はおろか、講師たちの放った魔法の蔦まで、力に当てられて残滓(ざんし)が朽ちて欠けた【魔法文字】となってぼろぼろと剥がれていく。



 このまま、クローディアの魔法ごと吹き飛ばされてしまうかと思われた、そんなみぎり。

 彼女の隣に、背の高い影が寄り添った。



《――九天延伸。八方不如意。括り付け、巻き付け、縛り付け。これは戒めるものの顕現。ゆえに眼前を阻む者こそ封じられる。磔刑はここに。罪科を望む者には苦しみこそ相応しい。延びる巨蔦(おおつた)はお前を逃がさぬ》



 ――【戒めし巨蔦(バインドテイカー)



 それはクローディアが使った【絡みつく大蔦(バインドメイカー)】をさらに強化したものだ。

 発現した(ツタ)も講師たちが使ったものとは比較にすらならないほど太く大きい。込められている魔力も、大魔法に注ぐ分と遜色ない規模だ。



 長い顎(ひげ)を蓄えた老人、エグバード・サイファイスだった。

 クローディアの表情が明るくなる。



「おじいさま!」


「そうだクローディア。我らが守るのは使命ではない。その使命をこなすことによって守られる、人々なのだ」


「はいっ!」



 クローディアは祖父の登場に勇気づけられたのか、魔法にさらに力を注ぎ込む。【絡みつく大蔦(バインドメイカー)】は持続的な魔法だ。発現中は常に魔力を食うし、大量の魔力を必要とする。魔力を注げば注いだ分だけ、蔦の存在も補強される。



 魔人を圧することはできないが、それでも動きの邪魔にはなるのだ。



《――幽冥よりのもの。天より至る名を唱えよ。戒める者は手鎖の。楔、嚆矢なる者は我が手の内に。鎖、束縛する者は我が足元へ……》



 やがて、カズィの詠唱内容に変化が出てくる。童話の語り手のような口調から、堅苦しい口調へ。魔法が完成に近づいて行っている証拠だ。周辺の魔力も濃密になって来ており、彼の周りに【魔法文字(アーツグリフ)】が漂い始める。



 そんなときだ。

 魔人が一度後方に引き下がる。クローディアやエグバードの大蔦を(いと)ったのかとも思ったそのとき、魔人の扱う自在の力が変異。背中に背負った多数の触腕が膨張し始めた。



 なにをするのか。

 それにいち早く気付いたのは、エグバードだった。



「あれは……クローディア! 大蔦を! あれはもろとも吹き飛ばすつもりだ」


「は、はい! 承知いたしました!」



 クローディアとエグバードはさらに魔力を注ぎ込み、大蔦を伸ばす。すぐにそれは魔人のもとに届いた。



 ――間に合った。そう思った瞬間、その場の誰しもが判断の間違いに気付かされた。



 魔人に蔦が絡みつくと同時に、魔人の力が爆裂する。その大きな力の衝撃は大蔦を破壊し吹き飛ばし、そのうえ魔人はその爆発を推進力にして、恐ろしいほどの速度で突撃してきたのだ。

 さながらそれは、ロケットエンジンの燃焼ガスの噴射の如くか。



 速さ、そして虚を突かれたことで、最前線の防備がなす術もなく抜けられる。

 そして、魔人が向かう場所はカズィのもとだ。だが彼は呪文に集中して動けない。一瞬遅れでスウとシャーロットが魔人の背に追い(すが)ろうとするが、魔人の方がいましばし早い。



 このままでは、カズィが倒されてしまう。

 させるわけにはいかなかった。



《――黒の弾丸。それは死神の眼差しが如く瞬きて、天翔ける蒼褪めた馬を追い落とさん》



 ――【黒の銃弾(ブラックバレット)



 間髪容れず集中力を高め、スロウな世界を造り出す。

 自分だけが逸脱した速度域に踏み込むと同時に、すぐさまその場から飛び出し、魔人に照準を合わせて弾丸を叩き込む。相手に攻撃的な魔法は効果がない。だが、意識をこちらに切り替えさせることはできるはずだ。



 そう、なぜか相手はこちらに多大な憎悪を抱いているのだから。



 魔人の右目に、【黒の銃弾(ブラックバレット)】が過たず命中する。

 当然それは契機になった。魔人は地面の砂を足で掻いて踏みとどまると、首をこちらに向けた。顔は、それこそ鬼の形相とたとえるのが相応しいほどに変形している。



「聖賢! また貴様かぁ!」



 魔人は鼓膜を脅かすほどの大声を張り上げる。

 そして、



「あの男はいい! まずは貴様からだ!」


「くっ……!」



 魔人が四つん這いのような姿勢で飛んでくる。まるで獣のようだが、獣は武器を使わない。とめどなく溢れる怒りを発散したいのか、手に持った大剣を滅多矢鱈に振り回して、こちらを斬り裂こうと迫る。



「兄様!」


「アークス!」



 声が聞こえる中、剣撃をかわすが、余波に当てられて転がされてしまう。【魔導籠手(チャンバーガントレット)】になるべく衝撃を与えないようにしたのがまずかった。背中を(したた)かに打ってしまう。衝撃で肺から空気がすべて出て行って、頭に酸素を送れない。



「ぐはっ……!?」


「無様だな聖賢! 無様に転がって、あのときとは大違いではないか!」


「お前は、一体何を……?」


「何をだと? ふん! 何をも何もない! にしても先ほどは何だ! 貴様如きが私を倒せるだと? 貴様程度の力で魔人となった私を倒すなど、思い上がりも甚だしい!」



 思い上がり。下が上に逆らうときは、いつもその言葉が取り沙汰される。



「貴様のような低能が俺を倒そうなどと! そんなことができるわけはないではないか! それが世界の摂理! (ことわり)だ!」



 思い上がりときて、今度は摂理ときた。弱いものは強いものに負け、食いつぶされるのが自然の在り方。特にこんな世界では、それが強く思い知らされる。



「所詮は、魔力の少ない落ちこぼれ! お前は生まれながらに負けているのだ!」



 魔力が少ない。確かにそうだ。それだけで、この世界では大きな不利になるだろう。

 運命の趨勢を決定づけるものになるし、これまでも、多くの戦いで魔力の量が勝敗を左右してきたはずだ。



 魔力量が多い者が勝者となり。


 魔力量が少ない者が敗者となった。


 自分のような者が地に伏してきたのは、疑うべくもない事柄だ。



 ――だが、それがなんだというのか。



 ここでもそれが、絶対となるわけではない。

 たとえ敗者と見られようとも。向かう道のりが険しくあろうとも。

 ずっと涙を飲んできた自分が、それに屈するわけにはいかないのだ。



 これから、立ち向かうために。


 折れることなく、立ち向かい続けていくために。



 体内の魔力を高めようとすると、魔人が嘲りを向けてくる。



「バカめ! 貴様の魔力でいまの私を止められるほどの魔法が行使できるものか! 先ほどの小細工ももう通用せんぞ!」


「だろうな……だけどな」



 決して自分は、膝を折ることはない。

 そう、魔導師としての意地が、確かにここにあるのだから。



「お前に見せてやるよ。魔力が少なくたって、一端に戦えるってことをな」



 顔を上げ、大きく酸素を取り込む。脳内が一気にクリアになり、腕や足に力が漲った。

 一方で魔人は魔力を散弾のように飛ばして来る。距離が近いうえ、範囲が広く逃げられない。



 ()()()()()



 そう己には、普通でない技術がいくつもある。


 集中。


 かんなれ。



 クラウチングスタートの姿勢から、魔人の声や視線を置き去りにして、雷速のように飛び出した。



「なに――」



 場から離脱すると、驚きが遅れて耳に届いてきた。集中とかんなれによって疑似的にではあるが音を追い抜いた先に到達したからだ。



「くっ、ちょこまかとっ! 一体どこに――」



 周囲を回っていると、魔人の苛立ちがやはり遅れて聞こえてくる。

 こちらの動きに翻弄されているのが丸わかりだ。途方もない力はあっても、反応速度は常人の域を出ないらしい。振り向く速さ、目で追う速さが追いついていない。これが誰かから与えられたものと、自ら獲得したものの違いだ。後ろに回り込んでも、まだ魔人は明後日の方向を見回している。



 腰から剣を引き抜き、高温度の錬魔力を込めた一撃を食らわせる。



「ごはっ!? な、何を――?」



 魔人に切り傷は付かないものの、斬撃を受けた部分は火傷をしたように真っ赤に腫れ上がった。すぐに剣がペキ、ペキと、抗議の声を上げ始める。こんな使い方はやめてくれというように。使えなくなるぞというように。錬魔力を流し込まれたせいで、劣化が加速したか。体内に収めた残りの錬魔力の塊は二つ。放ち切るまで剣が保つとは思えない。



 ならばどうするか。こちらの魔法を食らわせるため、もっと距離を取りたいが、それに手札が間に合うか。



「聖賢! 貴様なぜこんなことができる!? 貴様はこんなことはできなかったはずだ!? 何故だ! 何故何故何故!? 何故なのだ!?」



 魔人は先ほどの斬撃がそれほど痛かったのか、錯乱したように叫んでいる。



 それにしてもさっきからこの男は一体誰のことを言っているのだろうか。

 自分はこの男とは知り合いではないし、もとから知られていたわけでもない。だが口ぶりは知っている相手に向けるもののそれだ。まるで因縁の相手でも前にしたように、聖賢、聖賢と。この顔がそれほどまでに、()()()()()アスティアと重なるのか。



「――敵手を落とせ。対手を落とせ。ふいに生まれる落とし穴。誰しもは目の前にある陥穽に気付けない。大地の(あぎと)よ口を開けよ。大穴よここに開け!」



 ――【転落点穴(フォールダウン)



 リーシャが大声で呪文を唱えた。落とし穴の魔法だ。



「ちぃ! どいつもこいつもいいところでっ!」



 魔人は二の轍は踏まないとばかりに、その場から大きく距離を取る。

 そう、どこに穴が開くかわからないためだ。



 だが、いつまで経っても穴はどこにも開かないし、そもそも魔法文字(アーツグリフ)も魔法陣も生成されてはいない。



「まさかっ!?」


「そうかっ!!」



 気付いたのは魔人と同時だった。リーシャが使ったのはフェイントだ。しかも、あえて魔法を使わないことで落とし穴が開く場所を特定させず、魔人を混乱させたのだ。



 周辺で魔法が使われているため、魔力の気配の有無にも気付きにくい。


 それを見越しての会心のフェイントだった。



 魔人がリーシャに首を向ける。



「小娘ぇえええええええ! 姑息な真似をぉおおおおおお!」


「兄様! この距離ならどんな魔法でも使えます!」


「ああ! ありがとう!」



 こちらの望むことを読み取ってくれたリーシャにまず礼を言って、【魔導籠手(チャンバーガントレット)】に巻物(スクロール)の入ったカートリッジを装填。腕を動かして、カバーを閉めて固定。



 そして、スウの方を見る。



「スウ!」


「アークス! いまだ!」



 了解を得たあと、呪文詠唱に取り掛かる。



《――空に開く孔。彷徨える者はゆがみ、ねじれ、久遠の時を引き伸ばされる》



《――届かぬ境界。目に見えぬ筐底。落ちる天蓋。崩れる地上に狂える獣》



《――圧し潰されよ。引き千切られよ。塵芥の如く微塵に消えよ》



《――唱えるは終焉の暗黒。逃れられぬ牢獄の虜囚はただひたすらに地に伏すのみ》



《――線を引く者はここに。それは誰もが向かうべき地平の彼方。外の到達点。夜の底よりもなお深き淵に、その黒点を穿て》



 その呪文を聞いた魔人が、怪訝そうな声を出す。



「貴様なんだその呪文は! そんな妙な呪文で魔法が成立するとでも……」



 だが、周囲に溢れる光を見てすぐに目の色を変えた。



「至極色の魔力光……? 大地にかかる魔力? いやこれは――」



 黒にごく近い紫の魔力光が輝き、それが広範囲の地面を覆う。

 それが一際強い光を放つと、中心点から真っ黒な球が浮かび上がり、それを追うようにして、紫のまだらを帯びた黒い手が地面からいくつも伸び上がった。



 伸び上がった黒い手は、黒球から漏れ出る滅紫色の光を追ってさらに上へ。

 魔人はそれを避けようとするが、無数無限に伸び上がる手をかわすことはできなかった。



 黒い手は魔人に絡みつくように腕や足、首など、身体の至るところを掴み上げる。

 魔人はさながら引き倒されるかのように、地面に膝を突いた。



 それとほぼ同時に、魔人は赤い光を帯び始める。



「ぐぉおおおおおおおお!!」



 黒い手を振りほどこうと藻掻く仕種さえ、魔人には許されない。



「聖賢!? まさかこれは!? が、重力(ガイ・ア)の魔法だとぉ!?」


「そうだ! さしものお前も、自重が増えれば動けないだろうよ!」


「そんなバカなっ! 重力(ガイ・ア)の理論はこの世界の人間には決して解明できぬ現象のはずだ! どうしてそれを貴様が操作できる!?」


「それはお前の知ったことじゃない!」


「ぐあぁあああああああああ!!」



 そう、これは手に引っ張られているのではなく、自分の体重が重くなっているだけなのだ。

 重力を発生させる呪文ではなく、重力を強くする魔法、つまり、魔法の効果が直接魔人にかかっているわけではないため、魔人の能力に影響されることはない。



 ここは、あらかじめバルグ・グルバと戦っていたことが功を奏したと言えるだろう。

 あれの対策を考えていたこともあり、魔法の効果が直接本人に作用しない魔法を生み出せたということだ。



 重力の段階が一段上がると、地面が轟音と共に陥没する。舞い上がる土煙。足下から伝わる振動。そのどれもが、魔人にかかる力の威力を強く窺わせた。



「ば、バカな……魔力の少ない貴様が、どうしてこれほどの大魔法を使えるのだっ!?」


「さっきも言っただろうが! やりようはあるってな! わかったか! 魔力が少ないからって、大魔法が使えないなんてことはないんだよ!」



 講師たちが地面に戒められた魔人を見て、次々驚きの声を上げる。



「動きが止まった!」


「ま、魔法が効いている……? 効いているぞ!」


「どういうことだ!? いや、だが、効くのであればなんでもいい!」



 シャーロットが後ろ飛びで近づいてくる。



「アークス君!? こ、これは一体!?」


「シャーロット、スウ! もっと離れるんだ! あの手に掴まれたら終わりだぞ!」



 そうして二人に警告したあと、今度は空に向かって大きく叫ぶ。



「おいミリア! お前も魔法陣の範囲には入るなよ! 近くに行っただけでぺしゃんこになるぞ!」


「……なにこの魔法。ミリア知らない。あいつはどうして動けなくなってるの?」


「そんなの俺の魔法が効果を発揮しているからに決まってるだろ!」


「それが意味わからないって言ってるの。いくら大魔法を使ってるからって、攻撃魔法が効かないのにはかわりないはずよ?」


「魔法が直接効かないなら、あいつに直接効果のある自然現象に魔法を干渉させればいいのさ! そうだろ? 重力は、地上にあるものに等しくその影響が及ぶんだからな!」



 そう、世界に、惑星上に生きるものにとって、重力は必ず影響を受ける現象の一つだ。それすら効かないと言うことは、魔人は常にふわふわ宙を浮いているということになる。



 しかし魔人がそうでない以上は、()()()()は必ず効果を発揮する。



「……つーかここまでGがかかっても失神しないのかよデタラメすぎんぞ」



 魔人はさらなる高重力下に置かれたためか、目が充血し、血管が破裂したのか皮膚から血液を噴き出し始める。



「なめるな聖賢っ!! がぁああああああああ!!」



 だが、魔人は重力の引き手から逃れようと、張り付けられた地面から無理やりに身を起こす。これだけ重力がかかっているのに、一体どういう理屈があればこうして動けるのか。それはわからないが、そこもやはり人知を超えた存在だからということなのだろう。



「ちぃ……なら」



 あまりに出鱈目な相手に歯ぎしり一つ。カートリッジを魔力蒸気と共に一旦排出し、間を置かずにもう一つのカートリッジを差し込んだ。



「早まったなバカめが! 別の魔法など使おうとしても今更遅いわ!」



 魔人の勝ち誇ったような声が聞こえる。だが、そのほくそ笑みは先走りが過ぎた。



《――大地よりのあまねく引き手に、さらに求める。さらに願う。さらに請う。応えるならば重なれ、叶えるならば重なれ、施すならば重なれ。累積の妙をここに見よ》



 呪文を唱え、魔法を行使すると、その魔法が先だっての重力(ガイ・ア)の魔法に干渉。至極色の魔法陣の外周にさらなる魔法陣が結合する。



 果たして、それが意味する答えとは――



「ま、魔法に魔法を積み重ねただとぉ!?」



「この魔法は多重積層連結型だ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて法則はどこにもない!」



 そして、もう一度カートリッジの排出と装填を行い、すべての呪文を唱え上げる。

 大量の魔力蒸気が噴き出した。蒸気の中に、きらきらとした輝きが散る。



「こいつはおまけだ! 三重積層!」



 魔法陣の外周に、さらに至極色の魔法陣が展開。魔法陣はボルトを閉めるように回転し、内周の魔法陣に固着する。



 直後、大地震さながらの揺れが局所的に起こり、魔人を中心に置いた陥没がより深くなる。魔法の効果範囲もさらに広範へと及び、高重力下に晒された塵は砕け、電流が迷走し、中心地点は光が逃れられないためか徐々に暗色を帯びていった。



 どんな生物であろうと、容易く圧殺するほどの高重力だ。



「ひっ!? な、なんて魔法だ……」


「下がれ! もっと下がれ! 巻き込まれたら終わりだ!」


「どうやったらこんな魔法が使えるんだ……? こんなの国定魔導師様でも……」



 効果の甚だしさのせいで、周囲から悲鳴にも似た声が上がる。

 魔法の完全な成立までもう少し。



 すでにこの時点でビー玉並みに圧縮されていてもおかしくはないはずだが、形だけでなく意識まで保てているということは、それだけこの魔人という存在が強力だということか。



「これでもくたばらないのかよ! いくらなんでもおファンタジーが過ぎるだろうがクマムシかってのお前は! この緩歩動物のなりそこないが!」


「うがぁああああああああああああ!!」



 ありったけの罵詈雑言を叩き込むが、魔人はまだ動いている。

 いや、高重力下にあっても、徐々に徐々に身体が持ち上がっていた。



(っ、やはりこの魔法を()()させるしか倒す術はないのか……? いや、まだカズィの魔法がある)



 当初の予測通りなら、魔人はすでに圧縮されているはずだった。だが、いまだ魔人は健在であり、予測は外されっぱなしだ。やはりここはカズィに任せるしかないらしい。



 一方で、魔人の動きを見ていたノアが身体に魔力を充溢させる。

 繰り出される一手は、カズィの魔法が放たれる前。起こり得るだろう最悪の状況を想定した場合の呪文詠唱だ。



「――名もなき者よ。価値なき者よ。あまねく荒野を広がりし、冷たい炎に身を委ね、淡い眠りを甘受せん。汝よ震えよ。暗き炎に。汝よ凍えよ。蒼ざめし炎に。ナルダミゴスの灰色の、石板のたもとに伏して死よ。天地開闢に記されし、言理の極致をいまここに」



 言葉を聞いた瞬間、己の背筋にひやりとしたものが流れ落ちるのを感じた。知らない。知らない。ウチの従者はいつの間にこんなヤバい魔法を作り出したのか。聞いていない。


 いやそう言えば、この前『虚数』や『マイナス』の概念の話をした覚えがなかっただろうか。寝不足続きのときだったゆえ記憶が随分曖昧だが、もしかすれば、それでこんなヤバすぎる魔法を作り出してしまったのか。



 魔法陣の上にかかる青い炎を見た瞬間、魔人の顔色が自分と同じようなものに変化する。



「な、ナルダミゴスの氷河……石板のたもと……ただの人間がそんなものどうやって……」


「いえ、私の力だけではありません。アークスさまと、そして私の父の研究あってのものですよ」



 蒼い炎が激しく燃え上がると、その周囲が凍り付いていく。



「おいマジでそれマイナス方向に燃焼してるのか? 嘘だろ、魔力が呪文と結合して……マジかその炎、取り付いたものの熱を吸い取って燃焼を起こしてんのかよ!? カロリック説とフロギストン説の合体だろそれ!」



 カロリック説、フロギストン説は共に、男の世界で否定された学説だ。

 物体に熱の上がり下がりが起こるのは、熱素(カロリック)という架空の要素が出たり入ったりをするから起こると言われており、一方のフロギストン説は物体が内包している燃素(フロギストン)が出ていく過程で燃焼が起こるという考え方だ。



 ともあれ、ノアがいま使っている魔法は、吸熱反応の頭おかしいバージョンだと考えればいいだろう。

 物体の熱を奪うあの炎が燃え盛り続ける限り、物体は限界まで冷却されることになる。その証拠に、蒼い炎が激しく燃え上がるたびに、その周囲が凍り付いていった。



「最悪これで再封印がよろしいでしょう。たとえそれが精霊年代に現れる不死の怪物であろうと、ナルダミゴスの氷河で限界まで凍り付けば、二度と復活はできません」



「このっ!? なんなんだ!? 一体なんなんだお前らは!?」



 魔人はもはや混乱の極みにあるのだろう。しかしそれも無理からぬこと。重力(ガイ・ア)の魔法に加え、ナルダミゴスの氷河である。とんでもない魔法の連発に、さすがの魔人も焦りの声を禁じ得ない。



「ノア! そんな魔法を隠していたですか!」


「隠していたわけではありません。完成したのがつい最近ですので、誰にも言っていないだけです」


「相変わらず屁理屈こねてばかりです! というか、ここまでできるのであれば、国定魔導師としてもう見逃せないですよ!」


「それは……やはりご勘弁願いたく」



 ノアがメルクリーアの言で苦笑するその一方で、魔人はと言えば。



「このっ、このっ……貴様らぁ! ■■■■■■■■■■■■■■■……」



 怒りの言葉を漏らしたあと、魔人が不気味な言葉を呟き始める。聞いたことのない言葉だ。いや、言葉と言い表せられるかどうかもわからない不気味な音。



 そのときだった。呪詛計が耳障りなノイズを発し始める。



「に、兄様! 呪詛計の針が! 大きく振れています」


「なに? なんでこのタイミングで……まだ影響が出るような段階じゃないはずだぞ……」


「ですが、針が振れているのは確かです! 数値はもう! まもなく赤い部分に達します!」



 おかしい。何故だ。どうしてこんな異変が起こるのか。確かに今回使った魔法は強力なものだが、以前に実験で魔導籠手(チャンバーガントレット)を使ったときは、もっと多くの魔法を使ったはずだし、それでも針はレッドゾーンに届かなかった。



 ふいに、リーシャがハッとして後ろを向いた。

 そして、



「兄様! 悪魔と魔物の話です!」



 リーシャが発したその言葉が、雷のように頭を打った。



 ――悪魔が呪いの言葉を吐いて、世に魔物が生み出された。



 それで気付く。

 魔人が悪魔と同系列の力を持つなら、同じことができたとしてもおかしくはない。



「そうか、そういうことかよ! いくらなんでも往生際が悪過ぎだろ!」



 この期に及んでまだそんな悪足掻きを行うとは。

 では、どうすればいいか。下手にこちらの魔法を解くと、魔人がまた動き出してしまう。それではカズィの魔法行使に影響が出る可能性も否めない。ならば、いま効果を成していない魔法から解くべきか。



「メルクリーア様! いますぐ【連なる絶叫(オーバーチャンティング)】の中止を!」


「中止!? ダメです! この魔法は残しておかないと――」



 自分の言葉はすぐには受け入れられなかったが、その辺は指揮を出す人物がいる。

 スウだ。



「メルクリーア! いますぐ詠唱を中止させろ! 命令だ!」


「はっ――講師陣は詠唱中止!」



 すぐに呪詛計のカース値が下がり始める。

 顔色を変えたのは魔人だ。



「っ――貴様ぁ! なんで気付きやがった!」


「魔物を引っ張り出そうなんてそうはいかないぞ! なんたってこっちにはコレがあるんだからな!」


「おかしな道具をぉおおおおおおおっ!」



 呪詛計を示すと、魔人はやはり忌々しげに睨みつけてくる。

 しかし、ジエーロは往生際が悪く、まだ呪いの言葉を唱え続けている。



 スウがこちらに向かって叫んだ。



「アークス! これはなんだ!? あれは一体何をしようとしている!?」


「あいつはいま呪詛(スソ)をそのまま口から出してるんだ! 無理やりカース値を増大させて、魔物を直接召喚しようとしてる!」


「直接? 召喚? そうか、それで悪魔と魔物の話が出たのだな!?」


「そうだ! 悪魔が口から呪いを吐いて魔物を生み出したって話だ! たぶんそれをやろうとしてる! リーシャ、呪詛計を!」



 リーシャがスウに、呪詛計を向ける。



「針がもう赤い部分まで……そんなことまでできるのか」


「ノア! 持続系は常に呪詛(スソ)を発生させる! 最悪こっちの魔法まで止めなきゃならなくなる! 俺の魔法の方が周囲への被害がデカいから、俺の方を()()止めるぞ!」


「後詰は承りましょう。カズィさん! そちらはいかがですか!?」


「双精霊ウェッジの天頂、空の頂より降り落ちる――おう! あとは狙いを付ければいつでも行けるぞ!」



 すでに空には稲妻を帯びた巨大な魔法陣が広がっている。

 おそらくそこから()()()()が撃ち出されるのだろう。



 周囲の空間が緋色に染まり始める。



「カース値限界……! ノア!」



 こちらが魔法の一部を止めると、やかましかったノイズが落ち着き、メーターの針が一気に戻る。だが、その代わりに今度は、ジエーロが重力の戒めから解放される。



重力(ガイ・ア)から解き放たれればっ……!」


「させません!」


「邪魔をするなぁああああああああ!!」


「十の言象の一つを受けなさい!」




 ――【ナルダミゴスの虚数炎】



 ノアが待機させていた魔法を解き放つ。

 寒気を催させる蒼い炎が広がり、周囲を容赦なく凍てつかせていく。とてつもない威力だ。他の魔法を食い散らかして、効果範囲を塗りつぶしていっている。



 ブリザードすら生ぬるい、肌を甚振(いたぶ)る寒気。

 何もかにもを凍てつかせる氷河時代の白銀世界の顕現。

 さすがの威力に、こちらの背筋も冷えてくる。



「やべ……」


「これは、なんという……」


「みんな下がれ!」


「アークス! どうしてこのような強力な魔法のことを伝えていないのだ! ずるいぞ!」


「ずるいもなにも仕方ないだろ! 俺も初めて見るんだから!」



 スウの場違いな文句に叫び返す。

 その一方で、魔人は重力から解き放たればかりで逃げる暇がなかった。すぐに蒼い炎に囲まれる。



 魔人の力もエネルギー……つまり熱の範囲にあるものなのだろう。魔人が力を高めると、蒼い炎に熱が奪われ、氷が徐々に忍び寄った。

 やがてその蒼い魔の手が魔人に及ぶ。身体だけでなく、高重力で噴き出した血液までもが凍り付いた。



「ア、アぁあああァああアああああっ!! 寒イ! 寒い寒いサムいぃいいいいいいい!」



 魔人が聞いたこともないような絶叫を響かせる。

 ナルダミゴスの氷河は天地開闢碌に記される、この世界の天地を創造した十の言象の一つ。その効果は無論絶大だ。精霊年代よりも前の時代の、創世の魔法。魔人が生まれるさらに前の言象ゆえに、効果を発揮するのである。いや、そもそもが周囲や魔人の熱まで奪っているので、効果があるということか。



 極限の寒さにより、やがて魔人の舌先が回らなくなる。呪詛のささやきが止まったため、これでさらに猶予が出来た。



 カズィが声を上げる。



「おい! そろそろ俺の方もいいか! 維持が辛いぜ!」


「大丈夫だ! そのまま打ち込め!」



 ジエーロが天を見上げた。そこには遠大な魔法陣が描かれており、その中心からの、巨大な槍の切っ先のような先端が顔を覗かせていた。



 魔人が、今度こそ顔に絶望の色を貼り付ける。



「ウェッジの(くさび)、だとぉおおおおおお!」


「キヒヒッ、ちょいとこいつは特殊なヤツでな。準備は必要だわ時間はかかるわで大変だが、威力はお墨付きだ――なんたって精霊サマの武器を拝借するんだ」



 楔の先端の照準が、魔人の頭頂に合わせられる。

 それが魔人に大きな恐怖を与える反面、強力な魔法の同士の接近のせいで、氷は砕け、蒼い炎は風に吹かれたように揺らめき、天の槍と魔法陣に逆らうかのように電流が逆流し始める。お互いが干渉し、せめぎ合いを起こすほど、どちらも効果範囲が大きく、強力だということだ。



(黒点も干渉を受けるか……)



 そんなこちらの予想も余所に、魔人が吼え始める。



「ぐっ、おぉおおおおおおおおおおおおおおおお! ここで……ここで終わって堪るかぁあああああああああああ!!」



 魔人が、氷を破壊して動き出した。



「げっ!?」


「カズィ! 狙いは!?」


「マズいぞ! いやおいおいおいいまから地点をずらせってか!? 勘弁してくれよ!?」



 ノアの魔法が効果を発揮しているため、破壊しても破壊しても端から凍り付いてはいくものの、魔人はそれでもなお逃がれようと動くのをやめない。動けるようになったのはおそらく、魔法同士が拮抗しているせいで、ナルダミゴスの氷河の効力がわずかに弱まったためだろう。



 このままでは、魔人がカズィの魔法の効果範囲から逃れてしまう。

 だが、それを許さない者がここにはいた。



 魔人が大きな跳躍を見せたときだ。

 上空から、鋭い蹴りが襲い掛かる。銀色の足。ミリアだ。

 魔人の背中を(したた)かに蹴りつけ、空から撃ち落とす。



「――がはっ!?」


「あんたはここで死ぬの。冬に凍ったカエルみたいに潰れてなさい」


「こっ、小娘ぇええええ!」


「ミリア! ナイスだ!」


「当たり前。ここまできて活躍の場がないなんて許されないわ」



 ミリアが、そんなことを言いながら離脱した直後。



 ――【天頂界からの楔矢(エーテリオンリセイズ)



 魔人に、天まで届く巨大な柱のような槍が突き立った。

 大きな衝撃と地揺るぎが周囲を脅かし、いくつもの光がはじけ飛ぶ。

 すぐに周囲は光に呑まれ、その場にいる人間の五感を奪い、いま何が起きているのか。どこにいるのか。天地の上下の順か逆かもわからなくなる。



 ……眩い輝きが視界を白く染めたあと。

 五感が戻り、目の前の情景が徐々に見えるようになってくる。

 自身の魔法の影響で生まれたクレーターや、ノアの魔法で生み出された氷河の残骸。それ以外にも、周囲にはカズィの魔法で生まれた光の玉が蛍火のように(ほの)めいて浮かび、辺りにはそれぞれの魔法文字(アーツグリフ)の残骸が散っている。



 しかしてその中心で、魔人は……その姿形を保っていた。

 一度地面に縫い留められたような痕跡はあるものの、起き上がろうと身体を動かしている。体中から黒い血液を噴き出してはいるものの、その傷も治りつつあった。



「こやつ、まだ動けるのか……」



 スウが驚きの声を漏らす。さすがの彼女でも、声に狼狽が交じっていた。

 一方でカズィも、辟易とした声を上げる。



「おいおい、いまのをもう一発ってのはさすがにしんどいぜ……」


「禁鎖、泣き言うなです! 倒すまで何度でもやるです!」


「この……先輩は軽々しく無茶言ってくれるぜ」


「大丈夫です! まもなく他の方々が来るですし、次は平方陣を準備するです!」



 メルクリーアが魔力を大きく高める。魔人が消耗した状態で、他の国定魔導師が到着し、メルクリーアも参戦する。



 だが、これだけの魔法を受けてさえ動けるような相手を、果たして倒し尽くすことができるのか。

 誰もがそんな不安を抱いた直後、魔人が立ち上がり、自身を睨みつけてくる。



「なぜだっ!? なぜ私はお前に勝てないのだ!? 私はお前よりも魔力が多かった! 多くの魔法を操ることができた! なのになぜ、精霊たちはお前を選んだのだ!? どうして私はお前に勝てなかったのだ!?」



 魔人は、そんなことを口走る。本人でないにもかかわらず、一度復活したときと同じく、まるで彼自身が魔人グロズウェルなのだとでも言うように。



 そう、いつか読んだあの本でも、グロズウェルはそんなことを言っていたはずだ。

 ゆえに、すでにジエーロという男の意識はなく、グロズウェルに乗っ取られてしまっていたのだろう。

 あの力の影を解放した時点で。

 いや、もしかすればもっと前から、この男は魔人の意識にとり憑かれていたのかもしれない。



「なぜだ聖賢! 答えろ!」



 またその呼び方だ。聖賢、聖賢と、自身のことを馬鹿の一つ覚えのようにそう言う。赤い目をした者や銀の髪を持つ者など他にいくらでもいるというのに。どうして自分ばかりに固執するのか。

 いや、魔人グロズウェルがそう呼び、自身も以前にあの本を見た。

 やはりもう、偶然ではないのだろう。

 ならば、自分がそれを教えるのが、筋なのかもしれない。



「……いいぜ。あのとき、アスティアがお前に言ったことを、もう一度俺が言ってやるよ」



 無論口にするのは、あの本に書かれていたことだ。



「お前が常に周りを見下して、顧みなかったからだ」


「……!」


「守る者もなく、常に独りだった。だからお前は負けた」


「それは! それは――」


「誰も自分を認めようとしなかったから? 誰もお前に近づこうとしなかったから? 違う。お前は自分から歩み寄ろうとしなかった。近付いて来ても馬鹿にして拒絶したから、お前は独りになった」


「それは……」


「そうだ。だからそこを、悪魔なんていうものに付け込まれてしまったんだ。周りに人が集まる者を、嫉妬で憎むようにな」


「…………」


「グロズウェル・サイファイス。もういい加減、悪い夢から覚めろ」


「きさ、ま……」


「お前が頑張ったことは、アスティアだってちゃんと認めてるよ」



 その言葉が、契機だったのだろう。

 魔人は雲間から差し込んだ一筋の光を見つけたように、顔をハッと上げる。



「……そう、なのか? アスティアは、私のことを認めていたのか?」


「そうじゃなかったら、わざわざ相手になんてしなかった。お前が悪魔と契約したとき、なんて言ったか、覚えているか?」


「……そんなことをする必要なんてないだろうと、そう言った」


「そうだろ? そんなことをしなくても、アスティアはお前のことを認めてた。抑圧の天稟のせいで周りから疎まれても、それでも周りに認められようと足掻いていたお前を、アスティアは、一度だってお前の天稟を罵ったりしなかったはずだ」


「……そうだ。アスティアは私を疎んだりはしなかった」


「なんども相手をしただろう?」


「そうだ。アスティアは挑めば必ず相手をした。どれほど傷ついていても、他の仲間に任せることはなかった」


「いつも必ず、お前を引っ張り上げようとしたはずだ」


「そうだ。アスティアはいつも最後に、私に手を差し伸べてくれた」


「だから、お前が魔人になったとき、アスティアは本気で怒ったんだ」


「そう、だったのだな……私はそれを振り払った。お前のような落ちこぼれに同情されたくはないと言って……そんな言葉がかけられるのも、アスティアに見下されていると思ったから……」


「そんなことはない。それはアスティアが、お前のことを認めていたからだ。高い魔法の才能を持ったお前を、アスティアはいつも追いかける側だった。お前に勝つために寝る間も惜しんで知識を蓄え、創意工夫をして、いつもギリギリの中で勝利してきた。お前のことを認めていなかったら、アスティアだってそんな風に執着することはなかったはずだ。そうだろ? そうじゃないか?」


「そうだ。そうだな……ああ、そうだったのか……私はすでに、認められていたのか……」



 魔人が安堵の顔を見せる。まるで、悪い夢からようやく覚めたというように。

 やがてその身体が、塩になって朽ちて行く。魔人がこれ以上の反抗の意志を失ったからなのだろう。



 身体の端から端から塩となって崩れ落ち、その塩は風に吹かれて消えていく。

 さらさらと、さらさらと。



 しかして、決して滅ぼせないと言われた魔人は、国定魔導師にも及ぶ魔導師たちから、二つの大魔法を叩き込まれ、この世から消滅したのだった。




長い戦いだった……(まだ面白いところが残ってる。終わってない)

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