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第百五十三話 集う

気付いたら最後の更新から二か月たっていたという恐怖……やばい




「――赤い目ぇ! 銀の髪ぃ! 聖賢めぇええ! 貴様はまた私の邪魔をするのかぁあああ!」



 魔人の影にとり憑かれた男は、不可解な挙動で起き上がると、そんな叫び声を上げた。



 声は怨嗟に満ちており、聞くだけで呪われてしまいそうなほど強い憎しみが込められている。

 天へと吼え声を上げたあと、不自然な速度で首を回し、こちらを強く睨みつける。



「そうだ! そうだそうだそうだ! ()()()()()()()()! ゴミみたいな魔力のド低能の分際で! この私の邪魔をしてくれたなぁ!」



 果たしてその発言は、一体誰に向けてのものなのか。自分が邪魔をしたことは記憶にないし、今日会った以外はギルドの外縁で遭遇したあのときだけだ。ほぼほぼ初対面のようなもの。にもかかわらず、どうして見たことのある相手のように言っているのか。



「なぜだ!? なぜお前だけが認められるのだ!? 私のような才覚溢れる者ではなく、魔力の少ない落ちこぼれでしかない貴様がぁあああああああ!」



 やはり、何故かこちらに固執している。先ほどの戦いが印象に残るほどだったか。それほどまでにはらわたが煮えくり返ったか。だが言葉に上っている内容はどこか自分への評価と乖離しているような気がしないでもない。


 やはり口走る言葉の数々が、どこか先ほどの男とは違う雰囲気を匂わせている。

 悪相の男の鬼気迫る表情に、クローディアやシャーロットが気圧されたように身を引いた。



「これは一体……」


「どうしたのよこれ。さっきとは全然違うじゃない……」


「ここからが本番だということだろう。あの男先ほどとは匂いが違う。ゆめゆめ油断するな」



 スウの警告の声に遅れて、強大な力が吹き荒れる。

 これも魔人の力か。ともすれば突然この場に台風が発生したかのようだ。

 大きな力が大風を呼び、旋風が辺りのものを削いでいく。

 一瞬その強風に吹き飛ばされそうになるも、身体を丸め、なんとか踏みとどまる。

 やがて、収まったのか。それともわざと収めたのか。

 だが、男の身体には力が満ち満ちている。



 無論それが向けられているのは、自身であった。

 怒気にとり憑かれた男が、剥き出しの殺意を向けてくる。



「殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅううううううう! 聖賢!」


「聖賢だと? 何故そんな過去の者のことを言っているのだ……」


「……なんか混乱してやがるな。とり憑いた影のせいでわけのわからないことを口走ってるんだろ。封印したのが聖賢だって話だからな」



 後方にいたルシエルが叫ぶ。



「おいどうするんだよ! さっきよりもヤバいぞ!」


「どうするって、どうにかするしかないだろ。ケイン、そっちはどうだ? 動けそうか?」


「僕の方はだいぶ落ち着いた。だけど僕はさっき君が使ったような魔法は使えない……」


「いや、さっきと同じ倒し方は効かないぞあれは。あの力の(みなぎ)りようだ。少ない魔力で行使された魔法は多分かき消される。やれやれさっきので倒せられれば言うことなかったんだけどな」


「じゃあどうすれば」


「手はあるにはあるが……」



 ある。だが、それを実現するための手段がいまはここにないし、その手段が到着するまでこの男が悠長に待ってくれるはずもない。



 悪相の男は地面を一歩一歩確実に踏みしめながら、こちらに近付いてくる。

 手に再び、黒い剣を顕現させた。



「ゆっくり相談はさせてくれなさそうね」


「ですね。いまのところできて時間稼ぎってところですか」


「アークス。そなたは下がれ」


「いや、こうなったら俺も剣で闘う。三人でやれば翻弄できるはずだ」


「それはダメだ」


「ダメって……」


「今後のことを考えれば、消耗させたくはない。それに――」


「それに」



 訊ね返すと、スウはふっと口元に笑みを作る。



「先ほどは校舎内で恰好をつけたのだ。私にも恰好を付けさせろ」


「は……?」



 あまりに意外過ぎる物言いに呆気に取られたのもつかの間、悪相の男が口を開く。



「先ほどからごちゃごちゃとぉ……」



 やはり、悪相の男の怒り苛立ちはそのままらしい。そしてそれらは、すべてが自分へと向けられている。魔人の力に炙られた肌がチリチリとした痛みを呼び起こして、身体を縛るようにまとわりついた。



「スウシーア様!」


「うむ。前衛は引き続き私とシャーロット、そなただ。この狼藉物を押しとどめるぞ!」


「ならわたくしも……」



 クローディアも前に出て魔法を使おうとするが、スウはそれを引き止める。



「クローディア。そなたも後ろで控えているのだ。無理がたたるぞ」


「なっ……わたくしは無理などしていません!」


「落ち着け。ここでそなたが手を出しても、無用に魔力を消費するだけだ。機会を待て。いずれそのときは来る」


「……承知しましたわ」



 スウの言葉に、納得できるものがあったのか。クローディアは渋々ながら引き下がった。

 ともあれ、スウが指示を出し終えたそんなときだ。

 空から、とある少女の声が落ちて来きたのは。



「――それはミリアの獲物。勝手に話を進めないで」



 声に引かれて天を見上げると、そこには先ほど校舎内で別れたミリアがいた。



 機械的な鷲を背負い、空で腕組み。すぐに悪相の男に向かって急降下する。

 それはさながら天から降る一本の槍のよう。

 銀色の靴が先駆けとなって、彼の肩を打ち据えた。



「ぐっ、次から次へと……小娘ごときが!」



 悪相の男は腕を振るうが、ミリアはまた飛び上がった。

 無論、困惑するのは自分以外の他の者たちだ。



「み、ミリア?」


「ミリアさん!」


「あなた背中に……一体何を」



 予想外もしていなかった人物の登場に、銘々困惑している様子。だが、こちらはやっと来たかというところだ。

 飛翔する少女に声を掛ける。



「おい! 俺より先に飛び出してったのに、随分遅い到着だな! またどっかで迷ってたのか!?」


「……うるさい。ミリアはこいつらがやったことの後始末をしていただけよ。別に迷ってたわけじゃない」


「そうかぁ? あの肉塊は俺が全部どうにかしたと思ってたけどな。まあ次から人の話は最後まで聞きやがれ」


「……っ、アークスのくせに本当に生意気。マングースだってこんなに反抗なんてしてこないのに」



 ミリアは真っ赤になって、そっぽを向いた。動物にたとえるのも相変わらずだ。果たして一体どれだけの動物を挙げられるか気になるところではあるが、それはともあれ。



 宙を浮くミリアに、スウが問いかける。



「ミリア。獲物とはどういうことだ?」


「獲物は獲物。そいつはミリアが倒すつもりなの。邪魔しないでくれる?」


「邪魔するなとは随分だ。いまはそういうこと言っている場合ではないのだがな」


「……なら、勝手にすれば」



 ミリアは素っ気なく言い放つと、プイと顔を背けた。

 そしてすぐにツバメのように低空を飛行し、その翼を悪相の男にぶつけようと迫る。

 鋭い翼だ。風を切り裂き、甲高い音を鳴らしながら、一直線に男のもとへ。

 ただの人間が受ければ一瞬で真っ二つになるだろう。



 だが、斬撃や打撃であの男に傷をつけることができないのが、これまでの戦いで得た認識だ。

 当人もそう考えているため、まるでかわそうともしない。



 しかしミリアの影と悪相の男の影が交差した直後、悪相の男の身体は切り裂かれ、身体から鮮血を噴き出した。



「なっ!? ぐっ……! バカな!? なぜだ!? なぜ私の身体に傷をつけられる!?」



 悪相の男が空を見上げ、吼える。

 だが、舞い上がったミリアはそれをただひたすら見下すばかり。



「……これで倒れないなんて本当にめんどう」



 その光景を見て、驚くのは先ほどまで戦っていた面々だ。



「傷つけただって?」


「あれは……どういうことだ?」


「当り前。これは魔王を倒すために作られた武器。魔人にだって効果がある」


「は? 一体どういう理屈だよそれは?」


「そんなのアンタが気にすることじゃないの。魔力が少ないんだから黙って見てなさい」


「お前はいちいち……」



 ミリアはまたそんな憎まれ口を叩く。傷つけることのできる理屈はわからないが、効果がある武器なのであれば、ここでは戦力となる。だが、見たところ出血を強いるのみで、決定的な一打には欠けるらしい。それともまだ奥の手を持っているのか。それはわからないが。



 リーシャがふわりと隣に降り立った。



「兄様、どうするのですか? このままでは押し切られてしまいます」


「そうだな。決定的な一撃を与えられない以上は持久戦だし、そうなると俺たちの方が不利になる。だが、手がまるでないわけじゃない」


「ではそれは?」


「普通の攻撃じゃ効果がない。なら、効果のある現象を叩き付ければいい」


「効果のある現象……ですか?」


「そうだ。見てみるんだ。魔人だなんだって言っても、()()()()()()()()()()()()()()()? そこが狙い目なんだ。ただそれを突いた攻撃するには、いまの状態だとできないんだが……」


「相応の魔力が必要、ということですね?」


「そういうことだ。やっぱりどうしたって援軍を待つほかないんだよな……」



 セツラに頼んだものが到着すれば、反撃の芽もあるし、そもそも王都にいればそのうち味方が続々と集うだろう。

 だが、だ。ここまでしてもあの男を仕留められないというのには、驚くばかりである。

 それだけ魔人の力が大きいということだろう。

 スウたちも押し止めてはいるものの、不利なのは変わらない。ミリアが有効な攻撃手段を持ってきたが、それでも決定打は未だないし、これでは近いうちにジリ貧になることは火を見るよりも明らかだ。



 ミリアが上空から飛来して攻撃し、そこへスウがタイミングを合わせて、合いの手を入れる。

 だが、ミリアはそれが気に食わないのか。空から不満を口にする。



「勝手に手を出さないでってさっきから言ってる」


「指図される道理はない。そもそも私に命令するな」


「……あなた何者? いつもと態度が全然違う」



 鋭い視線と剣先で応えるスウに、さすがのミリアも困惑気味だ。まるで互いにけん制し合っているかのよう。

 どうも二人の相性がよくない。たまり場では普通に仲良くしていたはずだが、場が変わるとこうも違うのか。いや、スウがいつもと違って貴族の立場を前面に出しているから仕方のないことではあるのだが。噛み合っていないのは明らかだ。



 一方で悪相の男は、一瞬でも蚊帳の外にされたことが気に食わなかったのか。さらに怒りを爆発させる。



「どいつもこいつも……どいつもこいつも私を馬鹿にしおって……!!」



 馬鹿にしている……誰も馬鹿にしているわけではないのにもかかわらず、周囲の反応を一方的に解釈し、勝手に怒りに変えている。



 やはり、何かにとり憑かれているのだろうか。



「私の力はこんなものではない……こんなものではないはずなのだ!」



 ふいに悪相の男は困惑したように(かぶり)を振り。



「私の持っているのは悪魔の力だ! 悪魔の力なのだ! そしてそれは! 際限のないものだ! グロズウェルはそれを得たからこそ、聖賢どもを苦しめることができたのだ!」



 いつかの過去を思い出そうとするかのように叫ぶ。

 すると悪相の男は何らかの事実に気付いたのか、歓喜の哄笑を上げた。



「そうだ! そうだとも! 力を得るならば! 捧げればよいのだ! 悪魔よ! 我が主上よ! 私のすべてをくれてやる! だから私に力を! 力を寄越せ! 大いなる力を!」



 しかして、その言葉に答えたのは、空と大地だった。

 直下型地震さながらの、突き上げるような震動が不自然に起こると、やがて空に暗色の靄がかかり、周囲が鬱屈とした空気に包まれる。木々は不吉な雰囲気に当てられてざわざわと不安を囁き合い、塵や埃までも風に乗って逃げ出していった。



 まるで真綿で首を絞められているような気味の悪い息苦しさが、口や鼻にまとわりつく。



「……っ、嫌な力です」


「冗談だろ勘弁してくれよ……これ以上の力を手に入れられるのかよ。俺たちじゃもうどうにもできないぞ……」


「こんなとき、どうすれば……」



 ルシエルは及び腰になり、ケインは自分のできることを探っている。

 やがて悪相の男に、さらなる力が舞い降りた。



「ふ、ふははは! ふはははははは! これで! これでもう私は誰にも負けんぞ! 聖賢! 私は今度こそ貴様を! 貴様を超えて見せる!」



 悪相の男から、先ほどよりも強力な力が放出される。濃密な力だ。周りの物を根こそぎ吹き飛ばさんとするかのような威力がある。



「に、兄様! これは……」


「マズいぞ……伏せろ!」



 クローディアが他の者に警戒を促す。



「みなさん! 下がってください! 魔人の力が強まっています! いままでとは比べ物になりませんわ!」


「ちぃ、なんという魔力だ」


「あれだけ力を使ってるのに……悪魔の力は本当に無限だとでも言うの?」



 スウは魔人の力に舌を巻き、シャーロットは、さすがに一歩後退る。

 それでもひるまずに動き出したのは、ミリアだった。



「力を完全にものにする前にケリを付けるわ」



 ミリアはそう言うと、くるくると回りながら天高く舞い上がる。

 そして急降下。先ほどよりも速度の乗った状態で翼をぶち当てて斬り裂こうというのだろう。だが悪相の男には彼女の攻撃すら通じなくなったのか、鋭利な翼が当たっても切り裂くどころか反対に弾き飛ばされてしまった。



「ぐっ……」


「悪魔の力を完全に手にした私にそんなものが効くものかぁ!」


「っ――!? どうしてミリアの武器が効かないの!?」



 ミリアは空中で回転して姿勢を制御。自分の武器が効果を成さなかったことに、困惑の声を上げている。



「魔王を倒すための武具だぁ? それがなんだというのだ! いくら強い力を備えていようとも、所詮は人の作った武具よ! ははははははは!」


「調子に乗って……喋るオウムだってそんなにいきがったりしないわ」



 ミリアはそう言うものの、しかし声の調子は思った以上に苦々しい。

 一方で悪相の男の身体には赤い筋が血管のように走り、だんだんとどす黒く染まっていく。もはや完全に魔人になってしまったのか。男に人間の面影はまるでない。


 想像以上の圧力に動けずいると、ふいに魔人の力がさらに放射された。やがてそれは帯、もしくは触手のような形に変化。幾条ものそれが鞭のようにしなり、無秩序に叩きつけられる。

 一撃で地面は破壊され、めくれ上がり、吹き飛んだ。



 無論魔力の帯は、スウやシャーロットにも襲い掛かる。



「うあっ!?」


「くっ!?」



 二人はかろうじて剣で守ったが、痛打を浴びたせいで、大きく弾き飛ばされる。

 距離を取っていたアークスたちまでもが、余波を叩きつけられて吹き飛ばされてしまった。



「な、なんて力……」


「ええい、さっきとは比べ物にならんぞ……」



 シャーロットとスウが驚いている一方で、こちらは地面に手を突いた。



「くそ、冗談きついぜ……リーシャ、大丈夫か?」


「は、はい。ですが、身体にしびれが……」



 こちらもリーシャと同じく、打ち据えられた衝撃で痺れが残り、思うように動けない。



「ははははははははは!! これぞ魔人の真の力だ! 貴様らのようなゴミクズなど簡単に叩き潰す力よ! 聖賢! まずは貴様だ! 貴様から血祭りにあげてくれる!」



 魔人がこちらを向いて、高らかに宣言する。

 そんな中で、真っ先に立ち上がったのはスウだった。



「そんな借り物の力で倒そうというなど、我らはそれほど甘くはないぞ」


「借り物の力だと? たかが人間が調子に乗りおって。これだけの力を見てもまだ諦めないか」


「当然だ。借り物は結局は借り物でしかない。自分の力で得たものでない以上、ほころびが出るものだ」


「知ったような口を」


「知ったようだと? お前こそ知ったような口を利いているではないか。魔人の力魔人の力と言いつつ、力を引き出すまで時間がかかり、いまだ使いこなしてさえいない。そんな者がよくもまあ恥ずかしげもなくそんな思い上がった口を利ける。愚か者は総じて声が大きいとはよく言ったものだ」


「……いいだろう。聖賢はあとだ。貴様を一番に殺してやろう」



 静かな怒りが、スウに向けられる。だが、彼女は挑発したまま、不敵に笑うばかりだ。額に汗を作り、焦っている節は垣間見えるものの、それでもそれを隠して立ち向かおうとするのは、その責任感の高さゆえか。



 そんな中、校舎の方から複数の足音が聞こえてくる。

 三角帽子。国定魔導師の一人、メルクリーア・ストリングだ。

 背後には講師たちを引き連れている。



「姫様、遅れて申し訳ありませんです!」


「っ、メルクリーアか! よく来てくれた!」


「は!」


「この状況だ。他の国定魔導師の所在はどうなっている!?」


「すでに伝令を向かわせているです。順次到着するかと」


「ではミュラーを優先させろ! ここはおそらくあやつの力が必要だ!」


「クイント卿ですか!? ですがクイント卿の()()()は陛下の御裁可がなければ……」


「いまはそんなことを言っている場合ではないことはわかるはずだ。すべての責任は私が持つ――くっ!」



 スウは魔人の力の波に当てられ、わずかに怯む。

 メルクリーアはすぐに講師たちに指示を出し、一斉に攻性魔法を使わせる。だが――結果は言わずもがなだろう。あるいは相殺され、届いた魔法も一筋の傷さえつけられない。



「なんだ!? 効かないだと!? どうなっている!?」


「どういうことだ!?」


「待て! 力がどんどん膨れ上がっているぞ!」



 やはり魔人の力には際限がないのか。周囲が圧迫される。

 さすがの国定魔導師も、それには危機感を持ったのか、他の者たちに注意を促した。



「このままではマズいです! 防性魔法、助性魔法に長けた講師は防壁の構築と前衛の援護を、それ以外の講師は生徒たちの避難を!」


「メルクリーア様! 一斉に攻性魔法を撃てば……」


「あれが何かはわかりませんが、あれでは中途半端な魔法は通用しないです!」


「こ、こんなもの倒せるわけがない……」


「む、無理だ……」



 魔人の恐るべき脅威を目の当たりにしたせいで、講師陣が恐れの悲鳴を上げる。

 それを聞いたメルクリーアが、及び腰になった講師たちを叱咤した。



「何を言っているですか! ここにはまだ生徒がいるのですよ! 我ら講師が背を向けてどうするというです!」


「で、ですが、魔法が思うように効かず、傷つけられないとあっては……」


「それでも戦うです! 栄えある魔法院の講師がここで敵に背を向けては、示しがつかないです!」



 再度、メルクリーアの声が響く。

 しかしそれでも、講師たちの動きはいまだ鈍い。戦闘職との違いが如実に出た形だろう。



 そんな中、突然、轟音と共に大地が震撼する。

 さながらそれは、この場に直接稲妻が落ちたかのよう。

 何かの魔法なのか、それとも別の現象なのか。

 現象の震源地に、視線が一か所に集まる。



 しかしてそこでは、いまのいままで正面を支持していたスウが、魔人に背を向けて剣を突き立てていた。



「――うろたえるな! お前たちはそれでも王国の魔導師か! 選ばれた精鋭たちか!」


「――!!」



 講師や生徒たちがスウに驚きの視線を向ける中、彼女はなおも言葉を続ける。



「相手がいくら強大であろうとも、我らは決して背を向けてはならぬ! 王国がこれまでも数々の苦難を乗り越え、いまだこうして屈せずあるのは、先達の尽力あってのものだ! 我らはそれに恥じぬよう、どんなとき、どんな相手が前にいても、戦わなければならないではないのか!?」



 その言葉に、講師や生徒たちが震える。まさに雷鳴に打たれたようだ。



「よいか! 個々の力は及ばずとも、力を合わせれば我らに倒せぬものはない!」



 スウの訴えに触発されて、周囲から続々と応じるような声が上がり始める。

 そして、



「いまからこの場を掌握する! メルクリーア、よいなっ!」


「はっ! 姫様! 私めになんなりとお申し付けくださいです!」


「アークス!」


「いま倒す手段を取りに行ってもらっている! それまでもう少し待ってくれ!」


()()のことか! 魔人はアレを使えば、倒し切ることは可能なのだな!?」


「さっき一度殺せたのがその証明だ! 相手が生き物なら、やりようはいくらでもある! 外傷がダメなら生命活動の停止! それがダメなら生命が存在できない環境に変化させてやればいい! 本気でどうしようもなくなったときの手も用意できる!」


「わかった――メルクリーア。そなたはそのまま講師たちをまとめ上げろ。念のため【平方陣】を使う可能性も視野にいれておけ」


「ハ――御心のままに」


「クローディア! まだ戦えるな!?」


「っ、いけますわ!」


「ならば奮起せよ。公爵家の次期当主として相応しい、尽力するのだ。我らに逃避は許されぬぞ! 高貴なる者の義務はその命を以て全うするのだ!」


「ええ!」


「残りの者は防壁を作れ! 我らの背後に流れ矢が行かぬよう、石秋会の者が率先して防壁を作るのだ! ケイン!」


「は、はっ! 承知しました!」



 ケインも突然の命令に戸惑っていたようだが、スウの気迫に圧されて、了承の返事を返す。



「リーシャはアークスの援護を!」


「はい!」


「シャーロットはもう少し私と踊るのを付き合え! 院内にライザ・ベンジャミンがいない以上、いまあれを釘付けに剣士は私とお前だけだ! 魔導師、特にアークスとメルクリーアには手を出させるようなことはあってはならん!」


「は!」



 スウは魔人に背を向けたまま、テキパキと取り仕切る。公爵家の人間だからか。毎度思うがこういった状況での場慣れ感がとんでもない。これがカリスマというものなのだろう。まるで何かの魔法にかけられているような気さえするほどの統率力だ。



「この王都を守るために、みなの力を私に貸してくれ!」



 スウの言葉に合わせ、一斉に声が上がる。

 こうして彼女の言うことを聞くのは、無論公爵家の令嬢ということがあるのだろうが、国定魔導師が率先して指示に従っているためでもあるのだろう。



 スウが魔人に向き直った。



「私に背を向けてまで何をするかと思えば、単に蟻どもに声を掛けるだけとはな」


「見ているだけとは、随分余裕なことだ。お前はいま私を倒す千載一遇の機会を失ったぞ?」


「思い上がったことを口にするな小娘が。私は単に、この状況で貴様を真っ先に殺せば、面白いことになるだろうなと思っただけだ」


「ならその余裕、後悔させてやろう」



 スウと魔人はそんなやり取りをしているが、魔人が攻撃に転じられなかったのには理由がある。空からはミリアが狙っているし、メルクリーアも魔人に向かって国定魔導師特有の圧力を放っていた。シャーロットも前を支えている。たとえ動いたとしても、即座にスウを討つことはできなかったはずだ。



 ……スウとシャーロットがひるまず魔人に斬りかかる。二人ともあれだけの武威を放っている相手に、剣が届く位置まで肉薄できるのはさすがだ。



 魔導師たちも、先ほどよりまとまりが良くなっている。

 有能な指揮官がいるとこうまで違うのかと、舌を巻くばかりだ。

 そんな中、最高の援軍が現れる。



「おいおいなんだありゃ? とんでもねえ化け物がいるぜ?」


「これは……毎度毎度何かあるたびに事態が以前よりも大事になるのは本当にどうにかしてくれませんかね」



 そう、訓練場に現れたのは、ノアとカズィだった。

 いつものように呆れ声を出しつつ、こちらに向かって走ってくる。



 そして、自身に向かって開口一番、大声で言い放たれるのは――



「アークスさま! さすがにそろそろいい加減にしてくださいませんと困ります! 執事のお手当てで破産する気ですか!?」


「まーた荒事かよ。ほんといつも騒ぎの中心にいやがるのな。まあ飽きはしねえがよ。キヒヒッ!」



 いつものヤツである。そう、いつものヤツだ。



「うるせー! 俺のせいじゃねーっての! っていうかノア! 例のものは!?」


「伝えられた通り準備して参りました! 例のG装備というのでよろしかったのですね!?」


「ああ! こっちにくれ! あと呪詛計も!」



 すぐにノアから、魔導籠手(チャンバーガントレット)の一式を受け取る。

 腰にカートリッジの入ったベルトを巻き、左腕に【魔導籠手(チャンバーガントレット)】を装着。呪詛計はリーシャに手渡した。



「リーシャ! 呪詛(スソ)の観測を頼む! 針が赤に届きそうになったらすぐに言ってくれ!」


「わかりました!」



 リーシャが呪詛計を首から下げる間に、カートリッジを準備する。

 本来ならば肉塊をどうにかするためのG装備だったが、グロズウェルに対しても有効だ。むしろ他の巻物(スクロール)だったなら、有効な手段とならず困っていたことだろう。



「スウ! ものは届いた!」


「来たか! よし! アークス、頼んだぞ!」



 スウの言葉に、魔導籠手(チャンバーガントレット)を装着した左手を上げ、答える。

 そう、こちらの反撃は、ここからだ。




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