第百三十六話 流れ星の行方
紀言書に関する歴史の講義が終わったあと、アークスは空き教室に向かって歩いていた。
空き教室というのは、以前に対策会議で使ったたまり場のことだ。あの教室を確保したスウの要望もあって、あれから必要な荷物を運び込み、すっかり快適空間へと変貌を遂げている。
こうして生徒たちが独自に集まって魔法の勉強をするのは珍しいことではないらしく、空き教室を借りるというのはよくあることなのだという。もちろん、上級貴族の呼びかけがほとんどであるようで、たいがいが石秋会の講師が生徒を集めてゼミのようなものを開いているのだという。
回廊に差し掛かった折、日光の眩しさに目を細める。
最近では日差しが日増しに強くなっており、気温も高い。これから一段と太陽が恨めしくなるのだろうなと思いつつ、気温上昇の原因の一端を八つ当たりのように睨みつけた。
手のひらで陰作って空を見上げると、太陽の下で鳥がくるくると旋回しているのが目に入る。
鷹かトンビか。かなりの大きさがあった。
そんなとき、ふと顔見知りを発見する。
桃色の髪を持った背の低い少女だ。魔法院の白い制服を着ているというか着られており、余った袖をふりふりと振っている。頭にはこの前と同じように、ケモ耳を思わせるような風変わりな髪飾りを付けていた。
目は眠そうな半眼で、今日は少し足取りが心もとない。
どうかしたのだろうか。
「ミリア」
声を掛けると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
「……貧相な顔のアークスじゃない」
「おい、昔話に出てくるようなキャラ付けするのやめろ」
あまりな言いように、すかさず突っ込みを入れる。
しかし、ミリアは悪びれる様子もなく、気にもしていない。
……彼女と知り合ってからそこそこ経つが、見かけた折はこうして声を掛けていた。
ミリアを見かけると、それはもう毎度のように道に迷っているためだ。
いつも目的地とは反対方向に行こうとしたり、右往左往していたり。
まるでその手のたちの悪い呪いに掛かっているかのよう。
さすがにそのまま無視というわけにはいかず、何かと案内の世話を焼いていた。
いまだ彼女と講義が被ったことがないのが不思議なのだが。
それはともかく。
「また迷ってるのか?」
「いつも迷ってるわけじゃない。複雑な構造の建物が苦手なだけよ」
「同じだろ。訓練場がどっちかわかるか?」
「向こうね」
ミリアはそう言って自信満々な態度で指し示す。
「逆だな」
残念そうに言うと、ミリアはこちらに振り返った。
そして、顔を真っ赤にしてふくれっ面を見せる。
「ひどい辱め。こんな屈辱ない。シロクマでもまだ容赦してくれるわ」
「そう思うなら場所の特徴を覚える努力くらいしろよ……」
確かに魔法院の構造は複雑怪奇だが、それだけ特徴があるとも言える。目的地に行く途中に何があるのか、目印さえ設定しておけばそう難しくはないはずなのだが。
(やっぱ難しいものなのか……)
魔法院で迷っているのは、なにもミリアだけというわけではない。他の新入生も迷っているのを時折見かけることがある。そのときは声を掛け、場所を教えるというお節介をしているのだが。
……ここに比べれば、あの男の国の首都にある『地下鉄』の方がよほど複雑だ。出口までの道は曲がりくねっているし、そのうえ階段の上下移動でちんぷんかんぷんになる。しかも、出口の表記は数字とアルファベットの組み合わせで、出口が地上ではなくショッピングモールに直接というのも少なくない。そこに鉄道会社の路線などが合流するため、ダンジョン化するのだ。
ふと、ミリアが花壇の縁に座り込んだ。
「……暑い」
「そうだな。だけど、いまなんてまだまだいい方だぞ。王国の夏はこれからだ」
「まだ暑くなるっていうの? こんなの絶対おかしいわ……」
ミリアはうだっている様子。あの男の追体験で真夏のコンクリートジャングルを過ごした記憶のある自分にとってはまだまだ余裕だが、出身地によっては慣れるまで時間かかる。
ともあれ、このまま迷わせて置いたら熱中症で倒れてしまう可能性もあった。
「ミリアはこれから講義なのか?」
「いいえ。特に講義は入れていないわ」
「そうか。じゃあ一緒に来るか? 涼しい場所だし、おやつもあるぞ」
「ミリアは食べ物に釣られるほど子供じゃない。カワラバトと一緒にしないで」
「そういう割には付いてくる気満々だな」
「涼しいところには興味があるわ」
「また手でも握ればいいか?」
「ふうん。少しはマシになったみたいね」
そんなわけで、ミリアをたまり場に案内することになった。
●
現状、魔法院唯一の天国には、すでに先客がいた。
濃いブルーの髪をミディアムボブにした少女、セツラだ。普段は窮屈そうな制服の胸元を、いまは暑さのためか緩めており、肌を露出させている。
部屋の真ん中に置いてある大きなテーブルに就き、そこで冷たくした麦茶をちびちび飲んでいた。
「あ、アークスさん。お邪魔してまーす」
「セツラか。お邪魔って言うか、ここの管理人はスウだぞ?」
「ここはアークスさんの私物が多いので、ここの主はアークスさんみたいなものですよ。それにしてもこの『えあこん』っていいましたっけ? これいいですね。私夏はずっとここにいたいです。アークスさんの作ったこの『麦茶』もなかなかいけますし、当分ここから離れられそうにないです」
「きちんと講義には出ろよ? あと勉強もしなさい」
「はーい」
セツラは適当な返事をしながら、豊かな胸を机の上にのっけて、すでにでろーんな状態である。制服の胸元を手で引っ張り、エアコンもどきから出る風に晒している。
「あのな、これ以上前を開けるな前を」
「あ! アークスさん気になります? やっぱりこれ気になります?」
セツラはニヤニヤとした笑みを向け、はだけさせた胸を強調するように見せてくる。
また色仕掛けとか言って遊ぶつもりだろう。だが、そうそう利くようなものではない。
「はしたないですよ」
「だってこう暑かったらしかたないじゃないですか。北の高原出身の私にはこの暑さ耐えきれません」
「お前ってそんなところの出なのか」
「え? ええ、まあ一応、そんな感じだったりそうじゃなかったり……」
セツラの目が突然泳いだ。一体なんなのか。
「まったくダメ人間め」
「ダメ人間とはなんですかダメ人間とは」
「こう、どことなく拭いきれない残念感がさ、あるだろ?」
「女の子捕まえてひどいです。そもそも私がこうなったのは、ここをこんな快適な部屋にしたアークスさんのせいなんですよ? ちゃんと責任取ってくださいね?」
「俺はどれだけの人間から責任を追及されなきゃならないんだよ。辞職しなきゃならない地位にもないってのにさ」
机の上にのっぺりとしているセツラにそんなことを言っていると、ミリアに袖を引かれる。
「この部屋、すごく涼しいわ。どうして?」
「ああ、あれだよ」
ミリアにそう言って、天井付近の壁に取り付けたエアコンもどきを差し示す。
当然これも、魔法院の工房で作ったものだ。以前、ソーマ酒醸造のために作った部屋と違い、ただ刻印に『冷たい』『微風』などを刻んで空気を冷やすよりも、熱交換を行うという一手間を加えている。こうすることによって刻印にかかるコストが大幅に下がるうえ、規模の大きい刻印を用意せずとも快適にすることが可能になった。
……それでも、本体や室外機も含め、設備自体はかなり大きいのだが。
最近は魔導師ギルドの工房で人を使って開発しているせいか、技術もある程度はメカの域に近づいていた。
これを工房に設置した際はみんなから随分と喜ばれたものだ。家に一台でも二台でも欲しいという者があとを絶たず、生産を急がれている。
「王家の分を用意しろ」
「早急にギルドに設置したい」
「医療施設への設置が急務です」
「老骨には夏の暑さが堪えるのである」
「どうして講師の詰める部屋には設置してくれないですか」
「俺の屋敷に送っといてくれ」
「俺はお前の伯父だよな?」
……約一名、熱や暑さに強い人間がいるはずなのだが、身内のコネを持ち出されたのだが。
上の方々からそんなお達しがあり、工房はエアコンの導入に向けててんてこ舞いだ。
工房の職員たちからの感謝が一転、恨み節に変わったのは言うまでもない。
個人的にはブラックにはしたくはないが、仕方がないことだと諦めるしかない。
やっぱり武器とかよりも、快適性、利便性を追求する発明が急務だろう。
そんな中、セツラが何か見つけたようにこちらを覗き込む。
「あれあれ? また女の子捕まえてきたんですか? ほんとアークスさんはスケコマシですね」
「俺を勝手にそんなのにするな」
「私だって捕まえられましたよ?」
「お前は勝手に押しかけてきたようなもんだろうが人聞きの悪い」
セツラに構っていると、ミリアが声を上げる。
「ねえ、折角釣られてやったんだから、ミリアにきちんとごちそうして」
「はいはい、わかりましたよ……っと」
おやつを催促するミリアを席にエスコートしたあと、冷蔵庫もどきを開けて麦茶を出す。
冷蔵庫は一般家庭用のではなく、一人暮らし用の小型のシンプルなタイプをイメージしたものだ。いまのところ試作段階ということで生産を渋っているが、これもそのうち作れ作れと催促されるようになるだろう。
その間に、セツラとミリアが自己紹介を始める。お互い名前を名乗ったあと「王国の夏は~」「絶対おかしいわ」などと言っては、初夏の暑さの恨み言で盛り上がっている様子。
「ほれ。まずはこれで水分補給しとけ」
「ありがとう。アークスがこんなに気が利くなんて思わなかったわ」
「毎度毎度魔法院の中を案内してるのにか?」
「別に案内されなくてもたどり着けてたわ」
「そうだな。翌日の夜にとかにな」
そう言うと、ミリアから射殺すような視線が向けられた。眠そうな半眼がさらに細められている。
そんな物騒な視線をかわして、冷蔵庫の奥に手を突っ込むと、それにはセツラが反応した。
「なんです? おやつですか? 私もごちそうになりたいでーす」
「いいけど。材料費を出資してくださる上級貴族のご令嬢方にきちんと感謝するように」
そんなことを言いながら取り出したのは、以前に屋敷でスウにごちそうしたプリンだった。
「なにそれ?」
「プリンだ。最近、みんなから催促やらされてさ。多めに作っといたんだよ」
催促、冷蔵庫の導入などなどを経て、このたび機会がやっと巡り合ったというわけだ。
作るのを手伝ってくれたリーシャがほんといい子である。
彼女にはあとでプリンアラモードをイメージしたちょっと豪華なものを用意するつもりである。
ともあれと、ミリアの分とついでにセツラの分も出しておいた。
「これが例の『ぷりん』という奴ですね。ふふふ、うふふふふ……楽しみにしてましたよー」
セツラの目が輝く。その姿はまるで獲物を見つけたときの野生動物のように、不穏な舌なめずりをしているようにも見えた。
陶器のカップに入れてそのままのプリンを二人に差し出すと、匙で掬って口に運んだ。
目をぱちくりさせて驚いたり。
顔をふにゃっととろけさせたり。
「……美味しい」
「ふぁあああああああああ!? なんですかこれ!? なんですかこれ!?」
セツラが驚き過ぎて騒ぎ出す。
どうやら、ファーストインプレッションは上々らしい。
「甘くてとろっとして美味しいわ。これ、アークスが作ったの?」
「ああ。レシピを作った人は別だけどな」
「なかなかやるわ。甘く見てた」
ミリアはそう言って、またプリンに取り掛かる。
プリンで見直されるのはなんだか複雑なのだが。
「アークスさんアークスさん! これすごいです! 砂糖菓子なんて比べ物にならないくらい美味しいです!」
「そ、そうか。それはよかった」
「私これ毎日、いえ、一日十個食べたいです!」
「どんだけ食う気だ! そんなの経済的に許されんわ!」
「そんなぁ、精霊様、妖精様、アークス様ー。どうか私にお恵みを……」
涙目をうるうるさせて懇願するセツラを、素気無く振り払う。
「こっちはこっちでいろいろ大変なんだ。作る時間もそんなに取れないわけだしさ」
「そうなんです?」
セツラの訊ねに、ミリアも続く。
「何か悩んでるのかしら? もしかして顔のこと?」
「顔は昔から目の上のたんこぶだ」
「目の上のたんこぶ……面白い言い回し。アークスにしてはなかなかやるじゃない。サルから猩々くらいには進化した」
「それはどうもありがとう。悩んでるのは別のことだ」
「一体なに? 聞くだけ聞いてあげるわ」
「いろいろさ。いまやってる研究とか、魔力がどうすれば増えるかとか」
「魔力関係のお話ですかー。この前の対策会議でも挙がりましたけど、アークスさんの一番の泣き所ですよね」
「……魔力を増やすなんて不可能よ」
「ん?」
ミリアがぼそりと口にしたのは、断言に近い言葉だった。
「そういうのはやめた方がいい。あんた、そんなこと考えてると絶対ひどい目を見るわ」
ミリアの態度は、呆れて馬鹿にしているというよりは、愚かなことを諫めるようなものだ。ひどい目を見ないうちに、やめておいた方がいいというような忠告や警告のようにも感じる。
「でもさ」
「アークス、それは流れ星を追いかけているようなものよ」
「流れ星か……」
「そう。あんたの求めてるのは流れ星そのものよ。いくら追いかけても探しても、どこにだって落ちてないんだから」
その言葉は、この世界でよく使われる慣用句のようなものだ。
荒唐無稽なこと、無謀なことに挑もうとする者を諫めるときに使われる。
星追いの学者メガスを由来とするものだ。
「ミリアは忠告した」
「それでも俺はやる」
「無駄な努力よ。そのうち大水で巣を流されたカモノハシみたいになるわ」
「そうなるかはまだわからないって。いまに見てろよ。そのうち魔力を増やす方法を……疑似的なものになるかもしれないけど、見つけてやる。それにな、流れ星は全部が全部落ちる途中で燃え尽きるわけじゃない」
「……ま、私にはどうでもいい話だけど」
にしては、随分とお節介を焼いたようにも思えるが。
「あむ。アークスはお菓子を作ってる方がいい。その方が平和に暮らせるわ」
プリンをスプーンで口に含んだミリアは、口の中でとろける甘味に顔をほころばせている。
「だろうな」
「わざわざ大変な道を歩もうとするなんておかしいと思うけど? 楽な方が断然いいじゃない」
「それ、魔法院に勉強に来てる人間の言うことか?」
「楽をしたいのとやりたいことがあるのは別よ」
「じゃあ俺もそれだ。魔法の研究は、俺のやりたいことだ」
「変わってるわ。群れに近づこうとしない狼みたい」
ミリアとそんな話をする中、ふいにたまり場のドアが勢いよく開かれる。
「あー、涼しいー! 生き返るー!」
元気のいい声を出して現れたのは、たまり場の管理人であるスウだった。
彼女もこの暑さから逃げてきたのだろう。いくら王都生まれで王都の夏に慣れていると言っても、急激な温度差による体温調節は難しいということだ。
「あれ? アークス、来てたんだ」
「俺もいま来たばっかりだよ」
「そっか。講義の方は?」
「俺は今日の分は消化した。スウは?」
「私は必要そうなのには出席したから、あとはもういいかなって」
「相変わらずだな……」
なんとも不真面目しているお嬢様に頭を抱えていると、セツラが立ち上がる。
「スウシーア様。お邪魔しています。プリン、御馳走さまです」
「ううん。いいのいいの。あ、でも食べ過ぎないでね? 私の分がなくなるのはちょっとというか絶対許されないことだから」
「はい。承知しています」
セツラはそう言って、笑顔のスウに対して礼を執る。
さっき一日十個食べたいとか言ってた口は一体どこにいったのか。
それもそうだが。
「……お前さぁ。なんでスウの前では礼儀正しいの?」
「スウシーア様は身分の高い方ですので。それにお菓子をくださいますし」
「なーんか納得いかね」
ふと、スウがミリアを見つける。
「あれ? そこにいるのは?」
「ん。俺の顔見知りだ」
そう言うと、スウはこちらが紹介をする前にミリアに挨拶を始める。
「私はスウ。よろしくね」
「ミリアはミリア。よろしく」
「あなた、もしかして外国から?」
「そう。今年から北部から留学で来たの。涼しいところがあるからって連れてきてもらったわ」
「そうなんだぁ」
「そこ、そうなんだ、でいいのか?」
「いいんじゃない? 北の人には王国の夏の暑さは堪えるっていうし。あれでしょ? ねっちゅうしょー? だっけ? アークスが言ってたやつ。あれになりそうだったから連れてきたんでしょ?」
「ああ」
「スウシーア様、アークスさんのことよく知ってるんですね」
「そうだよ。アークスとは小さな頃からの付き合いだからね」
「なんだかんだ長いよなぁ」
「やっぱりそういうのって、相手の考えてることが分かったりするんです?」
「うん。アークスなら私がいま何を求めているかわかるよ。そうだよね?」
「はいはい。プリンですねプリン用意しろってことですね。そんなの付き合い長くなくてもわかるわい」
冷蔵庫を開けて、スウにプリンを出す。材料費の五割くらいは彼女が持ってくれるため、むしろここにあるものは彼女のものとも言える。
「どうぞ、お嬢様。ご注文通り大きめのプリンです」
「うむ。よい」
それはお嬢様の返答なのか、優雅さよりも厳かさの方が勝る返事に疑問を抱きながらいると、プリンを口に運んだスウが「あーおいしー!」と声を上げる。
しばらくゆっくりとプリンの味を堪能したあと、
「それでアークス。魔法院の教室にえあこんを設置する話はどう? 進んでる?」
「だから何度も言ってる通り無理なんだってそれは!」
「ええー!」
「あれがどれだけいろんなところからせっつかれてるか! まず魔法院で身近なメルクリーア様を倒してからこい!」
「ふむ、そうだな。では更新の育成には快適な環境を提供するのがいいと適当に吹いておけば……」
「おま、だからって国定魔導師相手に本気で戦おうとするのやめろ!」
いつものようにスウとぎゃあぎゃあ言い合いをして、やっと落ち着いた折、紙とペンを取り出して、例の研究の続きを始めたのだが。
「また何か研究?」
「そう」
「さっき意味不明な呪文を唱えてジョアンナ講師に怒られてましたね」
「あれは油断した。それにあれは呪文じゃない計算式だ」
「勉強熱心だよね。もう『えあこん』とか『れいぞうこ』って大発明してるんだから、少し休んでもいいんじゃない?」
「そうですね。アークスさんが天才だってことは誰もが認めるところですよ?」
「そうね。このプリンを作った功績は大きいわ」
なんというか別のどうでもいいところばかり褒められて、微妙な気分になる。
「それがそういうわけにもいかないんだよ」
「そうなんです?」
「上の方からやれって言われたことがあるからな。頑張らないといけないんだ」
「……うん、アークス。やっぱり頑張って。『えあこん』や『れいぞうこ』じゃまだまだ足りないよ」
「ひでえ手のひら返し。っていうかこっち見ろこっち」
スウはなぜか気まずそうにしている。
そんな中、ミリアが万年筆もどきを見詰めていることに気が付いた。
「どうした? これが気になるのか?」
「ええ。インクに付けてないから。どうなってるのかしらそれ」
興味をひかれたらしいミリアに、万年筆もどきの説明をする。
すると、彼女は感心した表情を見せた。
「これ、面白いわ。インクを入れて、インクが無くなれば新しいのと取り替えればいいのね?」
「気に入ったんなら、一本持って行っていいぞ? 試作や予備をいっぱい作ったから、そこら辺に適当に置いてあるし」
「いいの? なら遠慮無く使わせてもらうわ。ありがとう」
こういうときは素直なんだなと思いつつ、カートリッジ式の万年筆を手渡した折。
「……カートリッジ?」
そんな言葉を口にした瞬間、脳裏に拳銃の薬莢が浮かび上がる。
排莢で薬室から薬莢が飛び出る仕組みだ。
その機構を利用できれば、巻物に直接触れる必要もないのではないか。
そしてうまく作れば、携行性に関しても解決するのではないか。
「――それだ!」
以前、魔力計を作ったときのように、天啓が稲妻のように舞い降りた。
そんな様子を見たスウとミリアが、目を丸くしてこちらを見ていた。