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第百四十九話 地下での出来事



 アークスたちと一緒に警報を聞いたクローディアは、すぐさま彼らと別れ、魔法院の奥へと駆け出して行った。



 無論、彼女が向かった場所は一つだ。以前に彼女が祖父エグバードに連れられて入った魔法院の秘部。天地の上下が逆さまな、地下の広大な空間だ。

 クローディアが入り口にたどり着いたときには、すでに隠し通路は開かれた形跡があり、部外者に侵入されたことが窺えた。

 これで彼女の焦りが最高潮に達したのは、言うまでもないことだろう。魔法院の地下には王都の安全すら脅かすような存在が封じられているのだ。この際、どうして地下の話を知ったなどということはどうでもよかった。それよりもなによりも、万が一にも魔人の封印が解かれれば事だ。無論クローディアの思考はそちらに優先されたし、彼女の足もまた、そちらに優先されることとなった。



 クローディアは侵入者を追って地下へ。

 階段を降り、祖父に連れられたときの道順をたどって、大水晶のもとへと急いだ。

 途中、罠に引っかかった者たちの遺体があったが、侵入の形跡はさらに奥にも残っており、安心することはできなかった。



 やがてたどり着いた星空の大空間。しかしてそこには、複数人の侵入者がいた。

 クローディアは許可されていない侵入を咎めるように厳しい声で問いかけるも、答えは返らず。

 その代わりとでも言うように、彼女の後頭部に強い衝撃が走った。

 背後からの思いがけない襲撃は、クローディアの意識を飛ばすには十分なものだった。



 ……彼女が意識を失っていたのは、時間にして数分程度。意識を取り戻すことはできたものの、クローディアはいまだ朦朧としたまま、落ちてくる声を聞き続けていた。



「――まさに君の言った通りだったな。計画通りことが運べば、容易に侵入することができる。いやはや頭が下がる思いだよ」


「ええ。性質上、ギルドよりも魔法院の警備が手薄になります。特に最近では演習の計画もあり、いろいろと忙しかったようですので、すんなりことを運ぶことが出来ました」



 そんな会話をしているのは、ジエーロとアリュアスだ。

 ジエーロは手に持ったパイプを弄びながら、まるでこれから起こることがつつがなく終わるとでも言うように、余裕のそぶりを崩さない。一方でアリュアスはその様子を横目に見ながら、静かなままだ。いまはいつも仮面の裏側に張り付けている不敵な薄ら笑いも、控えられている。



 彼らに、諜報員の男が訊ねた。



「だが、あんな罠があるとは予定外だった。部下が五人も犠牲になった」


「それについては私の至らぬ点でした。謝罪いたします」


「いやいや、君が謝る必要はないよ。こういった場所だ。罠くらいは仕掛けているだろう。それは諜報部として弁えているつもりだと思ったが?」



 ジエーロの他人事のような言い様に、諜報員の男は小鼻を膨らませる。当たり前だ。被害に遭ったのは自分の直属の部下なのだ。彼の言い様に腹を立てるのも無理はない。

 だが、ジエーロの言葉も真っ当であったゆえ、諜報員の男もそれ以上の言葉は呑み込んだ。



「しかし本当に大丈夫なのか? ここで混乱を起こしたあと、今度は魔導師ギルド内に潜入する必要があるのだぞ?」


「任せたまえ。今後も万事うまく行く。いや、目的はすでに達成されたも同然なのだ。もう不安に思う必要はない」



 ジエーロは「問題ない」と断言する。

 しかしそれで諜報員の男が納得できるはずもない。

 どうして彼にはそれほどの余裕があるのか。その確信の出どころは、一体どこにあるのか。見方を変えればこの先のことなどまるで考えていないというようなそんな態度に、薄気味悪さと不安がいや増していった。



 それゆえこうして、諜報員の口から逐一訊ねの言葉が飛び出すのだ。



「達成されたも同然とは一体どういう意味なのだ? まだ我らは悪魔が封じられていると言われている場所に到着しただけだ。他にもやらなければならないことがあるというのに、いまだその悪魔すら見つけられてはいないのだぞ?」



 焦りを募らせる諜報員の男に対し、ジエーロは余裕の笑みを浮かべる。

 見せつけられるように浮かべられたそれが、諜報員の逆なでしないはずがない。



「貴殿はっ!」


「そう焦らなくても大丈夫だとも」


「しかしだな!」


「これを見たまえ。すでに君たちが目的としているものの一つは、我が手の中にある」



 ジエーロはそう言うと、懐から何かを取り出す。

 長方形の木型に、ぴったりとはめ込まれたガラス管。その下部には真っ赤な液状の物質。

 それこそ、魔法院内で使われている旧世代型の魔力計だった。



 どこから、そしていつの間にこんなものを盗み出したのか。

 だが、そんなことなど諜報員の男にはどうでもよかった。魔力計の奪取は彼らの目的の一つだ。たった一つのことだとしても、安堵を抱かずにはいられない。



「……そうか。あとは混乱に乗じてギルドから資料を奪取するだけか。だが問題は――」


「この少女……サイファイス家の長女のことですね」


「くっ……」



 意識が戻っていたことは気付かれていたのか。

 クローディアは視線が自分のもとへと集まったことで、苦悶の呻きを口から漏らす。


 一方で、諜報員の男が彼女に対して冷徹な視線を差し向けた。



「この女、このまま殺してしまっても構わんな?」



 これは、ある意味わかり切っていたこと、むしろどうしてすぐに手を下さなかったのかクローディアとて疑念を抱くほどだ。

 だが、それに待ったを掛けたのは他ならぬジエーロだった。



「待ちたまえ」


「……待てとはどういうことだ? 生かしておいても邪魔になるだけだろう。それとも、人質にするとでも言うのか?」


「いやいや、そうではないが、殺してしまうわけにもいかないのだよ。なに、この状態だ。さして大きな抵抗はできんだろう。そこに捨て置けばいい」


「この小娘は魔法使い。しかも貴族のだ。放っておけば脅威になりかねん。何かある前に排除しておくべきだ」


「そう思うなら、しっかりと見張っておくことだ。ここは私に従ってもらう」


「しかしっ……」


「この作戦では私の指揮下に入ると、そういう約束だったはずだが?」



 食い下がる諜報員に対し、ジエーロは指揮権の所在を持ち出す。

 しかしてその慈悲は、ふいに生まれた気まぐれか、単に殺すのも面倒だったからなのか。それとも何か他に理由でもあるのか。



 クローディアが呻くように訊ねる。



「あなた方は、一体……」


「なに、我らはここにあるものに少し興味がある者だよ」


「おい。余計なことを言うな」


「それくらい言ったところで、あまり意味はないと思うがね? 興味がない者がわざわざこんなところに足を運ぶまいよ」


「不用意だと言っているのだ。そうでなくても貴殿は口が軽いのだ。謹んでもらわなければ困る」


「困るも何も、もう作戦は成功したも同然なのだ。先ほどそう言ったろう? そう目くじらを立てることもない」



 諜報員の男は、薄ら笑いを浮かべるジエーロを睨みつける。

 だが、やはりこの場の上位者はジエーロなのか。諜報員のこれ見よがしな苛立ちは睨みつけるだけにとどまり、クローディアの処遇についても保留という形となった。



 クローディアが地を這って呻く間も、ジエーロたちは地下の奥へと向かっていく。

 やがて目当てのものを見つけたのか、ジエーロたちは立ち止まった。

 彼らの前に現れたのは、巨大な六角柱状の水晶だ。

 そう、紀言書には魔人が封印されていると伝えられる存在である。



「これが、例のもの……なのか?」


「おお……これこそ、これこそ私が求めていたものだ……!」



 困惑する諜報員たちを余所に、ジエーロは一人感極まったような声を上げる。

 そして、



「ふ、ふはははははははははは! はははははははははは! ついに! ついに見つけたぞ! ははははははは! あはははははははは!」



 やがてその歓喜が、哄笑へと変化する。まるで感情の波を制御できないとでもいうような、それほどの喜びようだった。



 一方で大水晶を見た諜報員の男はといえば、ただただ困惑するばかり。

 まるで咎めるように、ジエーロに詰め寄った。



「これは一体どういうことだ!? ここには彼の悪魔の手先が封印されているのではないのか!?」


「ククク……そうだが?」


「ではなぜこの中には何もないのだ!? この中には封印されたという存在の姿があるべきだろう!?」


「それは解釈の違いだよ。これは姿形があるものか、そうでないかの違いでしかないのだ」


「この期に及んで言葉遊びなどっ……」


「言葉遊びではないよ。まあ君は少し落ち着きたまえ」



 ジエーロは宥めるものの、男の憤慨は抑えられない。静かな怒りを宿したまま、さらにジエーロの側ににじり寄る。



「ジエーロ殿。貴殿はすべてうまくいくと言ったはずではなかったか! ことと次第によっては――」


「ああ。すべてうまくいったよ。君たちには改めてお礼を言わなければならないね。私のために、本当にありがとう」


「なに――!?」



 諜報員の男が問いかけたその直後だった。

 彼の身体の中に、ずぶりと刃が沈み込んだ。



「かっ……!」



 感じられるのは、金属の鋭利な先端、金属の冷たい感触。

 そして、命が抜けて行く空虚さだ。

 しかしてその刃を握るのは、誰あろうジエーロだった。



 諜報員の男に向けられる、嘲笑うような笑み。



「じっ、ジエーロ、貴様っ……?」



 諜報員の男が周囲に助けを求める間もなかった。

 すぐに他の者も血だるまになって倒れ伏し、事切れる。



 一体どういう手管なのか。諜報員の男にそれを知る術はなかった。

 だが、彼が最も解せなかったのは、なぜジエーロがこのような凶行に及んだか、だ。

 その答え合わせとでも言うように、ジエーロが冷ややかな視線を呉れる。



「君。まさか、私が気付いていないとでも思っていたのかね? いやはや見くびられたものだな」


「じ、ジエーロ貴様……いつから我らが帝国の間者だと気付いていたのだ……」


「いつから? そんなもの、()()()()()。私が獅子と連絡を取り合い、この計画が打ち立てられた時点で、君たちのような者が出てくるのは至極当然のことと弁えていたよ。まさか帝国の獅子が、こんな手柄をみすみす他の者にくれてやるなど、殊勝な心掛けをする人間ではあるまい?」


「く、そ……」



 諜報員の男は苦しげに呻く。

 しかして、ジエーロの指摘は真実だった。ジエーロとアリュアスを除く諜報員たちはそのすべてが、帝国の獅子レオン・グランツの手の者であり、事が成ったあとに功労者となるジエーロを殺害するため、機会を虎視眈々と狙っていたのだ。



 ジエーロが皮肉げに笑う。



「いやいや、私が小物のふりをするのはさぞ滑稽に見えただろうね。我ながら少しやり過ぎたかといささか不安にも思ったが、私の演技も捨てたものではなかったということだ」


「貴様は、我らを泳がせていた、というのか……」


「当然だとも。何をするにも、仕掛けてくるのはいつでも最後が一番いい。策が成り、成功を確信した直後、誰もがつかの間の夢に囚われ油断する。君たちはそのときを狙っていた。だが、君たちの誤算は、()()()()()()()()()()()()()()ということに気付かなかったことだ。そうだろう? 君たちだって私が先に仕掛けてくるなどとは夢にも思わなかったはずだ。 狩ろう狩ろうと思って、まさか狩られる側に回っていたとは考えもしていなかった。そうではないかね?」


「う、ぐぅ……」


「いや心の底では私を小馬鹿にしていた相手を罠にかけるのは実に気分がいい。これが胸のすくような快感というのかね? はははははは!」



 再び、ジエーロの哄笑が地下の空間に響き渡る。

 それは喜びというよりも、嘲笑から来る最大の侮蔑だ。それだけ、諜報員たちの蔑みが露骨であり、ジエーロもその態度をひどく不快に思っていたという証左でもある。



 ジエーロはそこで一度、笑いを収めた。



「しかし、いくら渡したとはいえ、だ。アレを相談もなく勝手に使ってしまうとは困ったものだ。ひどいことになると言ったにもかかわらず、躊躇いもしないとは……まだアレがまがい物だからよかったものを」


「まがい物、だと……?」


「そう、まがい物だ。まあアレの真贋など君たちにはわかるまいよ。アレがどんなものかを知っているのは、私のアレを渡した者だけだ」



 直後、ジエーロは持っていた魔力計を床に落とし、踏みつけた。



「まあ、君たちもこうなってしまったのだ。このようなものも、もう必要ないだろう」


「それ、は……」


「魔力計、と言ったかね? 私にとってはこんなもの、無用の長物でしかない。なにせこれから強大な力が手に入るのだ。そんな魔力の量をいちいち確認するなどみみっちいことをするための道具に、なんの価値があるというのだね?」


「強大な力だと……?」


「そうだ。強大な力だ。この世の何者をも凌駕する、誰もが(うらや)むだろう力だ」



 ジエーロがそんな話を言い聞かせる中、彼らの背後に影が立つ。

 果たして、立ち上がった者。それは先ほどまで、痛みに呻いていたクローディアだった。

 彼らの仲間割れの最中、身体の自由を取り戻すことができた。

 しかし、いまだ辛そうにしている。ダメージが残っているのだ。

 それでも、クローディアは動かずにはいられなかった。



「あなた、どうして仲間を……」


「これか? これかね? これは報いというものだよ。私を下に見ていた者どもに対するね」


「仲間ではなかったのですか?」


「仲間? 違うな。すべて私の目的を達成するために駒にすぎんよ」


「だからと言って、そんな風に切り捨てるなど……」


「そもそも先に裏切ろうとしていたのは彼らだ。私は事前にそれを察知し、身を守ったに過ぎない。まあ、どういう立場なのか知らしめてやろうと思ったのは確かだがね。まあ言理の坩堝に還ってしまえば、誰も彼も一緒だろうが――」



 ジエーロはそう言うと、死にかけの諜報員を捨て置いて、大水晶のもとへ近付いていく。

 まるで、これからその封印を解こうとでも言うように。

 無論、クローディアはそれを見過ごせない。いまだ打ち据えられたときの衝撃は残っているものの、ジエーロの蛮行を止めようと歩を進める。



「さ、させませんわ!」


「それは困る。私は、長い時を待っていたのだ」


「長い時……?」


「君には関係のないことだよ」


「待ちなさい! その封印を解いてはなりません!」


「残念ながら、それが私の目的なのだ」


「わかっているのですか? それは聖賢様がお封じになられた厄災なのです!」


「わかっているとも。私はこれを解き放ち、この世のあらゆる人間をひれ伏せさせるのだ。そして、それが成った暁には、この大地を血肉で舗装し、改めてあの方を迎え、新たな秩序を敷いていただくのだ」



 ジエーロは滔々(とうとう)と口する。まるで歌い上げるように語られたそれは、まるで陶酔のただ中にあるかのような、そんな浮つきさえ感じさせた。



 ふいにジエーロが何事かを呟く。クローディアにはそれが【古代アーツ語】だということがわかった。つまりは、呪文だ。それが何を期したものかというのは、今更言うまでもないだろう。



 ジエーロが肩越しに見返り、不敵な笑みを見せる。



「わかるかね? 私がいま唱えた呪文は、この忌まわしき水晶を破壊するものだ」


「させませんわ! 《――不都合な真実。真夏の陽炎。水面の月。昼間の篝火。金はその価値を貶め、石くれに堕つるべし。かがやきよここに褪せよ!》」



 ――【抑圧(サプレス)



 クローディアは妨害を試みようと、間髪容れずに呪文を唱える。

 やがて、クローディアの魔法が成立。【抑圧(サプレス)】それが、効果を発揮し始めた。



 これで、いましばらくは猶予ができる。



 だがそんなクローディアの思考も余所に、聞こえてきたは拍手の音だ。

 鷹揚とした、聞こえよがしなそれは、ジエーロの本心からの賞賛である。



「……見事だ。長い年月をかけ、抑圧の天稟をそういう風に落とし込んだか。努力の結晶。いや、アスティアの置き土産といったところかね。よく考えたものだ。まったく忌々しいことこの上ない」


「あなた……この魔法のことを知っていて、なぜ……」



 止めなかったのか。いや、止めようともしなかったのか。知っていたうえで封印を解きたいはずであれば、真っ先に止めるのが道理である。

 にもかかわらず見過ごしたことに、クローディアは理解が追いつかない。

 クローディアが激しい困惑に囚われる中、その答え合わせとでも言うように、ジエーロが口を開いた。



「わからないかね? どうして私が、わざわざ水晶を破壊するなどわざとらしく宣言したのか。そんなこと、逐一口にする必要などないのにもかかわらず、だ」


「それはあなたが勝手に口にしたからで」


「やれやれ、物事には必ず理由が付随するというのに、随分と察しの悪いことだ。いや、さっき殴られたせいで頭が回っていないのか。なら仕方ない」


 

「そう、つまり、だ。()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()


「それは」


「何故なのかとは聞く必要もあるまい? この封印の解放のために、だ」


「なっ……!?」



 ジエーロがそう言った瞬間、大水晶にぴしりと亀裂が入る。

 向こうが透けて見えるほどに透明だった大水晶は、乱反射の影響で白く曇った。



「どうして【抑圧(サプレス)】が……この魔法はあの水晶を守るためにあるのでは」


「知らないか。まあ、それも無理ないことだろう。それこそ長い年月の果てにいまがあるのだからね。さて、ではなぜアスティアが、お前たち一族を守り人にしたのだと思う?」


「それは、サイファイス家の父祖が、聖賢様から仰せつかったからであって……」


「それは答えとしては不十分だな。要するに、お前たちの血族が唯一この封印を解き放つことができるからだ。使命感を持たせ、守護に殉じるよう仕向けることで、そう悟らせないよう仕向けていたのだよ」



 ジエーロの種明かしを聞いて、クローディアは絶句する。

 だからこの男は、先ほどアスティアの行為に対し「考えたものだ」と言い放ったのか。


 だが問題は何故この男がそんなことまで知っているのか、だ。

 これではまるで、その当時のことを見てきたような物言いではないか、と。

 ジエーロが忌々しそうに呟く。



抑圧(サプレス)……あの女もよく名付けたものだ。その本来の中身は、サイファイスの人間に与えられた、()()()()()()()()()を緩めるためのものだというのに」



 クローディアの耳に、恨みが募った歯ぎしりが聞こえてくる。

 ジエーロが口にした通りなのか。クローディアの抑圧(サプレス)の効果によって、クローディア自身の天稟が働き、大水晶の封印が徐々に徐々に弱まって行く。

 微細な震動に囚われる大水晶。まるで中に封じ込まれたものが、そこから出たがるように忙しなく身じろぎをしているかのよう。



「いけません! それを解き放っては!」


「聞く耳持たんな」


「うぐっ……」



 直後、クローディアはジエーロに打ち据えられる。その場に倒れるが、それでもクローディアは諦めない。

 ジエーロの足元に縋りついて、彼の邪魔をしようとする。



「ええい! 邪魔をするなっ! このこうるさい守り人めが! 貴様の役目はもう終わったのだ!」


「くっ……」



 ジエーロは、クローディアの腕から足を引き抜き、彼女を蹴り飛ばす。

 直後、ジエーロが魔力を充溢させた。

 クローディアは予期される追撃を覚悟し、身体を緊張させ目を固く閉じた。


 しかし、予想した衝撃はいつまで経っても訪れなかった。

 クローディアが目を開けると、彼女とジエーロの間に、仮面の女が割って入っていたのだ。

 ジエーロの目が鋭く細まる。



「……アリュアス殿、これは一体なんのつもりかね?」


「ジエーロ殿。あなたのやるべきことは魔人グロズウェルの解放でしょう? この少女を殺すことではないはずだ」


「魔人の復活が成れば、いずれみな殺すのだ。いまかあとかの違いでしかない」


「ならば、あとでも構わないのではありませんか?」


「……ふん。なんのつもりかは知らないが、まあいいだろう」


「ええ、あなたはどうぞ魔人の復活をお急ぎください」



 ジエーロはアリュアスの言葉に頷きもせず、大水晶のもとへと向かって行く。

 一方で、クローディアが顔を上げた。



「どうして、です……? あなたもあの男の仲間なのでは……?」


「魔人復活以外のことは、私の目的ではありませんので。ただ、あなたにはもう少し大人しくしていただきます」



 クローディアがジエーロに向かって叫ぶ。



「やめなさい! いまならまだ間に合います! ですから……」


「踏み止まるほどの迷いがあったなら、そもそもこんなところには来ていないよ」


「それを解放すれば、あなたも無事では済まないのですよ!?」


「それは君が決めることではない」



 ジエーロはそう言うと、大水晶に手を当てる。

 直後、大地を揺るがすほどの震動が巻き起こり、魔人を封じ込めていた水晶が砕け散った。

 飛び散る水晶塊を見たクローディアの脳裏に、絶望がよぎる。



 だが、クローディアが思い描いていたようなことは、いつまで経っても起こらなかった。

 魔人が解き放たれることも。

 強大な魔力が放出されることも。

 まったく、なにも。



「なにも、起こらない……?」



 水晶に封じ込められていた影は、すでに跡形もない。だがその影は、解き放たれた様子もない。水晶と共に砕け散り、どこへともなく消えてしまっていたのだ。



 もしや本当は、封じられているものなど存在しなかったのか。



 クローディアがそう思ったそのとき。

 ジエーロが不気味な笑みを浮かべた。



「何も起こらないように見えるかね? 解放は、すでに終わったのだよ」


「それはどういう……」


「わからないか。いや、無理もない。君たち守り人は、ここに魔人グロズウェルが封じられていると思っていたのだろうからな」


「どういうことです!? 答えなさい!」


「まったく気忙しいことだ……ここに封じられていたものはね、魔人そのものではなく、魔人の力なのだよ。グロズウェルを魔人たらしめた、悪魔の力だ」


「魔人の……悪魔の力?」


「そう。力だ。何者をも凌駕する、ね」



 気付けば、ジエーロの背後にいびつな影がとり憑いていた。



「ふはははははははははは! ふははははははははははは! これで! ようやく! 私の長年の願いは叶った! はははははははははは! あははははははははは! 待ったぞ! 悠久とも思えるこの永いときを!」



 地下全体に、狂喜の哄笑が響き渡る。

 それが無上の喜びなのか。

 ジエーロはやがてそれをピタリと止めた。

 不自然なほどに。さながらスイッチの入切を切り替えたかのよう。



 やがて、ジエーロの力が爆発的に膨れ上がる。

 そして、



「――吹き飛べ」



 地下の天井が強大な力によって吹き飛ばされたのだった。




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