第十四話 魔力計の完成
――魔法銀が膨張するのを見て、アークスが思い浮かべたのは、いわゆる無機水銀を利用した温度計だった。
変質した魔法銀が魔力に反応して膨張するのならば、温度計の水銀のように、ガラス管に封入することで魔力の量を計測することができるはずである。
もしその考えが正しければ、いままで勘頼みだった呪文への魔力の込め具合が、より正確になり、効率が飛躍的に向上する。
現行の魔法の教え方を不満に思っていたアークスが、これに光明を見出さないはずがない。
それを思い付いたその日は、それこそ夜が明けるまで、変質した魔法銀について調べていた。
調べを進めていくうちに、どうやら魔法銀を放出した熱い魔力に一定時間晒すと、魔力に反応して膨張する物質に変化することがわかった。
その結果を以て確信する。これで温度を測る温度計ならぬ、魔力を測る【魔力計】を作ることができると。
そして早朝、アークスは矢も楯もたまらず、クレイブの屋敷を訪れていた。
屋敷の門を守る守衛に急ぎの用を伝え、すぐにクレイブに取り次いでもらった。
クレイブは起きたばかりだったのか、応接間に入った途端、大きなあくびを見せる。
……銀髪ロン毛に、男の世界で言うラテン系を思わせる日に焼けた肌。太い腕やこぶのような肩口、分厚い胸板など身体の至る所に火傷の跡。いまは黒のタンクトップに長いパンツという服装で、居心地のよさそうな格好にまとまっている。
そんな彼に、まずは詫びと、頭を下げた。
「伯父上。おはようございます。こんな朝早くに押しかけてしまい申し訳ありません」
「まったく今日は随分と朝早いな――ってお前目の下にクマができてるぞ?」
「昨日ちょっと夜更かししまして」
そう言ってバツの悪そうに頭を掻くと、クレイブは呆れたような息を吐いた。
「魔法の勉強もいいがな、いまの時分、寝るときにきっちり寝ておかないとちゃんと育たないぞ? 女顔のうえ、背が小さいままじゃなぁ」
「うぐっ……」
クレイブは太い指でおでこをうりうりしてくる。
いま一番気にしていることを、サラッと言われて言葉に詰まった。
「で、一体どうしたんだ? こんな時間にくるなんてただ事じゃないだろ? もしかして追い出されたのか?」
クレイブは眠そうな顔から、一転して真剣な表情を見せる。もしそうであれば、怒鳴り込みに行くつもりなのだろうか。
「いいえ、さすがに追い出すなんて真似はしないですよ」
「つってもな、あの嫌いようだぜ? いくら体面が気になって追い出すわけにはいかないって言っても、癇癪起こして突発的にっ……てのはありえなくないぞ」
確かにそうか。父ジョシュアや母セリーヌからは随分と嫌われているが、世間体を考えてか、家から追い出されるまでには至っていなかった。だが、それはいままで幼かったからであり、いまは何かと積極的に行動しているため、目に付く部分も増えている。
それが勘気に触れて……ということは、クレイブの言う通り考えておかねばならないだろう。
「気を付けておきます」
「それがいいな。ま、そのときは迷わずオレのところに来い。養子にしてやるさ」
相変わらず頼りがいがある伯父である。
「よろしくお願いします」
「おう。任せとけ。一人や二人なんてこたぁないさ。ははは!」
クレイブに頼りがいを感じている中、ふと彼の家族のことも思い出す。
「そう言えば、伯父上にも娘さんがいらっしゃるんでしたよね?」
「ああ、サファイアバーグで作った子だから、母親と一緒にそっちにいるけどな」
サファイアバーグとは、自分たちが住むライノール王国から南西にある小国だ。
領土は王国貴族のものと同程度という超極小面積で、王国、帝国、そして南方の海洋国家にも面しているという危険な土地柄だが、国境を峻厳な土地に守られているため、他国から侵略されるには至っていない。
クレイブもいまの地位が高いことを利用して、視察にかこつけてたまに顔を見せに行っているのだという。
ともあれ、そろそろ本題を切り出そうと、居住まいを正す。
「今日は伯父上に折り入ってお願いがあります」
「なんだ? やたらかしこまって、もしかして金の無心か?」
「違います……いえ、お金は使う話なんですけど」
「ほう? それで?」
「えっと、こういうものを作ってもらえないでしょうか」
アークスはそう言って、カバンから一枚の紙を取り出す。
魔力計を作るために必要な部品を絵にして、説明を書き足したものだ。
クレイブはそれを手に取って、まじまじと見る。
「木枠に、これはガラスの管か? そんなもの欲しがって一体どうする?」
「ちょっと試してみたいことがあるんです。どうでしょう? 用意していただけませんか?」
調達をクレイブに頼んだのは、自分ではそれを入手するためのコネがないからだ。
それに、作る物が作る物であるため、まず伯父に相談しておくのが必要だと考えたためでもある。
もちろん、何を作るかは、できたあとに伝えるのだが。
「まあ、いいけどよ。これを……この紙に書いてる通りにいくつか作ればいいんだな?」
「はい!」
「いいぜ。だが物が物だからな……少し時間がかかるぞ?」
「かまいません。よろしくお願いします」
……それからしばらくして、レイセフトの屋敷に頼んだものが届いた。
温度計を思わせるガラス管がいくつかと、それを重ねて目盛りと比較するための木枠。
変質させた魔法銀に関しては、無論すでに自前で用意してある。
あとは、ガラス管の内部を真空にする魔法をかけて、ガラス管の内部に変質した魔法銀を移動させる呪文を使えば……。
「やっぱり魔力に反応しちゃうなぁ……」
近くで魔法を使うと、変質した魔法銀が魔力に反応して膨張してしまうため、移動させるのが難しい。
温度計と同じで、ガラス管の中を真空にしなければならないのは、わかるのだが。
「その肝心の温度計の作り方は調べてなかったよなぁ」
自己の中に埋没し、男の記憶を遡るが、温度計の製作過程を追ったものはなかった。
それがわかれば、製作の助けになるのだろうが、わからないものは仕方ない。
何度か使う呪文を試行錯誤して苦労を重ね、やがて変質した魔法銀はガラス管の中に納まった。
あとは、ガラス管の内部にあっても、外部の魔力に反応するかどうかだ。
「膨張してくれよ……」
願いを込めて、魔力を放出する。
しかして、ガラス管内部の変質した魔法銀は……動いた。
「で、出来た……!!」
途端、達成感に包まれ、身体からふっと力が抜ける。
試作型の魔力計の完成だ。これで、細かい魔力の量を測定できる。そうすれば、呪文に使う単語や成語に、どれくらいの量を込めればいいのか算出することができるようになる。
「やった……やったぞ! これで魔法が捗る! 超捗るぞ!」
ついつい喜びを抑えきれず、部屋の中を飛び回ってしまう。
もとは偶然の賜物とは言え、自分で確固とした結果を出すことができたのだ。
嬉しさもひとしお。小躍りせずにはいられない。
廃嫡されてからまだ二年だが、これが第一歩。
無能と罵って蔑んだ両親を見返すための一歩である。
これを使って、さらにいろいろな魔法が使える魔導師になるのだ。
……その前に、この結果をクレイブに伝えるのは当然として、さらに使いやすいように改良を加えなければならない。
「まずは数値の基準を作って完成させよう。目盛りと、魔法銀に晒す熱い魔力の加減と……やばいやばいめちゃくちゃわくわくしてきた!」
興奮のせいか、ついつい言葉に男の世界の言葉が混ざってしまう。
そして、収納から定規を引っ張り出す。
計測器にするなら、まずは単位を定めなければならない。
一般的な魔法である【念移動】に使う魔力の全体量を10として、単位名は【マナ】がいいだろうか。それに、細かい量を測るために、熱い魔力に晒す比率を変えたものをいくつか用意するべきだろう。
考え出すと、まだまだやるべきことが山積みであることを改めて思わされる。
結局その日も、夜を徹して研究、開発にいそしむことになった。