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第十五話 クレイブに報告



 魔力計を完成させたアークスは、翌日、クレイブの屋敷を訪れていた。



 以前と同じようにアーベント邸の守衛に取り次いでもらい、すぐにクレイブのもとへと駆け込む。

 彼の迷惑を考えなかったわけではないが、この結果はそれを凌駕するものだ。

 急ぐ様子を見て驚く使用人を尻目に、伯父のいる部屋へと飛び込んだ。



「伯父上伯父上伯父上!!」


「……アークスお前、また夜更かししたな? 興奮しすぎだぞ?」



 もちろんそれを見たクレイブは、半ば呆れた様子。ちょうど自分が来ることを使用人から聞いていたところだったようで、あまり驚きはなかった。



「あの、いまお時間よろしいでしょうか!?」


「これから出仕だが、まあ多少なら構わないぜ? ま、その前に少し落ち着いとけ」



 クレイブの言葉に従い、逸る気持ちを落ち着けるため、深呼吸をする。

 冷静な思考が戻るに従い、周りを見る余裕も出てきた。



 ……室内には、自分とクレイブを含め、使用人が三人いる。



「その、一応お人払いをしていただいても?」


「いいが……なんだ一体」



 クレイブは適当に手を振って、使用人たちを部屋から散らす。

 周囲に誰もいなくなったことを確認して、例のものを袋から取り出した。



「伯父上、これを見てください」


「こりゃあこの前お前のとこに送ったガラスの管じゃねぇか……ん? 定規の目盛りみたいなのに……中に何か入れたのか?」


「見ててください。こうやって近くで魔力を発生させると、中の魔法銀が……」


「ほう? 動くな。でも新しいおもちゃにしては面白みがあんまりないよな…………って、おい待て! 目盛りだと!」



 さすがクレイブ。どういうものかすぐに気付いた。

 驚愕のまま固まった彼の表情を見て、ついついドヤ顔を作ってしまう。



 そんな自分に対し、クレイブは魔力計を持った手を震わせたまま。



「……お前、どうしたんだ、これ」


「この前偶然、魔法銀を魔力に反応して膨張する物質に変えることができて、それでこれを思い付いたんです」


「いや、思いついたってよ……」


「本当に、偶然できたんです」



 温度計の発想は男の世界の知識があったためだが、魔法銀の変質については本当に偶然だ。その辺りはリーシャのおかげということもある。



 ともあれ今度はクレイブが落ち着く番と、大人しくソファに座って少し待つ。

 やがてクレイブは状況を呑み込んだらしく、ふう、と息を吐いた。

 そして、これまで見せたことのないようなひどく真剣な顔になって、



「…………アークス、これをオレ以外のヤツに言ったか?」


「いいえ、伯父上だけです。物が物ですので」


「だな。さっきの人払いも含め、いい判断だ」



 懸念が消えて緊張が薄れたのか、クレイブの顔にわずかだが笑顔が戻ってくる。



「お前、これは大発見だぞ?」


「ですよね。魔力を正確に測れる物なんて、世界のどこにもないですよね?」


「ああ。少なくともオレが回った国にはそんな物なかったし、いまもないはずだ。にしても、魔力を測ることができる計測器か……」


「これで魔法の会得が捗ります」


「確かにそうだな。これがあれば、単語に込める魔力の量がわかりやすい」



 クレイブはそう言うと、一度魔力計をガラス製のテーブルの上に置いて、また顔を真面目なものに変える。



「これをどうやって作ったとかそんな話をする前に、だ。まず、お前に訊かないとならないことがある。お前はこれをどうしたい?」


「そうですね……」



 無論、これを使って多くの魔法を使えるようになりたいというのが主な目的だが……クレイブが訊いているのはそういうことではないはずだ。



「……これを自分だけ独占するつもりはありません。時機を見計らう必要はあると思いますが、いずれはきちんとした形で発表しようかと」


「いいのか? 自分だけのものにすれば、他のヤツに大きな差を付けることができるぞ?」


「いえ、持っていればいずれ誰かに知られますし、そうなれば間違いなく欲しがるでしょう。それなら独占して妬まれるより、発表してその対価……名声でもお金でも得た方が、自分のためにも、それに国のためにもなります」



 そうだ。独占というのも、確かに魅力的だ。クレイブの言う通り、これを持っていれば他の魔導師と大きく差を付けることができるし、その差が生む優越感にも浸ることができる。



 だが、そうすれば魔力計の存在を広めることで得られる有益な対価や、魔法の技術の発展の機会を潰してしまう可能性もある。

 そう考えると、独占するメリットよりもデメリットの方が多いはずだ。



 魔力を込める量は、時間さえあればわかるようになるものだし、そもそも魔導師としての優劣を決めるのは呪文を生み出すセンスなのだから、こちらは魔力を測れる優位性を手放したところで痛くも痒くもない。



 そもそも、こういった話は伯父から聞かされると思ったのだが――



「……オレが言う必要はなかったな。ああ。お前はちゃんと先が見えてるよ」



 クレイブが頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてくる。

 やはり、言うつもりだったか。



「アークス。わかってると思うが、魔力計の存在(これのこと)はまだ誰にも伝えるなよ? 発表前に状況が全部整ってからだ」


「えっと、友達に見せるのは……?」


「……まあ、言いふらさないって信頼できるようなヤツだけならな」



 クレイブと「友達いたのかお前?」「いますよそれくらい……」なんてやり取りをしたあと。



「あとは……リーシャにもだな。お前もあいつには知らせたいだろうが、念のためやめておけ。その理由は……わかるな?」


「…………う、はい」



 そう、リーシャ経由で両親に伝わる可能性がないとは言い切れない。そして伝わったあとは、あの毛嫌いする者たちのことだ。この発見を無理矢理奪い取られることもあり得る。



 だが、クレイブも思った以上にジョシュアとセリーヌのことを警戒しているらしい。

 レイセフトの屋敷に気軽に訪ねて来るような間柄だと思っていたが、実は溝が深いのか。



 ふと、クレイブがどこか寂しそうな顔を見せる。



「……お前ならそう意外とは思わないだろうが、ジョシュアのヤツは結構ひがみっ子でな、自分より魔法が上手いヤツをやたら嫌うんだ」


「そうなんですか? どちらかと言えば魔法の腕が低い人間を見下すような奴だと思っていましたが」


「……お前も結構容赦ないな」


「もうあの人を父とは思っていませんし」



 あのとき、ジョシュアに八つ当たりでぶん殴られた時点で、すでに親子の情は失せている。



「でも、レイセフト家の跡取りに選ばれたのにどうしてそんな風になったのですか?」


「選ばれたのに……ってのは逆だな。魔法の名門、レイセフト家の跡取りってのがあいつの矜持になっちまったせいで、そういったヤツを過度に敵視するようになったんだよ」



 つまり、男の世界で言うコンプレックスというものなのだろうか。

 ジョシュアの魔導師としての腕前はよく知らないが、おそらくは名門当主にのしかかるプレッシャーと釣り合わなかったため、性格にひずみが生まれてしまったのかもしれない。



「そのままならまだよかった。だが、オレが帰ってきたせいで、余計に拍車がかかった」


「伯父上がですか?」


「まあ自分で言うのもなんだがな、オレは諸国を旅して、以前よりも遙かに強くなって国へ帰った。しかも帰るなりあいつもなれなかった国定魔導師になったうえ、国軍での地位も、魔導師としての地位も上になった。とどめに、死に際のオヤジのあの言葉だ」


「お祖父様の、ですか?」


「お前を跡取りにしたのは失敗だった……ってな」


「うわ……」



 きつい。選んだのは自分だろうに、それを失敗だったと言って覆したのか。

 始末に負えないとはこのことだろう。



「それがあって、ジョシュアも子供の才能に関してはかなり期待したんだろうな。子供の能力が高ければ、それは自分の評価にもつながるからな。そう思って期待してたら……」



 クレイブは「あとは、どういうことかわかるだろ?」と言葉を続ける。

 要するに、ジョシュアは自分の能力に強いコンプレックスを持っていたため、才能が劣る自分(アークス)を、自分の息子だとは認められなかったのだ。



 だからこその、あの風当たりの強さだ。以前から、廃嫡はお家のルールとして当然だとしても、ここまで毛嫌いするのはいくらなんでも不自然だとは思っていた。



 だが、確かにそういった理由が根っこにあるのなら、あの嫌いようも頷ける。

 恨むべきは、呪いの言葉を残した祖父か……いや、いずれせよそういった性格ならば、結果は変わらないのかもしれない。



 そんなことを考える中、ふとクレイブが申し訳なさそうに目を伏せる。



「だからな、お前が苦労してるのは、オレのせいってことでもあるんだ」


「いえ、そんなことは……」


「いやオレのせいだ。それはどう取り繕っても変わらん」



 クレイブは、それを負い目に思っていたのか。それもあったからこそ、魔法を教えることを快く引き受けてくれたのかもしれない。



 そしてこの告白は、彼なりの懺悔だったのか。

 だが、



「お、伯父上にはいつもお世話になっています!」



 そう、伯父の帰参が要因の一部だというのが事実なら、自分がこうして世話になっていることだって紛れもない事実なのだ。クレイブが世話を焼いてくれるからこそ、魔法だってきちんと覚えることができたし、両親をけん制してくれいているからこそ、悲惨な生活を送らずに済んでいるのだ。



 言葉足らずながらにもそう伝えると、クレイブはどこか安堵したような息を吐く。



「……そうか。なら、少しはよかったと思えるな」



 ふと、手元にあった葉巻を吸い始めるクレイブ。照れ隠しなのか、懐かしんでいるのか。天井に吸い込まれる紫煙を眺め、座っていたソファに身体を大きく投げだした。



 葉巻を吸い終えるまで大人しく待っていると、クレイブの視線が魔力計へと戻す。



「……にしても、お前はとんでもねぇな。まったくよ」



 家族の話で薄れていたが、徐々に興奮が戻ってきたらしい。

 呆れた声では言いつつも、顔のニヤニヤが隠し切れていない。



「これについてはまだまだご相談したいことがあるので、お時間をいただければ……」


「そうだな」



 クレイブはベルを鳴らして使用人を呼ぶ。

 そして、入ってきた者に、



「あー、悪いが、今日の出仕は非常に重要な予定が入ったから取りやめにする。その旨、連絡しておいてくれ」



 使用人はそれに頷くと、頭を下げて部屋から出て行った。



 ……クレイブとの相談事はいくつもある。

 魔力計の製作過程等々の話から、どれだけ作ったらいいかなど、製作に関しての助言を貰うことも必要だ。



 その後はクレイブと細部を詰めて、製作に関わるガラス職人に会いに行くなど、一日中魔力計の製作の話に費やしたのだった。




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