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第百四十八話 立ちはだかる者、一人



「――すまん! 助かった!」


「無事で何よりです」


「同志アークス。俺はいま猛烈に感動している。己が命を顧みずこうして助けに来てくれたこと、感謝するぞ」


「い、いえ、たまたま通りかかっただけですから……」



 魔法院の廊下でスウを助けたあと。

 そのまま二人でクローディアを追いかけていたのだが、途中どの通路に向かったのかがわからなくなり、結果彼女とは二手に分かれて探索することとなった。



 いまはちょうど通り道の肉塊を斬り飛ばしたのだが、オーレルがたまたまそこにいて、巻き込まれていたらしい。

 結果助けることになったが、そのおかげなのか、こうしてものすごく感動され、あげくは手まで握られる始末。一方でこちらは感激の涙を滝のように流す様を見て、若干引き気味だ。オーレルは思った以上に激情家の気があるらしい。



「この恩は忘れん。俺もいつか同志アークスの助けになろう」



 なんだかよくわからないが男泣き状態のオーレルに「あ、はい」と返答しつつ、頼みを伝える。



「では訓練場の方をお願いします。もしかすればまだ逃げ遅れた生徒がいるかもしれないので助けてあげてください」


「ああ。任せろ」



 オーレルは胸を叩く。頼もしい返事だ。いま訓練場にはリーシャたちがいるはずだが、戦力は多い方がいい。シャーロットもいるし、クローディアの采配でケインも合流しているため滅多なことにはならないだろうとは思うのだが、安心につながる材料は多いに越したことはない。



「あと、オーレル様。道中クローディア様を見かけませんでしたか?」


「クローディア様なら先ほどお見かけしたぞ。かなり焦っていたようだが、この先の外廊下を通って走っていかれた……いや、だがあそこの先は突き当りだったはずだが」


「ありがとうございます。俺はそっちに向かいますので、もしスウ……スウシーア様を見かけたら、その旨お伝えいただきたく」


「了解した。同志アークスの武運を祈る」



 最近違う意味で自分のことを「どうし」と呼ぶ少年、オーレル・マークは、そう言って走り去っていった。



「でも、魔法院に来ている生徒が少なくてよかったな……」



 そう小さく呟き、安堵する。

 ここ数日、準備は魔法院の生徒が総動員された形であったが、それのおかげなのか講師陣の提案で大半の生徒が休みとなったという。ある意味良かったのか悪かったのか。いや、知り合いが巻き込まれている状況で自分がもし休みであったらと考えると、やはりこれで良かったのだと思い直す。



 そんな風に考えたあと、肉塊を斬りつけて吹き飛ばしながら進む。

 この肉塊も、自分にとってはそこまで大きな脅威ではない、というのがありがたい。

 剣で斬ればはじけ飛ぶし、周りを囲まれないようにだけ気を付けていれば、いくらでもやりようはあるのだ。



 だが、問題は他の生徒が同じように行くのかどうかだろう。

 物量が物量であるため、応じる手段がなければ瞬く間に呑み込まれる……ということになりかねない。



 クローディアを追うべきか、それとも生徒たちの救出に尽力するべきか。

 身体は一つしかない。ならば、こうなった元凶が居そうな場所に向かう方が、ことを早く解決できる可能性が高いだろう。



 ……だが、こうしているとなんというか肉屋にでもなった気分だ。切り分けたり、叩き潰したり、作業をしている感が強い。

 しかし、斬り飛ばしても消し飛ばしてもきりがないほど、肉塊は膨れてにじみ出てくるばかり。湧き水もこれだけ際限なければ争いなど起こらないだろうに、どうして必要のないものに限って湯水のごとく湧いてくるのか。いや、使われないから余るだけか。



「零れ落ちる肉塊。それは欲望のままに膨れ上がり、大地を呑み込まんと広がりゆく……」



 そんなことを上の空で呟きながら、外廊下に出る。

 オーレルが言っていた突き当りのある場所まで、あと少し。

 こういうときに、魔法院の迷いやすい構造がもどかしい。

 必要のない壁や突き当たりに、先に部屋のないドア。無論こちらはすべて把握してはいるものの、ふとした勘違いというのも時折ある。

 足下の残骸を強く(にじ)る。まるで夢の中で追いかけっこでもしているかのような気分だった。



 ともあれ、そんな焦燥に駆られていたときだった。

 ふいに、見覚えのある姿が目に映る。

 どことなくメカメカしさが感じられる猫耳の髪飾りと桃色の髪、そして小さいシルエット。眠そうというよりは、物事を一歩引いた視点から見ているような半目。ワンサイズ大きめの制服は、裾や袖が余っている。



 そう、そこには最近溜まり場の仲間に加わったミリアの姿があった。



 彼女は一体どうしたのか。こんな状況にもかかわらず、その場から動かずに突っ立ったまま。その様はまるで、誰も通さないというように立ちはだかっているようにも見える。

 彼女の周囲にも肉塊の残骸が散らばっているため、ここで戦ったのだろうとは思われるが――



「ミリア!」


「……アークス。まさかあんたがここに来るとは思わなかったわ」



 ミリアは自分のことを見るなり、さながら飽き飽きというようにため息を吐く。

 喜ばれないのはいつも通りで仕方がないが、どうも状況と態度がそぐわない。



「来るとは思わなかった……って、どういうことだ? いや、そんなことはどうでもいい。俺はこの先に行きたいんだ。通してくれ」



 焦りから来る訴えは、しかし聞き届けられなかったのか。

 ミリアはその場から動こうとしない。

 仕方なく勢いのまま脇を通ろうとすると、ミリアはそれを邪魔するように前を塞いだ。



「……おい。どういうつもりだよ?」


「ダメよ。ここから先は行かせられないわ」


「行かせないって……どういうことだ?」


「それがミリアの役目だからよ。察しなさい」



 役目とはいかなることか。いや、そもそもそんな役目など、誰からもたらされるのか。

 魔法院の関係者ならば、肉塊を破壊するか人命救助に尽力するはず。

 ということは、だ。



「お前。まさか、この騒ぎを起こした奴らの仲間なのか?」


「そう。ここまで言えばわかるわね」


「嘘だろ……」


「嘘じゃないからこうしているんでしょ? ウサギの方がもっとまともに警戒するわ」



 言い草は相変わらずなものの、ミリアの返答は冷酷だった。

 こちらがいまだ戸惑いの渦中にいると、ミリアは再度口を開く。



「アークス。ここはさがって」


「さがってって……」


「簡単なことよ。あんたは目をつむって、静かにしていればいいの。少しの間そうしていれば、すぐに終わるわ」


「そういうわけにはいかない。それに、このままじゃ魔法院に残っている生徒たちも危ないんだ」


「大半は知らない人でしょ?」


「だからって見捨てるわけにもいかないだろ。俺には助ける魔法(ちから)があるんだ」


「魔力少ないクセによく言うわ。九官鳥でもそんなこと言わないのに」


「うるせえ! 九官鳥もオウムと同じだオウムと!」



 こんなときでもミリアの動物にたとえる妙な口癖は平常運転らしい。

 叫び返しはしたものの、再度冷静さを取り戻して説得を試みる。



「この状況をそのままにしてはいられないだろ」


「それは全面的に同意するわ。ミリアもこれはいい気分しないから」


「じゃあなんで」


「これをやった奴らがクズってだけ。まったくこんな騒ぎにしてしまうなんて、本当にバカなんじゃないの。木から落ちたコアラでもまだ頭がいいわ」



 ミリアはこの場にいない者たちに対して憤慨しているらしい。ぷりぷりしながら、騒ぎを起こした連中を罵倒している。仲間ということには首肯したが、どうやら意見の方は一致していないらしい。むしろ忌々しいとさえ思っている節があるようだ。



 ミリアが睨みつけるように視線を向けてくる。



「いい? あんたも変なことに首を突っ込むのはやめて、大人しく帰りなさい。怪我なんてしたくないでしょ?」


「だから俺はこの状況を止めたいんだってさっきから言ってるだろ! 見て見ぬふりはできないんだ!」


「ほんとわからないわね……! いい? ミリアはあんたとは戦いたくないの」


「なんでだよ」



 どこか苛立った様子のミリアに訊ねると、今度は何故か地団太を踏んで怒り出す。



「そ、それくらい察しなさいよ! あんたにはいろいろと世話になったから、そういう義理があるでしょ!? だから戦いたくないの! どうしてわからないのこのバカ!」


「じゃあその義理で道を開けてくれよ」


「それはできないってさっきから言ってる! ダチョウの方がもっと物覚えがいいわ!」


「そのセリフは道をきちんと覚えられるようになってから言えよ。東西南北って言葉の意味をきちんと辞書で引き直してから出直してこいこの超絶方向音痴」


「な、なんてひどい言い様! ライオンでもそんなに人を追い詰めないのに!」



 ミリアは顔を真っ赤にして叫び返す。

 というかどうしてたとえの動物がライオンなのか。本人もこんな状況のせいで結構混乱しているのかもしれない。



 ミリアは取り乱したことを恥ずかしく思ったのか、赤い顔を元に戻すため一拍置いて調子を取る。

 表情を戻し、そして言う。



「心配しなくてもすぐ終わるわ」


「終わるって」


「ミリアがこの状況を終わらせるの」


「……もういい。押し通る」



 話が要領を得ない。

 ここは力ずくでもとそう考え、動き出したそのときだ。



 空から何かが急速に飛来する。外廊下の床に映る、鳥を思わせる黒い影。

 やがて舞い降りたのは、鈍く輝くメタリックシルバーカラーだ。さながら機械じみた造形を思わせる外見は、どことなくだがミリアが付けている猫耳の装飾と共通点を感じさせる。


 ミリアはそれをバックパックのように背負うと、ぴょいと一飛び。

 すぐに、ばさり、ばさりと背中の翼がはためいた。

 機械的な造形、金属的な外見にもかかわらず、翼はしなやかで本当に鳥の翼が付いているかのよう。



 ふとした危機感を覚え、後ろに飛んだ。



「そいつは……ときどき魔法院の上を飛んでた奴か……」


「よく見てる。褒めてあげるわ」


「そりゃどうも!」



 返答しながら鞘と剣を紐で縛り、鞘がすっぽ抜けないように固定。

 一方でミリアは背中の代物のおかげか、そのまま宙に浮かび上がった。

 ……道を開けてくれた形にも見えるが、だからと言ってそう簡単にはいかないだろう

 見た目は小柄な少女だが、いまはそんな風に弱弱しくは見えない。

 ミリアの目は眠そうに開かれてはいるが、奥の瞳は力強い光が宿っており、戦士の息遣いが感じられる。


 うまうまと通り抜けようとすれば、背後を叩かれる恐れがあった。

 無論、それが痛打であることは間違いない。



「お前ほんと何者だよ……?」


「ミリアはミリア。それ以上のことはあんたが知る必要はないの」


「そうですかい!」



 低空を飛ぶミリアを追いやるように、剣を振り出す。

 しかし、小回りが利くのか、剣は当たらない。こちらも本気で当てたいわけではないものの、間合いがうまく掴めず当たるビジョンすら浮かんでこない。


 優美な飛翔だ。


 まるで空を飛ぶ鷹やハヤブサのように自由さを感じさせる。



 こちらも飛行の魔法を使えるが、ほとんど浮かぶだけであるため、こんな場面で使えばただの的になり下がるだろう。

 あくまで邪魔をしてくるため、剣を撥ね退けるように振り出すと、ミリアはそれを翼で受け止めた。

 翼の使い方が巧いのか、攻防は一進一退。



「よくまあそんなに器用にできる!」


「アンタもやるわね。でもミリアの方が強いわ」


「それはどうかな?」


「そうね。アンタが本気になれば話は別かもしれないわね」


「俺だって本気でやる気はないっての。それに、お前だって手加減してるんだろ?」


「だ、だからそれはさっき理由を話したでしょ! チンチラでももっときちんと学習する!」



 ミリアはまた真っ赤になって怒り出す。らしくない取り乱しようだ。別に調子を狂わせるようなことは言っていないはずなのだが、どうも冷静でいられない様子。

 ミリアは距離を測りつつ、ぶつぶつと悪態雑じりの独り言を口にしている。



 やがて彼女は一度空中で翻ると、一気に加速。

 背中の翼を水平に展開させ、横をすり抜けるかのように突っ込んでくる。



「うおっ!」



 すれ違い様の翼は剣で受け止めるものの、衝撃が強くふっ飛ばされてしまう。

 背中を丸めて受け身を取るが、一方でミリアは弾かれると同時に翻り、メタリックの靴底でキックを繰り出してきた。



「このっ……器用過ぎんだろっ!」



 背骨を軸に寝ころんだままぐるんと旋回。蹴りが正面に来るよう位置を調整し、やはり剣を盾にして構え、体重が十全に乗せられた蹴りを受け止めた。



「ぐっ……!」


「ほんと憎たらしくなるくらい器用ね。アライグマもビックリするわ」



 全身の力を使って、ミリアを撥ね退ける。

 身構えていたため衝撃には耐えられた。しかし、防戦一方だ。状況を打開したいこちらとしては、このままというのはよろしくない。



 ……この状況、呪文を唱えるにも距離が近い。そのうえ、ミリアのこの飛翔能力と速度だ。何かしゃべろうとすればすぐに間合いを詰められてしまうだろう。小柄な見かけに反し攻撃も重い。受ければ一発で失神というのもあり得る話だ。



 どうすればいいか。



 一度退いたと見せかけて、遠間から非殺傷性の魔法を使うか。



 いや、警戒のため空に居座られる可能性もある。



 わざと攻撃を受け止めて、その隙に詠唱を行うか。



 ダメだ。それはそれでリスクが高すぎる。



 ならば。



(詠唱に固執したら倒される。ここは集中とかんなれで……)



 下手はできない。もう少しこの動きでミリアの目を慣らしたあと、集中とかんなれで一気に引き離すしかない。ミリアはこの動きを知らないため、間違いなく対処できないはずだ。



 そんな結論に至ったそのときだ。



 火山が爆発したような轟音が、魔法院全体を揺るがしたのだった。





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