第百三十八話 アークス・レイセフトの日記その二
■月■日。
戸棚に一冊の本があった。
それに妙に気を引かれ、手に取る。
装丁は華美に走らず、よくある古い洋書を意識したデザインだった。
本の内容は、【精霊年代】の一節を、おとぎ話として再構成したものだ。
この手の話はよくあるもので、魔法を作るうえで何度も読んだ。
魔法作製に利用すると言っても、おとぎ話は基本的には表面を軽くなぞるものであるため、あくまで比較するための材料でしかない。
だが、今回見つけた本は、これまで読んだものと違って、登場人物の心情が細やかに描かれており、深く感情移入することができた。
この物語の主軸となるのが、三聖の一人であるアスティアだ。
双精霊と共に世界救済の旅に出た三人の内の一人であり、仲間たちを多くの知識を以て支えたという。
三聖の話は宿り木の騎士フロームばかりが注目されがちだ。
アスティアは魔力が少なく、フロームやシオンのように目立った力も持たない。
しかし、いつも機転や努力で立ちはだかる困難を乗り越えてきた。
そんなアスティアと対比されるのが、章を通して登場するグロズウェルという男だ。
三聖と敵対し、特にアスティアを目の敵のように憎んでいたという魔導師である。
豊富な魔力を持つ才能あふれる魔導師だったが、しかしそれゆえ自分の力に多大な自信を持ち、ひどく傲慢で他者を顧みることがなく、常に誰かの上に立つことばかり考えていたという。
グロズウェルはことあるごとに、アスティアに勝負を仕掛けてきた。
実力の差は歴然だったが、いつもアスティアが粘り強さを見せ、戦いに勝利してきた。
グロズウェルは敗北を喫するたびに、負けた理由をアスティアに訊ねたという。
あるときは。
「なぜだ。どうして私はお前に勝てないのだ」
「傲慢だからでしょう。傲慢な者は努力を怠り、油断を生みます。油断が生まれれば、それはつけ入る隙となる」
またあるときは。
「なぜだ。私はお前よりも魔力が多い。なのになぜ、私はお前に負けるのだ」
「あなたが、自分は負けないと思っているからです。戦いとは様々な要因で変わるもの。自分の勝ち筋だけでなく、様々な状況を想定していなければ、戦いには勝てません」
グロズウェルの敗北の原因は、すべて彼の傲慢のせいだった。
そんな風に、グロズウェルが敗北を重ねるうちに、アスティアは双精霊の祝福を受け、誰からも認められる存在となる。
グロズウェルは思った。
どうしてなのだと。
なぜなのだと。
自分ではなく、アスティアばかりが注目されることを深く嫉妬したグロズウェルは、やがて人々を裏切り、悪魔にその魂を売り渡した。
アスティアが双精霊ならば、それと敵対する存在に与すれば勝てるのではないかと、彼はそう考えたからだ。
しかし、それでもグロズウェルは、アスティアに勝つことはできなかった。
悪魔に魂を売り渡してなお。
途方もない力を手に入れてなお。
戦いのあと、地に伏したのはグロズウェルの方だった。
グロズウェルは、またアスティアに問いかけた。
「なぜだ。どうして私はお前に勝てないのだ。悪魔に魂を売り渡し、ここまでしたのに、どうして私はお前に勝つことができない」
「それは、あなたが独りだったからでしょう」
「独りだから、だと?」
「あなたは常に周りを見下して、顧みなかった。それゆえ、あなたは常に孤独だった。
「それがどうだというのだ。そんなことが勝敗に関係があるというのか」
「守る者があるかないかの違いです。守るもののないあなたに、守るもののある者の強みはありません。ですが、私には守るべき仲間がいます」
アスティアが振り返ったそこには、アスティアの仲間である、宿り木の騎士フローム。鈴鳴りの巫覡シオン。そして、くさびの精霊ウェッジと、くさりの精霊チェイン、彼女たちに従う六体の妖精たちがいた。
アスティアがこれまでグロズウェルに勝ってこられたのは、彼ら仲間の存在があったからだ。誰かを守らなければならないというその必死さがあったからこそ、敗北の中に勝ちを見続けてこられたのだ。
「私は好きで孤独だったわけではない! 私は……私が孤独だったのは私の持つ力のせいだ!」
「いいえ、グロズウェル。あなたが孤独だったのは、あなたの持つその力のせいだけではありません。あなたが周りの者に歩み寄らなかったから、誰もあなたに近づくことができなかったのです」
「だが、あの方は私を選んだ!」
「では訊ねましょう。あなたを選んだ存在は、ここにいますか? いま、あなたを助けてくれましたか?」
「違う! そのおかげで、私はここまで来られたのだ!」
「違います」
「違う!」
「違いますグロズウェル! あなたは……あなたはそんなことをする必要はなかったんだ!」
「黙れ! 貴様に一体なにがわかる! あらゆるものを手に入れた貴様に! わかるまい! ああ、わかってたまるものか! くすんだ金色などと呼ばれて蔑まれる私の気持ちが!」
「グロズウェル……」
…………この物語は、グロズウェルが自分の無念を吐き出したところ、それを見たアスティアが悲しんでいる場面で終わりを迎えている。
この物語を読んでいると、グロズウェルの無念ばかりが伝わってくる。
物語の主人公はアスティアで、魔力の少ない自分が感情移入するべき相手もアスティアであるはずなのに、なぜかグロズウェルのことばかりに目が行ってしまうのだ。
周りに認められない。
ライバルばかりが認められて、誰も自分の方を見てくれない。
いつかやり返して、見返してやりたいという気持ちになるのは、ごく自然なことだろう。
それは、誰だって持っている感情だ。
自分にも、決して他人事ではない。
だからなのか、彼の人生がひどく哀れだったように思ってしまうのだ。
足掻いて、足掻いて足掻いて足掻いて、結局はうまくいかない。
自分も、このグロズウェルのようにならないという保証はない。
失敗が積み重なり、周囲の人間に置いて行かれてしまう。
そんな不安は、きっと誰にでも付きまとうものなのではないか、と。
●
〇月×日
……最近よく眠れていないせいか、どうも考えが上手くまとまらない。
屋敷の作業台に向かっていると、ノアが差し入れの紅茶を持ってきた。
「また巻物の熱の研究ですか?」
「ああ、機構に負担がかからないよう冷さなきゃならないからな」
以前の実験で排熱はうまく行ったが、やはり機構はもっとコンパクトにしたい。
そのため、機構の中でもっとも規模が大きい排熱部分を改善する必要が出てきた。
「温度に関連した話なんだけどな」
「マイナス、ですか……」
「そうそう……」
ノアとそんな話をしながら、卓上でできる簡単な実験で説明していく。
「これで、こうして熱を奪うんだ。ほら、これがその吸熱反応だな。ものが冷やされるのは、こうして熱が奪われることで起こる。冷たい風や冷たいものが、冷たい空気を発してそれが冷やすって考え方は厳密に言うと正しくない。そいつらが熱を奪っているってのが正しい考え方だ。ものの温度って言うのは俺たちが考えているよりも、もっと低くできるんだよ。つまり、俺たちが考えている以上に熱を奪うことができる。冷えていても、これはまだ熱を持ってるんだ」
「とても興味深いお話ですね」
……ここでした話が、のちにヤバい魔法につながるとは、いまのアークスは知る由もないのだが。
ともあれ、発生した熱を取り除かなければならない。
熱が生まれるということはその分のエネルギーを熱に変換しているということだ。
「だから、こうして排熱というのは重要なわけで……」
「そうなのですか? それは随分と厄介なものなのですね」
「そうなんだよなぁ」
「どうしても余分なものが生まれてしまうというのは避けられないと」
「なのに魔力は少なくて済むんだ。ほんと一体どういうことなんだ……?」
頭を抱える仕草をしても、良い考えは生まれてこない。
熱という余分が生まれているのにもかかわらず、消費魔力は大幅に減っているという矛盾が生じている。減ってくれるのはありがたいが、計算が合わないと詠唱不全になるためこちらはほとほと困っているという状況だ。
熱。
余分。
損失。
魔力。
余剰。
頭の中で言葉を転がす名が、そこではたと思い立つ。
そもそも自分は、思い違いをしているのではないのか、と。
「アークスさま? いかがなさいましたか?」
「……いや、違う? 根本的に間違っていたのか俺は? 熱は産み出されるけどロスではない……?」
熱が発生しているのだから、損失があるというのは普通の考え方のはず。
いや違う。そもそもが、だ。熱を産むということがロスだという考え方は一体どこから出てきたのか。
その考えは、あの男の世界にあった電化製品などが相当するだろう。
電気を流したときに生まれる熱は、物体の抵抗から発生する。
電気が効率よく流れず、一部が熱に変わるため、電力が無駄になってしまう。
ここで重要なのは、その『熱=電気的損失』という考え方が、同じように魔法にも適用されるのかということだ。
『魔力と巻物』の関係を『電気と物体』の関係に置き換えるとする。
そうなると、魔力を流し込まれた巻物が熱を発して、使用した魔力の一部が無駄になっていることになる。
だが実際は、計算した以上に魔力消費が少なくなっている。
むしろ無駄になった魔力がどこにもないのだ。
これはおかしい。矛盾している。
つまりここで生まれる熱は、巻物の持つ抵抗と関係なく発生している熱なのではないか。
「要するに、魔法を行使するとこの熱は発生する?」
抵抗と関係なく熱が生まれるのであれば、魔法を行使すると必ず熱が生まれるということになる。だが、通常の魔法行使では、この熱は発生しない。
巻物の中身は空中に描かれるものの代替である以上、『魔法を行使すると熱が生まれる』という仮説が正しいのなら、通常の魔法行使でも熱は発生しなければならないのにもかかわらず、だ。
「……じゃ、じゃあ巻物を使って出てくるこの熱はなんなんだよ。それじゃまるで――」
巻物で余分を改善したと思っていた自分こそが、巻物を生み出して熱を作っていたということになるのではないか。
「……なあノア、ちょっといいか?」
「なんでしょうか?」
「巻物を使うと、熱が生まれるだろ? 俺はさ、これを余分なものだって思ってたんだが、ノアはこれのこと、どういう風に見てたんだ?」
「はあ。使用すると、単に熱を発するものとのしか考えていませんでした」
「巻物は、熱を発するもの……熱を発生するもの……」
あと、少し。あと少しで、何か掴めそうな気がする。
「前々から思っていたのですが、そもそもなぜ熱が余分に直結されるのですか?」
「だってそれは、熱が出るってことはさ、伝達されるはずの力がすべて使われてないってことだろ?」
「……? すべてが正しく通っていなければ、そもそも魔法は発動しないでしょう。魔法が発動する分の魔力をまかなえているうえで、発生しているのでは?」
「でも、熱が生まれるってことは抵抗が発生してるってことだから……」
「ですが必要魔力は少なくなっているのでしょう?」
「あ? うえ……うん?」
そうだ。消費量は少なくなっているのだ。それはさっき自分の中で答え合わせをしたばかりだ。
ノアとそんなかみ合わない会話をしている中、カズィが話に入ってくる。
「――キヒヒヒッ。つまりはよ、普段出ないものが出てるってわけだから、その分使われてないってことなんじゃねえのか?」
「それだ!!」
「うおっ!? 急にデカい声出すなよ……びっくりするじゃねえか」
「そうなんだよ! それなんだよ! 俺が思ってた余分は、余分なんかじゃなかったんだよ!」
要するに、こういうことなのだ。
・巻物は通常の魔法行使の一部を代替したものである。
・巻物を使用すると、巻物が発熱する。
・巻物を使用すると過剰に魔力を注ぎ込んだときによく見られる暴走が起こる。
しかし、ここで問題が発生する。熱と魔力消費の計算が合わないのだ。
魔力の一部が熱に変わっているのであれば、魔力が過剰になるはずがない。
にもかかわらず、暴走めいた結果が発生してしまう。
つまり、少なくとも巻物に流した魔力はすべて魔法行使に使用されている。
そこからわかるのは、
・巻物を使用して生まれた熱は、抵抗で生まれた熱ではない。
ということだ。
しかし、
・通常の魔法行使では熱は発生しない。
・通常行使で発生しないということは、通常行使では熱がきちんと消費されている。
・ここで消費されているということは、発生した熱は魔力に代替できる。
結果、
・巻物の使用は、熱=『余分な魔力』を生み出す行為に相当する。
これを踏まえて立てられる仮設はこうだ。
……魔法行使はエネルギー効率が等価ではないとういうことだ。
呪文詠唱と魔法陣、作業までもが、魔力を生み出す行為であり、それを高速化させ、発生までの時間を短縮させればさせるほど、そのエネルギーを生み出す効率は向上するということ。
要するに、魔法陣はエネルギーを増幅させるサーキットを兼ねたものなのだ。
そして、巻物を利用していたときは、サーキットから生まれたエネルギーを、きちんと利用できないでいた。
そこから導き出される答えは――
「この熱を利用できれば、さらに魔力消費の効率化ができる……ん? いや、そもそもこれって効率化っていうのか?」
そう、自分がもともと効率化だと思っていたものは効率化ではなく、そのエネルギーを生み出す、増幅するという行為だった。
――もしや自分は、自分で想像していた以上に、ヤバいものを作っていたのではないだろうか。
どくん、どくんと、首筋の血管が脈打つ音が頭の中に響く。
心臓の高鳴りは、興奮によるものだけではない。
それはなにか取り返しのつかないことをしてしまったときのような、そんな感覚だ。
当初考えていた排熱機構の開発などどうでもよくなってしまうほどの何かを、自分は見つけてしまったのかもしれない。
●
■月■日
この日も、応接室兼書庫である塔の部屋で読み物に耽っていた。
ソファに腰掛けながら、かぶりつくように本を眺めていると、仕事を終わらせたノアとカズィが現れる。
「アークスさま、お疲れ様です」
「今日は熱心になに読んでるんだ?」
「ああ、おとぎ話だよ」
「お? たまには子供らしいことしてるんだな。キヒヒッ!」
「これくらいの歳になったら普通、『まだおとぎ話読んでるのかよ。ガキっぽいな』とか言われそうだけど?」
「お前はそれくらいがちょうどいいんだよ。普段からもっと釣り合いってもんを考えやがれ」
カズィとそんな話をしていると、ノアが本に興味を示す。
「おとぎ話ということは、【精霊年代】のお話ですか?」
「そうそう」
「じゃあ魔法の研究か? 毎度のことながら熱心だなお前もよ」
「いや違うんだ。これは勉強じゃなくて、息抜きみたいなものだよ。ほんとにただの普通の読書」
「読書が息抜きとは贅沢なもんだな。キヒヒッ!」
「俺もそう思う。だけど、読書はいいぞ。本を読んでいるとだんだん要点を掴む力が養われる。読書は宝探しだ。自分が求めた一文を探すのも、読書の醍醐味だ」
それは、あの男の父親が言っていたことだ。読書は宝探しと同じだという、面白い言葉である。
「それで、今日は一体どんな話を読んでいたのですか?」
「魔人グロズウェルの話だよ」
「グロズウェルか。ってーことは第四十三章、賢人の一節、アスティアと魔人の戦いの話だな?」
「あー、そうだな。そこの話になるな」
「精霊年代の細かな部分は、カズィさんの領分ですね」
「ま、よく利用させてはもらってるな」
とは言っているものの、カズィの精霊年代に対する理解はかなり深い。
それは、彼の使う魔法【幽冥界からの呪縛】からもわかることだ。双精霊チェインの扱う鎖の一部を呼び出して、対象を束縛、攻撃する。ゲームの召喚術のような魔法である。
「ノアはどうだ? 魔人の話、知ってるか?」
「私の知識は人並程度です。魔人との戦いは、アスティアのお話の中でも特に人気ですから、知っているという程度ですね」
「普段はあまり戦わないアスティアが戦うところだからな。なんだかんだ人気あるよな」
「グロズウェルのことはどれくらい知ってるんだ?」
「根っからの悪人で人々に災いをもたらし、人々を助けるアスティアを敵視してつけ狙っていたというのが、どのおとぎ話にも共通して書かれているものでしょう」
確かに、ノアの言う通りだ。
だがそういったおとぎ話をもとにした話は、多分にエンターテイメントに寄るため、原典からかなり強引に脚色されることも多くある。原典を読める者も少なく、その原典も内情には詳しく触れていないとうこともあり、人々の想像に任せるよりほかはないのだ。
「だけど、これにはそんな風には書かれてないんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。この本に出てくるグロズウェルは悪党って言うよりはただの負けず嫌いとして書かれてるんだよ」
「それはまた新しい解釈ですね」
「はー、珍しいものもあるモンだな。まあ、紀言書の難解で装飾し過ぎな文章を平たく書けばそうなるのかもしれねえがよ」
「カズィはこれまで見たことは?」
「俺も魔法院で調べてたが、内面に踏み込んだ解釈をしたものはなかったな」
どうやら二人も、そこまで詳しくないらしい。
そんな二人に、本のあらましを語っていく。
グロズウェルには才能があったこと。
傲慢で人を見下していたこと。
それらの話を語ったあと。
「そんなグロズウェルの前に現れたのがアスティアだ。グロズウェルの方が高い才能を持っているのに、知識では敵わず、勝負となればいつもアスティアが勝った。だから周りの人間も、アスティアばかりを褒め称えた」
「多彩な魔法を操るグロズウェルに対して、アスティアはその知識をもとに創意工夫を行い、立ち向かった。グロズウェルはその辺りのことを特に嫌っているという描かれ方をしていますね」
「グロズウェルが魔人になる前から強大な力を持ってたっていうのは、時々書かれてるしな」
「そして、グロズウェルにも欠点があった。それは性格に関係するものじゃなくて、能力上の欠点みたいなものだ」
「能力上の欠点ということは、何か劣っている部分ということですか」
「アスティアの魔力みたいなもんか」
「ああ。だから余計、グロズウェルもムキになったんだと思う。欠点のせいで人は周りから離れていくし、自分の近くにはライバルがいる。しかもそのライバルは、自分と同じく欠点を持っているのに人が集まってくる」
「自分とアスティアの溝や差が浮彫になるわな」
「気持ちはわからないでもないさ。自分の方が優れているのに、自分よりも劣っている者がちやほやされたら、そりゃあ面白くないだろ? しかも、アスティアは自分と同じように欠点を持っているのに、人から好かれていた。まあ実情はどうだったかわからないけど、だからグロズウェルはアスティアに嫉妬して、執着したんだ」
「そうでしょうね。ですが、その感情をどう生かせるか、でしょう。グロズウェルはそれを生かせる人間ではなかった」
そうだ。だが、世の中それができる者ばかりではない。
「人間、誰でも腐るし、拗ねる。前向きに生きられる人間なんて、ほんの一握りなんだ。グロズウェルはそんな一握りのうちの人間じゃなかったってことだな」
「人間味はあるな」
「……グロズウェルの傲慢さは、その欠点に対する強がりだったのかもしれないな。きっとあいつも、寂しかったんだと思う」
「……?」
「だからアスティアも、グロズウェルに挑まれると必ずそれを受け入れていたんだ。グロズウェルの高すぎるプライドに配慮しながら、傷つけないように。結局それが裏目に出たわけだけど」
「突き放さないで半端にしてたから、亀裂がデカくなったって?」
「もしかしたら、友人になれたのかもしれませんね」
「はは、どっちも性格があれだったから難しいだろうけどな。アスティアは言葉少なで感情の起伏は薄いし、グロズウェルはプライドが高くて妙に拗らせてる。かみ合わないのも当然だ」
「そんなことまで書かれているのかよ? まるで見てきたような話だな」
「ああ。俺もこんなの初めて見たよ」
「ですが、そこまで感じ入ることができるなら、名作でしょう。随分と詳しく書かれているようでしたし」
「ん? うん、そうだな。ノアも読んでみるか?」
「では、少しだけ」
「終わったら俺にも頼むわ」
読んでいた本をノアに手渡す。するとノアは表紙や裏表紙をしげしげと眺め、一度パラパラとめくって、妙な顔を作った。
眉をひそめて、怪訝そうに本を見詰めている。
「……アークス様」
「ん? どうした?」
「いえ、どうしたもなにも、これには何も書かれていませんよ?」
ノアは突然、そんなことを言い出した。
「は? 何言ってるんだよ? そんなわけないだろ? きちんと文章やイラストまで書いてあるぞ?」
「いえ、ですが……」
しかし、ノアは認めない。
そこで、ピンと来る。
「ははん。ノア、最近俺のことからかえてないからって、趣を変えてきやがったな」
「ですから私は本当に」
「ちょっと俺にも見せてみろ」
ノアはカズィに本を手渡す。
するとカズィも、先ほどノアが見せたような表情を作った。
「…………」
「白紙、ですよね?」
「ああ。なにも書いちゃいねえ」
「なんだよカズィも乗っかるのかよ」
「いや別に俺はよ」
「はいはい。そもそも書かれてなかったらな、内容をこんな詳しく説明できるもんかよ。それともいまの話は、俺が全部一人で作ったものだとでもいうのかよ?」
「それは……確かにそうですが」
「お前ら俺をからかうにしてはらしくないぜ。穴がありまくりじゃないか」
そんなことを言った折、ノアとカズィはお互い顔を見合わせる。
やっとからかうのを諦めたのだろう。
「……そうですね。申し訳ありません。それと、話は変わりますが、アークスさま。もう少しお休みになる時間を増やした方がよろしいのではありませんか?」
「ん? 大丈夫大丈夫」
「いやいや、気を付けとけって。最近目の下にクマ作ってばかりだろ。ちゃんと寝た方がいい」
「そうかなぁ。いまのところ問題ないんだけど……」
そう言うが、二人はしきりに「休め」だの「寝ろ」だのと言ってくる。
どうして二人ともこんなに深刻そうにするのか。確かに寝不足ではあるだろうが、まだまだ許容範囲内だ。